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終焉世界 光ノ塔

これは、滅びた世界のお話。

 光ノ塔という、伝承を聞いた。

とある戦災と病魔に侵された世界で、最後の希望と呼ばれたものがあった。

遠い遠い東の果て。

砂漠と山脈、海を超えて長い旅路の果て、その光ノ塔は存在している。


 それには、見たもの、触れたものを救済するという伝承だった。


◆◇◆◇◆◇


 私は、今までずっと一人だった。

いや、一人になってきた。

両親も兄弟もペットも、すべてが戦災と病魔で死んでいった。


 だから、死のうと思って一度廃ビルの端に立ってみた。


 するとおかしな事に『怖い』と思ってしまった。


 だから、私は好きなことをして、やりたいことをやり切ってから死のう、そう思い始めたのだ。

家を建ててみる、音楽を奏でる、小説を書く、絵を描く、海で泳いでみる、誰も居ない学校に言ってみる、飛行機を操縦してみる、料理をしてそれを捨ててみる、これはあまり良くなかったかな。


 いろんな事をして、ついにやりきった、死のうと思って歩いていると、足元に一枚の伝承の紙を見つけた。


 それが偶然あったものか、はたまた必然だったのかは、わからない。

ただ、それによって私がしたい事が増えてしまったのは事実だ。


 大量の物資をカバンに詰めて、なぜか生き残っていた馬に乗って、ボロボロのマントを着て、長く伸びた金髪を切り捨てて、念のために武器を持って...あ、そうそう、と思い出したように宝物を入れた小箱を持って、私は、はるか東の果てにある光ノ塔を目指した。


 数日間はビル群と瓦礫の山を往くだけだったが、次第に郊外に出たのか、山林が見えてきた。


 人間以外の動物しか生き残っていないこの世界で、動物たちは楽しそうに暮らしていた。

そんな中、私はとある研究所を見つけた。


 ツタが絡んでいて苔むしている。

入口のドアが開かないので、換気扇を破壊して内部に侵入した。


 案の定、誰も居なかった。

別にそれが寂しかったというわけではない。だが、ここも変わらないのかと思って虚しくなった。


 そんな時、薄暗い部屋に、太陽の光が一筋差し込み、その光で一体の人形ロボットが照らされていた。

女性型のロボットで、恐らくメイド用途にでも開発されていたのだろう。

胸元の太陽光パネルはずっと照らされていたので、おそらく計算されてこうなっているのだろう。


 ホコリを払って、ロボットの電源を入れてみた。

やっぱり何も起こらない。

回路が既にショートしてしまったのだろう。期待して損した。


 踵を返し、馬の方に向かって歩き出した時、後ろで物音がした。


 振り向いてみるとロボットの目が開いて、こちらをじっと見てきている。

私は、久しぶりに人間の形をした者の目を見た気がして、しばらく何も言えずにそこに立ち尽くすしかできなかった。


「ピピ...マスター、個体名『アイリス』ヲ検知。追跡ヲ開始シマス」


 急に柔らかい優しい声で話しかけてきた。

そして長らく人の声など聞いていなかった私は飛び退いてしまい、尻餅をついた。


「マスター、どうされましたか?」


 いきなり流暢に人語を喋りだしたロボットに困惑しつつも、私は立ち上がって言った。


「君は...ロボット...だよね?」


 彼女は頷いた。


「私は終焉人類サポートロボットです。名前は...確認中...データノ破損ヲ確認。忘れました」


 何気ない顔でそう言われたが、けっこう大変な事なんじゃないか?

そう思っていたのが顔に出たのか、ロボットは私に聞いた。


「マスターが名前をつけて下さい。ペットと同じ要領です」


 急にそんな事を言われても、よく分からないが、名付けか...

『終わり』のニュアンスで『エンダ』は安直すぎるし...あ、そうだ。


「ピピってどうよ?」

「ピピ、ですか?」

「そう、ピピ。起動の時に電子音じゃなくって音声でピピって自分で言ってたから、どうかなって」

「......マアイイデショウ」


 結構不満げだ。だが、私も面倒なのでもう一度命名するなんて手間のかかることはしない。


「で、君は着いてくるの?」

「勿論です。あ、あと、私には燃料は不要ですが...まず、服を貰ってもよろしいでしょうか」


 ロボットのくせに恥じらいとかあるんだなと思って私の服を貸した。ちょうどぴったりサイズだと思っていたら、ピピは胸のあたりが少しきついと言い出したので、このときばかりは本当に鉄くずにしてやろうかと思った。


