猫神様に会いました。
険しい岩山を越え、森を抜ける旅の途中、とある村に立ち寄った。村の人々は噂話として「猫の彫像が眠る神秘の場所」の存在を語った。
「この森の奥にある廃れた神殿に、一匹の猫を模した石像が祀られているらしい。昔は『バステト神殿』と呼ばれていたとか。もう誰も訪れなくなったが、動物たちはなぜかその場所を恐れず、集まるんだ」
興味を引かれたにゃんまるが静かに頷く。
「主、この神殿、行ってみませんか? 何か心当たりがあるんです」
村人の話に心を惹かれ、二人はその神殿を目指すことにした。
森を進むうち、木々の間から現れたのは、苔むした古い建造物。柱の一つ一つには繊細な猫の彫刻が施されている。
「これが……バステト神殿……」
足を止め、目を見張る。
にゃんまるは鋭い視線で神殿を見つめた。
「主、この神殿……どうやら私たちがかつて会ったあの方に関係しているようです」
神殿の入口には巨大な猫の彫像が鎮座していた。まるで侵入者を見定めるかのような気高い眼差しだ。
-二人が奥へ進むと、そこには祭壇があった。中央には美しい猫の像――バステトを象ったものが静かに佇んでいる。像の周りには、小動物たちが集まっていた。
「これは……ただの像じゃない」
にゃんまるも頷く。
「主、この場所であの方に再び会えるかもしれません」
その瞬間、祭壇の石像が淡い光を放ち始めた。二人が目を凝らすと、光は徐々に形を変え、猫の神「バステト」の化身が姿を現した。
「よくぞここに辿り着いた、選ばれし者たちよ」
バステトの声は、穏やかでありながら威厳に満ちていた。にゃんまるはすぐに深く頭を下げる。
「バステト様……! またお会いできるとは思いませんでした!」
バステトはにゃんまるに微笑みを向ける。
「にゃんまるよ。そなたの願いを聞き入れて、この者を転生の地へ導いたこと、覚えている。そなたの願いがあまりにも純粋で、私も心を動かされたのだ」
思わず頭を下げる。
「あのとき……本当に感謝しています。こうしてにゃんまると再び一緒にいられるのは、バステト様のおかげです」
バステトは優雅に頷いた。
「私に礼を言う必要はない。二人の絆こそが、この奇跡を引き寄せたのだ。だが、再び訪れたそなたたちに力を授けるのも、また運命であろう」
バステトは優雅に歩み寄る。彼女の前足が光に包まれると、その輝きが身体に吸い込まれていく。
「そなたには『猫影潜行』のさらなる力を授けよう。これにより、影の中だけでなく、他者の影を通じて移動することが可能になる。また、影の中で傷を癒やす力も備わるだろう」
さらに、バステトはにゃんまるにも目を向けた。
「そして、そなた――かつて猫族の一員であったものよ。そなたには古代猫族の技『猫牙連爪』を授ける。これは連撃を可能にする、猫族に伝わる戦闘技術だ」
にゃんまるは深々と頭を下げた。
「重ねて感謝いたします、バステト様。この力、必ず主と共に正しき道に使います」
「この神殿は、そなたたちが訪れたことで再びその存在を示すこととなるだろう。いずれ、この地が賑わいを取り戻すことを願っている」
バステトが微笑むと、その姿は再び光となり、祭壇へと還っていった。その直後、神殿の壁に新たな力が満ちたように、淡い輝きが走る。
にゃんまるが静かに口を開く。
「主、これは……神殿が復興し始めている証拠かもしれません」
祭壇に向かって一礼し、にゃんまると共に神殿を後にした。その背中には新たな力を得た者の誇りが宿っていた。
神殿を後に、旅路で村の人々に神殿が復活したことを伝えた。最初は半信半疑だった村人たちも、神殿の位置や特徴を詳しく説明すると、次第に興味を持ち始めた。
「猫の神バステトが祀られている神殿が、本当に再び輝きを取り戻したのか……?」
「そうだとしたら、一度訪れてみる価値がありそうだな」
村を離れて数週間後、村の人々は神殿を訪れ始めた。そして、噂は噂を呼び、近隣の村々にも広まる。
最初に神殿へ足を運んだのは、近隣で動物を飼育している牧場主だった。彼は動物たちが自然に神殿の方角を向いていることに気づき、興味本位で神殿を訪れたという。
「不思議なことに、ここに来ると動物たちが安心しきった表情をするんだ。家畜の体調も良くなる気がするよ」
その話を聞いた周囲の人々は、次々と神殿を訪れ始める。すると、神殿の周囲には不思議と動物たちが集まり、静かな癒やしの場として広まっていった。
さらに、訪れた際に見た祭壇の猫像が、淡い光を放つ姿を目にしたという者もいた。
「猫像の目が青く輝いて、どこか慈愛に満ちた雰囲気を感じた……。これがバステト神の力なのか?」
やがて、人々の手によって神殿の崩れかけた部分が修復され始めた。老朽化した柱は新たな木材で補強され、祈りの場としての機能を取り戻していく。
