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王の誕生と、1人目の国民

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週に一回は更新します!

たぶん…

広大な草原に、抜けるような青空。頬をなでる清々しい風。


 絵に描いたような異世界の景色を切り裂いて、場違いな男の絶叫が響き渡っていた。


「はーっはっは! そこのお嬢さん、運がいい、実に運がいいぞ! 今ならなんと、我が『サトウ王国』の建国メンバーとして、歴史に名を刻む権利を――」


「ヒッ……!? ご、ごめんなさいっ……!」


 女冒険者は、サトウが差し出した『建国予定地』と汚い字で書かれた板切れを見るなり、まるで動く生ゴミを見るような目で後ずさり、凄まじい脚力で逃げ去っていった。


 だが、サトウはめげない。即座に次の獲物へ狙いを定める。


「おっ、そこの商人の旦那! 我が国の財務大臣にならないか? 税率は君の匙加減一つだ(ただし今は国庫ゼロだがな!)」


 商人は隣の従者に「関わるな、あれは触れてはいけないタイプの狂人だ」と冷ややかに耳打ちし、馬車を猛スピードで走らせていく。


「……おいお前、いい面構えだな。国防大臣(マスコット兼務)に任命してやる」


じょぼじょぼじょぼじょぼ〜


 最後に声をかけた野良犬は、サトウの使い古された革靴に思い切り「マーキング」をかまし、満足げに去っていった。


「……チッ、どいつもこいつも見る目がない。あーあ、腹減った。足痛い。帰りたい。……帰る場所ねぇけど」

 

 佐藤健一(34歳)。先ほどまで「営業用スマイル」を張り付けていた顔を無惨に崩し、雑草の上にどっかりと座り込んだ。靴にひっかけられた犬の尿を、むしり取った草で虚しく拭き取る。

 

 周囲からは、容赦のないヒソヒソ声が刺さる。


「おい、またあの変な服の男だぞ」「『サトウ王国』ってなんだよ、ただの更地じゃねぇか」「目を合わせるな。あの気持ち悪い笑顔で絡まれるぞ」


 サトウとて、自分が今どんな風に見えているかくらいは理解している。


 前世で言うところの、『SNSで拡散されて、まとめサイトで一生擦られるタイプの不審なオジサン』。それが今の自分の正体だ。

 

 それでもなお、彼が「国民」を求め、自分の国に固執するのには、明確な理由があった。



ーーー



 前世の彼は、替えの利く部品として使い潰された「しがない社畜」だった。


 深夜二時。静まり返ったオフィスに、カタカタという乾いたタイピング音と、エアコンの低い唸りだけが響く。


「……なんで、俺がやってんだこれ」


 昼間は足が棒になるまで飛び込み営業に回され、門前払いの山を築いた。やっと帰社すれば、待っていたのは自分のものではないミスへの叱責だ。


『おい、佐藤。お前のせいで契約が飛んだだろうが。この資料、朝までに作り直しとけ。いいか、お前の代わりなんていくらでもいるんだ。嫌なら今すぐ辞めていいぞ?』


 責任だけを丸投げし、脂ぎった顔で飲み会へと消えていった上司。


(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……!)


 ストレスで穴の空きそうな胃を引きずり、白み始めた空の下、フラフラとした足取りで非常階段へ足を踏み出した。その時だった。


「……あ」


 すり減った踵が、階段の縁を空振った。

 視界が反転し、手から離れた資料が、真っ白な紙吹雪のように朝焼けに舞う。


(ああ、俺の人生……こんなところで、終わるのか)


 コンクリートに叩きつけられる衝撃。薄れゆく意識の中で、爆発したのは悲しみではなく、煮えたぎるような 「拒絶」 だった。


(もう、嫌だ。誰の指図も受けたくない。誰にも頭を下げたくない。ゴミみたいに扱われるのも、責任を擦り付けられるのも、もう御免だ……!)


(次に生まれるなら……俺が、俺だけが、すべてを支配する場所を。俺が『王』になれる場所を……ッ!)



