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終わり無き始まり、『ただ…ただこんな世界にならない事を祈る』のその後。

作者: 武藤佑介
掲載日:2026/03/16

これを読んで下さる読者の皆様へ


以前に投稿した物語『ただただこんな世界にならないことを祈る』のその後を書きました。


多少以前の物語と重なる点や繰り返す描写があります。


より良い絶望を楽しんでいただければ幸いです。



「ピコン」

枕元で鳴ったその音は、

死刑執行への足音に似ていた。


武藤佑介(34歳11ヶ月)は、

こわばった指でスマートフォンを手に取る。


画面には、お国の紋章の日の丸とともに、

国歌が流れメッセージが表示されていた。


お国からの大切なお知らせです。


あと30日で武藤様は35歳となります。

お国の政令により


子宝を納めない場合。


キメラ計画のご参加若しくは


(安楽死受諾法)のどちらかを


お選び下さい。


「あと一ヶ月か……」


乾いた声が漏れる。佑介は起き上がり、窓の外を見た。


灰色のビル群には、巨大なホログラム広告が浮かんでいる。


子供を抱く聖母のような女性の横に、

太い毛筆体で書かれた

お国のスローガンが街を支配していた。


『引き際を失い老害となるより、嘆かれる内に去るべきである』


それは今や、

この国で最も神聖な聖書の一節だった。


35歳。


それは人間が「資源」として価値を失う

境界線だった。


健康な精子と卵子を「納品」し、次世代の苗床となった者だけが、その先の「人間」としての生を許される。


それ以外の者は、国を汚す

「老害」として排除されるか、あるいは「仕様変更」を受け入れ、文字通り人間を辞めるしかない。


駅までの道中、佑介の横を一台のトラックが通り過ぎた。


荷台には、首輪をつけられ、うつろな瞳をした

「馬と人間のキメラ」が数頭、無理やり詰め込まれていた。


かつて彼らも35歳の誕生日を、恐怖とともに迎えた。


「元人間」なのだ。


職場に着くと、フロアの空気が凍りついていた。


デスクの一つが、根こそぎ片付けられている。


昨日までそこで、冗談を言い合いながら

仕事をしていた。


同僚、田中がいない。


「確か、田中さん、今日が誕生日だったな。」


隣の席の若者が、震える声で呟いた。


その瞬間、エレベーターの扉が開き、

白い防護服を着た(政令執行人)達が現れた。


彼らは、黙々と荷物を運ぶ。


「本日、田中一樹は『仕様変更』いたしました。」


「当オフィスへの再配属となります。」


執行人の事務的な声が響く。


荷物は、一見すると大きなゴムまりのような、異様な肉塊だった。


それは田中の顔をわずかに残しながらも、

四肢は極端に短く

改造され、全身に発達した筋肉と弾力のある皮膚が覆っていた。


痛みを感じる神経は麻痺させられ、

ただ殴られるためだけに…。


「サンドバッグ・モデルT型。」


「社員の皆様のストレス解消に、ご自由にお使いください。」


「これもお国のお慈悲です。」


執行人がそう言って田中だったものをロビーの隅に固定した。


田中の形をしたものは、感情を失った瞳で宙を見つめている。


かつて彼が、35歳までに結婚相手を

見つけられず、

「死にたくない。」と

泣きながら書類にサインした事を、

佑介は知っていた。


「生き残る」とは、こういうことなのだ。

佑介は自分の腹に手を当てた。


35歳のリミットまで、あと720時間。