神殿の再建が進む中、村の若い女性が神殿の管理者として名乗りを上げた。彼女の名前は「エリアナ」。動物好きな彼女は、幼い頃から猫を愛しており、神殿の存在を知ってからはその世話に尽力していた。
「私は猫たちが安心して暮らせる場所を守りたい。この神殿がその役目を果たせるよう、力を尽くします」
エリアナの呼びかけに応じて、他の村人たちも協力し始めた。神殿周辺には小さな市場ができ、訪れる人々が増えるにつれて活気が戻ってきた。
神殿を訪れた者たちの中には、不思議な体験を語る者も増えた。
「長年病気で苦しんでいた愛猫が、神殿を訪れた後で元気になったんだ」
「心に迷いがあったけど、ここに来て祈るうちに自分の進むべき道が見えた気がする」
さらに、動物の世話に関する知識や技術を交換する場としても機能するようになり、近隣の村々を結ぶ新たな交流の場へと成長していった。
数カ月後、にゃんまるの元に、エリアナから手紙が届く。
「神殿は今、多くの人々と動物たちに愛されています。復興は順調に進み、猫たちの楽園としても機能し始めました。これも、あなたたちが神殿を見つけてくださったおかげです。本当にありがとうございます!」
にゃんまるは手紙を読み終えた後、満足げに目を細めた。
「主、私たちが訪れたあの場所が、これほどまでに賑わいを取り戻しているのは嬉しいですね。バステト様もきっとお喜びでしょう」
静かに頷く。
「そうだな……またいつか、あの神殿を訪れてみたいものだ」
エリアナの手腕によって神殿は完全に復興を果たした。それだけでなく、神殿周辺には「猫の里」と呼ばれる新たな共同体が形成されていた。
復興に携わった者たちが神殿を守るため、周辺に住み始めたのだ。彼らは野良猫や傷ついた動物たちを保護し、世話をすることを日常の一部とした。村の一角には猫専用の広場が設けられ、訪れる人々はそこにいる猫たちと触れ合うことで癒やされていく。
さらに、神殿での祈りが「特別な力」を得る手段として注目され始めた。エリアナによると、神殿で祈りを捧げると、不思議と心が落ち着き、未来を見据える勇気が湧いてくるという。
ある日、エリアナは近隣の村々をまとめるイベントを開催した。その名も「バステト祭」。
神殿を中心にしたこの祭りでは、猫を象った装飾が至るところに飾られ、訪れた人々は猫にまつわる手作り品や食べ物を楽しむことができた。また、動物愛好家たちの交流の場ともなり、遠く離れた村々からも参加者が集まるようになった。
バステト祭では、神殿の猫像の前で行われる「感謝の祈り」が一番の目玉だった。その祈りの最中、猫像がほんのり光り輝き、参加者たちは感動に包まれる。
数年後、再びにゃんまると神殿を訪れる機会を得た。神殿の周囲にはかつての荒廃した姿はなく、整備された道と活気ある人々の姿があった。
「すっかり変わりましたね……主、見てください。あの広場には猫たちがのびのびと過ごしています」
にゃんまるが目を細めながら言うと、静かに頷きながら答えた。
「本当に、驚くほどの変わりようだな。エリアナの手腕もあるだろうが、やっぱりバステトの加護が大きいのかもしれない」
神殿に入ると、エリアナが出迎えた。彼女はすっかり成長し、村をまとめるリーダーとしての風格を漂わせていた。
「おかえりなさいませ、主様、にゃんまる様。この神殿も、そして周囲の里も、全てお二人のおかげです」
エリアナの言葉に、首を横に振りながら答える。
「俺たちはただのきっかけを作っただけだよ。ここまで発展させたのは、君たちの努力だ」
その夜、神殿での祈りの時間ににゃんまると再びバステトの気配を感じた。猫像が淡く光り、空気が一瞬静寂に包まれる。そして、にゃんまるの耳にバステトの声が響いた。
「にゃんまるよ、そして我が恩寵を受け継ぐ者よ。この地が繁栄を取り戻したのは、汝らの働きあってのこと。だが、旅はまだ終わらぬ。これからも汝らの力で、より多くの命を救い導くのだ」
にゃんまるはその言葉に深く頭を下げた。
「もちろんです、バステト様。主と共に、これからも歩み続けます」
バステトの声が消えると、猫像の輝きは薄れ、再び静かな夜が戻ってきた。
にゃんまるとその場でしばらく無言で立ち尽くしたが、互いの決意を再確認したように目を合わせ、静かに頷いた。
翌朝、再び神殿を後にした。エリアナと村の人々に別れを告げ、穏やかな陽光の下、次の目的地へと歩みを進めた。
「さて、次はどんな出会いが待っているんだろうな」
呟くと、にゃんまるは微笑みながら言った。
「主と一緒なら、どんな道でもきっと楽しいものになりますよ」
遠くに見える山々を背に、旅は続いていった──。
これがにゃんまると共に起こしたバステト神殿の奇跡の未来のお話。




