婿入りした俺、妻の領地で軟禁されています
婿入りして、相手の領地に向かっている。
金髪碧眼で見目麗しい私には、恋人がたくさんいた。彼女たちを泣かせてしまったが、お互いにいい人生を送ろうと握手をして別れた。
婿入りなので、それなりに誠意を尽くしている。
それなのに、結婚式の後も、旅路の間も、疲れているからと閨を拒否されている。
総領娘は、やはり我が儘だ。
結婚前に遊んでいてよかったと、つくづく思う。
何度か悋気を起こした彼女から婚約解消を打診されたが、我が家は侯爵家だ。
田舎の子爵家からの抗議など、父上が撥ねつけてくれた。
とはいえ、地味な田舎娘を受け入れるのは私だ。
三男になど、生まれるものではないな。
「領地での結婚式はいつ挙げるのかい?」
途中の宿場町で、夕食をとりながら花嫁にそう尋ねた。
「……学生時代に、あなたが『そんなものやりたくない』とおっしゃったので、やる予定はございません」
そんなことを言ったかな?
……言ったかもしれない。胸の大きな伯爵令嬢と一緒にいるときに無粋なことを言うからだ。
「私はそれで構わないけれど、君の面子は大丈夫なのかな?」
田舎でお披露目しないというのは、どうなのだろう。顔合わせをしておかないと、仕事に支障が出るのではないか?
「今さら、それを言いますか。わたくしの面子など、踏みにじられておりますわ。
『婚約者に見向きもされない田舎者』――と」
「あ、あはは。ひどいことを言う者がいるものだね」
私は笑ってごまかすことしかできなかった。
確かに、そう言われていた。
「あんな田舎者が婚約者で可哀想だな」と言われて、「そうだろ?」と盛り上がったこともある。
「自分が婚約者になりたいくらいだ」と申し出る令嬢たちと、遊んだこともある。まさか、その子たちが本気になって、彼女に嫌がらせをするとは思っていなかった。
私の新妻は、それきり黙って食事を進め、部屋に戻っていった。
しまった。
私がモテるせいで、彼女を傷つけてきたのだな。
領地に着いたら、しばらくは大人しくして、彼女のご機嫌を取ろう。
誠意を見せたら、彼女の心を開くこともできるだろう。
自分の部屋に戻る。隣が彼女の部屋だ。
夫婦なのだから同室でいいと言ったのに、彼女に拒まれた。
つまらない駆け引きだ。
そんなことで、簡単に謝ったりしないぞ。
入り婿だからと、あまり馬鹿にするものじゃない。
ちゃんと女たちとは縁を切って、身ぎれいにして結婚したのだから。感謝してほしい。
――念のため、彼女の部屋のドアノブを回してみた。
しっかり、鍵がかかっている。
そういうところが、可愛くないというのだ。
そんな旅を続け、ようやく領地に入った。
本館は彼女の両親たちが使っているので、私たちは別館に通された。
子爵でもカントリーハウスとなれば、なかなか立派だ。
彼女のタウンハウスは子爵らしいこぢんまりとしたものだったので不満があったが、これならいい。
「あなた様のお部屋はこちらです」
荷物を運んでくれた男性の使用人が、扉を開けた。
背の低い机に、小さめのベッド。窓には転落防止の柵がある。
「これは……子ども部屋ではないか。間違っているぞ」
なんという間違いを犯すのか。やはり田舎者だ。
「いいえ。お嬢様にこちらを用意するように言われました。大人しく、お嬢様が一息ついてこちらにいらっしゃるまで、お待ちください」
使用人は、乱暴に私を部屋に押し入れると、外から鍵をかけた。
「ど、どういうことだ?」
窓の外から、馬車が出ていく音が聞こえた。
実家から同行してきた荷馬車だ。
私の荷物を下ろして、帰って行くのだろう。
私は窓を開けようとして、柵が邪魔で全開にできないことに気付いた。
仕方なく薄く開けて、叫ぶ。
「待ってくれ! 閉じ込められているんだ! 助けてくれ」
御者がちらりとこちらを見た。
私は手を振って、こちらだと示す。
とにかく、閉じ込められていたら何もできない。
御者は軽く帽子を下げて、礼のような仕草をした。
そして、そのまま去って行く。
なぜだ? 今、私が困っていると気づいたよな?
私は着替えることもできずに、子ども用のベッドに腰掛けた。
一体、何が起こっているのだ?
