空の旅
次の日ーー。
街の高台に位置する飛空挺の港へと続く道は、石畳が敷かれた滑らかな坂道だ。太陽が低く傾く時間帯、空は茜色に染まり、その光が坂道に沿って並ぶランプの金属部分を暖かく照らしている。行き交う人々の声に混じり、遠くから風を切る飛空挺の音が微かに響く。
道の両脇には露店が並び、冒険者や旅人たちが行き交う姿が目立つ。果物を売る声、珍しい工芸品を勧める商人の熱気、そして港へと急ぐ荷運び人たちが忙しなく駆け抜けていく。風に乗って甘いパンの香りが漂い、一瞬足を止めたくなる誘惑に駆られるが、港への期待感が足を前に進ませた。
坂道を登り切ると、視界が開けた。目の前には巨大な飛空挺の港が広がり、その背後には果てしなく続く空が広がっている。港に停泊する飛空挺は、鋼鉄と魔導技術が融合した美しい船体を誇り、いくつもの帆が風を受けるように動いている。中には小型の運送船から、壮大な旅を約束する豪華な飛空挺まで様々だ。
港の縁では作業員たちが大きな木箱を運び、人々の指示が混じり合う喧騒が響いている。港の中心には巨大な魔導炉が据えられ、その青白い光が空に向かって脈動していた。それは港全体にエネルギーを供給し、飛空挺が空に舞い上がる力を与えている。
ふと立ち止まり、港全体を見渡した。視線の先に、今にも飛び立ちそうな一隻の飛空挺が見える。その帆に描かれた紋章が風に揺れ、乗船を待つ旅人たちの列が形成されている。遠くから聞こえる汽笛の音に胸が高鳴る。これからの冒険に期待と緊張を胸に抱きながら、足取りを再び軽やかに進めた。
自分の騎竜を探すために騎竜品評会へ向かう途中だ。お金?どうしようね。何かいい方法は無いかなと思考をめぐらす。さすがににゃんまるに出してもらうのは気が引ける。ラノベみたいに天才的な発明をしたり、前世のものをつくったりして大金を稼げればいいが、それはもうリオンとにゃんまるがやってしまってる。この飛空挺もそのひとつだ。
飛空挺の搭乗口にたどり着くと、周囲には出発を待つ旅人たちのざわめきが漂っていた。小さな子供を抱えた家族、冒険者らしい装備を身につけた若者たち、そして遠くの市場に向かう商人風の男性など、様々な人々が列を成している。
「でかい......」
飛空挺の船体は金属と木材が絶妙に組み合わさり、時間と技術の結晶がそこにあった。白く輝く船体には風を切るような流線型のデザインが施され、その巨大な帆が風を受けてゆっくりと揺れている。側面には港の名前が刻まれており、「スカイウィンド号」と読めた。
列の最後尾に並び、やがて順番が回ってくると船員が笑顔で出迎えた。
「お乗りの方はチケットをお願いします」
にゃんまるは懐からチケットを二枚差し出した。チケットを確認した船員が、慣れた手つきで切符を半分に千切り、船内へと案内する。
タラップを踏むたび、金属の心地よい響きが足元から伝わってきた。船の中に一歩足を踏み入れると、広々とした船内が広がり、魔導ランプが柔らかな光を放っている。木目が美しい床と壁は、温かみのある雰囲気を醸し出していた。
座席はシンプルでありながら快適そうで、窓際の席からは空を見渡すことができる。主人公は窓際の席に腰を下ろし、外を見やる。まだ地上にいるにもかかわらず、見慣れた景色が少し違って見えた。
船内では軽食を運ぶ係員や、出発前の準備を急ぐ船員たちが忙しそうに動き回っている。その中に、ひときわ目立つ豪奢な服を着た紳士が席についているのが見えた。どうやらこの旅には、ただならぬ目的を持つ者も少なからずいるらしい。
やがて、軽い振動が船体全体を包み込んだ。
「皆さま、これよりスカイウィンド号は離陸いたします。どうぞお座席にお掛けになり、揺れにご注意ください」
船内アナウンスが告げるとともに、ゆっくりと浮かび上がる感覚が体に伝わる。飛空挺は地上を離れ、無限の空へと飛び立っていく。窓から見下ろせば、港が徐々に遠ざかり、街並みが小さく縮んでいくのが見えた。
背もたれに身を預け、これから向かう未知の地に思いを馳せながら、広がる空をじっと見つめていた。
