第44話 元・魔王、司教をビビらせる
数日後。
俺はフィリク様の紹介で、スアヌ王国の王都にそびえる大教会の司教に会うことになった。
長い歴史を刻んできたと思われるその教会は、黒い尖塔が空を突き、重厚な石壁には何かの紋章が刻まれている。
大扉を抜ければ、高い天井と色ガラスの光が降り注ぐ荘厳な空間。
執務室で迎えてくれた司教は、一般的な猫人より耳が大きく、尻尾もふっくらとしていた。
猫というより狐かな?
多分、狐人なのかもしれない。
「ようこそ、初めまして。この教会で司教を務めておりますクイと申します」
「初めまして、ヒロシです。今日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
「どうぞ、おかけください」
司教に椅子を勧められ、俺たちは向かい合って腰を下ろした。
「フィリク様から大まかなお話は伺っておりますが……何でも、そのお力を教会のためにお使いになりたいとか?」
柔らかな声で司教が切り出した。
執務室の窓から差し込む光が、色ガラスを透かして淡く揺れる。
「はい、その通りです。俺は回復魔法も状態異常回復魔法も極めています。この力を街の人に気まぐれに使うのではなく、もっと上流で役立てられないかと考えまして」
「上流――ですか?」
「そうですね。失礼ながら、教会の神父様方が使う魔法は、レベルが低いわりに高額な寄付を取ると聞いております。評判があまり良くないことはご存じですよね?」
司教の眉がわずかに動く。
「レベルが低い……とは思いませんが、確かに高額な寄付については、ご意見をいただくこともございます」
「いや、めっちゃレベル低いです。俺からしたらカスみたいなものです。だからこそ、俺が技術指導をさせていただければ、もっと良い社会を実現できると考えたんです」
「フィ……フィリク様のご紹介とは言え、我が教会の癒しの力をそのように見下されるのは、あまり気分の良いものではありませんね」
司教の声色が、硬くなる。
「いや、マジでカスですから。俺の回復魔法をお見せしますよ。重篤な患者さんとか、いらっしゃらないですか?」
「……間もなく天に召される病人の方も、教会に併設する施療院で受け入れておりますが……」
「では、俺が全快にさせてみせますよ。案内してください」
◆◆◆
司教は半信半疑の色を隠そうともせず、俺を施療院へと案内した。
扉を開けると、薬草の香りがほのかに漂い、広い空間に整然と並ぶベッドの上では病人たちが静かに身を横たえている。
シスターや神父さんは、その間を縫うように忙しなく行き来していたが、司教が声をかけると一人のシスターが足を止め、こちらへやって来た。
「こちらの方が重篤な患者さんのために、癒しの力をぜひ使わせて欲しいとのことです。案内していただけますか?」
シスターは俺を一瞥し、軽く頷いた。
「かしこまりました。では、こちらへ」
案内されたベッドには、俺と同年代くらいに見える猫人のおっさんが横たわっていた。
顔色は悪く、骨ばった体は見るからに衰弱していて、今にも息絶えそうに見える。
「ふむ……。かなり弱っていますね。では、失礼します」
俺はそう言うと右手をかざし、状態異常回復の魔法を発動した。
一瞬、掌が光り、その光が男の体全体を包み込む。
「体力も回復もさせときましょう」
もう一度、おっさんは光に包まれる。
すると――
「えっ……?」
閉じられていたおっさんのまぶたがゆっくり開き、ガバッと上半身を起こして信じられないという表情で周囲を見渡した。
「栄養までは与えられませんから、あとはきちんと食事だけ摂ってください」
司教とシスターは呆然と俺を見つめている。
「さ、次はどちらですか?」
◆◆◆
施療院にいたほとんど全ての重篤患者を、俺は次々と治癒していった。
司教たちは、俺の魔法のレベルだけでなく、魔法を使い続けても全く減らない俺の魔力についても、驚きを隠せずにいた。
で、最終的に俺は教会の本部を構えるニナオ市国へのビザを発行してもらった。
そこは教徒たちでもなかなか入国を許されない国らしい。
一旦、状況を説明する為に、サフィラ様の元へ瞬間移動で向かう。
もちろん、『精神感応』で事前に連絡済みだ。
俺が部屋に現れると、サフィラ様はすぐに嬉しそうに駆け寄ってきた。
めっちゃ可愛い。
しかし――
「……ヒロシ様。これは一体……」
俺に抱きつき、首筋をすんすん嗅ぎながら問いかけるサフィラ様。
今まで聞いたことのない、不機嫌さの滲むトーンだった。
「これと言いますと?」
「……アーリス様の匂いが染みついてます。わたくしを挑発するかのように」
「そ、それは……」
瞬間移動で来る前に念入りに洗ってきたのに、速攻でバレた。
猫人の嗅覚どうなってんだよ……。
「……まさか、王女様ともあろうお方がわたくしに対抗して、ここまでなさるとは思いもしませんでした。いくら、あの方が人の物を欲しがる性格とはいえ」
「は、はぁ……俺には断る選択肢など無くて……」
「分かってます。……今晩はこちらに泊っていきますよね?」
「はい、そうしようかと。アーリス様に短剣の稽古をつけなければならないので明日の早朝には戻りますが」
「分かりました。――今晩は寝かせませんから、そのおつもりでいて下さい」
「そ、そうですか。でも――」
俺の脳裏にフィリク様の顔が浮かぶ。
めっちゃ親切にしてくれている、あのお方を裏切っているのではないかという罪悪感。
サフィラ様が結婚するまでは充分楽しませてもらおうと思っていたが、さすがの俺にも良心が残っていたようだ。
「でも――何ですか?」
「サフィラ様の許嫁のフィリク様が、めちゃくちゃ良い人だったので、申し訳ないというか……」
「……あの言葉は嘘だったのですか?」
「あの言葉?」
「わたくしが誰かの妻になったとしても、わたくしたちの関係には何の影響も及ぼさない、と」
「……嘘ではないです」
「では、今晩、その言葉を証明してください。一晩中、わたくしを愛して下さい。わたくしも全力で応えます」
「承知しました」
そう言うと、俺はサフィラ様を強く抱きしめた。
そして、フィリク様を頭から消し去り、三回中出ししてから眠りについた。




