第63話 暗黒大陸③
ダークエルフと言っても、一応エルフなのだから森の中に集落を築いているんだろうと思っていた。
エロドやメクアの森みたいに。
だが、全然違った。
二人に先導され、鬱蒼とした森を抜けた先、視界が一気に開ける。
そこには、灰色の建物が整然と並ぶ風景が広がっていた。
低い石壁に囲まれた街並みは、装飾よりも実用性を重んじた造りのようだ。
そこに静かな緊張感も漂っている。
「なんかイメージと違うな。森の中にある自然と調和した集落かと思ってたよ」
「昔はな。ということは、向こうのエルフは未だ時が止まったままか」
街の中へ足を踏み入れると、瘴気が薄くなったのが分かった。
石畳の道が縦横に走り、建物のあちこちには魔力で制御していると思しき装置が組み込まれている。
恐らく瘴気を浄化する施設などもあるのだろう。
通りを歩く者たちはダークエルフだけではない。
屈強な体躯のドワーフ、獣耳と尻尾を揺らしながら行き交う獣人などの姿も混じっている。
「へぇ……。あっちの大陸より、文明的には少し進んでそうだな」
思わず辺りをキョロキョロと見回してしまう。
見慣れぬ装置や建築様式のせいで、どこか異国に迷い込んだような感覚。
「そうか。向こうの情報はほとんど入ってこないから、何とも言えんが……」
「ところで、どこに向かってるんだ?」
「……あんたの魔力、俺じゃちょっと手に負えないんでな。ナルビーズ様にどうすべきか確認しに行きたい」
「ナルビーズ様?」
「俺たちの族長だ。この地にはいくつもダークエルフの街があるが、その全てを取りまとめている方だ」
そんな話をしている最中、ロン毛のダークエルフは、角刈りの方に軽く頭を下げて挨拶し、どこかへ去っていった。
「それにしても、ここはあんたらダークエルフ以外に、魔族とか堕天使やらがいて、混沌に支配されてるとか聞いてたけど、全然平和そうに見えるな」
「……混沌か。あの馬鹿が、たまに滅茶苦茶やりやがる時は確かにそうかもな」
「あの馬鹿?」
「堕天使だ。忌々しい」
角刈りダークエルフは苦虫を噛みつぶしたような顔で吐き捨てた。
「てことは、魔族とは敵対してないのか?」
「ああ。ちゃんと棲み分けてるし敵対する理由がない。とはいえ、深い交流があるわけでもなく、必要最低限の付き合いってとこだ」
俺たちはそのまま街の中心へ向かって歩いていった。
石畳の道は広くなり、周囲の建物も徐々に高さを増していく。
やがて、角刈りの足が止まる。
「ここだ」
目の前に現れたのは、周囲の建物よりも一際大きな屋敷だった。
鉄柵が敷地をぐるりと囲み、門柱には古い紋章のような刻印が浮かんでいる。
門の前には、屈強な二人のダークエルフが仁王立ちしていた。
漆黒の鎧をまとい、鋭い視線をこちらに向けている。
「お疲れ様です、副隊長殿」
門番たちは角刈りに向かって敬礼した。
「おう、お疲れ。ナルビーズ様はお手すきか?」
「確認いたしますが、どのようなご用件でしょうか?」
「このヤバそうな奴をどう取り扱えばいいのか、指示を仰ぎたい」
そう言って、俺を指差す。
「……なるほど。少々お待ちください」
片方の門番が頷くと、鉄柵の門を開け、屋敷の方へと小走りで消えていった。
「この大陸にはダークエルフってどれくらいいるんだ? いくつも街があるってことは、それなりに人口も多いのか?」
「せいぜい数万程度だ。言ってもエルフと同じ長命種だからな。子は出来にくい」
「へぇ。でもこの街の規模だと、十万くらいはいそうだけど」
「我々よりもドワーフや獣人の方が多い。特に東の鉱山地帯の街は住民の八割以上がドワーフだし、西の方にはほぼ獣人だけの街もある」
「ほう。そのドワーフたちも、ナルビーズさんって人が支配してるのか?」
「我々の支配領域内のドワーフはな。魔族領の方のドワーフは魔族が統べている。とはいえ、ドワーフたちにも奴らなりの社会がある。そのあたりは尊重している」
――事前情報と違って、思っていたよりちゃんとした社会が成り立ってるじゃん。
しばらくすると、先ほどの門番が戻ってきた。
「お待たせしました。お会いになるとのことです。ご案内いたします」
俺たちは門番に導かれ、屋敷の中へ足を踏み入れる。
黒檀の床には深紅の絨毯が敷かれ、壁には銀の燭台が等間隔に並んでいた。
魔力で制御されているその灯りは穏やかだが、その光に照らされた装飾はどれも重厚で、まるで闇の中に沈む宝石のように静かに輝いていた。
「ナルビーズ様」
やがて、大きな扉の前で立ち止まった門番が、恭しくそう呼びかけ、コンコンとノックした。
「構わぬ。入るがよい」
低く落ち着いた声が返ってくる。
「失礼します」
重い扉が押し開かれると、奥に広がるのは石造りの広間。
その中央――巨大な黒石の椅子に、気怠げな姿勢で腰を下ろしているダークエルフのロリ系美女がいた。
背もたれに身を預け、片膝を立て、もう片方の足を軽く折り曲げている。
褐色の肌に銀の長髪が流れ、指先は膝の上で静かに組まれていた。
胸元は、魔導の象徴を思わせるような紋章飾りが淡く光を反射し、薄布の衣が息遣いとともに微かに揺れる。
その口元には、余裕を含んだわずかな笑み。
だが、瞳の奥には全てを見透かすような冷たい光が宿っていた。
――強い。
この絶対的な威圧感は、ハッタリなどではない。
俺の中で、警戒信号が鳴り響いていた。




