第67話 ニリングス②
俺はニリングスに案内され、魔王城へと向かう。
ナルビーズが「この堕天使に加護など不要」と言った意味が心の底から理解できる。
これほどの美女を前にして、性欲よりも恐怖が勝っている時点で、マジでヤバい。
今すぐ帰りたいところだが――とてもそんなことを口にできる雰囲気ではなかった。
暗黒大陸は、生半可な好奇心で足を踏み入れていい場所ではなかったのだ。
「着いたわ」
ニリングスが翼をたたみ、ゆるやかに降下する。
眼下に広がるのは、周囲よりも更に濃い闇の瘴気に包まれた巨大な城。
黒曜石のように光を吸い込む外壁が、幾重にも積み重なり、無数の尖塔が雲を突き刺すように聳えている。
その上空では黒い稲光のような魔力が、渦を巻きながら城を中心に蠢いていた。
俺たちが近づくと、禍々しい門はまるで意志を持つかのように静かに開いた。
門番の姿はどこにもない。
「……こんなデカい城に一人で住んでるのか?」
「いえ、メイドとか庭師、あと料理人や大工みたいな職人は一通り揃ってるわよ」
「みんな堕天使?」
「まさか。定期的にそこら辺の街とかから、腕のいい者たちを集めてるの」
「へえ……。でも門番とか護衛はいないんだな」
「それは必要ないでしょ。わたしに危害を加えられる虫けらなんて、ここにはいないんだから」
石畳を進んだ先の巨大な扉もまた、魔力によって制御されているらしく、ニリングスが近づくだけで、スーッと音もなく開いた。
城内に足を踏み入れた瞬間、空気が一変する。
整然と並んだダークエルフや魔族のメイドたちが、二列に並び、深々と頭を下げて俺たちを迎え入れた。
その一糸乱れぬ動作には、畏怖の色が滲んでいる。
うわぁ……。
めっちゃパワハラとかしてそう……。
俺は付き人のようにニリングスの後ろを静かに歩く。
そして広い廊下を抜け、応接室のような部屋へ案内された。
テーブルを挟み、向かい合う形でソファに腰を下ろす。
「それで、どこまで覚えてるの? もしくは思い出したの?」
いつの間にか現れた魔族のメイドが、銀の盆に載せたカップを静かに差し出す。
ニリングスはその香りを一息吸い込み、ゆるやかに口をつけながら話を切り出した。
「いや……何も……」
「あら、そう。じゃ、なぜここまで来たの? 何も覚えていないのに」
その声音がわずかに冷たさを帯び、瞳の奥の光が鋭くなる。
「こっちに転移してきて、色んな事件とかに巻き込まれてるうちに、天界との大戦とか、七つの大罪とか、六柱の巫女の情報に辿り着いて……。で、この暗黒大陸にも、かつての巫女がいるんじゃないかと思って調査しに来た感じ」
「そう。大戦のきっかけとなった出来事は分かった?」
「この前、ナルビーズに聞いてみたけど、『口にするのも汚らわしい。忘れろ』と言われて、教えてもらえなかった」
「ナルビーズ? ああ、ダークエルフの族長かしら? いい年して、子供みたいな見た目の」
「子供って程じゃないけど……。まぁロリっ娘ではあるな」
「……どこから話せばいいかしらね。まずは大戦のきっかけかしら?」
「ああ。それは是非教えて欲しい」
ニリングスのカップを置く小さな音が、静かに部屋に響いた。
「魔王が神に盾突いた理由は、わたしにあるのよ」
「え?」
「わたしが魔王と性交しようとした、まさにその瞬間――わたしの性器に『魔封印』が施されたの。神によって」
「……は?」
「魔王の力をもってしても解除できない程の超強力な貞操帯みたいなものね」
「いやいや……。え? まさか、それでヤレなくなっちゃって魔王は激怒したの!?」
「そうよ」
あっさりかよ!
ええ……まぁ気持ちはわかるけど……。
沸点低すぎるだろ、先代さんよ。
さすがの俺でも、その程度のことで神に盾突いたりはしないぞ……。
「てか、あんたと魔王は恋仲だったのか?」
「違うわ。お互いの利害のためよ。彼は単純にわたしを抱きたかっただけで、わたしは魔王の持つ力が欲しかった」
「魔王の力? 魔王の加護のこと?」
「そんなものはいらないわよ。わたしが求めたのは『神羅万象』――世界の理をねじ曲げ、無から有を生み出すことすら可能なスキル。それを使えるようになれば、わたしは神をも超越できる」
「ああ、あれは確かにチートすぎるけど」
「そう。だからその企みに気づいた神が、ギリギリのところで防いだというわけ」
そういうことか……。
ってことは、神は別に悪くないんじゃね?
むしろ当然の判断をしただけで。
「あなたも当然、使えるのよね?」
「ああ、使える……いや、『使えていた』が正解かな。こっちに転移してきてから、ポイントが足りなさすぎてまだゲットできてないけど」
「ポイント?」
俺はポイントシステムについて、説明した。
エロにも理解がありそうなので、隠すことなく。
「なるほど、そういう仕組みね。……どっちにしろ、あなたの力を使うには、あなたと関係を持つ必要がある。いやらしいことに関しては、信じられないほど執念深かったあの魔王が、わたしのこの魔封印を解除する為の研究をしてこなかったわけがないわ」
ニリングスは、まっすぐ俺を見据えた。
「ちょっと、その『スキル一覧』とやらを見せて」
俺はスマホを取り出し、一緒に眺めながらスクロールさせていく。
そして――
「あ、これっぽいわ」
堕天使が指差した先には 《玉門解放》 1,000,000P とあった。
「なんだこれ? こんなスキル使ったこと無いぞ……。転生した時から持ってたのかな? 玉門なんて言葉も初めて聞いたし」
「女性器のことよ」
いや、そのまんまじゃん……。




