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雪との出逢い

 蒸気の吹き上がる特急列車ワイドビュー飛騨から降りると、刺すような冷気が僕を襲った。慌ててマフラーに口を埋める。改札で初老のおじさんに切符を手渡すと、目の前に一面の雪原が広がっていた。


「三時間、か。思ってたより時間経ってなかったんだな」


 しかも名古屋に出るまでに一時間かかっているので、特急列車に揺られたのはたった二時間ということになる。体感でもっとかかっているように感じたのは、単調な景色のせいかもしれない。


 岐阜県高山市。飛騨の小京都とも呼ばれる、合掌造りや古い町並みなどで有名な観光地。ここには僕の従妹が住んでいて、何度も訪れたことがある。ただし、家族そろって父親の運転する自動車で、だ。一人で列車に乗って来るのは初めてだ。ついでに言うならば駅周辺に来るのも初めてだ。


 降りた当初は自動改札もないただの田舎のおんぼろ駅舎くらいにしか思ってなかったが、よく見るとバスターミナルやタクシー乗り場などが充実している。流石は有名な観光地、伊達ではない。


 左手に巻いたジーショックのごつい腕時計を見ると、十時を少し回ったところだった。従妹の家までは駅から歩いて二十分程度なので、十時半前には着くだろう。


 通りに出てまず目についたのは、駅のすぐ正面にあるお土産屋だ。というかお土産屋ばかりが目につく。まあそりゃ当然か。観光地だしな。


「……っと」


 慣れない雪道に苦戦しながら、通りに沿って歩いた。所々、店の外にアニメのポスターが貼ってある。見てみるとどうやら高山が舞台の作品らしかったが、アニメに疎い僕はその作品を知らなかった。


 国道四十二号線を越えると、一気に店などの大きな建物は姿を消し、急な斜面の中にちらほらと(たたず)む民家ばかりになった。ここまで来ればあとは真っ直ぐ登るだけだ。この小高い丘のてっぺんが従妹の家なのだ。


 きつい傾斜のおかげで、一歩踏み出す毎に雪で滑り落ちそうになる。それでも足に力を込めて、十分ほどかけて何とか登りきった。振り向いて自分の歩いた道を仰ぎ、こんなところに住んでいる従妹を密かに尊敬した。腕時計に目を落とすと、ちょうど十時半を示していた。


 従妹の家の前に立つと、先程まで感じていたよそよそしさは完全に姿を消し、穏やかな気分になった。


 インターフォンなどが全くない家なので、遠慮なく扉を開き、僕は中へと入った。


「こんにちは。ただいま到着しましたぁ」


 僕が声をかけるより早く、扉の音を聞きつけておばさんが玄関に顔を出した。


「久し振りねぇ健斗(けんと)君。寒かったやろ。今日は一段と降っとったからねえ」


「ええ、もう死ぬかと思いました」


「まあとりあえず中に入って休みんさい。暖かくしてあるから」


「ありがとうございます。おおぉ、本当に暖かい。生き返ります」


 熱を上げるヒーターのすぐ前に座り、冷えて縮こまった身体を伸ばすと、冗談ではなく生き返ったような気分だ。とはいえ、少し経てば背中は焼けるように熱くなって、逆に死ぬことになるが。


「あれ、そういえば美緒(みお)は?」


 いつもならいの一番に僕を出迎えに来る従妹の姿が見えなくて、おばさんに尋ねた。


「あぁ、雪季ちゃん……美緒の友達が来とるみたいで、二人して部屋にこもっちゃってるみたいやね。呼んできたろか?」


 机の向かいに座り込んだおばさんが、優しく微笑みながら言った。いつの間に用意したのか、目の前には湯気が立ち上るお茶が置かれていた。


「いえ、落ち着いたら自分で行くので大丈夫です」


「そう? ならええけど」


 そう言いながらもおばさんは、さりげなく僕の訪問を伝えにいった。気が利くが少しおせっかいなところがある。そしてそんなおばさんによく似た美緒が、女の子と楽しげに喋りながら居間に入ってきた。


「あっ健斗、やっほー」


「おっす。そちらは……」


 美緒の隣にいたのは、雪のように白い肌の小柄な少女だった。歳は僕と大して変わらないのではないかと思わせるほど落ち着いている。彼女の形のいい瞳は、こちらが吸い込まれてしまいそうなほど澄んでいた。


「ああ、私の中学の友達の……」


遠山雪季(とおやまゆき)です。はじめまして、健斗さん。話は美緒からよく聞いてます」


「はじめまして。美緒がいつも迷惑をかけてるよね」


「いえいえ、私の方が美緒ちゃんに迷惑かけっぱなしで」


 落ち着いて微笑んでみせる雪季を見ると、やはり子供っぽい美緒と同い年とは感じられなかった。


「ちょっとちょっとお二人さん。初対面のわりにやけに親しげやないですか? もしかして健斗って雪季ちゃんみたいな子がタイプなん?」


 大人な雪季の隣にいるからだろうか。にやにやして覗き込んでくる美緒が、いつも以上に幼く見える。


「まあお前よりはタイプだな」


「うわぁ、ひっどーい。そんなんだからモテないんやお」


「お前が僕の何を知ってるっていうんだよ」


「健斗なんかがモテるわけないやん。こんなパッとせんくて意地悪な男なんか、誰が好き好んで近付くん」


 美緒の方が僕よりよっぽど酷い。


「あのなぁ……」


「ふふっ。美緒ちゃんと健斗さん、仲いいんだね」


 いつの間に落ち着いていた雪季が、お茶を(すす)りながら僕たちを交互に見つめた。


「仲良くないっ!」


 僕達の声が重なってしまい、雪季は楽しそうに肩を震わせたーー



「それじゃあ健斗さん、来年は受験生なんだ」


 僕の隣に座りこんだ雪季が、気の毒そうに目を細めて言った。


「あぁ、今から気が重いよ」


 来春からの受験生生活。想像しただけで嫌になる。今までやってたテスト前の地獄のような追い込みが、一年ずっと続くってことなんだから。


「そういえば健斗ってどんな大学進むん? そういう話聞いたことないんやけど」


 雪季とは違って気の毒そうな様子はなく、むしろからかうような調子で美緒が聞いてきた。


「出来ることなら国公立行きたいなあ。狭き門だけど」


「ふぅん。科とかもう決めとんの?」


「一応理学療法」


「あぁ、リハビリするやつやろ?」


「そうそれ」


「ふぅん……それでさあ雪季ーー」


 何だ。訊いといて対して興味ないのかよ。まあ別にいいけど。いつものことだし。


「ーーんと……ねえ健斗!」


「おぉ、びっくりした。何だ?」


「だからさっきから訊いとるやん。そんなに行きたくないなら置いてくからええけど」


 やけに不機嫌な美緒は、小さな子供みたく頬を膨らませてそっぽを向いた。対応に困った僕は、雪季に視線を向けた。


 雪季は軽く微笑みながら口を開いた。


「美緒ちゃん、今から三人で古い町並みの方に行かないかって話してたんですよ。健斗さんも一緒に来ますか?」


 普段なら美緒の長い買い物はお断りだが、雪季の真っ直ぐな目を見てしまってはーー


「あぁ、いいよ」


 断れなかった。



地元民が聞いたらぶっ飛ばされそうな似非飛騨弁でスミマセン。

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