第6話 できることを、全力で
だいぶ長くなってしまいました。
何か気になる点があれば感想にどうぞ!
「…これ…はまずい…な」
兜の中から血を出しながら男は言う。
(咄嗟に腹部は守ることは…できた。だが…)
男は左腕を見る。
(装備のおかげで千切れ飛ぶことはなかったが、これでは使い物にならないな…)
尻尾の攻撃を受けた左腕はありえない方向に曲がり、力なく垂れ下っている。
(一先ずは回復を……)
男は倒れ込みながら右腰についているバッグに手をかざす…が、
(ない…!?)
本来あるべき場所にバッグがついていないのだ。
男は自身が吹き飛んできた方向に目を向ける。
その先に男のものであるバッグがポツンと転がっている。
(地面に当たった際に留め具が千切れてしまったか…)
そしてその奥にある元々白い肌をさらに白くした神官の女と目が合う。
(すまない…しくじってしまったようだ)
神官の女の目は涙を浮かべている。だが男には視界が掠れてよく見えない。
その時神官の女を睨んでいた呪いの竜が動き出す。
「「!!!」」
呪いの竜が口を閉じ、上を向く。そして閉じた口から紫の煙が漏れ出してくる。
(こいつ…!火を吐くのではなく呪いか毒の類のブレスを吐き出すのか…!)
「早く防御魔法を展開しろーッッッ」
男が叫ぶが神官の女は目を虚にし依然へたり込み呆然としている。
(流石にあれを喰らえばただでは済まんぞ…!)
男は力を振り絞り立ち上がる。
(回復をしている暇はない…!トドメにとっておいた奥の手を今使うしかないか…!)
剣を横に薙ぎ魔力を込める。その瞬間彼の剣は炎を纏った。
そうして呪いの竜に向かって走り出す。
(速く…速く…速くッッ!)
前に進むたびに炎の勢いは増していく。
呪いの竜が顔を下げて神官の女を捉える。
男はすでに呪いの竜の眼中にはなかった。
神官の女は呪いの竜を目の前にしてまだ動けずにいた。
(あ…れ…?体…動かない?)
(やっぱり私のような新米には無理だったのです。ごめんなさい冒険者さん。私は…)
呪いの竜が呪毒の息を吐き出す、その刹那…!
彼女の目に赤い光が映り込む。
「そうはさせるかッッ…!」
男は今まで以上の速さと大きな振りで呪いの竜の首を深く斬りつけ、斬り落とす…!
炎が空に半円を描く。
そして焼けこげた首から呪毒の霧が流れ落ちていく。
男は流れ出してきた呪毒の霧を上手く避けて神官の元へ駆け寄る。
「神官……!」
パチンッ
駆け寄り神官の女の頬を弱く、だが痛みを感じる程度にはたく。
「ッッ…冒険者…さん……?」
やっと彼女は目に光を取り戻す。
「お前は何をしている…?」
男は低く、だが慰めるように言う。
「君はまだ新米冒険者で、命の危機にさらされるともう無理と諦めようとしてしまう気持ちになるのも俺には分かる」
「だが!」
「君はまだ生きている!まだ自分の足で立てるではないか!命を容易く手放すことはやめろ!勇者フリンダルのように人々を笑顔にするのだろう?ならその夢を実現するその日まで、必死に足掻いて、醜く足掻いて、あの時踏ん張ってよかったと、そう誇れる自分になりなさいッ!」
ある人から見れば脅迫めいた叫びが、ある人から見れば男の激励の言葉が、呪いの森に響き渡る。
「………」
(あぁ、分かってはいた。冒険に出る前から分かっていたはずだった。いつも無理だと思うものを前にすればへたり込み、助けを求めて心の中で祈っていた。きっと誰かが来ると信じて戦うことを放棄していた。そうしていつも誰かが助けてくれた)
(だけど違ったでしょう?死者の骨に囲まれた時にもう気がついていたはずでしょう?いつだって助けてくれる人はいない、自分から変わらなきゃいけないことは分かっていたはずでしょう?)
