第47話 聖女③
カトロジー様に案内されたのは、私室のように質素な一室だった。
聖女様の普段使いにしてはずいぶんと控えめな造りだが、場所は大聖堂の頂上付近。
窓の外を見下ろせば、ニナオ市国の街並みを一望できる素晴らしい眺めが広がっている。
「ここで普段、執務されているんですか?」
「一日中というわけではありませんが、ここは静かで落ち着きます。それに、わたし以外は許可なしには立ち入れませんから」
「なるほど」
俺はテーブルを挟んで、カトロジー様と向かい合い椅子に腰を下ろした。
「それで、お話とは?」
「ふふっ。話を聞きたいのは、あなたの方ではありませんか? 今日はスケジュールに余裕がありますから、遠慮なくどうぞ」
……この御方は、どこまでお見通しなのだろうか。
下手に探ろうとするより、ストレートに訊いた方がいいか。
腹の探り合いは苦手だし、勝てる気もしない。
「そうですね。では、『聖人』についてお聞きしたいです」
俺は、教会の最重要秘匿事項とやらについて、何でもないことのように問いかけた。
「やはり、ご興味があるのは『聖人』なのですね」
だが、聖女様はあらかじめ予期していたかのように、表情ひとつ変えない。
「時代によって人数が違うこともあったようですが、この数百年の間の聖人は三名体制となっております。武を極めし『武聖』、魔術を極めし『魔聖』、そして魂などを司る『霊聖』――私と教皇を教会の表の象徴とするならば、彼ら『三大聖天』は裏の象徴なのです」
「教会の表と裏ですか。……その『三大聖天』に対しては、カトロジー様のコントロールも効かないのでしょうか?」
「はい、残念ながら……。ちなみに、教皇は彼らと協力関係にあります」
「え?」
「三大聖天の力を借りる代わりに、教会の制度変更などに便宜を図っているのです」
「やっぱり、どこの世界も裏はドロドロしてるんだな……」
思わず、俺はため息をついた。
「てことは、カトロジー様と残りの四人で対立関係になってたりするんですか?」
「対立とまではいきませんが、教皇はわたしの力を支配下に置きたいと考えているようです」
「例の予知夢ですか?」
「いえ、それとはまた別の――わたしの持つもう一つの大きな力の方です」
話が核心に迫ってきたところで、カトロジー様の表情が柔らかくなる。
思わず、こちらもデレっとなってしまうような甘い笑顔だ。
「ヒロシ様の方からもご自身について教えて頂けませんか?」
「俺ですか? そんな大した者でもないんですけど……」
「隠さないで下さい。予知夢で多少は理解しているつもりです。異世界から召喚されてきたことも」
「そこまで知ってるんですね……。聖女様の前でこんなことを言うと、この国から追放どころか『教義上の敵』認定されそうで怖いんですが――俺は魔王です。正確には元・魔王」
カトロジー様の目が一瞬だけ大きく見開かれた。
「魔王……」
声を落としながら、ゆっくり口を開く。
「天界との戦争で、この世界の裏側に隔絶された――かつてのこの世界の支配者」
少し間を置き、視線をじっと俺に向ける。
「あなたは――その系譜を継ぐ方、ということですか」
「あ……そうか、昔の魔王はここの支配者だったんだ」
言われて初めて、俺はその事実に気づいた。
巫女を率いて、天使たちと戦ったんだもんな。
「……というか、天界との争いについてもご存知なのですね」
「メーザン教の初代『聖女』も、かつての六巫女でしたから」
「え? そうなんすか?」
「はい、なので別に魔王はわたし達の敵ではございませんよ」
それを聞き、ホッとする。
マジでバレたらどうしようかと思ってた。
「でしたら、『七つの大罪』についても何かご存じですか?」
「ええ……とはいえ、教会に伝わる聖杖についてだけですが」
「聖杖?」
「アヴァリスという名の杖です。『強欲』の象徴とされております」
「……それはカトロジー様にて保管されているのですか?」
「その通りです。聖女の魔力にだけ反応する聖杖ですので」
「なるほど」
『七つの大罪』についてもだいぶ情報が集まってきたな。
俺の『朧月』、リトリス様の『エクリプス』、アーリス様の『オルフェウス』、そしてカトロジー様の『アヴァリス』か。
「お持ちの聖杖は、何者かに狙われたりしていませんか? そのような予知夢を見たことはございませんでしょうか?」
「特にございませんが……なぜですか?」
「はい、他の二つの大罪――朧月とエクリプスが、何者かに狙われましたので」
そう告げると、カトロジー様の眉がピクリと動いた。
「ちなみに『全ての罪が集いし時、再び我らは降臨する』という言葉を聞いたことはありませんか?」
「……いえ、初めて聞きました」
「そうですか。……俺は『七つの大罪』を全て集め、天使をこの世界に降臨させようとしている輩がいると踏んでいます。で――」
一瞬ためらったが、そのまま続けた。
「それは教会関係者だと思っています。特に『聖人』が怪しいのかと」
「聖人がですか……? 何か根拠のようなものが?」
「襲撃の手段が、いわゆるこの世界の魔術とはかけ離れていまして」
俺が一通り説明すると、カトロジー様の表情に苦悶の色がにじむ。
「確かに、今のお話を聞く限りでは……。そうですね、わたしの方でも少し探りを入れてみます」
「お願いします」




