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近づいて別れて

 高山駅を越えたところにある、古い町並み。かつて城下町の中心、商人町として発展していた、高山を代表する観光地。そこに今、僕は従妹の美緒と、その友達の雪季と一緒に訪れている。とはいえ地元民の美緒と雪季が観光目的で訪れるはずもなく、ただ単に買い物がしたかっただけだろう。


 普段美緒に誘われた時は、大抵断っている。そりゃあ高山を代表する観光地とあっては一目見てみたい気持ちはあるが、美緒の買い物の長さは折り紙つきだ。地元のスーパーマーケットに行ったときでさえ、ただ晩御飯のおかずを買いに来ただけなのに二時間もかかってしまっていた。


 それなのに今日一緒に来てしまったのは、雪季に一因がある。というか全て雪季が原因だ。雪季のあの真っ直ぐな目で見つめられたら、何故だか全く断る気が起きなかった。いや、むしろ心が踊っていたような気もする。あくまで最初の方は、だけど。


 ここに来てからもう既に三時間は経っている。美緒の買い物の長さは分かっているが、そのテンションに雪季もずっと付いていっている。もしかして女の買い物って皆これくらいかかるものなのだろうか?


 でももう一時回ってますぜお二方。流石にお腹がすいてはきませんかねえ? あ、きませんか。そうでやんすか。


 何てことをボーっとしながら考えていたら、いきなり目の前に雪季の顔が現れ、僕の心臓がとくんと揺れた。


「ふふっ、流石に飽きてきたんでしょー?」


「あ、あぁ。まあな」


 今僕の心臓が激しく暴れているのは、雪季に思ってたことを言い当てられたからだらう。それ以外何があるっていうんだ。


「ところで雪季ちゃん。そろそろお腹すかない?」


「あっそう言われてみれば確かに……今何時ですか?」


「えーっと……」


 袖を(まく)って腕を上げると、雪季も顔を近付けて腕時計を覗き込んだ。えっちょっと待って近い! 近いよ! 何かシャンプーっぽい柔らかい匂いがするよ!


「わっ、もう一時過ぎてたんですね! スミマセンこんな時間まで……」


「いっいや、いいんだよ。僕もそれなりに楽しかったし」


 というかさっきのまま距離が近いんだけど。雪季は気にしてないのか? いやこれくらいでドキドキする僕の方がおかしいのか?


「それじゃあ、うちの親も心配してるだろうし、私はこれで失礼しますね。美緒ちゃん、私そろそろ帰るねっ」


「あっ、いや……」


「わかったー。じゃーねー」


 気付けば雪季は僕から離れ、通りを渡り、角を曲がって見えなくなった。


「てか美緒。雪季ちゃん帰っちゃったぞ。どんだけ買い物に夢中なんだよ」


 雪季が帰るとき、振り返ろうともしなかった薄情な従妹に、僕はすこし声を荒らげた。


「んー? いつものことやけど。それに雪季の家ここから近いから心配ないし」


「そういう問題じゃない!」


「じゃあどういう問題なん?」


「それは……」


 今まで夢中で物色していたアクセサリーのコーナーからやっと目を離した美緒が、ゆっくりと振り返った。その顔には呆れたような、からかうような、微妙な表情が貼り付けられていた。


「てかさっきから何なん? やけに雪季に拘っとるけど。もしかして惚れた? ねえそうやろ? ねえ……」


「違うわ。そんなんじゃねえし」


 微妙な表情だった美緒の顔は、はっきりと人を小馬鹿にする、いつものにやにや顔になった。


「えー? 嘘やろ。顔真っ赤やで」


「今怒ったからだ」


「じゃあ何に怒っとんの? ねえねえ……」


「あーもううるさい! 用事がねえならもう帰るぞ!」


「あっ待ってよ健斗! もうからかわないから」


 美緒の『もうからかわない』なんて今まで会うたび聞いてきている台詞を背中に受けながら、僕は古い町並みを後にした。


 その後僕が一切口を利かないことに逆ギレした美緒は、家に帰ってからもその機嫌が直ることはなかったーー




 結局美緒の家で一泊し、次の日の昼に、僕は彼女の家を出た。当然といえば当然だが、雪季に会うことはなかった。


 相変わらずご立腹の美緒とは仲直りせず出てきたが、それはいつものことだからまあ大丈夫だろう。どうせ次会う頃には喧嘩のことなど忘れている。だから僕だってそんな些細な喧嘩、いちいち覚えちゃあいない。


 だが雪季の白い肌、声、匂い、そして眩しい笑顔は、どうしても忘れられる気がしなかった。



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