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生きるのに必死です

見知らぬ森の中にいた。陽の光が木々の隙間から差し込み、柔らかな草の香りが鼻をくすぐる。人間だったころとは全く違う感覚、耳は周囲の音を敏感に拾い、鼻は目に見えない香りを捉えていた。


「これが、転生ってやつなのか……」


自分の姿を確認すると、四本の足、小さな体、ふわふわした毛並み――どうやら本当に猫になってしまったらしい。


ちなみに毛色は真っ黒だ。

この世界の黒猫はどういう扱いなのだろう。魔女の使いで忌み嫌われたりしたらどうしよう。魔女狩りなんてあった日にはやばいかもしれない。なんか不安になってきた。いや、今はそれどころじゃない。

ここから生きていかねばならないのだ。


まずは、水と食料......見つけられる気がしない。

とりあえず歩いてみるか。つい癖で立ってしまったが案外いけるものである。某ハンターさんについていく猫さんのようだ。


《二足歩行を獲得。二足歩行が難なくできるようになります。》


なにかアナウンスのような声が聞こえたような。ゲームみたいだ。VRゲームしてる感覚だ。


念の為四足歩行も......お、案外というか普通に歩きやすい。そりゃそうか、普通は四足歩行だもんね、猫って。

次は、ジャンプ。おお、すごく飛べる。思ったより高さがちょっと怖い。しかし問題なく両手両足で着地した。まあなれるか。にしても地面が近い。やっぱり立とう。立つと50cmくらいかな。こっちのがまだいいな。


そういえば猫って耳がいいんだっけ。目を閉じ周囲の音を聞いてみよう。

お、いろいろな音が聴こえる。ソナーのように360°音が聴こえてくる。もうちょっと集中したらもっと正確に聴こえる。草の動く音、虫の歩く音、動物かなにかの動く音、位置がそれぞれ手に取るようにわかる。


《猫耳響覇を獲得。猫の耳で捉えた音の波動を広範囲に響かせ、隠れているものを暴き出します。高周波で一時的に相手を怯ませる効果があり、探索に役立ちます。》


アナウンスさん再び。説明ありがたい。

さらに正確に頭に形が浮かんでくる。図面を頭で描いてるみたいだ。スキル開拓がちょっと楽しくなってきた。他にもいろいろ試したら獲得できるのだろうけど、とりあえず今は水と食料を探さないと。


さっそく猫耳響覇!


結構遠くまでわかるっぽい。うーん、なにか小さな動物が近くにいる。これは、ウサギかな。うさ......角があるな。あれだ、ホーンラビットって呼ばれるやつだ。ふぁんたじーだなあ。ウサギならなんとか倒せそう。さっそくいってみよう。


というわけで何度か近くまで来たんだけど、音でバレて逃げられてしまう。こう、シュッといってバッといかないとだめだ。シュッといってバッ。シュッといってバッ。


せーの!

その瞬間音もなくホーンラビットの背後まで来ることができた。このまま首元にがぶっと。前足を伸ばし、爪で押さえ込む。その小さな体がもがくのを感じるたび、胸の奥に奇妙な感覚が湧き上がる。


「……ごめん」


小さく呟きながら、牙を突き立てる。生温かい血の味が口の中に広がり、鉄のような独特の香りが鼻をついた。だが、同時に空腹が少しだけ和らぐのを感じる。

肉を引き裂きながら、口の中で噛みしめる。柔らかい筋肉が歯の間で崩れ、口いっぱいに広がる味は、生き物そのものの生命力を感じさせるものだった。


「……こうやって、生きるのか」


人間だった頃の感覚では到底受け入れられない行為だった。それでも、この世界で生き抜くためには避けられない現実だとわかっていた。

最後の一口を飲み込み、少しだけ深呼吸をする。体が少しだけ軽くなった気がした。目を閉じて、小さく手を合わせるような仕草をする。


「おまえのいのち無駄にはしないぞ。」


《猫足瞬歩を獲得。無音で高速移動を行い、敵の背後や死角に回り込むことができる隠密移動が可能になりました。》


スキルを得ました。それよりも口の周りが血で大変なことになりました。

次は水を、川を探しましょう。


猫耳響覇!


