封印のゆらぎ
ギルドの広間。依頼掲示板の前で待っていた。人々のざわめきが広がる中、一人の職員が足早に二人の元へと近づいてくる。
「主さん、にゃんまるさん、ギルドマスターがあなたたちをお呼びです。」
「カイロンが?急ぎの要件かな?」
職員は小さく頷き、
「詳しくは直接聞いてください」
とだけ言い残し、その場を去った。
「妙ですね」
にゃんまるが肩をすくめる。
「カイロンさんが直々に呼び出すなんて、ただ事ではありません」
眉間に皺を寄せながら広間を出る。
「行こう。どうせ断れないんだから。」
ギルドの2階奥、重厚な扉の前で深呼吸を一つ。扉を押し開けると、そこにはカイロンが待っていた。その背後には巨大な片手剣が壁に掛けられている。
「来たか。」
カイロンの声が低く響く。
「時間を取らせてすまないが、緊急の案件だ」
「緊急?」
前に歩み寄ると、カイロンは机の上から一枚の依頼書を取り、手渡してきた。
「読め」
依頼書を目で追う。
「…山岳地帯にて強力な魔力の波動を観測。調査および対応を求む、か。」
「その山岳って、もしかして…?」
にゃんまるの耳がわずかに動く。
カイロンは静かに頷いた。
「そうだ。そこは、かつてお前と勇者リオンが闇竜を封じた場所だ」
「リオンさんとにゃんまるが封印を…?」
にゃんまるが淡々と説明を続けた。
「ええ、当時の私たちにできる限りの力を尽くして封印を施しました。ですが、それが弱まり始めているとしたら、放置はできません」
カイロンが言葉を継ぐ。
「お前たちにこの依頼を託す理由はそれだ。他の冒険者には知らせていない。この件が広まれば、無用な混乱を招く」
「なるほど…」
依頼書を握りしめた。
「でも、どうして俺たちに?」
「封印を知る者であり、信頼できるのはお前たちだからだ」
カイロンの視線は真っ直ぐだった。
「魔力の波動の原因を突き止め、封印が崩れる前に対処しろ。だが、何が原因で封印が揺らいでいるのかは不明だ。覚悟して臨め」
にゃんまるは一礼し、静かに答える。
「分かりました。全力で取り組みます」
決意を固めるように深く頷いた。
「分かった。やるしかないな」
山岳地帯の異常を調査するという重要な依頼を受け、準備をするのだった。
ギルドを出て、準備を整えるため市場を回り、必要な物資を揃えた。リカルドの鍛えた新たな武器「フェリスタル」が腰に収まり、足取りには力がみなぎっていた。
「この山岳地帯、詳しく教えてくれないか」
歩きながらにゃんまるに尋ねた。
「名前は『黒影山脈』。その名の通り、一帯は常に薄暗く、黒い岩肌が続く土地です。闇竜の封印場所として適していましたが、魔力の揺らぎがあるとなれば、自然環境にも変化が出ているかもしれません」
「ってことは、戦闘も避けられない可能性が高いか」
軽く腰のダガーに触れる。
にゃんまるは小さく頷いた。
「ええ。何が待っているのか分からない以上、用心に越したことはありません」
黒影山脈の麓にたどり着いた頃には、空は茜色に染まり始めていた。山道の入り口には、古びた石碑が立っている。その表面には、うっすらと見える文字が刻まれていた。
「この封印の痕跡、ずいぶんと劣化していますね」
にゃんまるが石碑に触れながらつぶやいた。
「封印の影響がここまで出てるのか?」
「可能性はありますね」
にゃんまるが険しい表情を浮かべる。
「ここから先は、気を引き締めて進みましょう」
山道を進むにつれ、空気が重くなり、周囲の景色が変わり始めた。黒い霧のようなものが立ち込め、木々は異様にねじれ、奇妙な形をしている。
「ここ、完全に異常だな…」
周囲を警戒しながら言った。
にゃんまるが耳を動かす。
「この霧、ただの霧ではありません。魔力を帯びています。封印の影響が漏れ出している可能性があります」
その時、地面が小さく震えた。遠くから低い唸り声のような音が聞こえてくる。
「…来るぞ。」
フェリスタルを抜き、構える。
突如、霧の中から現れたのは、異形の獣だった。漆黒の毛並みを持つその獣は、目から赤い光を放ち、鋭い牙を剥き出しにして吠えた。
「これは…封印の影響を受けた魔物ですね」
にゃんまるが冷静に分析する。
「倒して進むしかありません」
