竜の暴走とレストラン
牧場の草原に響く竜の咆哮。それはこれまで聞いたことのない、不穏で激しい響きだった。スタッフたちが慌てて集まり、何が起きたのか状況を把握しようと奔走する。
暴走したのは、若い火竜。成長段階にある中型の竜で、訓練場では最も優秀な成績を誇る個体だった。普段は従順で、訓練士や他の竜たちとも良好な関係を築いていた。しかし、今やその目には狂気の光が宿り、周囲のものをすべて敵とみなしているかのようだった。
火を吹き上げ、地面を爪で引き裂きながら、スコルは暴れまわっている。近づこうとした若い訓練士が危うく火炎に巻き込まれそうになり、他のスタッフが必死で引き止める。
何が起きたのか?
「スコルに異常があるのは間違いない。でも、一体何が?」
スコルはあの竜の名前だろうか。牧場主のオルステッドが険しい表情で言葉を吐き出す。暴走の原因を探るために、スタッフたちが手分けして周囲を調べ始めた。
まず疑われたのは、外部からの侵入者だ。竜は鋭敏な感覚を持つため、未知の存在や敵意を持つ者が近づけば、それに反応して暴れることがある。しかし牧場の防護結界には異常はなく、外部からの侵入の痕跡も見つからなかった。
次に調べられたのはスコル自身の体調だ。暴走の際に見られる症状の一つに、体内にたまった魔力の暴走がある。だが、スコルの体に目立った異常はない。
調査が行き詰まる中、一人のスタッフが重要な手がかりを見つけた。暴走が始まる直前、訓練場の近くに奇妙な匂いが漂っていたという。調べてみると、そこには毒性のある「レイフラワー」の花粉が付着していた。
「まさか……あの花粉が原因か?」
レイフラワーは、美しい見た目とは裏腹に猛毒の魔法植物だ。その花粉を吸い込むと、竜は強い幻覚や興奮状態に陥り、理性を失って暴れることがある。しかし、この花は牧場の敷地内には存在しないはずだった。
「誰かが意図的に持ち込んだのか、それとも風に乗って迷い込んだのか……どちらにしても、早急に対応しなければならない」
オルステッドの指示で、花粉の除去と周囲の安全確保が進められる。一方で、スコルを落ち着かせるための手段が検討される。
暴れ続けるスコルに対し、スタッフたちは力で抑えようとするが、その激しさは尋常ではなかった。さらに刺激すれば、火竜の特性である爆発的な力が周囲を巻き込む危険性がある。
「力で抑えるのは無理だ。落ち着かせるには、スコルの信頼している者が必要だ」
その言葉により、普段からスコルの世話をしている訓練士が呼ばれる。訓練士はスコルが暴れている場所の近くまで進み、静かに笛を取り出した。
その音色は、スコルが訓練中に安心していた際によく聞いていたものである。笛の優しい旋律が響き渡ると、暴れていたスコルが一瞬立ち止まった。だが、落ち着いたかに見えたスコルは再び咆哮を上げる。
「だめか......」
「そのまま吹き続けてください。主、猫鳴の髭を、火竜の時を思い出して旋律を合わせてください。彼の攻撃は私がとめます」
にゃんまるが剣を抜きながら指示をだす。スタッフは戸惑いながらも笛を再び鳴らす。にゃんまるはスコルの攻撃をいなしながら気を引く。急いで猫鳴りの髭を取り出し一度深く呼吸をすると旋律に耳を傾ける。練習の賜物なのか不思議と旋律を合わせられる気がする。思い出すのは火竜の回復と幼竜の卵を守った時の結界。笛の音色と共に猫鳴の髭の音色と魔力が合わさっていく。
猫ノ結界!
