第69話 それぞれの思惑
スアヌ王国は、この地を治める猫人のほかにも、さまざまな種族が暮らす多種族国家だ。
エルフやドワーフ、リザードマン、その他の獣人など――。
王都のメーザン教の大教会の司教にしても狐人が務めている。
だから、通りを狐人が歩いていたとしても何も珍しくはない。
しかし、その大きな狐耳とふさふさの尻尾を、どこか楽しげに揺らしながら歩く彼女とすれ違った者は、種族も性別も関係なく、思わず足を止めずにはいられなかった。
――そのあまりにも美しく、そして妖艶な姿に。
だが、目が合った瞬間、本能で理解する。
体の奥まで凍りつくような、冷たい瞳――それは決して自分にとって友好的な存在ではないのだ、と。
ゆるやかに石畳を進む狐美女の前に、メーザン教の大教会が姿を現した。
白亜の尖塔が光を返し、扉の向こうからは静かな祈りの調べが聞こえてくる。
中に入ると、高窓から差し込む光が、彼女の銀の髪と白い衣を淡く照らした。
恭しく出迎えたのは、クイ司教だった。
「お待ちしておりました、大司教様」
「諸々、手配は終わっているのかしら?」
「もちろんでございます。明日の夕方となりますので、今日は長旅の疲れを癒すべく、ごゆっくりなさってください」
「ありがとう」
◆◆◆
魔王城での俺の射精マシーンとしての生活は十日くらいで終わりを告げた。
普通のダークエルフや魔族から獲得できるポイントは多くても十万程度。
ニリングスの魔力で無理やり回復させられたところで、精液を伴わない発射ではポイントが発生しないので、一日で稼げるポイントなど微々たるもの。
こんなやり方では非効率だと気付いてくれたのは、城の女のコたちを全員――三十人くらい――抱き終えた後のことだった。
ニリングスの採用基準は、見た目も重視しているのが幸いだった。
もちろん、『魔王の寵愛』を得るためにニリングスと優先的にやっていたことは言うまでもない。
今日の一戦を終えた後、ベッドから起き上がった彼女は服を着ながら、何か考えるような素振りを見せた。
「ポイントには身分とかも関係あるのよね?」
「ああ。あとは希少性とか見た目とか能力とかかな」
「あのダークエルフの族長だったら、最大値に近いかしら?」
「うん、百万だったけど……」
「ということは、魔族の姫も同じくらいのはず」
堕天使は満足そうに頷いた。
「え? まさか……」
「ちょっと連れてくるわね」
「いやいや、それって誘拐とか拉致じゃないの!? 犯罪はあかんて!!」
「魔王様が帰還したんだから、喜んで来るわよ」
そう言うと、ニリングスは背中に翼を顕現させ、大きな窓から颯爽と飛び立っていった。
◆◆◆
スアヌ王国の王宮で催された、ささやかな晩餐会。
王は外せない他の公務により席を外していたが、代わりにフィリク王子とアーリス王女をはじめ、数名の王族が異国からの要人を迎えていた。
煌びやかなシャンデリアの光が金食器に反射し、静かな楽団の旋律が広間を満たす。
全員が着席し、給仕がワインを注ぎ終えた頃。
柔らかな笑みを浮かべながら口を開いたのは、クイ司教だった。
「本日はお忙しい中、このような場を設けて頂き、誠にありがとうございます、フィリク様」
「いえ、数億人もの信徒を誇るメーザン教で、わずか数名しかいない大司教殿とお会いできる機会など、王族と言えど滅多にありませんからね。お会いできて光栄です、ルクスリア殿」
「こちらこそ光栄です、フィリク殿下。信仰云々はさておき、スアヌ王国は私たち狐人にとっても重要な国です。今後も友好的な関係を続けて頂くことを願っております」
ルクスリアは、白いグラスを軽く傾けながら、その大きな瞳を細めて微笑んだ。
「ところで、差し支えなければ今回のご来訪の目的を教えて頂いても?」
「ええ……。ただ、残念ながらご期待に沿えるような立派なものではなく、単なる興味本位の視察と申しますか。久しぶりに長期休暇を頂いたので、世界中を回っているのです」
「なるほど。では、まだ到着したばかりで余り観光は出来ていないかと思いますが、この国の第一印象はいかがですか?」
「そうですね。抽象的な表現になってしまいますが、とても美しい魂の持ち主が多いです」
「魂……ですか?」
「はい。思わず魅入ってしまうような……。もちろん、この場にいらっしゃる皆さまもそうです」
「そ、そうですか。お褒めの言葉として、有難く受け取っておきます」
どう返せばいいものか分からず、フィリクは曖昧な笑みを浮かべた。
「でも――アーリス殿下」
「え? 私……ですか?」
「はい。殿下の魂には、少し揺らぎが見えます」
「揺らぎ……?」
「進むべき正しい道から、ほんのわずかに逸れてしまっているようです。その使命を果たす為に、必要な色がまだ見えません。そのせいで、魂が迷っている」
「は、はぁ……。使命と言われても、よく分からないですが……」
「いえ。あなたは、よくご存じのはずです。――六柱の巫女としての」
「ど……どうして、それを?」
アーリスは椅子の背に手を添え、驚きに目を見開いた。
「世界は今、大きく動こうとしています。宜しければ――私が正しき道筋へと導いて差し上げます。世界を救うためにも」
「世界を……救う? そ、そう言われてしまうと……断る選択肢は無いのでは……?」
「ありがとうございます。長期休暇を取得しておいて良かった。では、今日は宴を楽しませて頂き、明日から始めましょう。アーリス様なら数週間もあれば、その色を出すことができるはずです」
そう言ってルクスリアは、静かに微笑んだ。