一瞬躊躇したものの、すぐに気を取り直した。
「分かった。やるぞ!」
フェリスタルが霧の中で輝きを放つ。素早い動きで獣に近づき、一撃を見舞った。刃が獣の体を捉え、黒い霧のような血が飛び散る。
「次!」
声を張ると、獣が反撃を試みたが、にゃんまるがその隙を与えなかった。
にゃんまるが剣を振るい、獣の動きを封じる。
「仕留めて下さい!」
「任せろ!」
一気に跳躍し、フェリスタルの刃を獣の首元に突き立てた。
獣は低い悲鳴を上げると、黒い霧と共に消え去った。
「やれやれ、手強かったな。」
息を整えながら言う。
「まだこれからです」
にゃんまるが霧の先を見つめた。
「本番は、封印の場所にたどり着いてからですからね」
主はフェリスタルを鞘に収め、力強く頷いた。
「分かってる。行こう」
黒影山脈の奥へと進む二人。
霧の濃さが増す中、慎重に足を進めていった。空気には妙な重みがあり、まるで何かに押し潰されるような感覚が二人を包む。
「封印の影響がここまで広がっているとは思いませんでした」
にゃんまるが厳しい表情で周囲を見回した。
「長く持たないかもしれませんね」
「この山、まるで生き物みたいだな」
低くつぶやく。
「気を抜いたら、飲み込まれそうだ」
やがて、前方に巨大な洞窟の入り口が現れた。黒い岩に覆われたその入り口は、まるで口を開けた獣のように不気味な存在感を放っている。
「ここが封印の地......」
フェリスタルの柄を握り締める。
にゃんまるは頷き、手にした剣を構えた。
「この中に封印の核があります。気をつけて進みましょう」
洞窟の中は暗闇が支配していたが、壁には微かな光を放つ紋様が浮かび上がっていた。それは、リオンとにゃんまるが封印を施した時に刻んだものだ。
「これが封印の痕跡か?」
手で触れてみると、紋様から淡い暖かさが伝わってきた。にゃんまるが少し懐かしそうに目を細める。
「そうです。リオンと私で施したものですが…明らかに力が弱まっていますね」
「原因はなんだろう」
「何らかの外的要因か、もしくは時間の経過によるものか...…」
にゃんまるは険しい表情で答えた。
「どちらにせよ、急がなければなりません。」
二人がさらに奥へ進むと、封印の核が見えてきた。それは黒曜石で作られた台座の上に浮かぶ、暗黒色の結晶だった。しかし、結晶の表面にはひびが入り、そこから黒い霧が漏れ出している。
「これが封印の核…!」
驚きの声を上げる。
「封印がほとんど崩れかけていますね。」
にゃんまるが冷静に状況を見極める。
「何かが封印を壊そうとしているようです」
その瞬間、洞窟内に轟音が響き渡り、結晶の周囲に黒い影が集まり始めた。影は次第に形を成し、一体の巨大な魔物となって現れる。
「これは…封印の守護者か?」
身構える。
「いえ、封印が弱まったことで出現した魔力の塊ですね」
にゃんまるが剣を握り直す。
「ここを守るつもりなど微塵もないでしょう。ただ暴れたいだけの存在です」
「なら、叩きのめすだけだ!」
フェリスタルを抜き、一気に間合いを詰めた。
大な魔物は鋭い爪を振り下ろし、洞窟内の地面を砕いた。その衝撃で瓦礫が飛び散るが、主はそれを軽やかにかわし、フェリスタルで反撃を試みる。
「こいつ、動きが速い!」
「落ち着いてください、主」
にゃんまるが背後から援護に入る
「二人で連携すれば倒せます!」
頷き、にゃんまるの動きに合わせてフェリスタルを振るった。二人の攻撃が見事に重なり、魔物の体に深い傷を刻んでいく。やがて、魔物は大きく咆哮し、黒い霧となって霧散した。
「やったか…?」
息を切らしながら尋ねる。
「ええ、これで一段落です」
にゃんまるが剣を収めながら答える。
「ただ、封印の修復が必要ですね。このままでは再び危険が訪れるでしょう」
「修復って、俺たちにできるのか?」
不安そうに問いかけた。にゃんまるは小さく微笑みながら言った。
「ええ、リオンから学んだ技術がありますから。私に任せてください、修復だけなら問題ありません」
その言葉に安心し、深く頷いた。
「頼む。見張りをしておくよ」
封印の修復に取り掛かるにゃんまるを見ながら周囲を警戒していく。




