行きつけのお宿は猫の足跡
それぞれ先に座り国王が話を進める。
「さてにゃんまる殿、火竜の幼竜を保護したいとのことですが、詳しく聞かせてもらえますか」
にゃんまるはギルドの依頼についてと調査の様子を伝えた。
「武装集団は縛って門の所に捨てておきました、幼竜については主に懐いていますし、親火竜もそれを受け入れる程度には友好的です。であれば、そばにいた方が守りも観察もしやすい」
話を静かに聞いていて分かったのは、本来大型の竜種は知性とプライドがあるので人の下にはつかないそうだ。だが一度認められらば心を開き有効な関係を築くことが出来る。言うは易し行うは難し。国王は目をつぶり長考している。
「しかし万が一火竜が暴れるようなことあるとも限らぬ......」
「それなら主がいるので大丈夫です、主の奏でる旋律とともに幼竜は産まれたので主の言うこともちゃんと聞きますよ」
その場いる全員の視線が向く。アハハと笑いながらなんとかその場を乗切る。その後は場所や対策などを話し合った。
その後は王都を見て回ることになった。
太陽が高く昇り、石畳の道に影を落とす中、王城の門をくぐり王都へ、胸が高鳴るのを抑えられなかった。この街は噂に違わず、広大で美しい――いや、それ以上だ。
通りを埋め尽くすように立ち並ぶ露店は、活気に満ちている。屋台の中からは、香ばしいパンの匂いや、スパイスの効いた肉料理の煙が立ち上る。果物屋の店先には、見たこともないような鮮やかな色の果実が並び、子どもたちが興味津々に手を伸ばしている。
「新鮮なリンベルの実はいかがですか? 甘くてジューシー!」
一人の売り子が大きな声で客を引き寄せている。リンベルの実というのは、この地特有の果実らしい。興味が湧いたが、次々に視界に飛び込んでくる光景に、すぐ別の方向に気を取られてしまう。
道の脇には大道芸人が陣取っていた。フードを目深に被った男が、宙に舞う十数個のナイフを軽やかに操り、見物人から喝采を浴びている。隣では、一匹の小型ドラゴンが火を吹きながら人形劇を披露していた。その仕草があまりに滑稽で、思わず笑い声が漏れる。
石造りの建物が並ぶ中、最も目を引いたのは、通りの中央にそびえる噴水広場だ。広場の中心には巨大な白い彫像――世界を救ったされる勇者リオンと一匹の猫の像が立っている。勇者の像は剣を掲げ、空を指し示していた。噴水からは透明な水が勢いよく吹き上がり、日差しを浴びて虹を作っている。その周囲では、旅人や市民が腰を下ろし、一息ついている姿が見られた。
「これが王都の中心か……」
目を細めて周囲を見渡すと、建物の奥から大きな鐘の音が響いてきた。あれが王都最大の聖堂だろう。
聖堂へと向かう途中、通りの脇道に目を引かれる。どうやら職人街らしい。
小さな鍛冶屋の店先では、若い職人が剣を研ぎながら、隣で鎧を磨く年配の職人に何か教わっている様子だ。その傍らには、未完成の剣や鎧が並べられていたが、どれも驚くほど細かい彫刻が施されている。
「ここの装備は丈夫で長持ちだぜ。特にこの鎧は、王の近衛兵も使ってるんだ!」
店主が誇らしげに話しかけてくる。だが、ふと目をやると、その鎧には可愛らしい猫の意匠が隠されていることに気づいた。どんな勇ましい戦士でも、この街の住人は遊び心を忘れないようだ。
さらに歩くと、香料や薬草を売る店が並ぶ区画に入った。ここでは、色とりどりの瓶が棚に整然と並べられている。その中には、輝く液体が詰められた小瓶もあり、売り子がいる。
「疲れた体に効く特製ポーションだ!」
と自信満々に宣伝している。
ふとしたことで足を止める。角を曲がった先に、ひっそりとした広場があった。大きな樹木が中心に立ち、その根元に腰を下ろしている老夫婦の姿がある。二人は手をつないで静かに話している。にぎやかな街中にあって、ここだけは時間が緩やかに流れているようだった。
「王都には表の顔だけでなく、こうした静かな一面もあるのか」
そう思うと、胸が少し温かくなる。この街には、まだまだ知らない魅力がありそうだ。
気づけば、日も傾き始めていた。露店の灯りが次々に灯され、街全体が柔らかな光に包まれていく。これから王都は、また違った顔を見せてくれるのだろう。次の目的地の宿へゆっくりと歩を進めた。
