第26話 妖刀『朧月』
「此度の我が国の未曽有の危機、救って頂いたこと、誠に感謝申し上げる」
そう言って殿は深々と頭を下げる。
その隣に座る黒髪ロングの清楚美少女も、恭しく頭を下げた。
……って、さっきすれ違った美少女じゃん!!
殿の娘さんか? 姫君なの??
「いえ、依頼された仕事をこなしただけです。ま、プロなんで」
まだギルドの仕事は二回目だけどね。
「それにしても、まさか本当にヒロシ殿お一人で解決してしまうとは……」
同席していた田中さんが、半ば呆れたように言う。
「居合わせた者たちによると、とてつもない魔術を使われたとか。それ程の高みに至るには、努力だけでは辿り着けまい。天賦の才ですかな?」
「まぁ、それ程でも。てか、どっちかと言うと武術の方が得意っすよ?」
「は?」
殿と田中さんが顔を見合わせる。
「まさか、刀も扱えると?」
「もちろんです」
「な、なんと……う、腕前を見せて頂いても?」
「いいっすよ」
俺たちは庭へと降り立つ。
そして、殿に呼び出された一人の武士と、刀を手に向かい合う。
「ほ、本当に大丈夫なのですな? 恩人に怪我をさせるようなことは……」
「ああ、大丈夫っす」
「対峙しているその者は、我が国随一の剣術の使い手。どうぞ存分に技を見せて下され」
ガキン、と鋭い金属音が響いたのは一度きり。
次の瞬間、目の前の武士は尻もちをつき、俺はその首筋へ刃先を突きつけていた。
「み、見事!! 速すぎて、何が起きたのか全く分からず……」
殿は感嘆の声を漏らし、拍手を送ってきた。
「ま、こんなもんっすけど、ご満足頂けましたか?」
「うむ。これで安心して、今回の褒美を取らせることが出来るというもの」
褒美?
報奨金じゃなくて?
殿は表情を引き締め、言葉を続けた。
「この国に来られて、何となくお気づきであろう。此度の戦乱の復興などもあり、申し訳ないが、金貨での報奨金を渡すことは叶わぬ」
ああ、それで話されてこなかったわけね。
「その代わり、我が国に古くから伝わる伝説の妖刀――『朧月』を授けたいと考えておるが、如何かな?」
「妖刀?」
「その昔、天使を斬り裂いたとの伝承が残っている。それゆえ神の怒りを買い、この国は大陸から切り離された、とも語り継がれておる」
「へぇ、ロマンがありますね。別にそれでいいっすけど、そんな宝剣、俺みたいなよそ者に授けてしまってもいいんすか?」
「残念ながら、この国に使いこなせる者はおらぬ。宝の持ち腐れとなるよりは、余程よかろう」
殿は田中さんに目配せすると、田中さんは静かに席を立ち、その場を離れていった。
「物見からは、今回の災厄、数年後に再び起こるやもしれぬと、そなたが申したと聞いたが――それは真か?」
「……ええ。結局、今回の『死霊術』を発動した魔術師は姿を現しませんでしたからね」
「ネクロマンシー?」
「簡単に言えば、死者を蘇らせて兵士として使役する魔術です。こっちでは、あまり馴染みが無いんですか?」
「……いや、聞いたこともない」
「え? そうなんすか?」
――そういえば、エロドの森に現れた業火竜も、エルフたちは今まで見たことがないと言っていた。
何か繋がりがあるのか?
そんなことを考えていると、田中さんが刀を抱えて戻ってきた。
「こちらです」
そう言って差し出された刀を受け取り、ゆっくりと鞘を抜く。
銀色の刃には赤と黒がかすかに差し、淡い光が脈打つように揺らめいている。
魔力の残滓が確かに残っていた。
その力の大半は失われているが、《魔具創造》を使えば復活させられるだろう。
――だが、本能的にヤバいと感じていた。
これを蘇らせたら、とんでもないことになる。
そんな予感が胸をかすめる。
もしや、死霊術使いはこの刀を奪いに来たのか?
「いかがですかな?」
「これは……確かに俺が持っておかないと、まずい代物かもしれないっすね」
「ほう……何か感じ取ったと?」
「ええ。本物の妖刀です。神の怒りを買った刀――その伝承、たぶん事実かと」
その柄を握っていると、吸い込まれそうになる。
俺は慌てて鞘に納めると、亜空間へと放り込んだ。
「では、今回の褒美、確かに受け取りました。アルナの街に戻ろうと思いますが、いいっすか?」
そう告げると、殿は慌てて引き止めてきた。
「ま、まて。そんなに急ぐこともあるまい。ささやかではあるが、今宵は宴を催そう。この国を救った英雄であるそなたこそ、主役にふさわしい。どうだ?」
「ああ、いいっすよ。別に急ぎの用もないですし」
◆◆◆
陰鬱な空気から久しぶりに解放され、安堵が漂う屋敷。
女中も御付きも、宴の準備に慌ただしく動き回っている。
始まるまでの間、部屋でくつろいでいると、田中さんに呼び出され、殿の部屋へと案内された。
中に入ると、殿と奥様と思しき女性、そして先ほどの黒髪ロングの清楚美少女が待ち構えていた。
「宴の前に、少し話をしておきたくてな」
「はぁ……」
殿は俺に椅子を勧める。
「まだ紹介していなかったな。妻の陽と、娘の月だ」
二人は深々と頭を下げる。
「あ、どうも。ヒロシです」
俺も二人に向かって軽く頭を下げた。
「では、単刀直入に申そう。ヒロシ殿」
「なんでしょう?」
「月を、娶ってもらえないか」
「……はい?」




