竜の領域
「いらっしゃいませ!主様とにゃんまる様ですね、お話は伺っております、こちらへどうぞ」
受付嬢はそういうと、体験用の竜の方角とは別の所へ向かう。なんでかな、あっちはレース用の竜小屋だ。なんでかな。ねえ、なんでかな。リュウニノッタコトナイヨ。
レース用の竜たちが待機する小屋の扉が開かれると、圧倒されるような気配に包まれた。目の前に現れたのは、選ばれた者しか乗れないとされる嵐竜。壁についているプレートにはストームウィングと書いてある。それがこの竜の名前だろう。
その竜は、堂々たる体格とともに、全身を覆う光沢のある青銀色の鱗が特徴的だった。鱗は光を反射してまるで鏡のように輝き、動くたびにまるで風そのものが形を変えたかのように見える。
頭部には鋭い黄金色の目が輝き、その瞳には深い知性と強い意志が宿っていた。目の上部には小さな角が二本伸びており、それが彼の気高さをさらに強調している。角の根元は白く輝き、年季の入った古代の風竜の血統を感じさせた。
その翼は特に目を引く存在だった。骨組みは細く強靭で、翼膜は透明感のある青緑色をしており、太陽の光を透かすとまるで夜明けの空を映し出しているかのようだった。翼の端には淡い霧が漂い、動くたびに風を切る音が鋭く響く。
尻尾は長く、先端には小さな羽毛のような装飾がついている。歩くたびにその尻尾が滑らかに動き、まるで風の流れを操っているようだった。
一歩近づくと、竜の巨大な存在感に圧倒された。息を呑みながらも、その竜が発する風のような気配に不思議と引き込まれていく。
見上げると、黄金色の瞳が静かに見つめていた。まるで、
「本当に私に乗る覚悟があるのか?」
と問いかけているようだった。その目を見つめ返し腹を括る。騎乗術スキルがどうか上手く発動しますように......
その時、嵐竜がゆっくりと翼を広げた。風が巻き起こり、髪と衣服を軽く揺らす。翼の動きはしなやかで美しく、空を支配するために生まれた生物であることを強く感じさせた。
「触ってみるかい?」
近くにいた竜使いが声をかける。うなずき、恐る恐る翼に手を伸ばした。竜の青銀色の鱗はひんやりとしており、それでいてどこか温かさも感じられた。触れるたびに微細な風が指先を撫で、竜がこちらを注意深く観察していることが伝わってきた。
薄い膜は思った以上に柔らかく、風の力を宿しているような心地がした。その瞬間、嵐竜が低く鼻を鳴らし、受け入れたように感じられた。
全身を覆う青銀色の鱗が、光を浴びて細やかな稲光のように輝いていた。その姿には気品と力強さがあり、見る者の胸を高鳴らせる。
鞍は竜の背中にしっかりと固定されており、深い青色の革で作られている。縁には雷雲を模した刺繍が施され、嵐竜に跨ることがどれほど特別な体験であるかを物語っていた。
嵐竜はその大きな体を少し伏せ、乗り手が乗りやすいように体勢を低くする。その動きには威圧感はなく、むしろ穏やかで慎重な気遣いが感じられる。
跨る前に、手をそっと竜の横腹に触れる。鱗は冷たい風のような感触を持ちながらも、内側からは生命の熱を感じさせた。その温もりは奇妙に心を落ち着かせ、竜がただの猛獣ではなく知性を持つ生き物であることを強く印象付ける。
「ゆっくりでいいから、しっかり掴まって」
近くにいた竜使いが声をかける。鞍のステップに足を掛け、一気に体を引き上げると、嵐竜はわずかに動いて応じた。
鞍に腰を下ろすと、その背中は広く、力強い筋肉の動きが直に伝わってくる。鞍の感触は柔らかいが、しっかりとした固定感があり、風に巻き上げられることのない安心感を与えた。
両足を鞍のストラップに収め、手綱を握る。嵐竜が低く鼻を鳴らし、黄金色の瞳でちらりとこちらを振り返る。視線には疑うような鋭さではなく、
