竜のお迎え2
家の前の広場に立っていた。清々しい風が吹き抜ける中、遠くから竜車の車輪音が響いてくる。広場の空には、フェルディア家の紋章が描かれた旗が翻り、訪問の正当性を示していた。
「来たみたいですね、主」
にゃんまるが静かに声をかける。
緊張した表情で頷きながら、到着する竜車をじっと見つめていた。その竜車は大きな黒曜石の箱のようなものを引いており、ゆっくりと彼らの前で停まった。
「お待たせいたしました、主様、にゃんまる様」
竜車から降り立ったエリオットが、いつもの丁寧な仕草で一礼する。その後、竜車の扉を慎重に開けると、中から巨大な影が現れた。
黒曜竜アークだった。漆黒の鱗が陽光を反射し、どこか威圧的でありながらも、その目には疲れの色が浮かんでいた。
「アーク……」
主は思わず息を飲んだ。
にゃんまるもじっとアークを見つめた後、
「立派な竜ですね。けれど、少し疲れているように見えます」
と指摘した。エリオットは頷き
「アークは過去に多くの戦いを経験しました。しかし、ここ数年は戦場を離れ、休息を必要としていました。フェルディア家でも可能な限りのケアを施しましたが、この新しい環境でさらに回復していただければと思います」
と説明する。にゃんまるが柔らかな声でアークに話しかけた。
「ここでは、あなたが自由に過ごせる環境を用意しました。少しずつ慣れてください」
アークは静かに鼻を鳴らし、にゃんまるの言葉を理解したかのように目を細めた。その仕草に、主も少しだけ安心した表情を見せる。
「それでは、私はこれで失礼いたします。何かあれば、いつでもご連絡ください。アークをよろしくお願いします」
エリオットは再び一礼し、竜車へと戻った。
エリオットが去った後、アークを彼の新しい住処へと案内するべく歩き出した。風が再び吹き、広場に新たな始まりを予感させる静けさが広がっていた。
アークを新しい住処へと案内しながら、静かに歩みを進めた。周囲には自然の豊かさが広がり、心地よい風と共に木々のささやきが響いていた。新しい場所への案内は、まるで歓迎の儀式のように感じられた。
「アーク、ここが君の新しい住処だ」
足を止め、広がる光景をアークに示すように手を差し伸べた。
そこには広々とした草原が広がっており、遠くには穏やかな小川が流れていた。草原にはいくつかの岩場があり、休息や遊びに適した場所も多い。さらに、住処の奥には魔法を用いて構築された頑丈な洞窟があり、雨風を防げるよう設計されている。
アークはその場に立ち、まるで新しい領地を確認するかのように辺りを見渡した。鱗が微かに光を受けて輝き、その姿は堂々としていた。
「疲れたら洞窟で休むといいですよ」
にゃんまるが穏やかに声をかける。
「私たちもいつでも手を貸しますので、ご安心ください」
アークは鼻を鳴らし、穏やかに目を閉じた。彼の様子から、徐々に警戒心が解けていることが伝わってきた。その姿に安心し、にゃんまるの方を見て微笑んだ。
「これから一緒に頑張ろうな、アーク」
言葉は優しさと決意に満ちていた。アークはその声に応えるように首を軽く上下に振り、周囲の自然の中に自らを溶け込ませるように歩き出した。
「主、これからは彼の心も少しずつ癒えていくはずです」
にゃんまるが静かに言う。その声には、長年寄り添った経験に基づく確信があった。
「そうだね。にゃんまる、ありがとう」
感謝の言葉を口にし、二人はアークの新しい生活を見守るように、その場に立ち続けた。風が再び吹き、彼らの心に新たな希望を運んできたかのようだった。
空には夕日が差し込み、アークの黒曜石のような鱗が赤く染まっていた。その光景は、始まりと未来への象徴のように映った。
