スタンピード 2
巨大な魔物は、怒りとともに大きく口を開けた。その中心から凝縮された魔力が集まり始め、周囲の空間がビリビリと震える。
「……これはやばい」
瞬時にその危険性を察知した。その魔力の集中は、ただの攻撃では済まされない。
「主、あれはかなりの高威力です。まともに受けたら危険です」
にゃんまるが警告の声を上げる中、魔物の口から放たれたのは、純粋な破壊力を持つ高魔力レーザーだった。それは地面を焼き、空気を裂きながら一直線に向かってくる。
「みんな、下がれ!」
叫びながら、自ら前へと飛び出した。
影猫輪環!
黒い影のような光が円を描き、薄く輝いているそれは、修行で身につけたばかりの防御技だ。
「これで止める!」
両手で影猫輪環を掲げ、レーザーの直撃を受け止めた。その瞬間、凄まじい衝撃と光が放たれ、地面が揺れる。
「くっ……これは想像以上に重い!」
その圧倒的な力に耐えながら、影猫輪環を駆使してレーザーを受け流そうとする。円環は魔力を吸収しながら回転し、そのエネルギーを内部に溜め込んでいく。
「主、影猫輪環のエネルギーが限界です!」
にゃんまるの声が届く中、歯を食いしばり、さらに魔力を注ぎ込む。
「まだだ……こんなところで負けてたまるか!」
ついに、影猫輪環が満たされたエネルギーを放出する準備が整った。
「くらえぇぇぇぇ!」
叫ぶと同時に、影猫輪環が高速度で回転し始め、吸収したレーザーは雷を纏い魔物へ跳ね返る。
反射された高魔力レーザーは、魔物の放ったもの以上の威力を伴い、その巨体を貫いた。
「グォォォォォォ!」
魔物は断末魔の叫びを上げ、倒れ込む。黒い炎をまとっていた外皮も徐々に崩れ落ち、その巨体は砂のように消えていった。
静寂が訪れる中、ゆっくりと影猫輪環を消し、地面に膝をついた。
「やったのか……。」
全身の力を使い果たした感覚が襲い、肩で大きく息をする。
「主!大丈夫ですか!」
にゃんまるが駆け寄り、支えるように立たせる。
「お前の言う通り、ギリギリだったな……。だが、勝てた」
薄く笑みを浮かべながら、遠くに消えた魔物の残骸を見つめた。
「すごい……。あんな攻撃を防いで反射するなんて……」
仲間たちが驚嘆の声を上げる中、カイロンが主人公の肩を叩いた。
「見事だった。あれがなければ俺たちはここで終わっていたかもしれない」
無言で頷きながら、再び立ち上がった。
「これでスタンピードも収まるはずだ。次は後始末だな……」
魔物を退けた安堵感が漂う中、次なる戦いに備え、心を引き締めた。
平原には逃げ散った魔物の群れが無秩序に蠢いていた。村々を襲い、周囲の生態系すら乱しかけるその存在を、見逃すわけにはいかなかった。
「主、ここが見せ場ですぞ」
にゃんまるの声に応じ、目を閉じて魔力を練り始めた。
「……天よ、地よ、そして猫の精霊たちよ、我が呼び声に応えよ!」
足元から淡い金色の光が広がり、次第にその輝きが主人公を中心に広がっていく。空気が震え、辺りに甘やかな風が吹き抜ける。
「今ここに――
猫神嵐!
