「出たよね」
祖父の家がようやく解体されたのは、まだ元号が平成の頃だった。
家といっても、戦後に建てられたもので、何か立派な由来があるわけではない。解体に時間がかかったのは、あまりに老朽化が進みすぎて、隣家ともたれあうようにして建っていたためだ。
しかも、家主はどちらも高齢で、すぐに壊せる状況ではなかった。
やがてそれぞれが亡くなり、息子同士の話し合いは粛々と進み、二軒は取り壊された。
私は当然のことながら、直接は関わっていない。事前に連絡は受けていたものの、特に赴かなければならない用事もなかった。そもそも、祖父が亡くなったのは二年も前のことだ。
両親が離婚した後、あの家に預けられていた時期もあった。けれど、狭い東京の下町の家である。私の荷物の置き場所など、とっくになくなっていた。
祖父の三回忌の法事のとき、無事に取り壊しが終わったことを聞いても、特別な感慨はなかった。
九十歳を過ぎて亡くなった祖父の三回忌には、故人を悼むという湿っぽさもあまりない。無事に片付いたよ、と晴れ晴れとした顔で、祖父の長男――私の父が、遺影の前にビールのグラスを置いた。
「ビールじゃなくて、日本酒がいいんじゃないですか?」
そう言って、叔母が日本酒の杯も置き、手を合わせた。
少しだけしんみりしたその場を取り繕うように、弟が「そういえば」と口を開いた。
「あの家ってさ、出たよね」
席に戻って、それぞれグラスを手にしていた父と叔母が凍りついた。
叔父だけが、まるでネズミでも出ていたと聞いたような顔で、「そうだな」とあっさり頷いた。
「……初耳なんだけど」
私が弟に詰め寄ると、弟はさらりと答えた。
「言ってないからね」
はす向かいに座る叔父を振り向く。叔父は目を逸らしながら、グラスの中身を少し揺らした。
「まあ、もう壊したあとだし」
聞いていない。どういうことだ。何が出たんだ。
私と父と叔母は口々に騒いだが、弟と叔父はのらりくらりと逃げまわるばかりだった。そうこうしているうちに、会場の都合でその場はお開きになった。
弟とはその後、何度か会っている。
けれど、結局、詳しい話はいまだに聞けていない。
一度だけ聞こうとしたことがある。弟はあの法事のときの叔父と同じように、目を逸らした。
その顔を見て、私はやめた。
家はもう取り壊されている。
小さな跡地だけが、今も駐車場として我が家の名義になっている。
※本作はカクヨムにも掲載しています。