自分は、アレになるのか。


それとも、誰でもいいから女を見つけ、

愛のない子宝を作るのか。


ふと、ロビーに設置されたスピーカーから、慈愛に満ちた女性の声でアナウンスが流れた。


「国民の皆様、お国は言いました。嘆かれる内に去ることこそが、究極の愛であると……』


佑介のスマホが、また「ピコン」と鳴った。

週に一度の「安楽死の有無」のアンケート調査だった。


◆◆




田中が田中ではなくなり一週間。

祐介の指は、血が滲むほどスマートフォンの画面を叩き続けていた。


政府公認のマッチングアプリ。


そこは、35歳を目前に控えた男女が、互いの”生き残り”を賭けた最後の希望である。


街中の大型ビジョンでは、

政府の人間が、根拠の無い表を指し示して

叫んでいる。


「国民の皆様、 35歳を過ぎた精子と卵子からできるものは不純物である。」


「不純物から生まれるのは、未来なき未来のみ。」


「我々が存続するには子供という名の未来なのだ!」


綺麗な言葉は時として膿を生む


愛なき者はいずれ滅ぶだろうに…。


「条件をさらに下げるしかない……。」


佑介はアプリのフィルタを書き換えた。

年収、容姿、価値観

そんな贅沢はとうの昔に捨てた。


今の佑介が必要としているのは愛すべき人ではない。


自分の35歳の誕生日までに

“子宝証明書”を発行できる動く子宮だ。

そこでマッチングしたのが、光咲という女性だった。


彼女もまた、34歳と10ヶ月。あと二ヶ月で”愛玩仕様”のキメラにされるか、

死を選ぶかの瀬戸際に立たされていた。

彼女は、ここで相手が見つからなければ死を選ぶつもりでいる。


二人が初めて会ったのは、

役所に併設された小さな待合所の薄暗いロビーだった。


「……初めまして。」


「……ええ」


挨拶もそこそこに、二人が最初に見せ合ったのは身分証ではなく、最新の(生殖能力診断書)だった。


「私の卵子、まだ子作り可能です。」


「今すぐ始めれば、間に合います。」


「そちらは?」


美咲の言葉には、愛など無い。


あるのは、”生きたい”ただそれだけである。


「僕の精子も、先週の検査では合格点だった。」


「行こう…。僕たちが『良品』であることを証明しに」


二人はその足で、センター内の「契約結婚・即時受精ブース」へ向かった。


この法案が成立してから一つだけ良いことがある。


それは性犯罪が激減したからである。


理由は至極簡単な理由であった。


安全では無い相手と生殖行為を

行った場合、エイズなどの病気になってしまう。


そうなれば世界生殖安全保護法により

即死刑となる。


この世界では子供を作るのに害となる事柄は、全て排除されるのだ。


何億人、死刑となり刑を執行されたのか…。


国民には毎日の定期検診は義務となる。


現在では体液接触で感染する病を罹患している者はいない。


それでもあの惨劇を見た国民は

保証がなければ子作りもできなくなったのだ。


そして、佑介と光咲はかつて人類が

(愛)とよんでいたものを知らない。


壁にはお国の為に子宝を授かりましょう。


そう描かれた場所には小さなベッドがある。


そこで過ごした日々は愛の営みでは無い。


光咲は決まった時間に

排卵誘発剤を打ち、決められた角度で身体を重ねる。


互いの体温を感じるたびに、佑介が思い出すのは…、


オフィスの隅で殴られ続けている”田中のだったもの”の姿である。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ。あいつにはならない。)