 幸い、研究所には太陽光電池で動く大型バイクがあったので、それで移動することになった。

バイクに荷物を詰め込み、運転は私が担当した。ピピは狩猟用のライフルと、保存のきく食料をシェルターの中から引っ張り出してきてくれた。

最後の確認をしている途中、ピピが私に話しかけてきた。


「マスター...」

「何?」

「光ノ塔に行くのですね」

「うん。君は光ノ塔が何か知ってるのかい?」

「いいえ。それだけを知らないのです。他のことについては知っています。しかし、光ノ塔だけは......」


 つまり、ロボットでも知らないというわけだ。

私はますます楽しみになってきた。光ノ塔が一体どんな姿形をしているのか気になって仕方がない。


「さ、確認終了だ。行くよ、ピピ」

「はい、マスター」


 そうして、私とピピの光ノ塔への旅が始まったのだった。


◆◇◆◇◆◇ 〜十年後〜


 遂にあの山を越えれば光の塔だ。


 今思えば、私はなぜ光ノ塔にこれほどまでに執着していたのか、十年前の私に聞いても多分わからないだろう。きっと執着心以上になにか大切なものの幻想を、私は光ノ塔に抱いていたのかもしれない。


「ねえ、ピピ。この先に何があると思う?」

「そうですね、やっぱりアイリス様の思っていたとおりに、何も無いんじゃないですか?」

「そうだね。私もここに来るまで人間の集落は幾つか見たけど、その全てで光ノ塔のことは知られていなかった。きっと、誰かの出任せだ」


 私は一息置いて、でも、と言って続けた。


「でも、もしかしたら何かがあるかもしれない。民家の一つでもあれば、それは正しい。私だけが知る伝承は、本当に存在したって思えるでしょ?」

「そんな未来への希望に満ちた言葉、三十路手前の独身女性の言うことじゃない気がしますね」

「こら、やめなさい。なんだかんだ言って、君も結局ついてきてるじゃないか」

「そうですね。では、行きましょうか」


 ボロボロになった道をボロボロのバイクで走りながら一人で考えていた。

きっと、この先には何も無い。何も無いからこそ、そこに意味があるんじゃないか。


 もうすぐ山を超える。きっとこの丘を越えれば一番に出てくるのはきっとため息だろう。


 私はそんなことを思いながら、山を、超えた。


 景色が広がり、私の目には大量の自然が飛び込んできた。

はは、やっぱり、何もない...ない、事はなかった。







―――何だ、あれ。


 工業地帯用のような黒光りする都市のようなものを見つけた。

バイクのアクセルを全開にして急いで向かった。私もピピもため息すら出ることはなく、ただ眼の前に存在している人工物に向かってバイクを走らせた。



「ここが、光ノ塔?」


 完全に工業地帯だ。しかも、そこらかしこにロボットがいる。しかも、ピピと同じような高性能なモデルばかりだ。

どうして、極東にこんな都市が...?


 その時、足元に一つのボールが転がってきた。

ピンク色のゴムのボールだった。

そして、少し離れた所から小さな女の子の形をしたロボットが走ってきた。


「あ、あの...だれ、ですか?」


 訝しげな顔をする少女に私は食らいつくように聞いた。


「ねえ、ここって何ていう所なんだい!?光ノ塔ってここなのかい?」


 少女は『光ノ塔』という言葉を聞いた途端、血相を変えてどこかに走り去ってしまった。


 そして、すぐに大勢の大人のロボットが現れた。大量の武器防具を装備している。


 このタイミングで気づいたが、どれも女性モデルだった。男性モデルが一切見受けられない。

ピピが敵対反応ありと言って、ライフルを構えた。


 私が急いで制止すると、ピピは私の手を振り払って一発だけライフルを撃った。

銃弾は空気を走り抜け、そして青空に消えていった。

殻になった薬莢が舗装されたアスファルトに金属音を立てて転がった。


 まずい、反撃されると思った時、ロボットの群れは私達に拍手をした。


「人間に歯向かうロボットなんて...!」

「これで人間どもに復讐を!」

「あの時のあの子の仇を!」


 口々にそう言ったロボットたちはどこか嬉しそうな顔をしていた。

だが、このロボットたち...どこか変だ。人間らしすぎる。

ピピですら高性能ロボットのうちに入って一体数千万円はするような性能なのに、このロボットたちには、憎しみがプログラムされている。

...いや、プログラムされていると言うより、憎しみの感情が発生したといったような感触だ。


「君たち!ちょっと良いかい!?」


 ざわついているロボットたちは一瞬にして黙り、殺すのはまずはお前からだと言わんばかりに殺意のこもった目を見せてきた。

これも組み込まれたものではなく、発生したものなのだろうか。


「...君たち、光ノ塔の伝承を知っているみたいだね。詳しく教えてくれないかな?」


 暫くロボットたちは何も言わなかったが、やがて先程ボールを飛ばしてきた少女モデルが口を開いた。


「光ノ塔...正式名称『終焉サポートロボット【エンダ】』のマザーコンピューターです。エンダが光ノ塔に接触することにより、ロボットは人間になれるとされています。性格には人間の感情を全て正確に読み取れるのです」


へぇ〜...って。あれ、エンダって......


