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第8話


 7月、既に身を纏う空気はさながらサウナと言っても過言ではない程の熱気を伴う季節となっている。


 各々が自宅で業務をこなすリモートワークという概念が比較的浸透した現代においても、朝の通勤ラッシュ帯の電車を覗いてみれば大勢のサラリーマンと学生が寿司詰め状態である。


 

 今日は7月16日、夏季エルオン全国大会初日である。志那は大会会場へと移動する為に通勤通学の人々と共に電車に乗っている。


 手荷物は普段使っているヘッドセット等の機材一式と財布にスマホ等の貴重品類である。購入時にヘッドセット類を封入していたアタッシュケースを捨てていなかったお陰で機材の運び方に困らなくて済んだ。



 「あっつぅ……。」



 空調がガンガンに効いているとはいえ、ぎゅうぎゅうに押し込まれた人間の塊の前には我らが冷房も少々力不足なのかもしれない。電車の中でも汗ばむ程度には熱気が渦巻いている。とはいえ屋外の直射日光の下よりかは楽なので贅沢は言ってはいけない。



 駅に停車する。電車のアナウンスが流れると同時に開いたドアからぞろぞろと人が降りていき、これで一息つけるかと思った矢先に降りていった人数よりも多く見える人間が乗車してくる。




 今日の全国大会は予選である。会場まで訪れているにもかかわらず予選とはこれいかに、と言った感じではあるが今日の予選試合で良い結果を残した上位128人が明日の本戦に出場する。



 つまり今日良い結果を残せなければ明日の本戦の出場資格は得られない。俺は元から東京近郊に住んでいる為さほど問題は無いが、京都や青森のような遠方からの参加者も少ないながら居るらしい。彼らは事前に宿を取っている為、今日敗退すれば何の為に宿を取ったのかという憂き目に合う事となる。



 

 ポケットからスマホを取り出す。電源を付け、二日前に全国大会の運営から届いた一通のメールを開いた。


 運営から届いたメールの内容はトーナメント表である。今回の全国大会は4勝先取のトーナメント形式での戦いとなる。



 二日前時点のこのメールによってようやくトーナメント表が参加者達に公開された。とはいえトーナメントの参加者名の欄は全て大会のエントリーナンバー表記となっている為、本人がSNS等でエントリーナンバーを公開しない限り相対するまで対戦相手は分からない仕様となっている。



 リオン選手と戦えたら良いなぁ。



 ここに来るまでの練習の中でのリオン選手の存在は非常に大きかった。


 志那が《重騎士ハルバード》構成を使う上でのベースとなったのは〝リオン選手ならきっとこう動く〟という思考。


 そして対《重騎士ハルバード》同士のミラーマッチとなった時にもリオン選手と戦っているつもりでどう動けば勝てるか、を指針に練習し続けていた。


 現在の志那には、間違いなくリオン選手を一番研究したのは己である、という自負がある。


 それは決して過信では無かった。志那は実際にリオン選手がエルオンにおいて頭角を現しだした頃からのエルドラドシリーズの過去作時点からの戦闘ビデオを幾つも見た上で行動の傾向、クセなどを読めるようになっている。


 

 頑張ろう、と志那は電車の中で人混みに揉まれながら思った。



 * * *



 「リオンさん!タクシーこっちです!何処行ってるんですか!こっちです!」


 

 「あ、えぁ。」



 ドタバタドタバタ、というまさしくマンガのような擬音が似合う動きをするマネージャーに引っ張られながらリオンは駅の改札から出てくる。



 「今日大会前に関係者の人達に挨拶行くから6時半に会場来て下さいって言ってたじゃないですかーっ!もう6時ですよ!すいません!タクシーさん!出来るだけ早めにお願いします!」



 マネージャーはぼんやりと寝ぼけたままのリオンを担ぎ、タクシーの中へと放り込み、己もタクシーへと乗り込む。



 「おう!任せとき!」



 タクシーの運転手はそう言いながら親指を立てるとアクセルを踏み込んだ。タクシーは直ぐさま法定速度ギリギリの速度を出して走り出す。



 「リオンさんもう朝ごはん食べました!?」



 「いんや、まだ。」



 「ですよね!会場の方のうちのチームのスタッフが『どうせリオンさんは食べ忘れてくる。』って用意してくれてるそうなのでもうしばらく我慢してください!あとヘッドセット一式は既に搬入終わってるので挨拶回りと朝食終わったら調整して下さい!それで……。」



 ドタバタするマネージャーと落ち着くリオン。この光景はリオンの所属するプロチームの人間にとっては非常に見慣れた光景であった。リオンの方は落ち着いているというよりも何も考えていないように見える訳であるが、こんなのでもことエルオンに限れば鬼神のような強さを発揮する為、「本当は色々考えているのだろう。」と周囲からは一目置かれている。



 横で携帯を持ち、ものすごい早さでメールを何処かへ送るマネージャーを尻目にリオンは今日の全国大会へと心を向ける。今日はきっと見た事も無いような戦法や構成を見る事が出来る日。もしかしたら実力のある新人が発掘されるかもしれない。


 強敵が居たら嬉しいな。



 「あ、運転手さん。少し止まって。」



 ふとリオンが口を開き、運転手に止まるよう促す。



 「あー?どうした?忘れ物か?」



 運転手が何事か、と車を路肩に止めて振り返った直後、リオン達の乗るタクシーの前の交差点を信号無視しながらものすごい早さで車両が横切っていく。幸いにも早朝であった為まだ事故を起こしていないようだが、リオンが止めずにタクシーが進んでいれば直撃は免れなかったであろう。