その一心で、佑介は光咲という名の肉体を、生き延びるための道具として使い続けた。


光咲もまた、佑介を「キメラ化を阻む防壁」としてしか見ていなかった。


そして、佑介の35歳の誕生日まで、

残りわずか3日となった朝。


二人は震える手で、お国から

届いた速達の封筒を開けた。


中から滑り落ちたのは、

金縁の重々しいカードだった。


おめでとうございます。


武藤佑介様、光咲様。


あなた方は国家の為に身を尽くし新たな命がその身に宿りました。


今後生存権と特級制度の、対象となります。


特級制度とは別名[子裕層]ともよばれる。

その内容は、毎月300万の祝い金の支給、


飲食店での飲食費、


公共料金の使用料金の支給


キメラの譲渡などである。


「助かった……」


佑介は床にへたり込み、声を上げて泣いた。


光咲もまた、声なき声でむせてすすり泣く。


お国のスピーカーが、街中にファンファーレを響かせる。


良品を選びし者たちに、幸あれ。


嘆かれる内に去る必要のない、選ばれし民よ。


あなた方の献身を、お国は決して忘れません。


佑介は涙を拭い、窓の外を見た。


そこには、今日35歳を迎え、


泣き叫びながら黒塗りのワゴン車に

押し込まれていく同世代の人間が見えた。


昨日までの自分だったはずの者達だ。


佑介は、その者を見下しながら、

心の底から優越感を感じていた。


「ざまあみろ。僕は『良品』だ。」


「僕は人間だ」


だが、彼はまだ知らなかった。


お国が忘れないと言ったのは、彼らの献身ではなく、その腹の中に宿った”新しい資源”の使い方だけだったということを。


そして、自分が手に入れた

“生存権”という名の通行証が、

将来を約束されたものではなく、

終わりを告げるチケットだとはその時、

誰も思わなかった…。


◆◆◆


武藤佑介が手に入れた「子裕層」の生活は、

かつての彼が想像もできなかったほど

退廃的で、血生臭いものだった。


彼が住む高層マンションの

ロビーには、お国のスローガンが金文字で

刻まれている。


子供は国の宝、親は国の礎。

宝を作れぬ民は非国民である。


●●●●


佑介の自宅には、お国から

三体のキメラが配備されていた。


一体は(家事・調理仕様)である。


かつてはどこかの主婦だったのだろうか。


肩から指先までがトカゲのような鱗で覆われ、身体が切断されてもまた生える。


言葉を奪われた彼女は、時折、喉袋を膨らますと、漏れる空気のような音で泣いた。


もう一体は、佑介が特に気に入っている

「ストレス解消・サンドバッグ仕様」だ。

「おい、来い」


佑介が呼びかけると、四つん這いの肉塊が

這い寄ってくる。


かつての大学時代の友人、

佐々木だ。


彼は30歳の検診で

「精子の形状異常の為、子作り不可」という

非情な宣告を受け、キメラ化を選んだ。


「お前!」ブン。


「昔から!」グチャ!


「俺の事。」バキィ!


「馬鹿にしてたもんな!」グチャ!メリ!


「はぁはぁ…、でも安心しろ。」


「お国のおかげで、今は僕の役に立ってるぞ。」


佑介は笑いながら、佐々木の脇腹を

力いっぱい蹴り上げた。


バキッ、という鈍い音が響く。


しかし、佐々木は叫ばない。


痛覚神経を焼き切られ、

ただ「衝撃を吸収する」という仕様に

従って、肉を震わせるだけだ。


佑介は、この優越感に酔いしれていた。


彼は変わった。


幼き頃は虫も殺せず、他者の痛みを感じとる。


そんな人間であった筈なのに。


お国が世界が彼を変えてしまった。


35歳を過ぎても”人間”でいられる自分。


キメラをモノとして扱える高揚感。


毎週月曜の朝、スマホに届く

安楽死の希望調査の通知ではなく


現在は、政府安全生殖機関からの新たな

執行人としての勧誘である。


最後の一体はライオンのキメラである。


妻の光咲と息子の直人の

“遊び相手”である。


「パパ、それなあに?」


背後から、無邪気な声がした。

息子の直人なおとだ。


お国への「納品」として生まれ、

今は5歳になる。


「ああ、これはね、お国に従えなかった

”悪いモノ”だよ。」


「直人もしっかりお勉強して、

お国の為になる人間でいなきゃ駄目だぞ。」


「うん! 僕、お国の言うこと全部聞くよ。」


「だって、お国は僕たちの味方だもんね」


直人の瞳は、

全てを信じ澄みきっていた。


学校では毎日と

お国の正義が教え込まれている。


35歳という境界線の尊さ。


去り際を汚さない美学。


そして、”お国の決定は絶対”

