これは答えが一つしかない問題です。
これは答えが一つしかない問題だ。
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俺は友人と一緒にパスタ屋に来た。そのパスタ屋は俺たちの通っている大学の近くにあって、なかなかの名店である。と言っても名店であるのは俺たち文芸部員(俺と友人2名という弱小な部だ。笑いたきゃ笑え)の間だけの話である。
「マスター、俺ペペロンチーノねー!」
店に入るなり友人は店長(と書いてマスターと読む)にそう叫び、窓際の席に座った。注文と着席の順序が逆である。が、いつものことなので特にツッコまなかった。
友人の叫びを聞いていたのかいなかったのか、マスターは今回も返事をしなかった。つまり、毎回彼は返事をしなかった。俺は確実に、友人も多分、今までマスターの声を聞いたことがなかった。
店の中には程よい音量で、しかしまあまあのノイズが入った状態でラジオが流れている。
「…本じ…で……ハ、タ……し…でした…」
聞こえるのはこんな具合である。つまり、ほとんど聞こえない。
「で、こんなところに俺を呼び出したのはどんなわけだ?」
俺はメニューを広げて嫌に大きな写真で載っているナポリタンを注視しながら少し悩んだ後、ペペロンチーノをマスターに頼み、友人に訊ねた。今日ここに食べに来ようといきなり言い出したのは、友人の方なのだ。
「まあまあ、そう焦りなさんな」
友人はそう言いながら両手を振った。マスターが水の入ったコップと水差しを置いて去っていく。
「今日はお前にちょっとした問題を出そうと思ってさ」
友人はフォークをペンみたいにくるくる回しながら、俺にそう言った。
「問題?」
「そう、問題。大丈夫、そう気構えるなよ!」
ちなみに気構えてはいない。こいつはこういった芝居がかったことが好きなのだ。加えて、言葉遊びも好きだから、もしかしたら今回もその言葉遊びの一環なのかもしれない。俺も仮にも文芸部員なので、言葉遊びは嫌いじゃない。
「OK、出してみろよ」
「よっしゃ!ノリ良いねえ!そんじゃ出すぞ。問題はこうだ」
『鍵のかかった黒い箱が三つあり、中にはそれぞれAさん、Bさん、Cさんが入っています。
黒い箱を開けられる鍵束を持っている貴方がAさんを箱の中から救い出す場合、一回の質問でAさんを救い出すにはどうしたら良いでしょうか?』
「はあ?そんなの『Aさんどこですかー?』って訊きゃあいいだろ」
「慌てんな!まだ待てって!ここからがヒントだから!!」
訝しげな声を上げた俺に友人はそう喚くと後を続けた。ペペロンチーノはまだ出来上がらない。
『ヒント1:箱はきっちりと閉められており中を確認することは出来ません』
『ヒント2:AさんもBさんもCさんも声質がそっくりで声で判別することはできません』
『ヒント3:Bさんは嘘つきです』
『ヒント4:Cさんは嘘をつく可能性があります』
『ヒント5:質問は、いいえorはいで答えられるものに限ります』
『ヒント6:箱には“カギ”がかかっています』
『ヒント7:全文が大事』
『ヒント8:貴方とAさんとBさんは大学生です』
『ヒント9:貴方は最後の一人です』
『ヒント10:これはこたえがひとつしかないもんだいです』
「以上だ!さあ、答えは?!」
「てめえこそ慌てんなよな…っつーかヒント多すぎだろ。覚えられん。どっかに書け」
「はあ、めんどくせえええ!!」
と言いつつ、友人は全文をテーブルにあったお客様アンケートの裏に書き始めた。書き終わる頃には一皿目のペペロンチーノが出来上がって、マスターが粛々と運んできた。
俺は友人からお客様アンケートを受け取ると、じっとそこに書かれた全文を睨みつけた。やたらと綺麗な字で腹立つ。
「……ツッコミどころが多すぎて、何から突っ込んだらいいのか分からんな、この問題」
「まあまあ、解いてみなさいって」
奇妙な問題だ。さっきメニューで見たナポリタンの写真の大きさよりも不可解だ。友人はニヤニヤと笑いながら俺を見ている。
「ヒント8とか明らかにいらないだろーが。“女子大生です”とかだったらもえるけど」
「もえるのは草かんむりの方?ファイアーの方?」
「どっちも。草かんむりに火つける勢い」
そんなくだらないことを友人に吐きつつ俺は考えた。
「ヒント5だけどさ、普通“はいorいいえ”って言わないか?何で逆なんだよ」
「さあね?」
友人はひたすら俺を見て楽しそうにしている。このドS野郎。
「あと、ヒント10。さっきお前が声出して出題してるときは気付かなかったけどさ、」
俺はそう言いかけて、ハッと気づいた。
――これは答えが一つしかない問題だ、と。
「マスター!!ペペロンチーノは?!!」
俺は立ち上がって叫んだ。立ち上がった拍子にコップと水差しが倒れ、水をぶちまけるがそれどころじゃない。
「…あ…ぁ…ぃ………ふた………ゅゅ…」
いつも耳にしていたはずのノイズの入ったラジオさえも俺を焦らせる。慌てるな。焦るな。言い聞かせたところで無駄なのだ。
俺は気付いたからだ。
気付いてしまったからだ。
マスターはテーブルにゆっくりと近づいた。そして表情のない顔をそっと笑みの形に歪める。
俺はそれを見て、恐怖した。
やばい
ヤバい
ヤバい
ヤバい
ヤバイ
ヤバイ
「まあ、落ち着けよ」
マスターを見つめた視界の端で友人は相変わらず俺に笑っていたが、もうそれに答えるだけの余裕が俺には残されていなかった。
何故なら俺はもうこの問題の答えが分かっていたからだ。分かってしまったからだ。
俺は結局、テーブルの上に1200円を置き捨てて、パスタ屋から逃げ出した。
外は雨が降っていた。幸運なことに、友人は俺を追いかけては来なかった。
※
しかし、それが正解とも限らない。そうだろう?
fin
2013/04/27 即興小説の時間制限内に書けなかった部分を加筆修正しました。
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