第31話 メクアの森②
息を呑むほどに美しい光景が、目の前に広がっていた。
銀色の幹を持つ高い樹々が、柔らかく青白い光を放っている。
建物の屋根や壁は光を淡く反射する素材でできているのか、里全体が柔らかく輝き、まるで光そのものに包まれているかのようだった。
そこは現実と夢の境界が溶けたようで、神秘的で静かな時間が流れていた。
「すげぇ……これが、ハイエルフの里か」
俺は思わず息を呑んだ。
「ふむ。相変わらず時が止まっているかのようじゃ。妾には退屈すぎるがの」
リトリス様は淡々と里の奥へ進み、やがて一軒の家の前で足を止める。
その外観は控えめだが、細部には手の込んだ装飾が施されており、壁面の縁取りには微細な文様が刻まれていた。
「ルチオ叔母さま、リトリスじゃ」
そう言ってリトリス様が軽くノックすると、扉が音もなく開く。
エロドの里と同じ原理か?
中は小ぢんまりとした空間で、木の香りが漂う居間にはテーブルとソファが置かれていた。
すると、すぐに一人のエルフが現れた。
リトリス様と同じような輝く金髪に、白く透き通った肌。
長老の妹とのことなので軽く千歳は超えているだろうけど、見た目は二十代半ばくらいだ。
「よく来たね、リトリス。百年振りくらいかしら?」
「そうじゃな。妾がまだ子供の頃、お父様に連れてこられた時以来じゃ」
「どうしたの、その喋り方は?」
ルチオ様は、優しく微笑み問いかける。
「……里の者は皆、妾を子供扱いする。少しでも威厳を出したいのじゃ」
なるほど、そういう理由だったのか。
「それで、こちらの方はどなたかしら? 紹介してくれる?」
「先日、魔界よりやってきた魔王とのことじゃ」
「あら、とんでもない大物がやって来たわね。今日はどんなご用件かしら?」
……やはり魔王と聞いても驚かれない。
多分これ、今のこの冴えない中年の姿だからだろうな。
とりあえず俺は今回の経緯を説明する。
ハイエルフに伝わる魔弓「エクリプス」が、何者かに狙われるかもしれないことを。
「妾は今回の件が起こるまで、そんな弓の存在は聞いたことが無かったのじゃ。叔母様、見せてもらっても良いかの?」
「ええ、いいわよ。元々、あなたの弓だから。あなたに返す時が来たのね」
「妾の弓……どういうことじゃ?」
「実際に手に取ってみれば分かるわ」
ルチオ様はそう言うと席を外し、少しして戻ってきた。
手にしていたのは、漆黒の闇を凝縮したかのような弓。
その弓体は黒鉄のように重厚でありながら、見る角度によって深い瑠璃色や紫が淡く揺らめき、表面には複雑な紋様が彫り込まれている。
「持ってみて」
リトリス様が差し出された弓を手に取った瞬間、弓体が小さく振動した。
ブゥン――。
その漆黒の弓が、まるで生命を宿したかのように銀色の光を帯び、淡い光の筋が紋様に沿って流れ始める。
周囲の空気までが微かに震え、神々しい気配が室内に満ちた。
「これは――」
リトリス様の瞳が驚きで見開かれる。
「それが、あなたが持ち主である証」
「なぜ、妾が手にしたら、このような反応が……」
ルチオ様は目を細め、静かに答えた。
「あなたの魔力が、かつての女王にそっくりだからよ。初めてあなたを見た時に確信したの。あなたは女王様の生まれ変わりだと」
「妾が……女王の生まれ変わり……?」
――長老と同様に、当時子供だったルチオ様も、二千年も前の記憶はかなり薄れているとのことだった。
しかし、当時の女王の美しさとその魔力に関してだけは、今でも鮮明に覚えているようだ。
「しかし、妾は弓など扱えぬ。そもそも使う時が来るのかどうかすらも……」
「でも、その弓を狙う輩がいるのでしょう? 二千年の時を超えて、またこの世界を巻き込む大きな何かが始まろうとしているのかもしれない」
ドン!!!!!
突然、家が大きく揺れた。
地震か――?
「あら、結界を閉じていなかったので、侵入されてしまったわね」
「な、何が来たのじゃ!?」
「分からない。ただ、魔王様のお話はどうやら真実だったということ」
ルチオ様はそう言うと、俺に向き直る。
「魔王様、助けてくれるかしら?」
「まぁ、その為に一緒にこっちに来たわけですからね。敵はどんな感じか分かりますか?」
「あいにく千里眼のような能力は持ってないの。ここまで地響きが届くくらいだから……相当に大きな相手としか」
「了解です。――じゃ行ってきますか」
そう言って俺は立ち上がる。
「ま、待つのじゃ。イラーマからそなたの強さは聞いておるが、一人で大丈夫なのか?」
「んー、多分、大丈夫っす。足りなければまたスキル解放するんで」
「万が一ということもあり得るのじゃ。妾も召喚魔術であればある程度使いこなせる。サポートしよう」
「え? いや、一人の方が動きやすいというか、周りを気にしなくて済むというか……」
やる気満々といった感じのリトリス様。
「さ、行くのじゃ。敵は迫ってきているのじゃろ?」
鼻息まで荒く聞こえる。
「魔王様……連れていってあげて。この子、エロドの里では過保護にされすぎて、こういったスリルに飢えているのよ」
「……了解っす」
そういえば、ここに来た時も退屈だとか何だとか言っていたな。
せめて《魔王の加護》を付与できてりゃ、何の心配もいらないんだけどな。