であるということ。


ある日、佑介は街の

愛玩動物ペットショップ」の

前を通りかかった。


ショーウィンドウの中には、かつて

佑介が20代の頃に密かに思いを寄せていた、職場のマドンナだった女性がいた。


彼女は「愛玩・性処理仕様」として。


美しい髪と顔そして上半身を残し、


下半身は人魚の様な鱗に覆われていた。

「……あ。」


水槽で浮いている彼女と


一瞬、目が合った気がした。


彼女の瞳に、絶望の雫がたまる。


しかし、横にいた”子裕層”の

若い夫婦が笑った。


「見て、この子、泣いてるみたい。」


「ちょうど子供のおもちゃに欲しかったのよ。」


「それに処理用仕様だって。」


「あなたも、もうじき生殖不可年齢になるじゃない。」


「使えば?」


「そうだな。お国のための資源なんだし。」


「使い倒してやるのが供養さ。」


佑介は、吐き気を覚えた。


だが、その吐き気をすぐに飲み込んだ。

自分は選ばれた。


自分はあちら側ではない。


そう自分に言い聞かせなければ、

正気が保てなかった。


だが、地獄の鐘は、思わぬ形で鳴り響く。


ある日の午後。


テレビのニュースで全国の

子裕層に向けて緊急放送が流れる。


優良国民の皆様へ

国家の為に日々のご尽力に

感謝申し上げます。


そのご尽力のおかげで

少子化が解消されました。


そして新たなお国の政令を

お伝えいたします。


(子宝)が増えすぎました。


このままではこの星の資源が底を、尽きます。


優良国民の皆様、


一世帯につきましてお一人だけ

去っていただきます。


ご家庭でよく話し合いをして


24時間以内にお決めください。


去られる方は政府執行人までご連絡を

ください。


お迎えに参ります。


佑介の顔から血の気が引いた。


かつて自分を救ったはずの

選ばれた者である金色のステータスが、

音を立てて崩れ去っていく。


佑介が震えながらリビングを

振り返ると、そこには、

いつの間にか表情を消した

5歳の息子直人が立っていた。


その手には、学校から工作用

として配られていたはずの、

妙に鋭利なセラミック製の

ナイフが握られていた。


「パパ。」


「お国の為に去って。」


そういうと佑介の心臓にズブッと冷たい物が刺さる。


「なお…なん、で。?」


「だってパパ言ってたじゃん。」


「お国の為になる人間でいろって。」


直人は妻の光咲にすり寄り

ライオンのキメラが薄ら笑いを

浮かべ僕を見下すのであった…。



◆◆


それから5年後。


世界は温暖化により日本以外の資源が枯渇し、砂漠化と飢餓が支配する極限の地と化していた。


ついに抑圧されていたキメラたちが反乱を起こし、人間とキメラの立場は逆転する。


人間は首輪をつけられキメラ達に行ってきた凶行をやり返される。


あるものはいたずらに切り裂かせ殴られ動けぬ肉塊と化すと無造作に放置された。


腐り落ちる肉塊。


その腐敗した臭いを好むキメラがいるからであった。


またあるものは、死ぬまで弄ばれる。


そして最後は大地に撒かれ肥やしとなる。


キメラ達に逆らう者達も、当然現れる。


しかし、武器も持たぬ者には野生の恐るべき力に何の抵抗もできず無力だと思い知らさせる。


そして逆らう人間は『Ai自立型、人類保存計画発案者(ヤマト)』が選び、神への生け(トチガエシ)として笑顔で命を捧げる家畜へと成り下がった。


佑介の妻であった光咲は、支配者となったライオンのキメラとの子を宿すことで、執念深く生き長らえようとする。


だが光咲にはある誤算が生まれた。


それは…光咲はライオンのキメラに心が引かれてしまったのである。


ライオンのキメラは祐介とは違い、光咲を

愛し大切にしていた。


言葉を発する事の出来ないライオンのキメラ。


キメラのライオンが光咲を求めた時、

決して嫌がる事はしない。


いつも熱く温かくそして激しい。


祐介は直人が、産まれると直ぐに光咲の元から距離を置き外で遊び歩く。


直人の事を全て光咲に任せて。


光咲が体調を崩し寝込んでいても祐介は

気付きもしない。


しかしライオンのキメラは違った。


光咲の様子にいち早く気付き傍に寄り添う。

瞳の奥には慈愛が満ちている。


直人と共に偽りの家族としてライオンのキメラに仕え従っていた。



ライオンのキメラは知性が高い。


他のキメラも人知れず進化を遂げ


各々がその特性を高め特化していく。


ある日ライオンのキメラが何かに呼ばれる様に出掛ける。


後を付けた光咲は、トウキョウにある巨大な施設へとたどり着く。


そこでは、『人類は、どの生物よりも気高く美しい。』『我らが残る事をこの星は望む。』


施設の壁画にそう書かれていた。


生物の気配があまりかんじられ無い。


施設の内部へと誘われるかのように光咲は入っていく。


そこで、光咲は偶然にも荒れ果てたトウキョウでキメラ計画の真実を知ってしまう。


そもそもキメラ計画とは過酷な環境下でも適応出来る生物を生み出す。


幾多の人間を実験台にしその成果が

