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強くなる為に 4

翌朝、鳥のさえずりと柔らかな日の光が目覚めさせた。昨夜の演奏の余韻がまだ心の中に残っており、目を開けた瞬間、ふとアークとエンバーの姿を探した。


アークは入口近くで悠々と横になりながら一瞥し、軽く頭を持ち上げた。エンバーはというと、昨夜と同じように足元に丸くなって眠っていたが、起きるとすぐに小さな唸り声をあげながら伸びをして目を覚ました。


「おはよう、アーク、エンバー」


声をかけると、エンバーはぴょんと跳び上がりながら膝に前脚をかけて甘えた様子を見せる。アークは相変わらずクールな態度で、その動きを眺めるだけだったが、尾を軽く振って応える仕草を見せた。


「さあ、今日もやることがあるな。しっかりついてこいよ」


軽く自分を奮い立たせるように言葉を口にすると、顔を洗うため外に出た。シェリルがすでに小屋の外で何か作業をしているのが見える。彼女は朝の冷たい空気にも動じることなく、木材を運びながら身体をほぐしているようだった。


「おはよう。目覚めはどうだ?」


シェリルが手を止めて、問いかけた。


「悪くない。昨日の疲れもほとんど取れたよ」


そう答えると、シェリルは満足そうにうなずき、近くの木陰に積まれた道具を指さした。


「ならば今日は、身体の基礎をさらに鍛えるところから始める。見た目以上に自分の身体の限界を理解していないようだな。昨日の動きを見て、まだまだ伸びしろがあると感じた」


「基礎か……具体的には?」


「まずは脚力だ。山の斜面を駆け上がる訓練をする。荷物を背負いながらな」


シェリルの指差す方向を見ると、大きなリュックサックが並んでいた。中身は詰め込まれているようで、かなりの重量感が伝わってくる。


「それを背負って山頂まで登れ。目標タイムを超えられなければ罰としてさらに距離を伸ばすぞ」


「え……本気で言ってるのか?」


半ば呆れながら訊くと、シェリルは微笑を浮かべながら手を腰に当てた。


「当然だ。戦士としての基礎がなければ技術も活かせない。だから、まずは基盤を作る」


エンバーがそんなやり取りを聞きながら興味津々といった表情で見上げる。アークも興味はなさそうに見えたが、その目には何かを期待しているような光が宿っていた。


「わかったよ。やるしかないな」


大きなため息をつきながらも覚悟を決めた様子で、重そうなリュックのひとつを手に取った。その瞬間、背中にずしりとした重みがのしかかる。


「よし、その意気だ。エンバーも主人公について行け。アークは……見守ってやれ」


シェリルが指示を出すと、エンバーは元気よく飛び跳ね、隣で駆け出す準備を始めた。


「では、始め!」


シェリルの声が響き渡り、足を踏み出した。急な斜面が続く山道を見上げながら、その第一歩を踏み出す瞬間、心には昨日の自分を超える決意が湧き上がっていた。


山の登り口に立ち、険しい斜面を見上げた。背中には詰め込んだ重石や水袋の入ったリュックがずっしりと重く、足元は滑りやすい砂利と小石が転がる不安定な地面だ。


「ふぅ……シェリルの言う基礎ってやつ、これがスタートか」


背負い紐をきつく締め直し、靴紐を確認し、ゆっくりと一歩を踏み出した。


最初の数歩は、特に問題なかった。重いとはいえ、身体を前に傾ければなんとか進む。しかし、徐々に斜面が急になり、呼吸が浅くなるのを感じ始めた。


「これ……意外とくるな……」


額から汗がじんわりと滲み出し、呼吸が徐々に荒くなる。リュックの重量が肩と腰に食い込み、全身に疲労が溜まるのを嫌でも感じた。


「はぁっ……まだ半分も来てないのか」


ふと顔を上げると、頂上は遥か遠くに見え、道は曲がりくねりながら急勾配を描いていた。心が折れそうになるその瞬間、横からエンバーの小さな鳴き声が聞こえた。


「お前は元気だな……いいよ、そのまま先行っててくれ」


エンバーは見上げるようにしばらく併走したあと、軽々と駆け上がっていった。その後ろ姿に少し気力をもらい、足を再び進めた。


次第に斜面の地形が変わり始める。小石混じりの道から、濡れた苔が広がる滑りやすい岩場に差し掛かった。足を踏み出すたびに滑りそうになるが、リュックの重さでバランスを失うわけにはいかない。


苔むした岩を慎重に見極めながら、一歩一歩進んでいった。足を滑らせれば重心を崩し、転げ落ちかねない。リュックの重さが増したかのように感じる中、額から滴り落ちる汗が視界を曇らせる。


