第52話 帝国武闘祭②
バトロワかよ、めんどくせぇな。
周囲が取っ組み合いやら何やらで騒がしくなってきたのを横目に、俺はスマホを取り出し、スキル一覧をスクロールする。
「――あ、こいつでいいか」
指が止まったのは《魔王の覇気》1,000,000P。
百万ポイントはでかいが、ボーナスポイントに加えてリトリス様やカトロジー様で荒稼ぎしたので、まだ二千万以上残ってる。
タップした瞬間、俺の体はいつものように一瞬だけ淡く光った。
「……ん? なんだ、おっさん? 今、何かしたろ」
近くにいた剣士が目ざとく気づく。
「いや、何でもない。気にすんなよ」
「いやいや、そういうわけにはいかないだろ。おっさんみたいな雑魚にはとっとと退場してもらわんと」
剣士の周囲に他の連中が集まってくる。
「そうそう、おっさんみたいな雑魚が何かの偶然が重なって、生き残っちまうってのが一番興ざめなんだよ」
「死にたくなけりゃ、自分から場外に落ちてくんね?」
「あそこにいるオホに目つけられたら終わりだぜ? 本気で殺されるぞ?」
じりじりと、俺を取り囲む輪が狭まっていく。
「……久しぶりに使うから、加減が難しいな」
「あ?」
俺は《魔王の覇気》を発動した。
――空気がビリッと震える。
嵐の前触れのような圧が走り、次の瞬間、目に見えぬ奔流が闘技場全体に広がっていく。
それは恐怖と威圧を濃縮した覇気。
耐えられない者たちは膝をつき、呼吸を乱し、目を白く剥いて泡を吹くと、ばたばた倒れていった。
場内は何が起きたのか分からないまま、しん……と静まり返る。
闘技場の中央に立っているのは、俺ひとりだけだった。
「……マジかよ。さすがに何人かは残ると思ったんだけど」
◆◆◆
「え、えっと……これは一体、なにが……」
サングラスの司会がマイク片手に観客席から降り、恐る恐る闘技場へやって来た。
足元でピクピク痙攣している男たちをおっかなびっくり避けながら、俺の方へ近づいてくる。
「こ、これはあなたが?」
そう言って俺にマイクを差し向ける。
「そうっすね。ちょっとやり過ぎちゃったかも」
「な、何をされたのでしょうか?」
「んー、言葉で説明すんのはムズいけど、精神力みたいなのを力として放出する感じかな」
「は、はぁ……」
司会は理解しきれない様子で、マイクを持つ手が震えている。
まぁ恐怖や威圧を力に変えるなんて、目に見えないから分からんよな。
「で、この後どうするんすか? 最初に起き上がった奴と戦う感じ? 下手したら丸一日くらい目を覚まさんかもだけど」
「そ、そんなに!? ど、どうしましょうか……??」
司会は判断を仰ぐように、貴賓席にいる皇帝陛下の方を見上げる。
しばしの静寂。
陛下がゆっくりと席を立ち、闘技場へと降りてきた。
裾を翻しながら石床を進み、倒れている者たちの脈を取り、瞳孔を開いて光を当て、意識の有無を一人ずつ確認していく。
「……ふむ。命には別状ない。だが、確かにすぐには目を覚まさんだろうな」
そして、陛下はゆっくりと俺の方に向き直った。
「素晴らしい……。圧倒的な力を目にして、腰が抜けるほど驚いたよ。まるで伝説の魔王様の……」
「魔王について何か知ってるんですか? 俺、よそから来たもんで」
「ふむ。興味があるのか? いいだろう、晩餐の席でゆっくり話そう」
そう言うと、陛下は司会からマイクを受け取り、観客に向けて口を開く。
「諸君、今見た通りだ! 我々はとんでもない力を目撃した! この男こそ、この帝国を支えるにふさわしい! 彼に祝福の拍手を!!」
陛下の言葉に、我に返った観客たちは最初こそ戸惑いがちに手を打ち始めたが、やがてその拍手は波のように広がり、闘技場全体を揺らす大歓声へと変わっていった。
「君の名前を教えてくれるか?」
「あ、ヒロシです。よろしくどうぞ」
俺が名乗るや否や、拍手に混じってコールが湧き起こる。
「ヒ・ロ・シ! ヒ・ロ・シ!!」
コールは瞬く間に観客席全体へ広がり、何万もの声が俺の名を連呼する轟きとなった。
◆◆◆
俺はそのまま闘技場から馬車に乗せられ、帝都宮殿へと案内された。
宮殿の門をくぐると、外の喧騒が嘘のように消え、静謐な空気が辺りを包む。
厚い石造りの壁と重厚な鉄製の扉が威圧感を放ち、通路の両側には漆黒の大理石と深紅の絨毯が敷かれている。
歩を進めるたびに、石床に静かな音が響き、宮殿全体の堅牢さと品格を実感させる。
案内された部屋は、天井が高く、壁には漆塗りの木パネルと繊細な装飾が施されていた。
窓際には濃紺の厚手のカーテンがゆったりと垂れ、照明の柔らかい光が石床や木の質感を落ち着いた色調で映し出す。
スアヌ王国の王宮とは違い、全体的に華やかさよりも重厚さを重視した造りだった。
ソファに寝転がっていると、ドアを軽くノックする音が聞こえた。
扉を開けると、そこに立っていたのはログマ様だった。
軽く会釈すると、中へ入ってもらう。
間近で見ると、その燃えるような赤髪と瞳に自然と目を奪われる。
身長はオフィーリアと同じくらいの長身で、細身ながらもドレスの上からも分かる巨乳。
表現は単純だが、まさに炎のような美女と呼ぶに相応しかった。
ログマ様はドカッとソファに腰を下ろすと、足を組み、踏ん反り返った。
「貴様、本当にあたしを嫁に出来るとは思っていないだろうな?」
「はい?」
「父上が優勝者をあたしの婿にするとか言っていただろう? そんなのは断じて認めんぞ。あたしは物じゃない」
「まぁ……そうっすよね」
「分かったら辞退しろ。『帝国の紅玉』と称されるこのあたしが、貴様みたいな中年太りの妻になるなど、何の冗談だ。ふざけるな」
「は、はぁ」
てか、俺にじゃなくて陛下に言ってよ。