今の知能が高いキメラ達であった。


今。


残された資源求め殺し合う。


そして資源はニホンしか存在しない。


そのせいで何億人と数えきれぬ者達が

物言わぬ犠牲者となってしまう。


光咲は、かつて自分が"選ばれた民"であると信じていた。お国のために子宝を宿し、

安泰な未来を手に入れたと思っていた。


しかし、その未来は、資源が底をつき、一世帯から一人を排除するという非情な政令によって、無残にも打ち砕かれた。


息子直人の手によって佑介がこの世を去り、世界はキメラたちの支配へと塗り替えられた。


光咲は、生き残るために支配者となったライオンのキメラに身を委ね、その子を宿す道を選んだ。


生きるためなら、愛などなくても、人間で

あることを捨てても構わない。彼女の執念は、それほどまでに強かった。


しかし、知性の高いライオンのキメラは、

光咲を愛し、大切にした。


ピンポーン。家のチャイムが鳴らされる。

光咲は、扉を開けると狐と兎のキメラが立っていた。


書類を渡される光咲。


そこにはキメラのオサ『ヤマト』からの指令が書かれていた。


書面を読み取る光咲。


手が震え落としてしまう。


それを拾うライオンのキメラ。


書類を破り捨てようとするが狐と兎のキメラに止められる。


直人とともに偽りの家族として仕え、

平穏な日々を過ごしていたのも束の間、


キメラのオサ、ヤマトからお告げがくだる。


純粋なるオコを大地に捧げよと…。


直人は、純粋だった恐ろしい位に。


笑顔で生きたまま深く掘られた穴に埋められる。


イキガミサマになってしまう。


人間だった頃の感情が残っていたのか。

ライオンのキメラは嘆いた。


愛すべき家族が一つ失くなってしまったから…。


光咲は、少し心に穴が空いた気がするが

生きるのに必死だった。


それ故に反対もせずに直人を見送るのであった。



純粋すぎた直人は、笑顔で生きたまま土に埋められた。


光咲は、荒れ果てたトウキョウで、キメラ計画の真実を知ってからは、自らもキメラになれないか調べる。


過酷な環境に適応できる生物を生み出すための、人間を実験台にしたプロジェクト。


その成果が、知能の高いキメラたちだったのだ。


残された資源を求め、殺し合う世界。光咲は、資源と規律が失われゆく未来を見据え、広大な海で生きるための仕様変更を望んだ。


『トウキョウ生物科学研究所』に全てを託した光咲。


完全な自由を誰にも縛られぬ事を望む光咲。

海で自由に生きれるキメラにして欲しい。


光咲は望み『Ai自立型(ヤマト)』に自らを差し出す。


ライオンのキメラは彼女を失いたくないと

研究所を焼き払ったが、マザーコンピューター『ヤマト』はそれすらも予測していた。


ヤマトはもう既に残された人間にも仕様変更を実行していた。


全ての生物にキメラ細胞を移植し、時が来ると身体が変化する。



そして、光咲は変化した。


彼女が変貌を遂げたのは、捕食者ではなく、ただ群れをなして喰われるためだけに存在する"イワシのキメラ"だった。


『資源を、維持する為には贄が必要。』


Ai自立型コンピューター"ヤマト"の残忍で冷酷な計算の結果だった。


生き延びるためにあらゆるものを犠牲にし、人間であることを捨て、キメラになることを望んだ果てに、彼女は意志なき餌として、

終わりのない海へと消えていったのだ。


かつては「選ばれた民」として優越感に浸り、自分を守るために他者を道具として利用した光咲。


彼女の執念深い生き様は、最終的に「餌」という最も卑小な存在へと堕ちることで、その皮肉を完成させた。


彼女の最期の思考は、後悔だったのか、諦めだったのか、あるいは思考停止だったのか。


意志を失ったイワシの群れの中で、彼女の残滓は、ただ静かに海を漂い、いつか他の生命の糧となるのを待つだけだ。


そしてそこから20年後…。


そんな星にも終わりが訪れる。


星は突然に砕け吹き飛ぶ。


広大な深淵の暗闇に幾千もの欠片が

流星となり飛び散って行く…。


何億年もさ迷う欠片。


青く美しい星に欠片は落ちる。


その星の名はチキュウ。


それから数千年後。


また新たな生物が生まれた。


醜く、狡猾で、残忍であり時には

純粋な悪でもある生物。


その生物とはニンゲンと後の者達は語る。


そしてまた同じ事を繰り返すのだ。


戦争を起こし、争い、奪う。


嬉々として騙し合い


鬼気として慈しむ。



恐るべき生物がまた住みかを汚し自らの滅びの道ヘと 向かうのである。


それから数えきれぬ年月を重ね…。


ニンゲンの凄まじい速さで文明は発達していく。


そのせいでまたチキュウの限りある資源が枯渇していく…。


ニンゲンはそれを気付かずに食い潰す。


そしてあるニンゲンの男が、持つ通話機器から"ピコン"と、音が鳴る。


『惜しまれる内に、この世から旅立ちちませんか?それとも仕様変更しますか?YESかNOでお答え下さい。』


男は震える指でNOと押す。

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