 ――そして、目が覚めればこの草原だった。



 心が折れそうになるたびに、サトウはあの階段からの転落を思い出す。


 他人にこき使われる地獄に比べれば、不審者扱いされる屈辱など、ただの擦り傷に過ぎない。


「お、俺は絶対に自分だけの国をつくるからなぁー! 見てろよクソ上司共がぁー!」


 夕暮れの草原に響き渡るサトウの絶叫。

 そのあまりの気迫に、遠巻きに眺めていた冒険者たちも、今度こそ完全に姿を消した。



ーーー



その後も前世の飛び込み営業よろしく、不屈の精神で勧誘を続けるも成果はなく、転生三日目が過ぎようとしていた。


 絶叫の余韻が消え、辺りに夜の帳が下り始める頃、サトウのテンションは垂直落下していた。


「……はぁ。喉痛い。マジで何やってんだろ、俺」


 一人になると、途端にネガティブな本音が漏れる。枯れ枝を不格好に積んだだけの焚き火の前に座り込み、唯一の所持品であるカチカチの保存食を眺める。


(……明日誰も来なかったら、この国(笑)を畳んで隣町でバイトでも探すか。いや、それじゃ前世のままだ。でも、飯食えなきゃ死ぬしな……)


 そんな「王様」にあるまじき思考を巡らせていた時、草を分ける音がして一人の少女が姿を現した。ボロボロのローブに、泥のついたブーツ。大きな帽子の隙間から見える顔は驚くほど青白い。


「……ひっ!?」


 サトウと目が合った瞬間、少女は弾かれたようにその場に平伏した。


「ご、ごめんなさい! 殺さないでください! ここは立ち入り禁止だって知らなくて、ただ、道に迷って、お腹が空いて……すぐに、すぐに出ていきますからぁっ!」


(……なんだ、この異常なまでの卑屈さは。いや、待てよ…)


 反射的に「営業モード」が起動した。サトウはスッと立ち上がり、スーツの汚れを払って、自信満々の笑みを浮かべる。


「はっはっは! 案ずるな迷い子よ。ここは立ち入り禁止ではない。我が『サトウ王国』の輝かしき入国審査会場だ!」


「にゅうこく、しんさ……?」


「そうだ。ところで君、腹が減っていると言ったな? 我が国は国民の健康管理にはうるさくてね」


 サトウは内心で(俺の晩飯があああ!)と血の涙を流しながらも、パンを半分に割り、少女の前に差し出した。社畜時代の理不尽な接待で培った、無駄にキレのある動作だ。


「ほら食え。我が王国の特産品だ」


「えっ……でも、私……お金持ってなくて。それに、私と一緒にいると不幸になりますよ? 前のパーティでも私の魔法が暴発して……全部私のせいだって、リーダーに蹴り飛ばされて……」


 少女――リィネは、震える手でパンを受け取ろうとした。だが、指先の震えが止まらない。


 ボトッ。


 パンは彼女の手をすり抜け、泥のついた地面に転げ落ちた。


「あ……あああ……っ!!」


 リィネの顔から血の気が引く。彼女はパニック状態で地面に膝をつき、何度も何度も頭を地面に打ち付けた。


「ごめんなさい! せっかくの食べ物を……! 私みたいな呪われ子が、優しくされようなんて思っちゃいけなかったんだ……! 叩いてください! 殺してください! 私のせいです、全部私のせいなんです……っ!」


 地面に額をこすりつけ、過呼吸気味に泣き叫ぶリィネ。

 その光景を見た瞬間、サトウの脳内で何かが「ブチッ」と音を立てて切れた。


(……ああ、クソ。反吐が出るほど、見覚えがあるぞこの光景)


 脳裏に浮かぶのは、上司のミスを代わりに取引先へ謝りに行った夜だ。冷たいビルの廊下。相手の革靴の先だけを見つめ、床に額をこすりつけていた自分。


『佐藤くんさ、君の管理不足のせいでどれだけ損害出たか分かってる?』


『申し訳ございません。』


『申し訳ございませんじゃなくてさぁ。どーやってこの損害を補うのか、教えてよ』


『すぐに先方に謝罪に伺い、契約を延長していただけるよう…』


 ネチネチと続く説教。横で、本当の犯人である上司が「まったく、佐藤には困ったもんです」と被害者ヅラをして頷いていた。


(――俺だ。ここにいるのは、あの時の俺だ)