いずれ生まれる子どものための部屋を用意するのはいいが、なぜ花婿をそんな部屋に閉じ込めるのか。
田舎者の考えることは、本当にわからない。
無意味な時間が流れ……日が暮れた。
メイドではなく屈強な使用人が来て、世話を焼かれた。
「軍隊で上官の世話役でしたので、ご安心ください」
そう言われて――安心できるか?
馬鹿にしている。
だが、元軍人に敵うわけもない。
食事はナイフもフォークもなく、手で食べられるようなものばかりだ。武器の調達もできない。
小さなベッドに横になると、ぎしりと軋む。
華奢な骨組みではなく、無骨な作りなので壊れはしないだろうが。
足が伸ばせないので窮屈だ。
なんだ、なんだ。
なんの嫌がらせだ。
次の日は、これまた屈強な「家庭教師」がやってきた。
「どういう意味だ?」
「あなた様には、貴族の常識が欠けているようなので、まずはそのお勉強から」
「なんだと?」
「お嬢様は『あなたが求めているのは、なんでも許してくれる母親だ。このままでは対等な夫婦になることはできない』とおっしゃっています」
確かに、幾度となく「君なら許してくれるよね」と言って黙らせた。
そのときに納得していなかったから、こんな陰湿なことをしているのか。
「では、あなた様の学生時代の振る舞いが、いかにお嬢様を傷つけ、この家門に泥を塗ったかを解説いたしましょう」
ネチネチと過去を掘り下げ、大げさに嘆き、私を責め立てる。
「侯爵家の令息に生まれたのだから、人から慕われるのも仕方ないことだろう」
「あなたの上のお兄様は、そのようなお振る舞いをなさっていましたか?」
「いや、次兄はあまり顔が良くなかったから……」
「違います。貴族の役割、責任をご存じだったからです」
父に行く先を決められた人生で、ほんの少しの自由を謳歌して何が悪い。
そのときの私は、まだ、そんなことを考えていた。
「その……貴族の役割というなら、子作りをしないといけないだろう?」
一か月が過ぎたころ、思い切って家庭教師に尋ねた。
私も若い身体を持て余しているわけだし……今度こそ、しっかりと愛情を伝えてあげたい。
「お嬢様は不潔な男に触れられたくないとおっしゃっています」
「それは……反省している。これからは妻一筋でいくから、信じてくれ」
「気持ちだけでは駄目ですね。病気を持っていないことが確認できませんと、難しいでしょう。
お嬢様が病気を移されて不妊症になったら、この家の直系が絶えてしまうので」
「それは……私が不心得だったのだな」
本当に、申し訳ないことをしたと反省した。では、せめてもの償いに、大人しくしていよう。
ところで、どれくらい経ったら健康だと証明できるのだろう?
「さあ。感染症によっては、発症まで長い年月を要するものもございますので――」
「え? あ……ああ! 騙したな!」
そんなの、いつ解禁されるかわからないではないか。
こみあげる怒りのまま、家庭教師を一発殴った。
なんということだ。彼女は私を許す気などなかったのだ。
もう一発と拳を振り上げたところで、家庭教師に腹を蹴られた。
「婿殿、ご乱心!」
そのかけ声で、どやどやと人が入ってくる。
私が暴行される様子を、私の妻が腕を組んで眺めていた。
久しぶりに会う妻は、黒髪をアップにして、それなりに美しかった。
「それを牢屋にぶち込んでおいて」
『それ』とは……私のことか?
「こ、こんなことをして、父上が黙っていないぞ」
「そう? なんと言われるか楽しみだわ。その前に、我が家には、あなたの手紙を王都まで届けるような使用人はいませんけど」
しまった。ここは敵地か。
「我が家が婚約を解消したいと言っているのを、権力でねじ伏せたのですもの。
婿入りさせてあげたのだから、侯爵家も細かいことまで要求できないでしょう」
覚悟を決めた女性は美しい。
私は初めて、妻に見とれた。
「だ、だが、社交シーズンはどうする? 夫がいないなんて、恥ずかしいだろう」
「あら、わたくし学生時代からずっと一人でしたけど」
ああ! 自分の失態を悟った。
彼女の恨みの深さにも納得した。
「ご、ごめん。悪かった」
「もう遅いですわ。だって、『またすっぽかされた』と言えば、誰も不審に思いませんのよ」
あああああ! なんてことだ!
私のこれからの人生は、どうなってしまうのだろう?




