第13話 火竜討伐③
石の廃墟に鎮座しているのは、赤く硬い鱗に覆われた巨大な飛竜だった。
鋭く伸びた双角と鋭利な翼爪、全長は優に十メートルを超える。
その大きな翼を広げれば、地上の人間は影に飲まれるほどだろう。
「お、やっぱ業火竜だ。神によると、魔界と人間界は表裏一体らしいから、こういうモンスターも共通してるのかもな」
俺たちは廃墟全体が見渡せる位置まで進み、木陰からそっと竜を窺う。
「その言い方だと、魔界じゃあんなのが普通にいるのか? あたしはこんなデカいの、初めて見たぞ……」
オフィーリアの声には緊張が混じっていた。
「まぁ、どこにでもってわけじゃないが、珍しくもない。てか、魔界にはこいつが子供に見えるくらい、もっと馬鹿でかい竜もいるぞ?」
「なっ――」
オフィーリアは絶句し、その場で固まる。
「こいつ程度なら、今のお前でも十分に戦える。ただ、その剣じゃダメだ。今回の報酬でもっと良い剣でも買っとけ。……ま、俺がスキルを解放すれば、そいつを魔剣に変えてやることもできるがな」
「ほ、本当か……!? この剣には思い入れがあってな」
「ただ、《魔具創造》は確かLv.1でも3万ポイントくらい必要だったから、今のお前だと中出し一回じゃ足りないけどな」
「くっ……」
俺とオフィーリアのやり取りを聞いていたイラーマが、呆れ半分に口を開く。
「ねぇ……なんでそんなに余裕なの? わたしはここから見てるだけで震えるほど怖いのに。魔王の力って、そんなに凄いの?」
「凄いぜ。この中年太りしたおっさんの見た目じゃ、ちょっと想像つかんだろうけどな」
そう言うと、俺は一人で竜に向かって歩き始める。
「お、おい――」
「だいじょぶ、だいじょぶ。そこで黙って見てな。瞬殺してやるから」
業火竜はすぐに俺を認識し、臆することなく接近してくる姿に逆上したのか、大地を震わせるほどの咆哮を放つ。
その圧力だけで木々が揺れ、瓦礫が崩れ落ちた。
「おお、元気いっぱいだな」
崩れた石の破片を避けながら、竜の正面へ。
……そういえば、防御系スキルはまだ取ってなかったな。
魔王時代の感覚のままだった。
今の俺だと、こいつの炎ブレスで黒焦げにされちまう。
ならば――先手必勝。
「氷獄」
右手を突き出し、氷魔法を発動。
威力はLv.8程度に抑える。
全開にしたら、後ろのあいつらまで巻き込んじまうからな。
振り下ろされる巨大な腕。
その途中で、竜の全身は一瞬にして凍りつき、動きを止めた。
巨大な氷像の完成だ。
「じゃ、仕上げだ」
俺はその氷像に渾身の拳を叩きつける。
パリィィィン!!!
耳をつんざく轟音とともに、氷像は粉々に砕け散り、霧のような氷片が舞う。
「はい、おしまい」
◆◆◆
余裕の足取りで引き上げてくる俺を見て、二人は分かりやすいほどに驚愕の表情を浮かべていた。
あんぐりと口を開けたまま、言葉もない。
「おいおい、今さらそんな驚くほどか? 言っただろ、凄いって」
ハッと我に返ったのか、オフィーリアが口を開く。
「い、いや、頭では理解していたつもりだが、実際目の当たりにすると……」
「ふっ……分かったら、今後俺にあまり舐めた態度は取るんじゃないぞ?」
そう言って、その肩をポンと叩いてやる。
「ほ、本当に凄いわ。――夜の、あの情けなさとのギャップもあって、余計にそう思ってしまうのかも」
「なるほど、それか! 初めてヤッた時なんて、あたしが少しキュッとさせただけで『ああ』なんて情けない声出して、秒でイってたからな。その後も何回かヤッたけど、1~2分しか持たないし」
「昨日、手でも、口でしてあげた時も2分持たなかったわよ」
やめろ……!
やめてくれ……!!
「と、とにかくだ! これで任務完了だろ? 腹減ったから何か美味いもん食わせてくれよ。野菜だらけの精進料理みたいなのじゃなく!」
あ、そうだ!
魔王様の威厳を取り戻す為に、このスキルも見せてやろう。
「おい、お前ら、ちょっと寄れ」
「なに?」
「瞬間移動」
次の瞬間、俺たちは宿の室内に立っていた。
「え?」
「な、なにが起きた!?」
「戻ってきただけだ。歩いて帰ってくるのだるいだろ?」
二人はキョロキョロと周りを見渡し、家具に触れて確かめる。
「ほ、本当に戻ってきたみたい……どうなってるの、魔王様の力は……」
「この位で驚いてもらってては困るな。まだ一割も取り戻せてない」
二人がゴクリ、と生唾を呑む音が静かに響く。
「とりあえず、飯だ、飯。こういう時は宴を開くってのが決まりだろ?」
「え、えぇ……そうね」
「宴が終わった後は――覚えてるよな、イラーマちゃん」
下卑た笑みを浮かべてみせると、イラーマが静かに近寄り、耳元で囁く。
「もちろん、覚えてるわ。言ったでしょ、わたしは魂の底の方で貴方に惹かれてるって」
吐息が耳をかすめ、思わず情けない声が漏れる。
「ひゃっ」
イラーマはくすりと笑い、艶を帯びた声で続けた。
「では、また後で。準備が出来たら呼びに来るから――それまでゆっくりしててちょうだい」
とはいえ、大して疲れてもいなかったので、宴までの間、俺はいつものようにオフィーリアの修業の相手をしてやるのであった。