 他人の靴を舐めるようにして、自分の存在意義を繋ぎ止める虚しさ。リィネの泣き声が、かつての自分の悲鳴と重なり、サトウの胃の底でドロリとした不快な熱に変わった。


「……おい」


 サトウは、リィネの細い肩をガシッと掴んで強引に引き起こした。


「……ひっ! あ、あぁ……ごめんなさいっ……!」


「黙れ。謝るなと言っている」


 サトウは冷めた目で、泥のついたパンを拾い上げた。そして、それをリィネに押し付ける。


「いいか、今の失態は、お前のせいじゃない。……この『サトウ王国』の地面を平らに整備していなかった、王である俺の責任だ。お前はただ、俺の管理不足の被害に遭っただけだ。分かったか?」


「え……? 陛下、の……責任……?」


「そうだ。俺の国ではな、国民のミスは全部、俺の責任になるんだよ」


 サトウはリィネの帽子を乱暴に叩き、埃を払う。その顔は一見慈愛に満ちていたが、内側はドス黒い欲望に塗れていた。


(――そうだ。これこそが、俺の求めていた『王』の特権だ)


(責任を取るってのは、つまり『支配』するってことだ。俺が責任を背負ってやる代わりに、お前は一生、俺に負い目を感じてろ。俺に逆らえない体になれ……。優秀な奴などいらない。俺をバカにする奴もいらない。俺が『お前は悪くない、俺が許してやる』と言ってやるだけで、泣いて喜ぶような、この程度のレベルが一番都合がいいんだ!)


 自尊心を、自分より弱い存在を「救う」ことで埋め合わせる。それは救済という名の、傲慢な自己満足だった。


(こいつを一生、俺の下に置いてやる。俺がいなきゃ何もできない無能なままでな……。そうすれば、俺は永遠にこいつの『王』でいられるんだ!)


「おいリィネ。お前を今日から、我がサトウ王国の『総務部長』に任命する」


「……そうむ、ぶちょう?」


「そうだ!仕事内容は、俺の身の回りの世話からゴミ拾いまで全部やる、俺の便利屋だ。いいな?」


 サトウの口調は、もはや隠そうともしないブラック上司のそれだった。だが、絶望の淵にいたリィネには、それが地獄に垂らされた蜘蛛の糸に見えた。


「便利屋……。私、やります! 捨てないでいてくれるなら、陛下のお役に立ちたいです……っ!」


「よし。早速、命令だ。このパンを全部食え。……それと、陛下なんて他人行儀な呼び方はやめろ。『サトウ様』でいい」


「……はいっ! サトウ様……!」


 涙を流しながらパンを頬張るリィネを、サトウはふんぞり返って見下ろした。


(よしっ、完璧だ! この『俺様を仰ぎ見る臣下』の構図! これぞ王者の悦び!)


 鼻の穴を膨らませ、サトウは誓った。


(もう二度と暗い顔で土下座なんてしねぇ。この世界では、空元気でもバカみたいに威張って過ごしてやる。俺が俺を『最高に幸せな王様』だと思い込めば、それはもう勝ちに等しいんだからな!)


 彼は犬に汚された靴のことなど忘れ、リィネの肩をバンバンと叩いた。


「はーっはっは! いい食いっぷりだ! 我が国の記念すべき『最初の一歩』を祝して、素晴らしい建国宣言を……」


 ぐうううぅ。


 情けない音が鳴り響いた。


「……あ。サトウ様、もしかしてお腹……」


「バ、バカを言え! これは建国を祝う『地鳴りの咆哮』だ。俺は、王だぞ!そんなパンなんか食わん!」


 顔を真っ赤にして言い張るサトウに、リィネはポカンとした後、少しだけ口角を上げた。


「陛下は……不思議な方ですね。ふふっ。


「サトウ様だ! ……さて総務部長。初仕事だ。俺はここで『王の瞑想』に入る。お前はその辺で『いい感じ』の寝床を作っておけ。」


「は、はいっ! お任せください!」


 リィネが必死に草を集め始めるのを横目に、サトウは冷や汗を流した。


(あーあ、マジで明日からどうすんだよ……。パン一個で女の子釣っちゃったけど、俺の朝飯もねぇぞ。これ詰んでない?)


 だが、夜風に吹かれながら見上げた星空は、あの非常階段から見上げた濁った空よりも、ずっと綺麗に見えた。


「ま、なんとかなるだろ! なんたって俺は王様なんだからな! ……はぁ、お腹空いた」


 ハッタリと空腹、そして少しの温かさと共に。サトウ王国の歴史は、ひっそりと幕を開けた。


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