その声と共に空に大きな光の門が現れた。門の中から、無数の猫の精霊が軽やかに跳び出してくる。その一匹一匹が異なる毛色や模様を持ち、透明感のある身体は光の粒子で構成されているかのようだった。
「にゃあああん!」
響き渡る高らかな鳴き声。猫たちは瞬時に地上に散らばり、魔物たちを取り囲むように配置についた。その光景は、まるで天の軍勢が降り立ったかのような神々しさを帯びていた。
猫の精霊たちは、一匹ずつ魔物たちに向かって跳びかかる。だがそれだけではない。猫たちは魔力で繋がり合い、攻撃の際にはその連携が見事に機能していた。
一匹が前線で敵の動きを止めると、次の猫が鋭い爪の光で一閃を加える。その攻撃は魔物の皮膚を切り裂くだけでなく、内部から魔力を削ぎ取る性質を持っていた。
別の猫が敵の中心で鳴き声を上げると、それが音波となって周囲の魔物を一斉に怯ませる。その隙に他の猫たちが一気に畳みかけるという戦術が繰り返された。
時折、空から降り注ぐ光の柱が魔物の群れを焼き払い、一瞬で広範囲を浄化する。光の柱は猫の精霊たちが力を合わせて放つ最大の攻撃であり、周囲の地面すら焦げつくほどの威力を持っていた。
猫の精霊たちの連携は完璧で、魔物たちは為す術もなく倒されていく。敵の群れは次第に減り、その度に猫の精霊たちは輝きを増していく。
「……すごい」
息を呑んだ。無数の猫たちが一糸乱れぬ動きで魔物を制圧する光景は、圧倒的な美しさと力強さを兼ね備えていた。かわいいとかっこいいが入り乱れている。にゃんまるが、誇らしげにその様子を見つめる。
「主、これこそが猫神嵐の真髄。お見事です」
最後に残った魔物に向かい、猫たちが一斉に光となって突撃する。まばゆい閃光が辺りを包み込み、魔物の悲鳴がかき消された後には、ただ静寂が残るのみだった。
猫の精霊たちは役目を終えたように空に昇り、門の中へと帰っていく。一匹だけが遅れて寄り、軽く頬に触れると感謝のような仕草を見せてから消えていった。
「……終わったな」
大きく息を吐き、魔力を消耗しながらも安堵の表情を浮かべる。
「スタンピードの残党、見事に一掃ですな」
にゃんまるが笑みを浮かべて肩に乗り直す。
「これで村も安全だ。……だが、これ以上使うのはきついな」
消えゆく猫精霊たちの光が祝福するように静かに降り注いでいた。
スタンピードの一掃を終えギルドに戻ると、すでに戦果の噂が広まっていた。ギルドホールに足を踏み入れると、ざわついていた空気が一瞬で静まり、次いで拍手が湧き上がった。
「お前が噂の冒険者か!」
カウンター越しに、ギルドマスターのカイロンが腕を組みながら微笑んでいた。その背後では、ギルド職員たちも驚きと感嘆の視線を送っている。
「見事だったぞ。無数の魔物を一掃する技なんて、そう簡単に見られるものじゃない」
カイロンが歩み寄り、大きな手で肩を叩いた。
「いや、そんな大したことじゃ……」
謙遜しながらも、肩を叩かれる度に身体が揺れる。にゃんまるが肩の上でバランスを取りながら口を開いた。
「ギルドマスター殿、それもこれも主の努力の賜物ですぞ! 賞賛は存分に受けるべきですな!」
「そうだな、謙遜することはない。スタンピードの残党をほぼ一人で片付けたんだ。冒険者としての評価を上げるには十分すぎる働きだ。」
ホールの周囲では、他の冒険者たちが囁き合っている。
「聞いたか? あの猫の技、すごかったらしいぞ」
「スタンピードを抑えるなんて、普通はクイーンランク以上の冒険者じゃないと無理だろうに……」
「いや、これで一気にランクが上がるんじゃないか?」
その声を耳にして少し居心地の悪そうな顔をしたが、にゃんまるは胸を張っていた。
「さすが主。これで猫族の誇りもさらに高まりますね」
カイロンがカウンターへ促し、職員が用意した報酬を手渡す。
「これは今回の報酬だ。それと、お前のランクをビショップからクイーンに昇格することにした」
「……クイーン?」
予想外の昇格に目を丸くする。
「ああ、スタンピードを収めるほどの実力を持つ者がナイトランクにいるのはギルドとしても問題だからな。これでお前にはさらなる任務を任せることができる。」
職員が新しいギルドカードを差し出す。そこには、ランク「クイーン」と刻まれていた。
報酬と新しいギルドカードを受け取り、改めて覚悟を決めた。
「これからも、もっと力をつけなきゃな」
「その意気です、主」
にゃんまるが嬉しそうに尻尾を揺らす。
拍手と称賛の中、ギルドホールを後にする。背後では、冒険者たちの期待の声が続いていた。
「次の仕事も頼りにしてるぜ!」
「今度はどんな伝説を作るんだ?」