「準備はできているか?」
と問うような落ち着きが感じられた。
嵐竜が立ち上がると、見える景色が一気に変わった。地上が遠ざかり、その背に座る者だけが見られる広大な風景が広がる。嵐竜の翼がわずかに動くだけで、周囲に風が巻き起こり、髪や衣服を揺らしていく。
「嵐竜は風と一体になることを望む。力を込めすぎず、流れを感じることだ」
竜使いの言葉を胸に刻み、嵐竜の背中にしっかりと身を預ける。その瞬間、竜の心臓の鼓動が鞍越しに感じられ、それが自分自身の鼓動と重なっていくような感覚があった。
翼が大きく広げられた。青緑色に透き通った翼膜が太陽の光を反射し、雷雲の隙間からのぞく稲光のように美しい輝きを放つ。その動きは滑らかで、まるで空を支配するために生まれた生物そのものだった。
嵐竜は地面を一蹴し、勢いよく空へと舞い上がる。風が渦巻き、翼が空気を切り裂く音が響く。地上がどんどん遠ざかり、嵐竜とともに空を駆ける瞬間が始まったのだ。
嵐竜とともに空へ嵐竜が翼を大きく広げるたび、風が渦を描き、まるで周囲の空気全てが竜を中心に動いているかのようだった。その巨大な翼が一度強く地を押し払うと、竜の体は滑らかに空中へと浮かび上がった。
最初の一瞬、強い重力が体にのしかかるが、それはすぐに風の力に押し流される。嵐竜の飛行はただ激しいだけではなく、どこか優雅さも感じさせた。翼の動きは力強くも無駄がなく、まるで空気そのものと一体化しているようだった。
空気の流れが肌をかすめ、嵐竜の背に乗る者は地上で味わったことのない自由を感じる。眼下には、牧場や遠くの山々が縮小されるように広がり、すでに竜が地上の支配から解放された存在であることを思い知らされる。
嵐竜の動きに身体を合わせるためには、自然と力を抜き、竜の動きに身を任せる必要があった。翼を広げるたびに微妙に傾く体勢、風の流れに反応する体温。すべてが竜の意思と共鳴するように感じられる。
嵐竜が少しだけ視線を振り返る。それは何かを試すような仕草だった。次の瞬間、竜は鋭い角度で風を切り裂きながら急降下を始めた。
「風を信じて!」
竜使いの言葉が耳に蘇る。嵐竜の体勢に逆らわず、自然に重心を調整すると、急降下の恐怖は次第に心地よいスピード感に変わっていく。竜は地表近くで大きく翼を広げ、風を掴むように再び上昇へと転じた。
上昇と下降を繰り返す嵐竜の飛行は、どんな生物もついてこれないほどの速度と精密さを持っていた。それだけでなく、彼の体からは微かに雷のようなエネルギーが放たれているように見えた。
空に広がる雲を突き抜けると、青銀色の鱗が周囲の光を浴びてさらに輝きを増す。その姿は空を支配する嵐の王そのものであり、ただの生物ではない威厳を放っていた。
「ここが、お前の領域なのか……」
思わずそう呟くと、嵐竜が再び低く鼻を鳴らした。言葉は通じなくとも、その鳴き声にはどこか満足げな響きがあった。竜とともに空を飛ぶ者にしか分からない、無言の理解がそこにはあった。
やがて嵐竜は旋回しながらゆっくりと高度を下げ始めた。強風が地面からの距離を知らせるように吹き抜ける中、竜は無駄のない動きで小屋の近くへと降下する準備を整える。
降り立つ瞬間、嵐竜は翼を広げ、風を抑えるようにゆっくりと地面に降りた。その動きには空を舞ったときの激しさとは違う、穏やかで優雅な力強さがあった。
鞍から降りると、嵐竜は翼を軽く振り上げ、小さな風を巻き起こす。まるで
「また空へ行こう」
と言っているように見えた。嵐竜とともに過ごした空の時間は短いものだったが、それは地上の何よりも濃密で特別なものであった。