川は......あったあった。

便利だなー猫耳響覇。


木々を抜けると、視界が一気に開けた。そこには、静かに流れる川があった。森の中では珍しいほど澄んだ水が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。川岸の砂利が濡れて冷たそうだったが、近づくと水面から感じるひんやりとした空気が心地よかった。


「綺麗だな……」


水面をじっと眺めた。自分の体が映るかと思ったが、毛で覆われた顔と尖った耳が揺らめく波の中に映り込むだけだった。人間の頃とは違う姿に、改めて奇妙な感覚を覚える。


前足をそっと水に浸してみると、冷たさが爪の間に染み込んできた。喉が渇いていることを思い出し、恐る恐る水を舐める。水は驚くほど冷たくて、澄み切った味がした。


「うまい……」


生き返るような気分だった。少しずつ舌で水をすくい、喉を潤すたびに体が軽くなる気がする。


川岸には小さな魚が泳いでいて、水草が風に揺れるように流れている。鳥が水辺に降りてきて、羽ばたきながら水を飲む姿も見えた。この場所は、他の場所とは違う平穏さを感じた。


「ここなら、少し休めるかもしれない」


川岸の柔らかな苔の上に体を丸めた。水の音が耳に心地よく、疲れた体が少しずつ地面に沈んでいくような感覚がした。


森の中で見つけたこの川は、初めてこの世界で「安心」を感じられる場所だった。まだ先のことは何もわからないけれど、とりあえずここで少し休んでみよう――そんな気持ちで、目を閉じた。


少し経って目が覚めると、転生して初めての夜が近づいていた。夕焼けが森の中を赤く染め、木々の影が長く伸びている。人間の頃は当たり前だった家も布団もなく、猫の小さな体でどうやって夜を過ごせばいいのか、全くわからなかった。


「とりあえず、風を防げる場所を探さないと……」


そう呟きながら、ひたすら歩き回る。だが森の中はどこも見慣れない風景ばかりで、どれだけ猫耳響覇を使っても危険が潜んでいないか心配だった。大きな岩の陰や茂みの奥を覗いてみるが、どれも落ち着けるような場所には思えない。


猫の姿になってから、地面に近い視点で世界が広がる。目線の低さは新鮮だったが、それ以上に心細かった。耳が敏感になったせいか、葉っぱが揺れる音や小さな虫の羽音が妙に大きく聞こえる。そのたびに体がびくりと反応し、足を止めてしまう。


「こんな体で夜を越せるのか……?」


空には少しずつ星が見え始め、冷たい風が吹き抜ける。体が自然と丸く縮こまり、どこか温かい場所を求めてうろうろと歩き回る。


ようやく見つけたのは、大きな木の根元。太い根が半ば土から露出していて、その下にできた小さな隙間はまるで自然の掘っ立て小屋のようだった。中を覗くと、そこには枯れ葉がたっぷり積もっている。


「ここなら……少しはマシかもな」


前足を器用に使いながら枯れ葉をかき集め、小さなベッドを作る。爪が地面を引っ掻く感触に少し戸惑いながらも、自然とやり方がわかるのが不思議だった。


作った寝床に体を沈めると、枯れ葉の間からほのかに残った日差しの温もりが伝わってくる。それでも寒さは完全には防げず、毛のない尻尾を巻き込むようにして体を丸めた。


「……にゃんまるがいればな」


ふと、昔のことを思い出す。寒い夜には、にゃんまるが僕の布団に潜り込んできて、温かい体を押し付けてきたっけ。ゴロゴロと喉を鳴らす音が、なんとも心地よかった。


だが、今はその音も、温もりもない。ひとりぼっちの夜は心細い。


風の音が強くなり、森の闇が深まっていく。まぶたを閉じても眠れる気がしないまま、じっと丸くなり続けた。新しい世界で迎える初めての夜が、これほど孤独だとは思わなかった。

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