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第9話



 「すいません!ここ禁煙です!吸わないでください!」



 「ん?……あぁ、悪い。」



 煙草を吸っている男を発見したスタッフは煙草の火を消すよう制止する。



 「でっか……。」



 男に駆け寄ったスタッフは無意識にそんな声が漏れる。近寄ってみてみれば煙草を吸っている男は185cmはありそうな体躯に加え、アスリートのような筋肉質な体が服の上からでも察せられる。


 もしもこれが仕事でないならば直ぐにでも逃げ出したい。スタッフがそう思うほどに威圧感がある見た目であった。



 スタッフの恐怖とは裏腹に、煙草をスタッフに指摘された男は少し申し訳なさそうにして謝り、咥えていた煙草の火を素手で揉み消す。



 「えっ!?手、え……火傷しますよ?」



 信じられない物を見たかという表情でスタッフは男の手を心配する。



 「あぁ、大丈夫。」



 そう言って男はスタッフへ手のひらを見せる。男の手のひらの皮膚は既に硬く固まっており、確かに火傷などしないかのように見えた。


 どれ程手を酷使すればこんな手になるのか、そういった気配を見せる手のひらである。



 男は今大会に出場するアマチュア選手、[GOU]。かつてランクマッチで偶然志那と相対し、圧倒的な速度で志那を下した猛者であった。



 「あぁ、悪い、これ捨てられる所無いかな?うっかりポケット灰皿忘れてきちまった。」


 

 男は火の消えた煙草を持ち、スタッフへそう言った。



 * * *




 夏季エルオン全国大会、アマチュアプレイヤーである[GOU]選手と[はな]選手の初戦が行われる。



 [はな]選手はプロチームであるトライリトに所属するプロ選手である。



 見た目として言えば、ピンク色に染めた髪の毛が特徴的である。比較的顔が良いため、女性人気が高い選手である。




 [GOU]が使用するのは《格闘家メリケンサック》。対してプロチーム所属の強豪選手、[はな]選手が使うのは《盗賊ククリナイフ》構成。



 《格闘家メリケンサック》構成を今大会で使用しているのは[GOU]選手一人である。完全な環境外からの伏兵構成である。軽量職特有の機動力を生かしてテンポ良い試合展開を目指していく構成であると予想される。



 対して[はな]選手用いる《盗賊ククリナイフ》構成は環境最上位構成である《盗賊マンゴーシュ》構成の亜種である。環境的な立ち位置としては環境トップに一歩譲る、と言った感じであろうか。


 この《盗賊ククリナイフ》構成はスタンに対するメタに割くリソースを〝盗賊〟という職のスタン確率半減+スタン時間30%減に絞り、空いた武器枠でマンゴーシュの代わりにクリティカル率+40%を持つククリナイフをチョイスした構成となる。


 《盗賊マンゴーシュ》に比べて攻撃力が上がった事により攻撃の選択肢の幅は広がったが代わりにスタンに対する耐性が下がっている為、考えなくてはならない事が非常に増える構成であると言える。上級者向け構成だ。



 司会、解説を行う元エルオン上位プレイヤーである〝はじまリキ〟とテレビ局のアナウンサーが解説を行う。



 「今回の対面はどちらも軽量職。非常にテンポの良い試合が予想されます。《格闘家メリケンサック》はメリケンサックのスタン効果を主軸に据えて戦う構成ですかね?しかし[はな]選手の構成はスタンに耐性を持つ《盗賊ククリナイフ》。事前予想としてはプロとしての実力に加え、メタが機能している[はな]選手有利ですかね。」



 試合が始まる。



 「よろしく。」



 プロ選手である[はな]がステージの対岸で拳を握る[GOU]に向けて挨拶をする。



 [……っ、よろしくな。]



 まさか挨拶をされるとは思っていなかった[GOU]は調子が狂ったという顔をしながらぶっきらぼうに返事をする。



 ランクマッチと異なり、エルオン全国大会では対戦中のプレイヤー同時が会話する事が可能となっている。大会の演出的な意図が少なからず含まれているのだろう。

 


 [はな]はククリナイフを構え、間合いを計る。相手の出方を窺いながらダメージを与えてアドバンテージを稼いでいく堅実な戦法を狙う。



 対して[GOU]は一気に走り出して[はな]に距離を詰める。短期決戦を狙っているらしい。



 あと一歩で二人が衝突するか、といった瞬間に[GOU]がアッパーを放つ。



 [はな]が防御を入力する。パリィ発動。ククリナイフによって弾かれた[GOU]は後ろへと仰け反ってしまう。



 あっさりとパリィを発動しているが、この一動作からは[はな]選手の非常に高い技量が読み取れる。


 この一動作の中で[はな]選手は[GOU]がアッパーを放つ事を予想をした上で先回りして防御入力を行っている。それも防御がパリィ判定になる最高のタイミングで。



 [はな]は拳を弾いたチャンスを見逃さない。直ぐさまククリナイフを握り、体勢を崩している[GOU]の腹へと通常攻撃を放つ。



 無防備な状態で攻撃を食らった[GOU]の体力は一気に3割程削れる。



 「初動の攻防戦は[はな]選手が制しました。あのパリィ精度は流石プロ、という物がありますね。[GOU]選手としてはなんとかここから体勢を立て直してスタンをねじ込みたい所です。」