(なのになぜ?今この場で、同じ過ちを繰り返している?冒険者になれば自然と変わっていく、そんな甘えた考えをなぜ捨てきれていない?)
神官の女は顔を上げて冒険者の目をまっすぐと見据える。
もう過ちを繰り返さない。そう語りかけてくるような強い瞳で。
「申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。まだ…心配でしょうけど大丈夫です。もう迷いません。戦うことを放棄しません」
「理想に届くまで、幼い日の夢を叶えるため、最後まで、命尽き果てようとも足掻き続けたいと思います…!」
神官の女は強く微笑む。さっきまでの泣きそうだった彼女はいない。
決意に満ちたそんな様子であった。
「…そうか」
(やはり新人の成長は速い、いや、勇気ある冒険者の成長は速いな…)
そう男がしみじみと感じていると、
呪いの竜の切断された首から黒い血液のようなものが伸びてもう一つの、頭部の方の首につながり引っ張っていく。
「野郎、腐敗し、呪いを纏ったドラゴンではなく呪いそのものになったか…!」
男は再び剣を構える。が、すでに体はボロボロだ。
その時、冒険者の男の前に、神官の女が立つ。
「…手はあるのか?」
「はい。私にお任せを」
そうして彼女は魔法陣を展開する。気のせいだろうがその魔法陣の光は先程までより清く、より白く見えた。
「我らが均衡の女神よ、か弱気我らに女神の祝福を与え給え。そして悪しき魔物を穿ち滅する聖なる矢を!貸し与え給え!」
詠唱を終えると彼女の前に白く光り輝く大きな矢が出現する。
呪いの竜の首と首が繋ぎきる瞬間、
「引き放て!
"女神の矢"!!!
」
神官の女から放たれた神聖で気高く、何者にも染めることのできないような真っ白の女神の矢は真っ直ぐに呪いの竜に飛んでいき、その存在をものともせずに通り抜け、自然に消滅する。
呪いの竜の体は跡形もなく消し飛ばされて、そこには元から何もなかったかのような空間だけが残った。
呪いの竜が消滅したことにより呪いの霧が徐々に晴れていく。
「…すごいな」
(分かっていたつもりではあるが、この神官、まだまだ未熟ではあるが3級冒険者以上の強さはあるぞ…!?)
そう男が驚愕していると、
「あの…!痛いかもしれませんが、左腕を出してください!」
神官の女は後ろを振り向き冒険者の男に言う。
「?あぁ」
そうして折れた左腕を前に出すと神官の女が手を当てる。そして、
「"大回復魔法"」
そう唱えると折れて曲がっていた左腕が元の形へと戻っていく。
「大回復魔法」まで使えるのか…?」
「回復魔法魔法は特に姉が熱心に教えてくれた魔法でして、『覚えておいて損はない!!』とずっと言っていました」
「その通りだ。回復魔法を覚えていれば死亡のリスクも大きく減る。しかも大回復魔法ともなればなおさらだ。君はこれから冒険者たちの注目の的になるだろうな」
「いえ…!そ…そんなことは…コホン…今度は体全体に回復魔法をかけますよ!」
「…いやいい」
「な…なんでですか!」
神官の女は続けて言う。
「尻尾で殴られた後、木に叩きつけられましたよね?なら他の部位も無事ではないと思うのですが…」
「いや君も大きな魔法を連続で発動して疲れているだろう?俺のバッグには回復瓶がたくさん入っている。それで済ませるから使わなくてもいい」
「で、ですが…」
神官の女がさらに喋ろうとするところを冒険者の男が遮る。
「君のおかげで呪いの霧と死者の骨の発生原因を断つことができた。改めて感謝する。ありがとう」
そう言って男は頭を下げる。
いきなりの感謝の言葉に神官の女は顔を赤らめる。
「い…いやそのなんと言いますか…こちらこそありがとうございました。あなたか最初駆けつけてくれていなかったら私も死者の骨たちの仲間になっていたかもしれませんし、」
「あなたの言葉のおかげで自分を見つめ直し、前を向くことができました!本当にありがとうございました!」
神官の女も深く頭を下げる。
「これでもうギルドの依頼も終了だ。報酬は…今は渡せないが、ギルドの職員に伝えて後ほど渡してもらうとしよう」
「いえ…報酬なんて…!勝手についてきただけですので」