アークが新しい住処での探索を始める様子を、静かに見守っていた。彼は洞窟の入り口に近づくと、まずその周囲を念入りに嗅ぎ、爪で地面を軽く掘るような仕草を見せた。どうやら彼なりにこの場所の安全を確認しているらしい。
「フェルディア家での暮らしが長かったアークには、この場所はかなり自由に感じられるでしょうね」
にゃんまるが柔らかな声で言う。
「自由…か。そうだね、でもここは彼にとって新しいスタートの場所だ」
視線はアークに向けられ、まるで彼の未来を思いやるかのように温かだった。
しばらくして、アークは洞窟の中に入った。洞窟内は、にゃんまるが設計した通り、適度な広さと高さがあり、奥には彼が安心して眠れる柔らかな藁の寝床も準備されている。彼の反応を注意深く観察する。
アークは洞窟内を一通り歩き回り、やがて寝床の近くで身体を丸めた。外の生活に慣れない様子だったが、少しずつこの環境を受け入れているようにも見えた。
「よかった、気に入ってくれたみたいですね」
にゃんまるが嬉しそうに言う。
「少し時間が必要かもしれないけど、きっと馴染んでくれるよ」
声にも安堵が混じっていた。
その時、アークが低い声で唸り、二人の方を見やった。彼の大きな瞳には、わずかな感謝のような色が浮かんでいる。静かに頷き、にゃんまるも軽く微笑んだ。
「さて、そろそろ私たちも引き上げましょうか。アークも一人の時間が必要でしょう」
にゃんまるが提案する。
「そうだね。でも、何かあったらすぐに駆けつけるよ」
最後にもう一度アークを見てから、その場を後にした。
洞窟を出ると、夜の帳が降り始めていた。月明かりが辺りを照らし、静けさの中に自然の調和を感じさせる。
「主、これでアークも新たな一歩を踏み出せるといいですね」
にゃんまるが歩きながら話す。
「彼の力になれるように頑張らないとな」
強くうなずき、その足取りに決意を込めた。
風が再び彼らの周囲を通り抜け、どこか遠い未来への道しるべのように感じられた。新たな仲間を迎えたことの意味を胸に刻みながら、静かに帰路に着いた。
自宅に戻ると、エンバーが庭で丸まって眠っていた。小さな火竜の穏やかな寝顔を見て、思わず微笑む。
「エンバーはすっかりここに馴染んでいるみたいですね」
にゃんまるが小声で言う。
「ああ、もうここが自分の家だってわかってるんだろうな」
エンバーの寝姿を眺めながら答えた。
エンバーの周囲には、微かな炎が漂い、まるで彼の呼吸に合わせて踊っているかのようだった。そっとその火を手で感じ取りながら、自分たちが育てていく責任を再確認する。
「これでアークとエンバー、どちらも無事に迎え入れましたね」
にゃんまるが満足げに言う。
「そうだな。でもこれからが本番だ。二匹の新しい生活が順調に進むように、しっかり支えないと」
言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
にゃんまるは頷きながら、少し得意げな笑みを浮かべた。
「主がそんなに頼もしいと、私も安心です。これで家族が増えたようなものですからね」
「家族、か」
主その言葉を噛み締めるように繰り返した。そして、エンバーとアークを思い浮かべながら続けた。
「しっかり守っていこう」
夜が更ける中、エンバーをそっと残し、自宅へと足を運んだ。家の中には暖かな灯りが灯り、二人を迎え入れるように優しく揺れている。
「さて、今日は本当に忙しかったですね。少し休んだ方がいいですよ、主」
にゃんまるが促すように言う。
「ああ、そうするよ。でも、アークとエンバーの様子をしばらく見守ってからな」
疲れた顔をしていたが、その目はまだどこか輝いていた。
「では、私もお供します」
にゃんまるが微笑みながら隣に座った。
こうして、二人は新たな家族であるアークとエンバーの未来に思いを馳せながら、静かな夜を共に過ごした。