「くっ……これ、本当に基礎なんだよな?」


思わず独り言が漏れるが、誰も返答する者はいない。後ろを振り返ると、アークがゆったりとした歩調で登り続けていた。その大きな体が、重さを苦にせず堂々とした姿を保っているのを見て、少し自分が情けなくなる。


「アーク、お前が羨ましいよ……でも、負けるわけにはいかない」


再び視線を前に戻し、次の岩に手を伸ばした。


その時だった。突然、足元の石がぐらりと揺れ、体が一瞬宙に浮いた。


「――っ!」


慌てて両手で岩に掴まり、必死に体勢を立て直す。心臓が早鐘のように鳴り響き、しばらくの間動けなかった。


「危なかった……あと少しで下まで転げ落ちるところだった」


冷や汗を拭いながら慎重に立ち上がり、今度は石の安定を確かめてから足を運ぶようにする。エンバーは少し先の岩場で振り返り、様子をじっと見ている。


「心配してくれてるのか?ありがとな」


その視線に応えるように、小さく手を振った。

やがて空気が変わり始める。上の方に霧が薄く漂い、冷たい風が頬を撫でた。斜面がさらに急になり、手足を使ってよじ登る場面も増えてきた。指先が岩の冷たさと粗さに慣れる頃には、息は完全に荒れ、全身が鉛のように重くなっていた。


「ここまできたら、もう引き返すなんて選択肢はないよな……」


歯を食いしばり、最後の急勾配に挑む。力を振り絞りながら這い上がるように進むと、視界が一気に開けた。


「……着いた?」


目の前には、太陽の光を浴びた山頂が広がっていた。涼しい風が吹き抜け、視界には遠くの山々が連なり、どこまでも広がる青空が見える。エンバーは先に到着し、足元の石の上で満足げに鳴いた。アークもゆっくりと山頂に姿を現し、疲れ知らずのような堂々とした佇まいで見下ろした。


「……やっと、ここまできたか」


地面に手をつき、息を整える。リュックを下ろし、肩の重さがなくなった瞬間、思わず笑みがこぼれた。疲労は限界だったが、達成感がそれを上回っていた。


「でも、これがスタートなんだよな……よし、次に進もう」


立ち上がり、眩しい光に満ちた山頂を見渡しながら、新たな覚悟を胸に刻んだ。


山頂での達成感に浸る間もなく、シェリルの鋭い声が背後から響いた。


「おめでとう。ここまでたどり着けるとは思っていなかったよ」


振り返ると、シェリルが風に長い銀髪をなびかせながら歩いてきた。彼女は険しい岩場を歩いたとは思えないほど、疲れた様子を微塵も見せていなかった。


「……これでやっと第一段階クリアってところか?」


冗談めかして言うと、シェリルは冷たい笑みを浮かべる。


「その通りだ。だが、これはまだ序章にすぎない。これからが本当の修行だ」


そう言いながら、彼女は手元に持っていた布包みを差し出した。


「これを使うんだ」


受け取って包みを開くと、中には一対の短剣が収められていた。黒い刃が光を吸い込むかのように鈍く輝き、柄には細かな竜の紋様が彫り込まれている。


「これは……?」


「この短剣は竜骨から作られた特別なものだ。これを扱いこなせるようになれば、お前の武器術は一段階進化するだろう。ただし――」


シェリルの目が鋭さを増す。


「この刃はお前自身の力を引き出すものでもある。その代わり、扱い方を誤れば自分の身を滅ぼすことになる」


短剣をしばらく見つめ、決意を込めて柄を握りしめた。


「……わかった。これを使いこなしてみせる」


シェリルは満足げに頷き、背後を指さした。


「では、次の課題に移ろう。お前が立っているその足元――そこに隠された洞窟がある。これからその中に入ってもらう」


「洞窟……?」


不審そうに地面を見下ろすと、アークが鼻先で地面を突きながら、隠れていた岩盤の下を掘り起こし始めた。すると、大きな空洞が姿を現した。


「その中は迷宮になっている。私が用意した訓練場だ」


シェリルは空洞の奥を指し示しながら続ける。


「洞窟の奥には、お前の武器に相応しい最後の仕上げが待っている。その代わり、道中はお前を試す仕掛けや罠、そして己の恐怖心に立ち向かわなければならない。」


エンバーは足元に寄り添い、怯える様子もなく小さな鳴き声をあげた。それを見て微笑む。


「わかった。やるしかないんだな」


短剣を腰に収め、アークとエンバーに軽く声をかけた。


「行こう」


シェリルの指し示す洞窟の奥へと足を踏み入れる。その背中を見送りながら、シェリルは静かに呟いた。


「この修行を乗り越えられれば、お前はきっと本物の戦士になれる。だが……その覚悟がどこまで続くか、見せてもらおう」


冷たい空気に満ちた洞窟の中へ消える主人公たち。暗闇の奥から、何かの気配がゆっくりと彼らを迎え入れようとしていた。

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