神官の女は報酬を渡すことについて断るが男も譲らない。
「君がいなかったら俺は呪いの竜に出会い、撃破するどころか森を彷徨い続けて死んでいたのかもしれないんだ。これぐらいしか俺にはできないんだ。だからどうか報酬は受け取ってほしい」
男に手を掴まれて神官の女の顔がますます赤くなっていく。
「わっ…分かりました!!分かりましたから…あの…手をッ…!」
報酬の話は神官の女が折れることによって終わったのであった」
「森を出るまで共にすると言ったが、すでに死者の骨が出現することはないだろう。だから1人でもこの先進んでいけそうだな」
「え…あ…はい…そうですね…」
神官の女は少し寂しそうに答える。
「ではまたどこかで会うことができたら、何か奢らせてもらおう。これでも先輩冒険者だからな後輩冒険者に美味しいものをたんまり食べさせてあげようじゃないか」
そう言って冒険者の男は後ろを向いて歩いていく。
「あ…その…また…会えると私も嬉しいです!」
冒険者の男の背中を見て涙ぐみながら叫ぶ。
そうして2人は別の道を歩んで行った………
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神官の女と離れて少し後冒険者の男視点
もう神官の女が行ったかをチラリと確認して、
男は呪いの竜の尻尾に殴り飛ばされた時に千切れてしまった腰袋の所に辿り着き、しゃがみ込む。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
男の体はすでに限界を超えていた。神官の女の前では少し見栄を張って平気だと我慢していたがもう取り繕えなくなるほどに体が痛み始めていた。
(確か…この中に回復瓶が5つ、入っていたはず。流石にあれ以上魔法を使わせると申し訳ないからな…)
そうして落ちているバッグを拾う。が、
(?なんだこの違和感は…?」
バッグを持ち上げるときに彼は少し違和感を感じた。
そうしてバッグを開ける。
「…………なん…だと……?!」
そうバッグの中身の回復瓶全てが粉々に割れてバッグの中を液体で満たしていたいたのであった。
(…冷静に考えれば地面に当たった場所が謎に痛くないなと感じてはいたが…これがクッションになっていたからか…!)
クラッ
(……!まずい…!)
限界を超えた男の体はついに悲鳴をあげて倒れ込んだ。
(……バックパックがあるところにもこの体では辿り着けなさそうだな…)
(いっそのこと見栄を張らずに回復魔法を頼んでおくのだったな…説教をしておいてこの様か…情けない)
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男と離れて少し後の神官の女視点
(う〜ん…大丈夫かな…やっぱり強引にでも回復をかけとけばよかったですかね…)
(いやいや本人がいらないと言うなら大丈夫なんでしょうきっと!私よりもずっと冒険していらっしゃるんですから自分の体のこともよく分かっているのでしょう!)
そうして足を前に一歩進めるがピタリと止まる。
「…あれ?何か忘れているような…」
彼女は男に何かをするのを忘れていることに気づく。
「う〜ん……あ!そうだ名前!名前を聞くのを忘れていました!」
戦闘前に名前を聞こうとしてやめたのを思い出したのであった。
「もう会えないかもしれない…!早く戻らなくては…!」
そうして神官の女は来た道を走って引き返すのであった。
詳しく知りたい方に
・ブレス:主にドラゴン系統が使う広範囲、高威力の属性のついた息。炎や氷などそのドラゴンの種類によって使ってくる属性は違う。
・回復魔法 (ヒール):傷を癒す一般的な魔法の一つ。軽傷程度ならたちまち治せる。
・大回復魔法 (グレイト・ヒール):上位の回復魔法。死なない程度の重傷までなら治すことができる。だが切断された腕などの欠損部位を再生することはできない。
・〜級冒険者:冒険者の強さ、貢献度などをギルドが数値化したもの。1級から5級までがある。ギルドで登録冒険者登録をした冒険者全てがその級が掘ってあるプレートを持っている。