 解説席のはじまリキはそう語る。



 「何処に逃げるの?」



 [はな]選手は体勢を立て直す為に距離を取ろうとする[GOU]をにこりとした表情のまま追いかけ、言う。



 [GOU]はその問いには答えず、[はな]に背を向けていた体勢から急に振り返り、剛拳を繰り出す。



 [GOU]は逃げようとしているように見せかけていたが、実の所は剛拳発動用の時間を稼いでいた。



 剛拳は格闘家職の攻撃技。連打性能はそこまで高くなく、どちらかと言うと一撃必殺的な性能の技である。


 クリティカル率60%の技であり、クリティカル時に与ダメージ増加の効果を持つ。


 もしも剛拳がクリティカルで当たればメリケンサックの基本特性も含めて様々な追加効果が発動し、《盗賊ククリナイフ》構成の体力であれば一撃で即死する程のダメージが出る。



 しかし。



 「読んでるよ。」



 [GOU]が剛拳を発動していた時、既に[はな]は奇襲の剛拳を予想して距離を取っていた。



 剛拳が空振る。



 「あーーっ!外した!!これは痛いですね。恐らくこのまま[はな]選手、コンボを……あぁ、やっぱり。」


 解説席ではじまリキが興奮する。




 そんな事お構いなしに[はな]は[GOU]の技発動直後の硬直を狙って技を発動する。



 盗賊の固有技、草切りが発動する。これによって[GOU]の体力は残り半分程度となる。技を食らった事によって硬直は解除されるが、切った対象を一定時間ふわりと浮かばせる草切りによって[GOU]の体は浮いている。



[はな]はそのまま追加で技、鱗落としを発動する。ククリナイフによって薙がれ、宙に浮き上がっていた[GOU]の体は叩きつけられるようにして落下。落下のショックによって再度[GOU]に硬直時間が発生する。



 そのまま雷切りを発動する。もはや[GOU]に回避する術は残されていない。



 為されるがままにして[GOU]はコンボを繋げられ体力ゲージが0となる。




 [はな]選手の勝利である。



 「[はな]選手が初戦を勝ち取りました!非常に丁寧で堅実な戦い方だったように思えます。素晴らしい精度のコンボでしたね。流石プロ、といった試合でした。しかし今大会は4戦先取制、まだまだ[GOU]選手に下剋上のチャンスは残されています。」



 アナウンサーとはじまリキ、解説席の二人は[はな]のコンボに大興奮である。聞けばアナウンサーの方も昔からのエルオンのファンらしい。



 「それでは仕切り直して2試合目が始まります。」



 解説席は再度[GOU]×[はな]のマッチに注視する。試合時間の関係上、同時進行で複数マッチが進んでいる。解説席は中でも注目度の高い試合について実況、解説していくシステムとなっている。


 今回はプロである[はな]選手の注目度が高い為、このマッチが実況解説試合へと選ばれている。



 試合開始の合図が鳴る。



 「あれ?」



 [はな]選手が呟く。


 見れば既に[はな]選手の腹部へと[GOU]のパンチが打ち込まれている。



 「え?」



 試合開始直後のほんの些細な時間。本来ならこんな早さで攻撃が到達する筈はないのに、何故か[GOU]の攻撃は[はな]へと届いている。



 腹部へと打ち込まれたパンチにより、[はな]は吹き飛ばされる。



 「えぇ……、何が起こってたのでしょうか、リキさん。」



 アナウンサーも何が起こったのか分からない、といった様子ではじまリキへと助けを求める。



 「うーん。自分も今パッ、と見ただけなので断言は出来ないのですが、突貫キャンセルからの最速通常攻撃、ですかね……。」



 「突貫キャンセルからの最速通常攻撃、と言いますと?」



 「突貫は前方へ吹き飛びながら右パンチを放つ技です。本来であれば発動に時間を要しますが、入力直後に技をキャンセルすれば吹き飛び動作のみ残す事が可能です。しっかりと検証した訳では無いので確実ではありませんが、恐らく[GOU]選手が行ったのはこのキャンセルによって吹き飛びながら通常攻撃を放ったのでしょう。格闘家の前方への通常攻撃はパンチですので、キャンセルされた突貫の攻撃動作の流用が可能です。この組み合わせによって試合開始直後の最速攻撃が可能となったのでしょう。」