その声を背に受けながら、新たな冒険への一歩を踏み出していくのだったーー。
スタンピードの収束から数日後、ギルドでは全体会議が開かれ、キングランクの冒険者たちが今回の騒動について意見を交わしていた。
「嵐炎竜ヴェルドレイザーと共に南方の渓谷で大型魔獣を討伐しました。個体数は少なかったものの、一体一体の力が非常に高く、通常の討伐では苦戦していたでしょう。被害を最小限に抑えられたのは、ギルドからの迅速な情報提供のおかげです」
イザベラは冷静ながらも誇り高い口調で報告を終えた。
「ただ、南方で動いていたからこそ、今回の異常性が浮き彫りになりましたの。魔物たちは普段以上に活性化し、まるで統率が取れているようでした」
「俺も北方の山岳地帯で光炎竜ルミナスフレアと共に動いていたが、似たようなことを感じた。魔物たちが明らかに戦略的に動いていた。まるで誰かが指揮を執っているようだったな」
アランは険しい顔をして腕を組んだ。
「もしも指揮者が存在するとしたら、それは魔王クラスの存在かしら?」
イザベラが疑問を投げかける。
「可能性は否定できないな。ただ、これだけの規模のスタンピードを引き起こせる存在となると、ただの魔王ではなく、もっと上位の存在である可能性もある」
アランはそう答えると、他の冒険者たちにも目を向けた。
東方の湿地帯では、毒を操る特殊な魔物群を冒険者が殲滅。
中央の平原では、大規模な魔物群が突如消失し、その原因を調査中。
「それぞれの働きでスタンピードの被害を最小限に抑えられたが、これが偶発的なものではないとすれば、次はもっと大規模な危機が訪れるかもしれない」
アランが全員を見渡し、低い声でそう締めくくった。
ギルド会議の場には、もう一人キングランク冒険者が静かに席を占めていた。
彼の名は ラグナル・ヴェイン。
漆黒のコートに身を包み、長身から醸し出される圧倒的な存在感は、言葉を発さずとも周囲に重圧を与えていた。
ラグナルは寡黙で、彼の素性を知る者はほとんどいない。唯一知られているのは、彼が「漆黒の静寂」という異名を持ち、ギルド史上最短でキングランクに昇り詰めたことだけだった。ギルドマスターが視線を向けると、ラグナルは無言で立ち上がり、手元にあったメモをゆっくりと広げた。
「……西の砂漠地帯で、大型魔獣群を殲滅した」
低く抑えた声が部屋に響き渡り、冒険者たちは一瞬緊張した空気を感じた。
「……興味深い事実があった。魔獣たちには、ある共通の紋様が刻まれていた。」
彼が懐から取り出したのは、一枚の黒い布切れ。そこには奇妙な紋様が描かれており、それを見たイザベラが息を呑んだ。
「この紋様……魔王の眷属が使うものに似ていますわね」
「……確かに」
アランが頷く。
「だが、それにしては規模が大きすぎる。」
ラグナルは無言で布をテーブルの中央に置き、再び席に着いた。
イザベラが彼に興味深そうな視線を送るが、ラグナルはそれに気づいていないかのように、再び無表情を貫く。
「あなたはどう思いますの、ラグナル?」
彼女が問いかけると、ラグナルはわずかに目を細めただけで、口元を僅かに動かした。
「……闇の奥に何かが潜んでいる。それだけだ」
その冷淡な言葉に、ギルドの全員が言葉を失った。ラグナルの存在そのものが、未知なる脅威の到来を予感させるものだった。
ギルドマスターが話題をまとめ、全体会議は終わりを迎えた。しかし、ラグナルが残した不穏な空気は、他の冒険者たちの胸に深く刻まれていた。
会議終了後、アランがラグナルに近づき、小さな声で話しかけた。
「お前の言う『闇』が本格的に動き出しているのか?」
ラグナルは一瞬だけアランを見つめ、短く言い放った。
「……すぐに分かる」
彼が静かに会場を去るとき、彼の背中には、孤高の戦士としての揺るぎない覚悟が漂っていた。今回のスタンピード収束においても、彼は圧倒的な力で戦場を制圧し、いくつもの地域を救った。しかしその実力以上に、彼の行動の背景には謎が多く、ギルド内でも意見が分かれていた。
「それにしても、今回スタンピードの残党を一掃した冒険者がいるらしいわね」
イザベラが微笑みながら話題を振ると、アランも頷いた。
「聞いたところでは猫の精霊を使ったらしい。広範囲にわたる魔物を一掃するなんて、そんな技を持っているとは驚きだ」
「興味深い。その冒険者にはこれからも注目しておくべきでしょう」
イザベラが静かに語り、ギルド内の緊張感を高めた。キングランク冒険者たちは、それぞれの地域でさらなる調査を進め、スタンピードの背後に潜む原因を突き止めようと動き始めた。