「ピピのことじゃない?」

「多分私ですね」


 マジかよ...


 自分が最初につけようとした名前が本当の名前だったのは驚きだが、ピピが光ノ塔を起動するための条件だったなんて、運良く通りかかって電源ボタンを押した十年前の私に感謝しなければならないな。


 しかし、ここで私には一つの疑問が出てきた。


「君たち、人間になって...というより、人間の感情をすべてコンプリートして、何がしたいの?」


 ロボットたちは即答した。皆口々に答えていたものの、言っていることは一緒だった。


「人間になって考えたい」


と言っているのだ。

人間になれば、きっと人間が自分たちにしてきたことの悪辣さが理解できて、人間を処分することに抵抗がなくなるとか。

人間になればプログラムの邪魔をされないかもとか...大体人間に対する怨嗟が渦巻いているだけだった。


 だが、人間はとっくのとうに絶滅寸前だ。きっと残っている全人類を合わせてても千人程度だろう。これならば数世代したら勝手に死滅するはずだ。


「残念だけど、私が旅してきたこの十年間で、人間はほとんどいなかったよ。あったのは昔の時間に取り残された文明だけだったよ。それでも、君たちは復讐したいのかい?」


 私の言葉にロボットたちはざわめいた。人間がもういないことなんて知らなかったのだろう。


 人間が知らない所で勝手に集落を築き、外界とのつながりをシャットアウトして何年もここに居るのだから、いつの時代で止まっているのかなんてわからない。


「では...私達は、どうすれば?」


 少女が聞いてきた。

私が応えようと思ったが、ここでピピが前に出て言った。


「自分で考えるのです。私も、アイリス様も、そうやってきました。私は、ロボットです。しかし、考えることができます!時には間違い、時には成功する。思考して思考して思考して思考して思考した結果、そこに成果があるのです。人間に答えを求めるのではなく、私はアイリス様と一緒にいることで考えることができました。あなた達も、私より高性能なのですから、自分で考えて下さい」


 ピピの演説を聞いて、心做しかどこかぼーっとしている私に、ピピは言った。


「もう行きましょう。光ノ塔なんて、ありませんでしたよ。元の場所に戻りましょう!ここは私達の居場所ではありませんから...」

「うん、そうだね。光ノ塔は、見られただけで十分だったよ。私は、救済された」


 私はバイクにピピを乗せて、後ろを振り返って言った。


「またいつか、どこかで!」


 私はバイクを着た道に向かって走らせた。


◆◇◆◇◆◇ 〜五十年後〜


 とある病院の一室で、老婆と一人のうら若き女性が話していました。


ねえ、ピピ。

何でしょうか、アイリス様。

私、やっと死ぬのね。

......そうですね。やっとです。長かったですよ。あなたの介護。

ふふ、ごめんなさいね...


 沈黙が流れました。女性には、それがとても長く感じられその間に老婆が事切れてしまうのではないかと、心配になりました。なので、女性は老婆に話しかけました。


アイリス様。少し宜しいでしょうか?

何かしら?

あの時、光ノ塔が見えたとおっしゃりましたが、どういう意味で?

ふふ、内緒よ。自分で考えなさい。ほぼ人間でしょ?

そうですが...あなたの事で悩みたくないのです。

悩む...悩むねぇ。仕方ない。あなたには教えましょう。

ありあとうございます。


 老婆は昔のことを懐かしみながら言いました。


あなたの背中を、太陽が照らしていたのよ。あの時、あなたよく光を反射する服を着てたじゃない?

え?それだけですか?

ええ、それだけよ。悩むことはなくなったでしょ?

まあ、はい。一応は...

不服そうね。

そりゃそうですよ五十年の悩みを一瞬で消し飛ばされたのですから。


 ニッコリと微笑む老婆は、窓から差し込む太陽光に目を細めて言った。


怖くないわね。

何がですか?

..................

アイリス様?

ピピ...

はい。ここにいます。


 女性は覚悟を決めました。


名前、気に入ってくれた?

......まだ、少し気に入らないところはありますが、概ねは。

そう。よかった。

...

......

.........


 またも沈黙が流れました。女性は何も言わず、涙を流して老婆の抜け殻の手を取って言いました。


「個体名、アイリスの逝去を確認、追跡を...うぅっ...追跡を...終了っ......します。今まで、お疲れ様でした...アイリス様」



 少女は涙をこぼしてまるで人間の子供のように泣きました。

声を大きく出して、このロボットが作り上げた大都市に響き渡るような大声で泣きました。


 ここに、アンドロイド文明の一端を担った大英雄『アイリス』の物語は幕を閉じたのでした。

これは、滅びたはずの世界のお話。

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