帰還
長い旅を終え、エルムレイン帝国の城門が視界に入った。帝国を囲む壮大な城壁が、陽光を浴びて威厳を放っている。その姿に、久しぶりの安堵を覚えた。
「帰ってきたな……」
呟くと、にゃんまるが柔らかく微笑んだ。
「ええ、ようやく戻って参りましたね。長い道のりでしたが、充実した旅でしたよ」
門番を務める鷲族のアルヴァードが二人に気づき、素早く近づいてきた。
「お帰りなさい、主殿、にゃんまる様。長旅で疲れているでしょう。陛下も心配されておりましたよ」
「ありがとう、アルヴァードさん。随分遠くまで行ってしまったが、無事に帰ってこれて何よりです」
答えると、アルヴァードは満足げに頷き、門を開けた。
帝国の城下町は活気に満ちていた。商人たちの威勢の良い声や行き交う人々の楽しげな笑い声が、旅の疲れを忘れさせる、街並みを歩きながら、久しぶりの平和な空気を味わった。
「なんだか懐かしいな、この風景」
にゃんまるも満足げに鼻をひくつかせていた。
「ふふ、主もようやく落ち着けそうですね。私もこの香ばしいパンの匂いを嗅ぐと、帰ってきた実感が湧きます」
ふと道端のパン屋で、にゃんまるたちを見つけた子どもたちが駆け寄ってきた。
「おかえりなさい! ずっと待ってたんだよ!」
屈んで子どもたちと目線を合わせながら、微笑んだ。
「ただいま。ちゃんといい子にしてたか?」
「うん! またお話聞かせてね!」
にゃんまるが肩から飛び降り、子どもたちの周りをぐるりと一周すると、軽く尻尾を揺らして言った。
「主の武勇伝なら、いつでもお話して差し上げますよ。ただし、今は少し休ませてくださいね」
子どもたちはにゃんまるに触れようと追いかけ回しながら、楽しそうに笑った。
城下町を抜け、にゃんまるとフェルディア家の屋敷へと向かった。門の前に立つと、使用人のヴァルターが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、主様、にゃんまる様、長旅でお疲れでしょう」
「ヴァルター、ただいま戻りました」
にゃんまるも軽く尻尾を振りながら言った。
「ヴァルター、今度は良いお茶を淹れていただけますか? 主もきっとそれを楽しみにしているはずです」
ヴァルターは微笑みながら一礼し、屋敷の門を開けた。
「もちろんでございます。ご用意しておりますので、どうぞお入りくださいませ」
屋敷に足を踏み入れると、暖かい香りと懐かしい家具の並びに、ようやく心からの安堵を感じた。
翌日、竜たちの元に向かう。
「ただいま!」
寝床に行くとアークは奥の暗がりからゆっくりと姿を現した。その黒曜石のように輝く鱗は、美しくもどこか憂いを帯びている。アークは低く唸り、見つめる。その視線は、ただの挨拶ではなく、どこか重苦しい感情が込められているようだった。
静かに近づき、竜魂の腕輪に手を添える。すると、アークの感情が直接伝わってきた。
「孤独……後悔……。まだ、あの時のことを引きずってるのか」
アークの目を見つめながらそっと問いかけた。アークは唸り声を止めると、ゆっくりと首を傾ける。その仕草は「なぜ分かる?」とでも言いたげだった。
「分かるさ。お前がその気持ちを抱え続けているのが……今、すごくはっきり伝わってくるんだ」
言葉を続けると、アークは目を閉じ、小さく鼻息を鳴らす。それはどこか悲しげで、自分を受け入れたくないという意思の表れだった。
「でもさ、アーク。お前は過去を悔やむばかりで止まっていていい存在じゃないだろ?」
アークの鼻先に手を伸ばし、そっと触れた。アークは一瞬身を引くが、すぐに力を抜き、その手を受け入れる。
「お前が失ったものも、抱えた悲しみも、全部ひっくるめてお前自身なんだ。だからこそ、これからの時間で新しい物語を作れる。そういう力を持ってると思うんだ」
アークはゆっくりと目を開け、じっと見つめた。その瞳には迷いが浮かんでいたが、やがて静かに主人公の肩に自分の頭を寄せた。その行動には「お前を信じてみる」という意思が込められていた。
「ありがとう、アーク。これからも一緒に行こうな」
エンバーの寝床に入ると、エンバーはすぐに気づき、喜びの声を上げながら駆け寄ってきた。
「エンバー! 元気そうだな」
しゃがみ込み、その頭を優しく撫でると、エンバーは嬉しそうに喉を鳴らしながら尻尾を振った。その動きに合わせて、体から小さな火花が散る。
にゃんまるが少し距離を取りながら、控えめに口を開いた。
「相変わらず元気ですね……ですが火花が飛び散るのは少し危険です。まだ力の制御がうまくいっていないのでしょう」
「確かに。エンバー、ちょっと訓練が必要だな」
苦笑しながら立ち上がり、エンバーを竜舎の広いスペースへ誘導した。
訓練を始めたものの、エンバーは予想以上のエネルギーを放出してしまい、驚かせた。例えば、小さな火球を作る練習をしていた際、それが突如として弾け、竜舎の壁に黒い焦げ跡を残すほどだった。
「おいおい、ちょっとやり過ぎだぞ、エンバー!」
すぐに注意を呼びかけるが、興奮したエンバーは止まるどころか、さらに炎を強めてしまう。
にゃんまるが冷静に指示を出す。
「主、腕輪を使って彼の感情を読み取ってみてください。まずは落ち着かせることが先決です」
竜魂の腕輪がある方で手を当て、エンバーの思いに意識を集中させた。すると、不安と興奮が交じり合った感情が伝わってきた。
「エンバー、お前、力を試してみたいんだろう。でも今のままだと周りに迷惑がかかるぞ。焦らず、一歩ずつでいいんだ」
穏やかな声と感情が届いたのか、エンバーの炎は次第に小さくなり、最後には完全に消えた。エンバーは小さく鳴きながら、申し訳なさそうに足元に身を寄せた。エンバーの興奮が収まった後、彼のために改めて訓練プランを立てた。最初は小さな火花を散らさずに走り回ることから始め、徐々にエネルギーの放出をコントロールする練習へと移行する。
ある日、エンバーに火球の生成を教えていると、ふとエンバーが集中した様子を見せた。小さな炎の玉が安定して手の中に収まり、ふわりと空中に浮かび上がる。
「やったな、エンバー! すごいぞ!」
声をかけると、エンバーは嬉しそうに火球を消し、跳ねるように周りを駆け回った。
それを見たにゃんまるが満足げに頷く。
「順調ですね。主との絆が、エンバーの成長を後押ししているのでしょう」
「絆、か……エンバーと一緒に旅するのが今から楽しみだよ」
エンバーを見つめながら、彼のこれからの成長に期待を膨らませるのだった。
エンバーは依然として無邪気で、アーク遊びを挑んでは元気いっぱいに走り回っていた。そんなエンバーの姿を微笑ましく見守りつつ、彼が持つ膨大な力をどう導くべきかを考えていた。
「エンバー、これからも一緒に少しずつ成長していこうな」
その言葉に応えるように、エンバーは手に顔を擦り寄せ、力強く小さな鳴き声を上げた。
彼を見つめながら、改めて自分が竜たちを守り、導く存在であることを胸に刻むのだった。




