アークの克服
朝陽が隙間から差し込み、黒曜竜アークの鱗に淡い光が反射する。足を踏み入れると、アークはその漆黒の体をゆっくりと起こし、深い赤の瞳で主人公を見つめた。その姿には威厳がありつつも、どこか期待するような柔らかさが感じられる。
「おはよう、アーク。今日は飛行訓練だ」
語りかけると、アークは低く喉を鳴らしながら立ち上がった。その動きには力強さと優雅さが同居しており、思わず息を呑む。
餌を与えた後、アークを訓練場へ連れていく。広大な空間には澄み切った風が流れ、空高く伸びる緑の丘が周囲を囲んでいる。ここは飛行訓練に最適な場所だ。
「まずは翼をしっかり動かして、感覚を掴もう」
言葉に応えるように、アークは大きな翼を広げた。その翼は羽ばたくだけで風を巻き起こし、近くの草がざわめく。
アークは一度力強く羽ばたき、低空を滑るように飛び始めた。地面すれすれを保ちながら進むその姿は、まるで鋭く切り裂く刃のようだ。その動きを注意深く観察しながら、
「いいぞ、今度はもう少しスピードを上げてみて」
と指示を出した。アークは指示に従い、徐々に速度を上げる。そのたびに翼の動きが滑らかになり、地面との距離を完璧に保って飛ぶ技術が磨かれていく。
基礎練習を終えた後、次の指示を出した。
「今度はもっと高く飛んで、空の風を感じてみよう」
アークは一度低く吠えると、巨大な翼を力強く羽ばたかせた。その瞬間、地面の草が吹き飛ぶほどの風が巻き起こり、アークの体は空へと舞い上がった。
高く飛ぶにつれて、風の流れが変わり、アークはその変化に合わせて翼の角度を調整する。その姿を見上げながら、
「その調子だ、風を読んで、力を無駄にしないように!」
と声を張り上げた。アークは次第に安定した飛行を見せるようになり、高空で旋回や急降下の動作を試し始めた。その動きには最初こそぎこちなさがあったが、数回繰り返すうちに、まるで空に馴染むような自然さを帯びてきた。
「次は急降下の練習だ。あの標的に向かって真っ直ぐ降りるんだ」
訓練場に設置された木製の標的を指さすと、アークは空中で小さくうなずいた。
高度を保ったまま、アークは標的を見据えた。次の瞬間、翼を折りたたむようにして一気に降下を始める。その速さはまさに稲妻のようで、周囲の風景が一瞬で流れる。
地面すれすれでアークが翼を広げると、風圧が標的を揺らし、地面に砂埃が舞い上がった。その見事な動きに、思わず拍手を送った。
「すごいぞ、アーク!これなら実戦でも通用する」
訓練を終えたアークは、そばで降り立つと、静かに頭を下げた。その仕草には、言葉ではなく信頼と感謝が込められているように感じられる。
「本当に素晴らしかった。空の覇者みたいだった」
優しくアークの鱗を撫でると、アークは小さく喉を鳴らしながら目を閉じた。その姿に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
その後、寝床に戻ったアークは心地よさそうに横たわり、持ってきた特製の餌を静かに食べる。その傍らで、一日の記録を手帳に書き込みながら、次の訓練計画を練っていた。
午後の訓練が進む中、アークの動きに異変が現れた。それは高度を上げる練習の最中だった。アークは翼を広げ、空へ舞い上がったが、一定の高さを越えた瞬間、突然動きがぎこちなくなった。
「アーク?大丈夫か?」
下から声をかける。しかし、その声が届いていないかのように、アークの動きは乱れ、翼が大きく震えているのが見て取れた。
次の瞬間、アークはその巨大な体を傾け、急降下を始める。まるで何かから逃げるかのように、一切制御が効いていない様子だった。
「危ない!」
すぐさま影のスキルを使い、アークの落下地点に先回りする。地面に激突しそうな瞬間、アークは辛うじて翼を広げたが、衝撃で砂埃が舞い上がり、周囲が見えなくなった。
駆け寄ると、アークは荒い息を吐きながら立ち上がろうとしていた。その瞳には不安と動揺が浮かび、いつもの威厳ある黒曜竜の面影はそこにはなかった。
「どうしたんだ、アーク。何があった?」
慎重に声をかけると、アークは少しの間沈黙した後、低く唸るような音を発した。それはまるで、自分自身に苛立っているような響きだった。
ふと、脳裏にフェルディア家の執事エリオットが話していた言葉が蘇る。
――「アークはかつて軍竜として多くの戦場を駆けた。しかし、最後の戦いで乗り手を失い、それ以来、飛ぶことへの自信をなくしてしまったんだ」
「…そうか。高く飛ぶことが怖いのか」
小さくつぶやいた。アークはその言葉に反応するように顔を上げたが、その瞳は曇っていた。
「でも、大丈夫だ。ゆっくりでいい。一緒に克服しよう」
そう言いながら、アークの巨大な翼にそっと触れた。
その触感は冷たく硬いが、わずかに震えている。アークの心の中には、まだ消えない過去の痛みと恐れが渦巻いているのだろう。
訓練を再開することにした、アークが安心できるよう低空から始めることを提案した。しかし、再び高度を上げる練習に入ると、同じ現象が起こった。ある高さを越えた瞬間、アークの体が硬直し、翼がバランスを失う。
