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メタルキス第三話 メタルの境界線

メタルキス第三話 メタルの境界線


翌日の教室。窓から差し込む春の光は昨日と同じなのに、ぼくの目に映る景色は一変していた。


いつものように、斜め前の彼女の背中を見つめる。

流れる髪を分けるように頭部を包む白いヘッドバンド。そこから伸びる太いゴムが、彼女の顔を強く、厳格に律している。下顎を包み込む金属のカップは、今日、一段と冷たく、鈍い光を放っていた。


昨日、ぼくの肌、いや、脳みそを含む頭部全体を圧迫したと思えるほど、あの逃げ場のない猛烈な力。

指先に残る金属の冷たさと、そこから伝わってきた彼女の体温。

それを「日常」として纏い、平然と黒板を見つめている彼女の背中が、昨日よりもずっと遠い、届かない世界の住人のように見えた。


(ぼくは、あの一瞬で息が詰まりそうだったのに。彼女は、ずっと……)


彼女は教科書をめくる。その指先がときおり、無意識に顎の金属カップの縁をなぞる。それは昨日、ぼくが震える手で触れたのと同じ場所だった。


反射した春の陽射しが、銀色のカップを鋭く輝かせる。それは彼女が自分の周りに張り巡らせた、拒絶の壁のようにも見えた。


ふいに、彼女が小さく顔をしかめた。

装置の違和感か、それとも背後に突き刺さるぼくの視線に耐えかねたのか。彼女は一瞬だけ、ぼくの方を振り返ろうとして――途中で思い止まったように、また前を向いた。


昨日の「共犯者」としての時間は、まるで春の昼下がりの幻だったのだろうか。


彼女の頑なな背中には、「これは私の戦いであって、あなたには踏み込めない世界なのだ」という無言の境界線が引かれていたように思えた。



昼休み、賑やかな廊下ですれ違うとき、彼女は別のクラスメイトと笑い合っていた。

笑うたびに唇の隙間からわずかに光を反射させる、メタルのブラケット。彼女はそれを隠すように、いつもの仕草で手を添える。


そのとき、彼女の視線がほんの一瞬、ぼくの目ではなく「顎」に落ちた と感じた。


昨日、自分がはめた装置の感触を確かめるような、射抜くほどに真剣な、そして湿り気を帯びた眼差し。


「……あ」

声にならない声が漏れる。

視線が外れたあと、ぼくは自分の下顎を指先でなぞった。コンプレックスである「受け口」の、自分を拒絶したい感触。


ぼくには装置はない。矯正をするお金も持ってない。

けれど、彼女が昨日与えてくれた、あの顎を押し込まれる拘束感だけが、皮膚の裏側と脳裏に、しつこいほど鮮明に残っている。


放課後、掃除当番の静寂の中で、彼女はぼくの近くにいた。

窓を開けると、暖かくもまだ冷たさの残る早春の風が、二人の間を吹き抜ける。

また、境界線だ。


彼女は手を止め、ポツリと呟いた。


「……昨日のは、忘れて。わたし、別に、何も気にしてないんだから」


右手には使い古したモップ。そして左手は、昨日ぼくが触れたはずの金属カップの底を、守るように、あるいは記憶をなぞるようにそっと手を握りながら包み込んでいた。


「忘れないよ」


ぼくの咄嗟の言葉に、彼女の小さな肩が震えたように見えた。

彼女がどんな表情をしているかは、わからない。

けれど、夕日に照らされた金属カップが彼女の頬に赤い光を投げかけ、その輪郭を激しく、そして美しく揺らしていた。


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