第56話 デン・マ竜国②
山肌を削り取って築かれた街は、城壁や塔が幾重にも折り重なり、黒光りする岩肌のような建物が並んでいた。
石畳の通りには人々が行き交い、竜が悠々と歩き、あるいは低空で滑るように飛んでいる。
街では、人々が竜の背に乗り、まるで馬車の代わりのように街を行き来していた。
竜と竜人が一体となった生活が、ここでは当たり前のように営まれている。
その中に、背の低いドワーフたちの姿も見える。
格好から察するに、この巨大な鉱山の採掘や鍛冶に従事しているのだろう。
鍛冶場からは火花が散り、街の空気に金属の匂いが混じる。
竜の羽ばたきと人々の喧騒が絡み合い、都市全体が力強く生きていることを実感させた。
何と言うか、ファイナルファンタジーの世界っぽい。
俺は前世で徹夜してまでプレイした、あの国民的RPGのことをふと思い出した。
これはディル・ドー帝国とは圧倒的に国力が違うな……。
確かに、人間など相手にならないと豪語するのも納得だ。
「すげぇな、この国……。小型とは言え、ここまで竜を使役できるのは大したもんだ」
「小型……? 何を言ってる。標準的な大きさだろう。まるでもっとデカい竜を見たような言い草だ」
「ああ、魔界ではこんなのの何倍もデカいのが普通にうろついてる」
「ふん、また戯言か。で、『七つの大罪』を調査する理由は何だ?」
「まぁ、調査って言うか警告だな。『七つの大罪』を狙っているヤバそうな奴らがいるから気をつけろっていう」
俺の言葉に男は足を止め、眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「まだ推測の段階だが、メーザン教の『聖人』と呼ばれる奴らが、天使たちを降臨させようと暗躍しているっぽい。実際に『朧月』と『エクリプス』を狙って襲撃してきた奴らは、普通じゃない魔術を使っていた。ここにいる竜の倍以上の大きさの業火竜まで召喚してるしな」
「業火竜……」
「お、知ってるのか? エルフたちは知らんかったけど」
男は顎に手をやり、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「ふむ。その竜種の名まで口にするとは、あながちお前の言うことは戯言だけではなさそうだな。俺には判断がつかんから、竜騎士団の本部まで来てもらおうか」
そう言って男が歩き出すと、俺も後に続く。
街の外れまで来ると、山並みに囲まれた平地の向こうに、城塞がそびえていた。
複数の塔や建造物が互いに連結し、宿舎や訓練場、竜の発着スペースまで備えている。
外壁には竜の像や翼を象った装飾が随所に施され、塔の頂点には紋章が掲げられていた。
広大な中庭では竜が翼を休めていたり、騎士たちが背に乗って空へと飛び立ったりしている。
その規模と威容から、ここが竜騎士団の本部であることはすぐに分かった。
「あんたも竜騎士団の団員なのか?」
「ああ。とはいえ、ただの哨兵だがな」
男に案内され、建物の奥へ進む。
通されたのは控室のような場所だった。
応接室には程遠い、どちらかといえば取調室に近い無骨な部屋だ。
しばらくすると、男は立派な甲冑を着込んだ年配の騎士を伴って戻ってきた。
白髪混じりの髪に、側頭部から伸びる立派な二本の角が印象的だ。
「参謀長のガシマンだ。君が自称・魔王か」
年配の騎士は椅子に腰を下ろし、俺をまっすぐに見据える。
……ガシマン?
女の子が嫌がるとかいう荒っぽいアレ?
俺をここまで案内してきた哨兵は、参謀長に一礼すると静かに部屋を出ていく。
「自称というか、元・魔王かな」
「ふむ……」
ガシマンは俺を値踏みするような目で見つめた。
「なるほど。君が人間でないことはすぐに分かった。だが、魔王となるとさすがに信じがたい」
「そうっすか……。ま、俺としてはどっちでもいいんすけど。『七つの大罪』について知ることが出来ればね」
「それは、君が本当に魔王かどうかで与えられる情報が変わってくるぞ」
「なんですと……? では、どうやって証明しましょうか。圧倒的な魔力とか見せればいいっすか?」
「本物の魔王であれば、冥竜の召喚が出来るはずだ」
「ああ、魔界のじゃなくて冥界の奴っすね。出来ますよ」
「……なに?」
ガシマンの目が見開かれ、驚きがあからさまに顔に出る。
「ここじゃあれなんで、中庭でいいっすか?」
◆◆◆
中庭へと続く石造りの回廊を進みながら、俺は亜空間からスマホを取り出した。
スキル一覧をスクロールし、《冥竜召喚 Lv.1》――100,000Pの表示をタップする。
てか、レベル1で十万も持ってかれるのかよ……。
カンストさせるには三百万以上必要じゃね……?
まぁ、あれを召喚するんだったら、それ位は確かに必要か。
そんなことを心の中でぼやきつつ歩いているうちに、広々とした訓練場に出た。
黒い石畳が敷き詰められ、周囲には竜の待機用スペースが設けられている。
数頭の竜が翼をたたんで休息し、鎧姿の騎士たちが手綱や装備を点検している光景が目に入った。
冥界の竜と、この世界や魔界の竜――その違いははっきりしている。
まず、存在の在り方だ。
こちらの竜は肉体を持つ生物として空を翔けるが、冥界の竜は霊的存在で、魔力を糧に現実世界に顕現する。
そして、魔力が尽きれば、また冥界へと還っていく。
そして、もう一つ。
言葉だ。
この世界の竜は大型になるほど賢さを増すが、人間の言葉を話すことはない。
だが冥界の竜は、上位の種ともなれば人語を操り、召喚者と対等に会話ができる。
とはいえ、取り戻したのはレベル1だからな。
大した冥竜は召喚できないが、とりあえずはこれで納得してもらおう。
俺は左手を宙にかざし、魔力を発動する。
周囲の光が吸い込まれるようにして漆黒の渦が生まれる。
空間そのものが裂け、深淵の口が開いたかのようだった。
やがて、その渦の奥から影がせり出す。
全身を黒い霧に包まれた竜が、ゆらりと現界する。
大きさこそこの世界の竜と同じだが、その空気感は全く違う。
黄金の双眸がぎらりと輝き、肌を刺すような冷たい威圧感が迸る。
「おお……っ!」
ガシマンは息を呑み、その冥竜に目を奪われたまま、感嘆とも恐怖ともつかぬ声を漏らした。