それは、まるで彼の中に深く刻まれた記憶が呼び覚まされるかのようだった。高空を舞う中で、乗り手を失った瞬間の衝撃、そしてその後の孤独――その全てが彼の行動を縛っているのだ。
アークは地面に降りると、再び荒い息を吐きながらうずくまった。そのそばに座り込み、静かに語りかける。
「アーク、お前が何を感じているのか、全部はわからない。でも一つだけわかることがある。俺たちは今、仲間だ。一人じゃない」
アークは少しだけ体を動かし、その巨大な頭を肩に寄せた。重みと温もりが伝わり、その瞬間、この絆がアークを救う鍵になると確信した。
「焦らなくていい。少しずつやっていこう。俺も付き合うから」
言葉に、アークは低く短い声を漏らした。それは、わずかながらも感謝と信頼を表しているようだった。
その日、飛行訓練は一旦終了となったが、主人公は新たな計画を立てた。次回の訓練では、アークが安心して飛べるよう、地上での準備運動や高度の調整をさらに丁寧に行うつもりだ。
数週間後ーー。
訓練場の空は、まだ朝の薄明かりを残していた。アークの背に乗り、大きな翼を震わせて飛び立つ準備をしていた。だが、その大きな体を空に上げるのは、いまだに恐怖を伴うことだった。以前の乗り手との事故が脳裏に浮かび、アークは何度も空を飛ぶことをためらった。翼が震え、彼の心が重くなる。過去の失敗が頭をよぎり、その恐怖が空に向かう意欲を押しとどめていた。
「アーク、君ならできる。僕を信じて」
声が背中から響く。
アークは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。信頼を裏切りたくない、そんな思いが彼を動かした。力を込めると、羽音が鳴り響き、アークはゆっくりと空へと浮かび上がった。
だが、浮かび上がった瞬間、翼が不安定になり、アークの体がぐらつく。その動きがぎこちなく、まるで風に逆らうことができないように感じられた。恐怖の影が再び彼を支配しようとした。
「大丈夫、アーク。僕がいるから」
静かに励ましながら、アークの背中にしがみつく。だがその言葉も、今のアークには届いていないようだった。
その時、空が一気に暗くなり、突風が吹き荒れた。アークは驚き、空を見上げた。その先に、空を舞う何者かが見えた。黒い影が近づいてきた――それは、野良の竜種だった。
アークの翼が硬直し、急激に方向を変えることができなかった。野良竜は鋭い爪と牙を見せ、アークに向かって突進してきた。必死にアークを支えながら叫ぶ。
「アーク、避けて!」
だが、アークはすでに動揺し、思うように身体を制御できなかった。野良竜が急降下して、アークに爪を向ける。アークは反射的に翼を広げて迎撃しようとするが、その動きはおぼつかなく、敵の竜に捉えられそうになった。
「くっ…!」
アークは必死に羽ばたくも、その動きに力がこもらない。翼が重く、思い通りに操ることができない。過去の失敗がよみがえり、アークの動きはますます鈍くなる。
その瞬間、背中から手を伸ばし、嵐竜の「竜爪の結晶片」を握りしめた。
「アーク、これを…」
手から結晶片が光を放ちながらアークの体に触れると、あたりが一瞬にして青白く光り輝いた。その光は、まるで嵐竜の意志が宿っているかのように感じられ、アークの体全体を包み込んでいった。結晶片が発する魔力が、アークの体内に流れ込み、彼のすべてを強化していく。その力は、翼を軽やかにし、かつての恐怖を打破するかのように感じられた。
「お前は強いんだ」
その言葉に、アークは力を込めて翼を広げた。結晶片の魔力がアークの体を満たすと、彼の動きが一変した。翼が重さを感じさせることなく、風を切って素早く反応するようになった。過去の恐怖が溶け、代わりに信頼と力が湧き上がってきた。
「行け、アーク!」
声に応じて、アークは瞬時に反応し、野良竜に向かって急速に飛び込んだ。今度は違った。恐れることなく、翼を広げ、鋭く方向転換する。そのスピードと力強さに、驚きながら感じた。アークは確実に、過去の自分を乗り越えていた。
野良竜が鋭い爪でアークを引き裂こうとする瞬間、アークはその攻撃をかわし、翼を使って反撃に転じた。強化された力を使い、アークは野良竜に追いつき、空中で一瞬の攻防が繰り広げられる。アークの爪が鋭く光り、野良竜の翼を引き裂く。その攻撃は素早く、強力で、まさに嵐竜としての力を感じさせるものだった。
空中戦が続いた後、最後にはアークが野良竜を追い詰め、彼を高空に追い上げる。アークはそのまま、野良竜に追い打ちをかけると、ついに敵は空から落ち、戦いが終わった。その時結晶片はさらに細かくくだけてしまったが
「すごい、アーク…!」
驚きと感動の入り混じった声で呟いた。アークは低く鳴き、翼を広げたまま空を見上げる。その表情には、過去の恐怖を乗り越えた達成感と、自信が浮かんでいた。
「やったな」
アークの背中を軽く叩いた。アークはその手を感じると、しっかりと翼を畳んで着地した。恐怖を乗り越え、今、彼は新たな一歩を踏み出していた。
アークは咆哮を遠くまで響かせるのだった。