 はじまリキはかつてのエルオン知識等を総動員して推測する。



 まさかこんなにも早く全国大会のこの場で誰も知らないコンボが用いられるとは思わなかった、とリキは思う。



 体勢を崩した[はな]は1度距離を取ろうと回避を狙う。右ストレートが来る。[はな]はそう予想し、防御を入力するが。



 読まれた。



 [GOU]は軸足を深く踏み込む事によって攻撃の到達時間をずらしている。



 防御が解除されたと同時に右ストレートが叩き込まれる。



そのまま[GOU]は近接打撃技を繰り出し続ける。ついに[はな]は[GOU]の猛攻によって体力ゲージが0となる。



 これで一勝一敗。



 初見コンボが刺さったとはいえ、プロ相手にアマチュア選手が一勝するのは中々に衝撃的ではあったのだろうか、この時Live配信のコメントがものすごい早さで流れたらしい。

 


 しかし[GOU]の進撃は止まる素振りを見せなかった。



 続く第3試合。この試合において[GOU]は何一つ真新しい物を見せなかったにもかかわらず、[はな]相手に勝利している。



 つまりは恐らく[GOU]選手の地力は[はな]選手と同等あるいはそれ以上である、という事が明らかとなったのである。




 戦慄はそれだけでは収まらない。



 続く第4、第5試合において[GOU]はほぼ無傷のまま[はな]選手を下した。



 結果として最終的な試合スコアは4対1で[GOU]の勝ち。初戦を除いて[はな]選手は何一つ手も足も出ないままに[GOU]選手に敗北した。これにより[はな]選手は全国大会を敗退する事になる。



 これには解説席は余りの驚きに絶句、Live配信のコメントは尋常ではない盛り上がりに包まれ、異様な熱気が形成された。



 * * *



 試合後、配信外にて。



 「参った。完敗だよ。」



 仮想空間の中、盗賊職の見た目のまま[はな]は先程自分相手に四連勝した相手へ握手を求める。



 「……どうも。」



 [GOU]は求められた握手にぎこちなく答える。



 「君の動きは素晴らしかった。僕の攻撃がまともに当たらなくなるくらいには。どうか、後学の為に教えてくれないか?君はまるで未来が見えているかのようだった。どうやっていたんだ?」



 [はな]は一瞬俯き、その後まっすぐ[GOU]を見つめて問う。



 「……、俺は元々現実の格闘家畑の人間だ。だから参考になるかは分からないが……。アンタは視線に癖があった。攻撃を放つ直前に技の発動予定の場所と、次撃の目標点を一瞬チラリと見ている。それが分かっちまえばアンタがどんなに精度良く技を打っても対策出来ちまう。」



 [はな]は驚愕する。


 軽量職同士の試合。互いに己の技展開、技の対策を進めて、手先の動きを読んで……これだけじゃない。こんなにも考える事が多い中に彼は加えて相手の視線を読んでいるなんて、と。


 自分でも確かに技の発動前後にそういった視線のクセがある事は振り返ってみれば分かる。しかし、本当にあの一瞬で視線を読んでいるのか?読めたとしてほぼ初見の対戦相手の技を0コンマ何秒の世界で対策できるのか……!?



 「そっ、そうか……。凄いな……。教えて頂き助かる。君は素晴らしい選手だ。大会で良い成績が残せる事を祈っている。」




 [はな]は何とか絞り出した声で感謝を述べる。


 「あぁ、ありがとうな。」



 [GOU]はぶっきらぼうにそう言うとログアウトしていった。



 [はな]はため息をつき、その場にしゃがみ込む。



 今大会ではプロが四連敗するという醜態を晒してしまった。ネットでもファンからの落胆の声が上がるだろう。申し訳ない。



 ファンの期待を裏切ってしまった、と[はな]は落ち込む。



 だが、と[はな]は思う。



 得る物は非常に大きかった。きっと彼は既にリオン選手級のプレイヤーだ。



そのクラスの実力の人間の視点の一端を垣間見る事が出来た。



 もっと学ぶべき知識がある。技術がある。



 何としてもこのアドバイスを我が血肉として下剋上を果たしてみせよう。

 


 落ち込んでいる間は無い。次の大型大会、秋の全国大会までにもっと実力を伸ばすのだ。


 


 [はな]は仮想空間の中で静かにそう決意した。



「面白い。」「続き読みたい。」等思った方は、ぜひブックマーク、下の評価をお願いします! モチベーションに直結します。優しい方、是非。

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