はじめての戦闘
ーー朝。
転生して2日目。会社に行かなくていいのは嬉しいが生きる為には狩りをしなければならない。とりあえずはここから周囲の探索。
猫耳響覇!
周囲の情報が頭に流れてくる。
風がどの方向から吹き、どこに抜けていくのかが、まるで視覚で捉えられるようにわかる。草むらの微かな揺れが、そこを通った小さな動物の存在を教えてくれる。
「……これは、なんだ?」
瞳を閉じたままでも、周囲の状況が手に取るように感じられた。川のせせらぎが、どの石を越え、どの葉を濡らしているのかまでも明瞭にイメージできる。さらに耳を澄ますと、遠くの木々で小鳥が羽ばたく音や、土の中で虫が蠢く微かな振動までもが頭に響いてくる。
視覚だけではない。鼻をかすめる匂いが立体的な地図を描き、近くに咲く草花、朽ちた木の香り、動物が通り過ぎた痕跡の匂いが鮮明に浮かび上がる。鼻孔の奥でそれぞれの情報が繋がり、周囲の全体像を作り上げていく感覚だ。
「すごい……全部わかる」
頭の中で、感覚がひとつに繋がる。音、匂い、空気の動き――それらが絡み合い、まるで森全体が生きた地図となって自分の意識の中に流れ込む。
背後では風が草を撫でる音。足元の土の中から、根が水を吸い上げる感覚。そしてさらに遠く――獣の低いうなり声が微かに聞こえた。その存在が自分からどのくらい離れているのか、そしてこちらに近づいているのかどうかさえも、はっきりとわかる。
「これが……猫耳響覇の力なのか」
改めて驚きとともに湧き上がるのは、自分の新たな感覚への歓びだった。人間だった頃には考えられないほどの鮮明な情報が、自分を中心に広がる世界を映し出していた。
目を開けると、その感覚はさらに現実と重なり合った。見えているものと感じ取れるものが一つになり、世界が以前より広がって見える。僕はその力を少しずつ楽しむように歩みを進めた。新たな能力を手にした自分に、少しずつ自信が湧いてくるのを感じた。
「たすけて......」
てとてとと歩いている微かに声が聞こえた。
風の音でかき消されてしまいそうなくらい小さな助けを呼ぶ声。誰かが困っている。音を頼りに歩みを進めると遠くに何かいた。
鼻をひくつかせると、かすかに金属と腐敗が混じり合ったような匂いが漂ってきた。周囲に漂う匂いの中でも異質で、思わず眉をひそめたくなるような臭いだ。
「この匂い……なんだ?」
耳をすませると、遠くでかすかな笑い声が聞こえた。甲高く、下品で、どこか不気味な響き。その声に混じって、金属がぶつかり合う音が断続的に響いてくる。
音のする方向に近づくと、茂みの隙間から視界に飛び込んできたのは、奇妙な生き物たちだった。
背丈は人間の子供ほどだが、全身が薄汚れた緑色の肌で覆われている。骨ばった体に、鋭い牙がむき出しになった口元。そして、小さな黄色い目があたりをギラギラと見回している。彼らは手に錆びた短剣や棍棒を持ち、何かを引きずるように運んでいた。
「……ゴブリンが3体」
生前、物語やゲームで見たことのある名前が頭をよぎる。しかし実際に目の前で見るその姿は、想像以上に野蛮で生々しい。
彼らの周囲には、血の匂いが漂っていた。ゴブリンの手に握られた袋からは赤い液体が垂れていて、その重さで地面に跡を残している。彼らは何かの獲物を捕らえたばかりのようだった。
そのうちの1体が別の何かを引きずっている。
よく見るとそれは猫だった。初めて見た同族。しかしまだ息があるようで意識が朦朧としている中、助けを求めているようだった。声の主はおそらくあの猫だろう。
茂みに隠れたまま様子を伺うと、ゴブリンたちは互いに押し合いながら、袋の中身を奪い合うようにして喚き立てていた。その声は耳障りで、喧嘩のたびに錆びた武器が派手にぶつかり合う。
「今は近づかない方がいい……」
体が本能的に警鐘を鳴らしていた。猫の姿では到底勝ち目がないと直感的にわかる。
そっと足音を殺しながら、その場を離れようと後退する。だが、その時、茂みを揺らす音がわずかに響いた。
「ギギ?」
ゴブリンの一匹がこちらに気づいたらしい。小さな黄色い目が茂みを鋭く睨みつける。その瞬間、全身に緊張が走る。
「……やばい!」
全力でその場から駆け出した。背後では、ゴブリンたちの甲高い声が響き、追いかけてくる足音が近づいてくる。
ゴブリンの追跡が迫る中、息を切らしながら茂みを駆け抜けた。背後からは甲高い笑い声と、錆びた武器を持つ足音がどんどん近づいてくる。
「くそっ、助けるどころかこのままじゃ捕まる……!」
焦る心とは裏腹に、猫の体は疲労で動きが鈍くなり始めていた。森の中を駆け回るも、どこかに隠れられる場所も、逃げ切るための隙も見つからない。
やるしかない、逃げ場は無い。たしか猫耳響覇は一時的に動きを止めるとか言っていた。
「強めにかませ...くらえ!」
猫耳響覇!
「よし、追ってきたゴブリンの動きが止まった。」
しかし動きは止まったものの体を動かそうと必死の形相をしている。あまり長くは持ちそうにない。
「なにか、なにかないか......」
その時、不意に視界が揺らいだ。頭の奥で何かが弾けるような感覚。意識の中に新しい感覚が流れ込んできた。
「……これ、なんだ?」
頭の中に言葉が響く。
《猫影潜行を獲得。対象の影への潜入、移動、出し入れが可能になりました。》
《猫爪星穿を獲得。相手のウィークポイントが見えるようになりました。》
「猫影潜行と猫爪星穿 ……?」
その瞬間、足元に広がるゴブリンの影がいつも以上にくっきりと見えるようになり、ゴブリンの背中の一点が光って見える。
ゴブリンが目の前に迫る。恐怖を振り払うように、思い切って影に飛び込んだ。すると――自分の体が影の中に吸い込まれ、音も気配も消えた。
「ギギ!?」
ゴブリンたちが困惑する声を上げる。ゴブリンの背後からそっと影から現れ、鋭い爪を振るった。
「これが……猫影潜行と猫爪星穿の力か!」
一撃でゴブリンの背中を引き裂く。ゴブリンは悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。驚いた他のゴブリンたちが振り向くが、再び影に飛び込んで姿を消す。
「ギギ!」
ゴブリンたちは動揺し、互いに叫びながら振り回すが、姿を捉えられない。彼らの影から次々と飛び出しては攻撃を加え、再び影に潜む。そのたびにゴブリンの数が減っていく。
最後の一匹が立ち尽くし、恐怖で足を震わせている。その背後から影の中から現れ、低い唸り声を上げた。
「次は、お前だ」
鋭い一閃が放たれ、ゴブリンの短剣が地面に転がる音が響いた。森の中に静寂が訪れる。
ゴブリンたちの残骸を見下ろしながら、小さく深呼吸をした。なんとか生きている。アドレナリンがでていてドキドキがとまらない。初めていのちを取られるかもしれない戦闘をした。影を操る力は、自分に新たな道を切り開いてくれた。もっと上手く扱えるようにしないとこの先不安だ。この世界で生き残るためにはやるしかない。
とりあえずもう一度深呼吸をして落ち着こう。
あの子は大丈夫だろうか。結構怪我をしていたはず。回復出来る術を覚えられてたら良かったんだけど。残念ながらない。どうしたものか......