飛空挺の甲板に吹き抜ける風は心地よく、広がる雲海がどこまでも続いている。その穏やかな風景は、しばらくの間だけでも地上での喧騒を忘れさせてくれる。
「いい風だな……」
と呟きながら、深呼吸をした。
遠くで甲板員たちが網を整えたり、備品を点検している声が聞こえる。日常の喧騒とはまた違う、空の上だけにある静かな活気がそこにはあった。
やがて、風が少し冷たくなり、船内へと戻ることにした。飛空挺の内部は木目の美しい内装で統一されており、空に浮かぶ宿のような落ち着きを感じさせる。廊下には小さなランプが灯り、揺れる光が柔らかい影を作っている。
「よう、旅人さん。休憩室はこっちだぜ」
案内役の船員に促され、休憩室に足を踏み入れた。そこには、旅の疲れを癒すための広いソファや、景色を楽しむための大きな窓が備えられていた。窓の外には、雲間から覗く夕日が空と雲を朱色に染め上げている。
テーブルには数種類の軽食や飲み物が並べられ、乗客たちがそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。中には手帳に何かを書き込んでいる学者風の男性や、仲間と談笑する冒険者たちの姿もある。
窓際の席に腰を下ろし、持参してきた猫鳴の髭を取り出した。軽く調律しながら、そっと音を鳴らす。船室に響くその柔らかな旋律に、周囲の乗客たちが一瞬耳を傾けたが、すぐにまたそれぞれの時間に戻っていく。
「空の旅も悪くないな」
にゃんまるは隣で満足そうに目を細めた。
ふと窓の外を見るとそこには、雲海の中で輝く星が一つ、ぽつりと見えていた。それはただの星ではなく、これから訪れる冒険の予兆のように感じられる不思議な輝きを放っていた。
「まだまだ、これからだな……」
小さく微笑み、音楽を奏でる手を止めた。そしてその瞬間、船全体が微かに揺れ、遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「嵐が来るぞ!」
静けさが一転、それは最初、遠くに見えるただの暗雲だった。空の旅に慣れた船員たちは気にも留めない様子で甲板を行き交っていたが、時間が経つにつれ、その雲が異様な速さで接近していることに誰もが気づき始めた。
「おい、あれは……ただの雲か?」
一人の船員が立ち止まり、双眼鏡を手に取る。その声に他の者たちも空を仰ぎ、徐々にざわめきが広がっていく。
雲はただの雨雲ではなかった。その中央には、不気味に光る青白い稲妻が絶え間なく閃き、まるで生き物のように渦を巻いている。雷鳴は遠くから聞こえるはずが、鼓膜を震わせるほどの音量で響いていた。
「全員、甲板に出ろ!風を読むんだ!」
船長の怒号が響き、船員たちは急いで持ち場に駆けつける。一方で、乗客たちは船内へと避難するよう指示を受け、慌ただしい足音が廊下を駆け抜けていく。
窓際から立ち上がり、甲板へと戻った。外に出た瞬間、強烈な風が体を押し戻そうとする。髪が乱れ、視界が霞むほどの雨が斜めに降り注いでいた。
「こんなの、ただの嵐じゃない!」
船員の一人が叫ぶ。確かにその通りだった。雲の中心には巨大な影がうごめいている。風と雨の壁に遮られてはっきりと見えないが、まるで空そのものが意思を持っているかのような異様な存在感だった。
「舵が効かねえ!このままじゃ雲に飲まれる!」
船長が必死に舵を握るも、船は嵐の中心に引き寄せられるように進んでいく。甲板の端からは、深い雲海に落ちていく稲妻の光が見え、鳥肌が立つような冷たい恐怖が全身を襲った。
「……何かいる」
主人公は雨風に晒されながらも、渦の中を凝視した。巨大な影の中から、鋭い瞳が光る。竜――それもただの生き物ではない。空そのものを司るような神秘的な力を持った存在が嵐の中心で睨みを効かせていた。
その時、飛空挺全体が激しく揺れ、咄嗟に欄干にしがみついた。目の前には、渦の中から突然現れた巨大な竜の翼が広がり、稲妻と共に空を裂いていた。
「これは……卵を守るための嵐か?」
竜の足元に見えたのは、微かに光を放つ大きな卵だった。




