第39話 元・魔王、王族たちに実力を見せつける
翌日。
王宮のメイドに案内され、俺は庭園の奥――石畳が敷かれた小さな広場へと連れてこられた。
緑に囲まれたその一角には、王族と思しき猫人たちが整然と並び、目にも鮮やかな衣服の裾が風に揺れている。
その列の中には、フィリク様とアーリス様の姿もあり、どこで聞きつけたのかオフィーリアまで顔を覗かせていた。
俺が歩を進めると、アーリス様が一歩前に出て、胸を張って声を上げる。
「お父様、こちらの御客人が私に短剣術を指導してくださるとのことです。魔界で王となるまでに昇りつめた御方。ゲンチに学ぶよりも、遥か高みまで私を導いてくださるはずです」
「ふむ、アルナ伯爵より話は聞いておる。だが、我が王家の客として、丁重にもてなさねばならぬ。わざわざ、お前の為に時間を割いて頂くことはまかり通らぬ」
国王と思われる五十歳ほどの猫人は、娘のわがままに仕方なく付き合っている、といった表情だ。
「――しかし、お前の言うようにゲンチよりも遥かに腕が立つというのであれば、その限りではない。もちろん、しかるべき報酬も用意させてもらう。ということで、ヒロシ殿――でしたかな? いかがであろうか?」
「ええ、俺は別に問題ないです」
「ゲンチも良いか?」
「はい、構いません」
白髪交じりの老猫人が恭しく頭を下げた。
この人がゲンチか。
なるほど、確かに雰囲気がある。
年齢を重ねていても猫人特有の体のしなやかさは維持しており、何気ない所作ひとつにまで隙が無い。
その立ち姿だけで長年の鍛錬が透けて見えるようだった。
俺たちは立会人のような、執事のような人に短剣を手渡された。
「では、お互いに磨き上げてきたその技を存分に発揮してください」
その声を合図に、場は静まり返る。
風の音すら遠のいたような張りつめた空気。
ゲンチはふわりと身を沈め、独特な構えを取った。
目に見えぬ圧がじわりと押し寄せる。
とりあえず俺も構えを取ろうと、体をわずかに動かしたその瞬間――
弾丸のような速さで、ゲンチが間合いを詰めてきた。
何のためらいもなく、俺の首筋めがけて短剣を突き出す。
――疾い。
しかし、俺の体は反射的に動き、その一撃をひらりとかわしながら、逆に短剣をその顔面へと突きつけていた。
「な……!?」
ゲンチの目が驚きに大きく見開かれる。
俺はそのままバックステップで距離を取り、剣先を突きつけたまま、改めて構えを整える。
すると――
「参りました」
「はい?」
ゲンチは短剣を地面に落とし、両手を上げて降参のポーズを見せた。
「いや、今のはたまたまかもしれませんよ? まだ実力の全てを見せてはいないでしょう?」
「何をおっしゃる……。今の攻防で実力の違いが分からぬほど、耄碌はしておりませぬ」
そう言うと、ゲンチは国王に向かって片膝をつき、恭しく頭を垂れる。
「国王様。アーリス様の仰る通り、この御方は、私では導くことのできない世界へアーリス様を連れていってくださるでしょう。むしろ、私自身にも稽古をつけていただきたいほどでございます」
「む……それほどか?」
「はい」
国王はゆっくりと俺の方に向き直った。
「ということであるが――ヒロシ殿、お願いしても宜しいであろうか?」
「承知しました」
俺もぎこちなくお辞儀をする。
これでアーリス様も満足だろう――そう思い、ちらりと横目でうかがう。
すると、彼女は呆然とした表情のまま、固まっていた。
あれ?
やりすぎたか?
どうせ厳しい稽古なんてさせるつもりは無いんだろうから、そんなにビビらんでも……。
ま、いっか。
一仕事終わったし、まだ昼だけど酒でも吞むか。
そう思った俺は「では、失礼します」とだけ告げて、瞬間移動で部屋に戻った。
◆◆◆
リビングのテーブルに、ウイスキーとソーダの瓶を持ってきて、グラスに注ぎハイボールを作る。
果汁を数滴垂らし、好みの味に仕上げていく。
つまみも何か持ってこようと、ちょうどソファから立ち上がった時――ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ!」
声を掛けると、入ってきたのはアーリス様だった。
「どうされました? 修業は明日からで大丈夫ですよね?」
「え……? ええ、それでいいわ」
「まぁ、とりあえず中へどうぞ」
そう言ってリビングのソファまで案内する。
「あなた、もうお酒を飲んでるの? まだ昼間じゃない」
「まぁまぁ、細かいことはいいじゃないですか。昼からほろ酔いで過ごすのも悪くないですよ?」
アーリス様は呆れたようにため息をついた。
「こんなだらしない姿と、あの短剣術のギャップ……脳が上手く処理できないわね。ま、それはさておき」
そう言うと、俺をじっと見つめる。
「さっき広場から突然消えたあの術――オフィーリアに聞いたら『瞬間移動』とかいうスキルらしいわね? あんなのどこで覚えたの?」
「どこ……? 一応、魔界ですかね?」
「魔界のスキル……。他にも色々使えるのかしら?」
「そうっすね」
俺はまだまだ力を取り戻している段階だという現状を説明し、ポイントシステムについてはあやふやにして誤魔化しておいた。
「なるほどね……。サフィラちゃんがあなたに執着する理由が、何となく見えてきたわ。それでも――そのだらしない容姿だけは受け入れられないけど」
そう言うと、アーリス様はソファから立ち上がった。
「では、明日からの修業、よろしくね。朝からだから寝坊しないように」
そして、そのままツカツカと歩いて部屋を出ていった。




