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トレジャー! ~迷宮とトレジャーハンター~  作者:
1・凍月《とうげつ》
1/7

序章 青く光る部屋で

「さて……と」


 暗い暗い地下奥深く。

 薄暗い石造りの回廊に少年の声が響く。


 外套の中から細い針金を2本取り出した少年。

 壁をゆっくりと撫で場所を確かめると、針金を隙間に差し込んでいく。


「……」


 真剣な面持ちで針金を細かく動かしていく。

 光源は壁に設置されたランプのみ。もちろん隙間の奥にまで明かりが届くことは無い。


 感覚のみで作業を続けること10分程度。

 少年の瞳に光が宿る。


「よし、これで開く……はず」


 少年が呟くのと、壁の中から開錠音が響いたのは同時であった。


 次の瞬間。地響きに似た音をたてながら壁が左右に開き、少年の前に隠された部屋が現れる。


「これが凍月とうげつの間への入り口か」


 少年は不敵な笑みを浮かべながら、目の前に現れた隠し部屋に足を踏み入れる。


 隠し部屋はそれまでの石造りの回廊とは異なり、床、壁、天井、全てが青白く光る鉱石で出来ていた。

 光源は鉱石自身。淡い青色の光が部屋に溢れている。


「ここから、右に4歩、前に3歩……」


 少年は事前に調べた通りに歩みを進める。

 この通りに動かなければ罠が作動し、一瞬で彼の人生は幕を閉じてしまうだろう。


「そして左に2歩、っと」


 目的の地点に辿り着いた少年は、ゆっくりと深呼吸をする。


 全身に満ちてくる心地よい緊張感。

 身を包む安物のレザーメイルの下には、幾筋も冷や汗が流れている。


「落ち着け……」


 昂ぶる精神を押さえ込み、少年はその場に膝をつく。


「……」


 どうやら罠は作動しなかったようだ。

 一安心した少年は、足元の床に右から左へと一気に指を這わす。

 ガコッ

 という音と共に、30センチ四方程の切れ込みが床に走り、20センチ程窪む。


 窪みの中をじっくりと観察する少年。

 どうやら窪みの中にはこれと言った物品や仕掛けは無く、底に文章が刻み込まれているだけのようだ。


「月は太陽が無くては輝けない。兄が存在し、初めて弟が存在する。凍月とうげつの間は身一つでは開かない」


 鉱石に刻まれた文章を読み上げながら、少年は思考を巡らせる。

 秘宝に続く碑文としては酷く素直な文章だ。


 この文章が示す通り、少年が目指す凍月の間に足を踏み入れるには『ある物』が必要になってくるのだろう。

 普通の謎解きならば、ここで必要になってくる物品を特定するのに時間が掛かるものだが、今回の場合に限っては答えは直ぐに導かれた。


炎陽えんよう……か」


 少年にはある刀剣を思い浮かべる。

 幸いなことに、ここで鍵として求められているのは彼の友人の愛剣のようだ。


「さ……てと、面倒だな」


 ここに鍵が存在しない以上、これ以上この部屋で出来ることは無い。

 少年は直ぐに立ち上がり、行きと正反対の決まった手順で部屋から回廊へと出た。


 彼が部屋から出た瞬間。重い音と共に、再び壁は閉ざされてしまった。

 数秒の間名残惜しそうに壁を見つめた後、少年は手早く脱出の準備を整えていく。


 彼としてもこの場でゆっくりアフタヌーンティーとしゃれ込みたい所だが、そうはいかない。

 ここは危険過ぎる。


 彼が今立つのは18ダンジョン22層。


 財宝を狙う人々の欲望が渦巻き、欲望に飲まれ命を落とした人々の血糊がこべり付いている魔窟だ。

 ゆっくりと体を伸ばすのは地上に出てからで良い。


「っと、やっぱり出てくるか」


 回廊の左手奥から気配を感じ取り、少年は素早く視線を向ける。


 ダンジョンに潜る時は、いかなる時でも気を抜いてはいけない。

 彼を含め、人間はダンジョンに忌み嫌われている。

 人々がダンジョンに足を踏み入れた瞬間、魔物達は寝床から這い出て狩りの準備を始め、罠は虎視眈々と哀れな犠牲者を待ち続ける。


 彼は奥からこちらへ忍び寄る影に目を凝らす。


 四速歩行、猫のような体つき。

 黄色い体毛は手入れなどされているはずも無く、灰色に薄汚れている。

 地上の猫のようなサイズであれば、連れ帰って風呂にでも入らせて愛玩用として飼ってみたいものだが、体長3メートル、50センチの牙と爪を光らせるペットなど誰が欲しがるだろうか。


 「さて・・・」


 彼はゆっくりと、腰に吊るされた片刃の剣を抜き放つ。

 並の人間では、彼が対峙するバケモノにひとたまりも無く喰われてしまうだろう。

 しかし彼にとって、この程度の相手なら何の問題も無い。


 ―――リョウ=クレセッド


 彼もまた日々ダンジョンに潜り、危険と隣り合わせの状況で宝を狙い続けるトレジャーハンターの一人なのである。

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