第33話 七つの大罪
その日は結局、ルチオ様の家に泊めてもらった。
今まで一度も結婚したことはなく、ずっと一人暮らしだという。
二千年以上も独り身とか、俺だったら孤独で発狂しそうだが――本人いわく、エルフは恋愛感情に乏しく、生涯独身を貫くことも珍しくないらしい。
翌朝。
用意された朝食を頬張りながら、昨日の出来事を改めて報告する。
「そう、巨大なゴーレムですか。いずれにせよ被害が広がる前に対処出来て良かったです。ありがとう」
ルチオ様は優雅にハーブティーのような香り高い茶をすすり、静かに感謝を述べた。
「ところでルチオ様。二千年前の天界との戦いについて、昨日伺った以外に何か覚えてることはありませんか?」
「そうね……いくつか思い出したことがあるわ。まずは、エクリプスについて」
「ほう、なんじゃ?」
食いついたのはリトリス様。
喋り方のせいか、どうしても叔母に対して不遜な態度に見える。
「天使たちは、いくつかの武器を『七つの大罪』と呼んでいたわ。そしてエクリプスはその一つ、『傲慢』だと」
「七つの大罪……ってことは、朧月もその中の一本なんすよね?」
「ええ、間違いないわ。ただ、どの罪にあたるのかまでは記憶にないけれど」
「なるほど……どこのどいつか知らないけど、そんなヤバい武器を集めて、何をしようってんですかね?」
ルチオ様は少し目を伏せ、静かに続ける。
「――『全ての罪が集いし時、再び我らは降臨する』」
「……はい?」
「確か、そんな言葉を耳にしたことを思い出しました」
「我ら、って……天使たちのことですかね?」
「恐らく」
おぼろげながら、敵の輪郭が浮かんできた気がする。
天使を再び降臨させたい――そう考えると、教会関係が怪しい。
だが、それにしては業火竜や死霊術など手段が魔に寄り過ぎている気がする。
ならば邪教か?
だとしたら目的は何だ?
天使を呼び出し、そして戦うつもりなのか――?
「ありがとうございます、色々見えてきた気がします」
そう口にしてから、ふと気づいた。
……あれ?
これ、別に俺が何かする必要なくね?
わざわざ自分から首を突っ込まず、放っといたところで別に問題ないだろ。
◆◆◆
朝食を終えると、リトリス様の部屋に呼び出される。
昨日の話の続きをしたいのだろうが、俺が言うことはもう何も無いんだけど。
「して、思い出したか?」
「何をすか?」
「そなたと肉体的な接触無しに繋がりを持つ方法じゃ」
「いや、マジで無いんすって」
ジト目で俺を睨むリトリス様。
完全に疑ってる顔だ。
「なら、どうするのじゃ?」
「どう……とは?」
「さっき叔母様から聞いたじゃろ? 何者かが天使を降臨させ、この世界を混乱に導こうとしておる。妾の持つエクリプスが奪われたらどうするのじゃ?」
「いや、どうもしないすけど」
「む……見て見ぬふりをするとでも申すか? そなたはそんなに薄情な男じゃったか」
「いや、よく考えたら俺には関係ないっすからね。俺と繋がりを持った女のコたちは全力で守りますけど、それ以外は別にどうでもいいというか」
「……つまり、あれか? イラーマは守るけどエロドの里は守らんと」
「そうっすね」
リトリス様は、わざとらしく肩を落とし、大きなため息を吐いた。
「はぁ……そなたがそんなにも心の無い男じゃったとは……。がっかりじゃ」
「すんません」
沈黙が訪れる。
「じゃ、そろそろ戻りますか? 瞬間移動で一瞬すけど」
「待て、まだ話は終わっておらぬ」
「ええ……まだ何かあるんすか?」
「仮にそなたと繋がりを持った場合、妾を特別扱いすることは出来るか?」
「特別扱いっすか? 同時に呼び出された時に優先するとか?」
「その程度じゃ全然足りぬわ。妾を誰だと思っておる? 誇り高きハイエルフの姫じゃぞ?」
「はぁ……。でも俺の保護対象にはアルナ伯爵のご令嬢とか朧ノ国の姫とかもいますけど」
「獣人や人間の貴族如きと一緒にするでないわ」
そう言えば、確かにリトリス様のポイントは他の人とは桁が違うな……。
特別扱い……何かあるだろうか?
俺はスマホを取り出しスキル一覧を確認する。
基本的に俺が強化されるやつばっかで、『魔王の加護』的なのはかなりのレアだ。
すると――
「あ、これ」
「なんじゃ?」
「いや、それっぽいスキルがあったんすけど、条件が他のと違ってて」
俺はスマホの画面を見せる。
《魔王の寵愛》 特殊発動
「なんじゃ、この特殊発動というのは」
「なんすかね?」
そう言ってスキルをタップすると詳細な説明が表示された。
・特定の相手から一千万ポイントを獲得した場合、その相手に対し自動で付与される。
・付与された者は、魔王がすでに習得しているスキルを一つ選んで発動できる。
・同時に複数のスキルを発動することは出来ない。
「ほう! そなたのスキルを借りることが出来るということか!」
「みたいすね」
「そなたは弓も扱えるのじゃろ?」
「ええ、一応」
「ふむ……じゃが、これは妾以外にも付与が可能じゃろ? 特別扱いではなかろう」
「いや……多分、これリトリス様以外に付与は不可能っぽいです」
「どういうことじゃ?」
「はい、この条件が……。特定の相手から一千万ポイントってのがハードル高すぎて」
俺はポイントシステムについて淡々と解説した。
「つまり妾は他の者より桁違いの価値があるというわけじゃな?」
「そうです。それでも一千万まではかなりのハードルです」
「そうなのか?」
「はい、等比数列の和の公式に当てはめると、元の数の十倍の数値には絶対届かないのです」
「なんじゃ、その等比数列の和の公式とは?」
「要するに足し算で、元のポイントが100万からスタートして、次は90万、その次は81万を足していきます」
「ふむ」
「つまり、同じ相手との同じ行為は一回こなすごとに獲得できるポイントが一割ずつ減っていくんですが、その場合、足し算を何度繰り返しても1,000万に届かないんです。なので、中出しだけじゃなく、途中でゴム付きや口に発射したりして、目減りしていないポイントも併せて稼いで何とか辿り着ける数値、って感じです」
……ハイエルフの姫相手に、俺は何という単語を使っているのだろう。
「少なく見繕っても軽く十回以上、中に出させてもらうことになりますが」
そう結論付けると、リトリス様は完全にフリーズする。
その美しい緑の瞳は見開かれ、口元がわずかに震えていた。




