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最大の敵は自分

神秘の谷へと続く道は、静けさと不気味さが混じり合った独特な雰囲気を纏っていた。周囲にはうっそうと茂る木々が立ち並び、その枝葉が空を覆い隠している。昼間でも薄暗く、木漏れ日が斑点のように地面を照らしていた。足元は湿り気を帯びた土で、ところどころ苔が生えて滑りやすくなっている。


風はほとんど吹かず、代わりに耳をつんざくほどの静寂が広がっていた。鳥のさえずりも、虫の音も聞こえない。ただ自分の足音と、心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。


「本当にこの道で合っているのか?」


そう疑いたくなるほど、道中は変化が少ない。それでも星霜のコンパスは淡い光を放ちながら進むべき方向を示していた。

しばらく進むと、森の奥から薄い霧が漂い始めた。湿った空気が肌にまとわりつき、冷たい感触が全身を包む。霧の中に一筋の光が見えた気がして歩みを止める。コンパスの針はそちらを示しているが、その先に何があるのかは分からない。


ふと風のような音が聞こえた。振り返っても誰もいない。しかし、木々の間で何かがこちらを見ているような感覚がした。気配を払うように肩を振り、再び歩き出す。


やがて霧が薄れてくると、森は急に広がりを見せた。そこには石でできた古いアーチ型の門が立ちはだかっている。門の表面は苔に覆われ、長い年月がその姿を削ったように見えるが、どこか威厳を感じさせる。


コンパスの光はここで止まり、静かに輝き続けている。これは間違いない。ここが神秘の谷への入口だ。にゃんまるは振り返る。


「主、ここからはひとりです。自分を信じて進んでください」


にゃんまるの言葉に頷くと深呼吸をして、その門をくぐった。

その先に広がる風景がどのようなものか、分からない。だが、その第一歩を踏み出した瞬間、冷たい風が頬を撫で、まるで試練の始まりを告げているかのようだった。


門をくぐると、広がっていたのは異様なまでに静まり返った谷だった。足元には白い砂利が敷き詰められており、一歩踏み出すたびに軽やかな音を立てる。周囲の崖は高く切り立ち、その上を覆うように植物が茂っている。谷全体を覆う霧は淡い金色の輝きを帯び、昼と夜の境界線が曖昧に感じられるほどの幻想的な光景を作り出していた。


「これが……神秘の谷か」


自分の声が反響するのを聞きながら、歩みを進めた。だが、ただ歩いているだけなのに、身体に重さを感じる。谷全体に満ちている不思議な力が、まるで試しているようだった。


ふと、足元に何かが動く気配を感じた。瞬時に視線を落とすと、砂利の中から淡い光を放つ植物の蔦が伸び上がってきている。それはまるで生き物のように動き、足に絡みつこうとする。


「ここでは休む暇もなさそうだな」


咄嗟に後退し、蔦を避ける。だが、次の瞬間、別の場所からも蔦が現れた。それらはあっという間に数を増やし、四方八方から襲いかかってくる。


「試練の第一関門、ってところか」


身構え、ダガーを抜き、素早く蔦を切り払う。だが、切り落とされた蔦は再生するかのように再び伸びてくる。


「これは厄介だな……。」


冷静さを保ちながら周囲を見渡すと、蔦の動きには規則性があることに気づいた。それらは特定の方向から光を吸収している。その方向を探り、光の源と思われる場所を目指して走り出した。


走り抜けるたびに蔦が追いすがってくるが、身のこなしでかわし、ダガーで払いながら進む。やがて谷の奥深く、光の中心にたどり着くと、そこには奇妙な模様が刻まれた古代の石碑が立っていた。


「これが……蔦の源か?」


石碑には見たこともない文字が彫られていたが、不思議とその意味が頭に浮かんでくる。


「試されし者よ。恐れるな。力ではなく、知恵と覚悟を持て」


その言葉に応じるように、手にしたダガーを静かに鞘に納めた。そして石碑に手を触れ、目を閉じる。瞬間、身体を包むような暖かな光が広がり、蔦がゆっくりと引いていった。

再び目を開けると、谷の中は静けさを取り戻していた。蔦は完全に消え、ただ風が頬を撫でるだけだった。


「知恵と覚悟......」


気づけば手に緑の結晶があった。それを懐にしまい、深く息をつくと次の試練へと足を踏み出した。谷はその先も長く続いている。


谷を抜けるとそこは1面湖のようなところだった。目の前に広がる水面はまるで鏡のように澄んでいて、周囲の景色を完璧に映し出していた。微かな風が吹いても、水面はほんの少し揺れるだけで、すぐにまたその平穏を取り戻す。空の青さ、木々の緑、遠くの山々までもが、まるでこの水面に浮かんでいるように、完璧に反射していた。


水面に触れることすら許されないような、静謐で圧倒的な美しさが広がっている。何かが動けば、その水面は一瞬だけ波紋を描き、すぐにその痕跡も消えてしまう。それでも、その水の深さと透明度は何も隠すことなく、底まで見通せるほどだった。

すべてが一瞬、一瞬の静けさの中に閉じ込められているかのように感じられた。水面は、その平穏の中にひとつの答えを持っているかのようで、ただただ無言でその美しさを私に教えてくれる。しかし他に行けそうな道はなかった。


「行き止まり......?」


猫耳響覇!


猫耳響覇を使ってもただ突き抜ける湖しか無かった。


「道を間違えたのだろうか」


一本道で間違えようがない。しかし湖に近づいても底が綺麗に見えるだけだった。

他に道は無い。湖を渡るしかないが泳ぐにしても距離がある。しかしふと閃く。知恵と覚悟をもてと言っていた。


「もしかして、歩ける?」


水面を触ってみると表面は確かに水だがそこにはたしかに硬い何かがあった。勇気を出して1歩を踏み出すと、しっかりと立てる。湖を歩くのは不思議な感覚だ。湖の上を散歩している気分になって少し楽しい。


しばらく歩くとその楽しさもなくなってくる。谷も見えなくなり上下左右前後青色一面。

どちらが上でどちらが下なのか、どちらが右でどちらが左なのか分からなくなってきた。


写っているのは水面のような自身の姿だけだった。星霜のコンパスをみても淡く光るだけで方向は示していない。


迷っている。ただし物理的に。

しばらく歩くとふと静かな空気が突然変わった。背筋がぴんと伸び、目の前の景色が一瞬ぼやける。何かが、何かが背後から迫っている。無意識に足を止め、呼吸を整える。あるのは静寂とただただその圧倒的な気配だけが感じられる。


冷たい汗が額ににじみ、体の奥底からじわじわと恐怖が湧き上がる。心臓が速く、激しく鼓動を打つのが分かる。背後の気配が、まるで誰かがじっと見つめているかのように、ひどく重く、殺意に満ちているのを感じる。その瞬間、足元が震え、強烈なプレッシャーがかかる。


その殺気は、まるで刃物のように鋭く、切り裂こうとするかのようだ。体恐怖が全身を支配し、心がその危険を直感で理解し始める。振り返れば、そこには何かが待っている――その感覚だけが、全身を支配していた。


ゆっくりとダガーを抜き振り返ると、そこには自分がいた。表情はなく、真っ直ぐにこちらを見ている。それなのに感じる不快感、いうなればあれは、不気味の谷だ。


たしかに自分の姿なのだが何かが違う。かと言って何が違うかというのはわからない。

長い沈黙の後、静かに戦いが始まる。

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