 運転手とマネージャーはぞっとして冷や汗をかく。


 「もう動いて平気だよ。」


 リオンは顔色1つ変える事無く運転手へ言う。



 「あ……、アンタ、なんで分かったんだ?」



 運転手は車を再び発進させながら問う。



 「音がしたんだ。きゅるきゅるきゅる、ってタイヤの音が。普通の車よりも音が大きかったし、音の発生源が近付いてくる気配があったからもしかしたら危ないかなって。」



 運転手は「ほう……。」と信じられない事を聞くような唸りを上げ、ハンドルを握る。



 マネージャーはその目に掛けてた眼鏡をクイッと直し、リオンの見せた超人的な振る舞いを噛み締める。


 リオンと組んでから彼の異常性を認識する機会は何度かあったが、何度遭遇してみても魔法のようにしか見えない。



 今回のリオンの〝音がした〟だって異常である。窓は完全に閉まりきっていた上に、マネージャー本人は会場に居る他のチームメンバーへと連絡する為に電話で喋っていたのだから、少なくとも数十メートル離れた車両のタイヤ音等聞こえる筈がないのである。



 「全国大会、頑張ろ~。」



 戦慄する2名を置いてリオンは呑気さを感じさせる声色でそう言った。



 * * *



 東京某所大型イベント会場。


 この会場は日頃から有名アーティストのコンサートや大規模物販等の非常に大きなイベントが開かれる場所となる。


 そんな特大の会場で今日はエルオンのイベントが開かれる。


 フルダイブゲームの大会会場という事でゲームの性質上必要とされる、安定して横になる事が出来るベッド型の台が大量に搬入されており、それによって非常に奇妙な景色が作り上げられている。



 「うおおお!!広い!!」



 志那は到着したイベント会場の入り口に立ち驚愕の声を上げる。現在は東京に住んでいるとはいえ数ヶ月前まで比較的田舎の県に住んでいたお上りさんである為、志那の大型の建物を見る目は新鮮さが残っている。



 会場に着いてみれば既に入場ゲートには長蛇の列が出来上がっており、その熱気たるや、という感じである。



 アタッシュケースを抱えながら志那も列に並ぶ。


 入場口前にはコード読み取り用のカメラのような物とスタッフが並んでいる。


 どうやら事前に大会運営からメールで届いていた入場用のバーコードを読み取り、その後スタッフの人間が危険物や禁止物を持ち込もうとしていないかの持ち物検査を行うといった形式となっているようだ。



 「参加者様ですね。お荷物確認させて頂きます。」



 志那はアタッシュケースとポケットの中の物を台の上へ並べ、スタッフに確認してもらう。しばしの確認の後、特段引き留められる事も無く入場する事が出来た。



 中に入ってみれば天井は広く、視界のあちこちに参加者と思われる人間やプロチームのスタッフと思われる人間、エルオン系のYouTuberと思われる人間が自撮りのカメラを回す風景等が目に入ってきた。



 うおおお!リオン選手探すか……!?



 今この場にリオン選手が居ると思うと一目見てみたい、という気持ちがわき上がってくる。実はアタッシュケースの中に色紙とサインペンも入れてきている。何処かで会えたらサインをせがもうと思っているのだ。サイン欲しいもんな。仕方が無い。



 とはいえ大会直前の一番神経質になるタイミングのプロを邪魔する訳にはいかない。大会が終わったり一区切りしたタイミングで運良く会えたら……という感じだろう。



 そんな事を考えながらスタッフに誘導されるまま歩いて行く。参加者が訪れるべき次のスポットは器具の点検所らしい。ここではヘッドセット類の機材一式を提出して改造行為、チート等の不正な加工がされていないかを確認するらしい。


 当然改造もチートもしていない為問題なくパスできる。



 これで大会前に必要な手続きは一通り終了した。後は約一時間後に始まる開会式を待つのみである。



 * * *



 「夏季エルオン全国大会ーーっ!全国各地から集まってきた選りすぐりの猛者達の頂点が今回の大会で選ばれる!!今大会はタイマン4戦先取、2日間開催形式です!解説は私、はじまリキがお送り致します!」



 開会式の開催時間になると同時に、会場中央部の天井に吊り下げられた四方向への巨大ディスプレイに司会者を名乗る人間の解説映像が流れ始める。



 今大会は会場で完結する訳では無く、大会の映像は逐一Live配信で全国に公開されている。因みに開会式時点で視聴者は6万人前後居るらしい。会場の周縁部の観客席にはちらほら参加者ではない人間も居るようで、観客は意外と多いらしい。



 「いよいよ始まったな!!」



 プロチーム席でリオンの肩をぽん、と叩き、チームメイトの選手が話しかける。



 既にリオン達プロ選手はスポンサー企業のロゴが入った大会用のユニフォームに着替えており、気合い十分といった様相となっている。


 リオンが所属するチームの選手達は各々が水を飲んだりストレッチをしたり等、試合前のルーティンを始めている。



 話しかけられたリオンは既に大会へと集中しているのか、横にいる同僚の姿は視界に入っていないらしい。



 「始まったか、リオンの集中モード。こりゃ今日はもう話せないな。」



 話しかけた同僚選手達は肩をすくめ、やれやれといった感じで笑う。そう言って肩をすくめた同僚選手も、既に目は笑っていない。



 夏季エルオン全国大会、その戦いがついに本格的に始動した。

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