猫の瞳の形をした魔法陣が浮かび上がり光の粒がふわりふわりといくつも漂い始める。中心から円状に柔らかな光が広がっていく。
荒々しかった息が少しずつ落ち着き、目の狂気が薄れていく。
「ほう......」
オルステッドはその光景を後ろで見ている。
正気に戻ったスコルは甘えるようにスタッフに顔を近づけた。それはまるで申し訳なく謝っているかの様だった。
スコルの暴走は鎮められたが、問題は根本的な原因だ。牧場の周囲を徹底的に調べた結果、遠くの山脈から吹いた風がレイフラワーの花粉を運んできた可能性が高いことがわかった。牧場の周囲に防護魔法を強化する必要性が議論され、さらにレイフラワーが発生している地域の除去作業も進められることになった。
竜の暴走は、竜自身の危険性を再認識させる出来事だった。気づけば太陽は既に天高く真上にある。
「助かったぞ坊主、いい音色だった。他の竜たちも落ち着いた、猫の御仁もありがとうよ礼を言う」
「いえ、落ち着いて良かったです」
「そうだ、良かったらうちの竜に乗っていけ、お前さんなら乗りこなせるだろう、騎乗部には伝えておく」
乗竜体験ができるらしい。とても楽しみではあるが、乗れるだろうか。オルステッドさんは何を思って乗りこなせると思ったのだろう。ふいに不安が押し寄せる。そんな事を思っているとお腹がなる。にゃんまるは笑いながらレストランを指さす。
「先にお昼にしましょうか」
大きく頷きレストランに向かい歩みを進めた。木々に囲まれた山道を抜けると、突然、異世界のような建物が目に飛び込んできた。石造りの外壁に巨大なドラゴンのレリーフが飾られたその建物は、「ドラゴン・ダイナー」と呼ばれるレストランだった。
扉を押し開けると、中に広がるのは竜の巣窟を思わせる独特な空間。天井は高く、アーチ状に組まれた梁がドラゴンの骨格を模している。中央には巨大な炉が据えられ、その中で炎が揺らめいている。それは、竜が自ら火を吐いて調理しているような演出だ。壁面には竜の羽や鱗を模した装飾が施され、照明には淡い赤と青の光が使われている。その光が部屋中を揺れ動き、竜の気配を感じさせる。
テーブルは丸太を切り出して作られたもので、各席には竜の爪を模した椅子が並ぶ。席に座ると、どこか温かみを感じさせる空間ながらも、竜の迫力と神秘を随所に感じられる。
レストランのウェイトレスは、ドラゴンの使い魔をイメージした制服に身を包んでいる。手に持つメニューを開くと、そこには豪華な料理の数々が並んでいた。
1. 「焔竜の吐息ステーキ」
分厚くカットされた特製ビーフステーキを、特製のスパイシーソースで仕上げた一品。目の前で「竜の吐息」と称した炎の演出をしながら提供されるため、見た目も迫力満点。
2. 「空竜の羽ばたきサラダ」
軽やかな味わいのミックスサラダに、羽根のような薄切りのパルメザンチーズをトッピングした料理。新鮮な野菜と香り高いドレッシングが、空竜の優雅さを表現している。
3. 「海竜の泡仕立てスープ」
青い海を連想させる透明なスープに、ふわふわの泡が浮かぶ独特なビジュアル。貝や魚介の旨みが凝縮され、口に含むと海竜の息吹を感じるかのようだ。
4. 「宝玉竜のスイーツプレート」
デザートには、竜の宝石をイメージしたカラフルなゼリーや、金粉をあしらったチョコレートケーキが登場。美しい見た目と上品な甘さが、締めくくりにぴったり。
5. 「ドラゴンブレス・カクテル」
赤とオレンジのグラデーションが美しい、特製フルーツカクテル。ドライアイスの煙が立ち昇り、竜の炎をイメージした演出が楽しめる。ノンアルコールにも対応しており、誰でも安心して注文できる。
席に座り、メニューを眺めながら決めかねていると、隣の席で「焔竜の吐息ステーキ」が運ばれるところだった。鉄板の上で勢いよく立ち昇る炎に、店内全体が注目する。その迫力に心を奪われ、同じ料理を注文することにした。
しばらくすると、テーブルの前でスタッフが立ち止まり、丁寧に説明を始める。
「こちらは焔竜の吐息ステーキでございます。炎の仕上げをお楽しみください」
と言うや否や、小さな鍋から酒を注ぎ、瞬間的に火柱が上がる。その熱気と香ばしい匂いが食欲をそそる。
「すごい……まるで竜が目の前にいるみたいだ」
一口頬張ると、スパイシーでジューシーな肉汁が広がり、感動の声が漏れる。
最後に注文した「宝玉竜のスイーツプレート」は、その美しさに思わず写真を撮りたくなるほどだった。スマホやカメラはないけども。金色に輝くケーキの断面からは甘い香りが漂い、ゼリーの透明感が宝石のようにキラキラと輝く。
この「ドラゴン・ダイナー」は、ただのレストランではない。竜と人が共に過ごしてきた歴史や文化を感じられる、物語の一部のような空間だ。食事を終えた客たちが皆、口々に「また来たい」と話しながら店を後にするのも頷ける。
店を出ると、外の空気はひんやりとしていたが、心の中には竜の炎のような温かさが残っていた。