「あそこです」
王都の喧騒を背ににゃんまるの指さす方をみると、目の前に見えてきたのは、古びた木造の建物だった。その看板には、手描きの猫が丸くなって眠る姿が描かれており、その下に「猫のねぐら」と書かれている。どこか懐かしい雰囲気を漂わせる宿だった。
建物は年季が入っているものの、どこか温かみを感じさせる佇まいだ。扉の取っ手は真鍮製で、長い年月を経て少し鈍くなっている。扉の前に立つと、木の香りとわずかに鼻をくすぐる甘い匂いが漂ってきた。
扉を押して中に入ると、軽い鈴の音が響いた。その音色は、猫の鈴を思わせる柔らかなもので、どこか心を落ち着かせるものがあった。
「いらっしゃいませ!」
奥から店主と思しき女性が顔を出す。年配だが、きびきびとした動きで、目元に宿る優しさが印象的だった。
広いエントランスには、木製の梁がむき出しの天井が広がり、暖炉の炎がパチパチと音を立てて燃えている。壁には古い絵画が飾られており、その中のひとつにはかつての勇者リオンと一匹の猫が描かれていた。勇者がこの宿に泊まったという伝説を物語る証拠なのだろう。
「これはこれはにゃんまる様、いつものお部屋開けておりますよ」
店主が指さす先には、階段の上へ続く廊下が見える。その奥へ続く道のりが、まるで物語への扉のように感じられた。
「いつもありがとうございます」
にゃんまるは目礼をする。
ロビーには数匹の猫が自由に歩き回っており、宿の名前にふさわしい光景だった。一匹の猫が近寄ってきて足元にすり寄ると、その毛並みの柔らかさに思わず微笑んでしまう。
暖炉のそばの椅子には、旅人らしき青年が座っていて、疲れた表情ながらも安心した様子で湯気の立つカップを手にしていた。その姿を見て、この宿が多くの旅人にとって憩いの場所であることが感じ取れる。
「お部屋にご案内いたしますね」
店主に促され、古い木製の階段を登りながら、ふと振り返ると、ロビー全体が柔らかな灯りに包まれているのが見えた。その光景は、どこか夢の中の一場面のようで、この宿がただの泊まる場所ではない特別な存在であることを改めて感じさせた。
階段を上りきると、廊下には木の床がきしむ音が響く。左右に等間隔に並ぶ扉は、どれも同じくシンプルな木目調だが、時を重ねた風合いが落ち着いた雰囲気を醸し出している。その中のひとつ、店主が示す部屋の扉を開けると、ふわりと柔らかな木の香りが漂った。
部屋の中は広すぎず狭すぎず、程よい大きさだ。窓から差し込む柔らかな夕陽が、床に暖かな光の模様を描いている。木製の家具が揃えられ、どれも手入れが行き届いていることが一目で分かった。
ベッドはシンプルなデザインだが、厚めのマットレスが置かれ、ふかふかの毛布が整然と広げられている。その上には、宿の名前にふさわしく、猫の足跡模様が刺繍されたクッションがさりげなく置かれていた。
窓際には小さな丸テーブルと椅子があり、その上には、一輪挿しに野花が飾られている。その花は、今日摘んだばかりと思われる新鮮なもので、部屋に穏やかな彩りを添えていた。
壁には、古いタペストリーが掛けられている。その図案には、伝説の勇者リオンが剣を掲げる姿と、その足元で佇む猫の姿が描かれており、勇者がこの宿に滞在したという物語を静かに語っているかのようだった。
足元には厚手の絨毯が敷かれており、その手触りは柔らかく、疲れた足を優しく包み込んでくれる。部屋の片隅には、小さな猫の置物が控えめに飾られており、どこまでもこの宿のテーマを感じさせる。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
店主が一礼して扉を閉めると、外の喧騒が完全に遮断され、部屋の中に静寂が広がった。その静けさは、ただの音の無さではなく、どこか守られているような、穏やかで安心感のあるものだった。
窓辺に寄り、カーテンを少しだけ開けると、王都の街並みが遠くまで続いているのが見える。ここは、旅人が足を止め、心を癒すための場所。その静かな空間は、まさに猫が寄り添うような優しさで包まれていた。




