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第7話


 《重騎士ハルバード》構成が環境構成たる理由に圧倒的なスタン性能と火力がある。


 

 どんなに追い詰められた戦況でもスタンさえ差し込めば殆どの職をトントンの状況、瀕死寸前の体力へ持ち込む事が出来る。



 最大体力の低い職に至ってはスタンした段階でスタン時間&クリティカル発動のお祈りゲーミングがスタートする。運が悪ければそのままクリティカル発動でノックアウトだ。


 

 その上スタンはこれ程までに盤面へ与える影響力が大きいにもかかわらず、《重騎士ハルバード》構成においては穿鋼撃という技一つで80%確率で手軽に発動が可能となっている。





 懐へ潜り込んできた[ヒロシ]がパンチを志那の腹部目がけて放つ。


 

 志那は左手に担いだ盾を身へ寄せ防御を発動する。行動速度が低下するデバフを食らっている関係で盾を構える防御一つにもタイムラグを感じ、志那は渋い顔をする。



 体力バーが若干減る。防御をしたお陰で浅めの傷で済んだ。



 とはいえ状況は悪い。一定のクールタイムでデバフを振りまいてくる除去困難な式神が場に複数存在しているというのは想像以上に厄介だ。


 

 行動の一つ一つが泥の中で身を動かしているかのようなもっさりとした動きとなる。割とストレスが溜まるな。



 とりあえずこの泥盤面の中で長い事戦うのはあまり良い手では無いだろう。



 穿鋼撃をなんとか気合で発動させ、スタンを押しつける。



 幸いにも向こうの《陰陽師ナックル》も早期決着を狙っている為、距離を詰めた状態での攻防戦が続くだろう。



 志那の体力は残り4割程度。対して[ヒロシ]、陰陽師の体力は満タンの10割である。


 互いに後何発相手の攻撃を食らったら敗北するかと言ったら志那が2発、[ヒロシ]が3発となる。


 

 とはいえ陰陽師は志那の攻撃を避けつつ打撃を入れる必要があるが、志那はスタンさえ捻じ込めれば後続の2発を入れられる為、ここでの互いの勝利条件は


 志那→スタンを発動させる。


 陰陽師→2発殴る。


 となる。



  


 志那はしゃがみ、前方130度程度範囲へ薙ぎの通常攻撃を放つ。


 しゃがむのは被弾面積の減少と盾の防御範囲に身を隠す事を目的としている。



 この攻撃は[ヒロシ]視点では高リーチの足下への攻撃となる。


 ジャンプ回避も選択肢には含まれるが、ジャンプ回避による着地時の隙を懸念して[ヒロシ]は後方へ飛び退き回避を選択する。



 [ヒロシ]の後方飛び退きを確認した志那は穿鋼撃の発動を用意する。



 穿鋼撃発動を確認した陰陽師はリーチを取ったまま印を結び、壱の式神を召喚する。


 

 陰陽師によって呼び出された子鬼はそのまま志那へと飛びかかる。


 エルオンにおいては技の用意中に敵の攻撃を食らった場合、用意していた技の発動までの時間がリセットされてしまうという仕様がある。



 この場において[ヒロシ]は志那に対して子鬼処理か発動時間のリセットかの二択を押しつける手を取ったという事である。


 志那がどちらの手を選択したにせよ、現在用意中の穿鋼撃を[ヒロシ]へ当てる事は叶わなくなる為、守りの一手として非常に効果的であった。



 己めがけて飛びかかろうとする子鬼を確認した志那は右方向へ走り出す。


 丁度デバフの入った重騎士と子鬼では移動速度がほぼ一緒であった為、子鬼はギリギリ追いつけない。


 とはいえ移動しながらでは技の発動にかかる時間は遅くなる為、デバフ+移動という2つの発動時間低下により志那の穿鋼撃の発動用意はまだ完了しない。



 走る志那を見て陰陽師は伍の式神の召喚術式の詠唱を開始する。



 それを見た志那は突如、子鬼との追いかけっこをキャンセルして陰陽師の方へジャンプする。



 それを確認した子鬼も志那めがけてジャンプする。



 志那の右手にはハルバード。飛びかかった子鬼の爪が志那の肩へと到達するかといった瞬間、志那は陰陽師めがけてハルバードを投擲した。



 志那がハルバードから手を離す寸前で穿鋼撃が発動する。これによって志那の手から離れたハルバードは攻撃倍率120%、スタン確率80%のダメージを与える投擲攻撃となった。



 これは志那の賭けであった。武器を投げる投擲という技は転がった武器を再度拾い上げるまで丸腰となるリスクの高い技。最後の詰めの瞬間を除いてメリットよりもリスクの方が上回りやすい。



 とはいえデバフにまみれた現状の志那が穿鋼撃をそのまま陰陽師へ当てようとした所で回避される事は目に見えていた。


 ならば、という事で志那が狙ったのが穿鋼撃を伴った投擲である。


 

 相手の〝重騎士ハルバードならここまで攻撃は届かないだろう〟という意識を突いた一手。




 普段投擲技に触れないプレイヤーにとって、投擲された武器の移動速度は予想よりも速い。思っていたよりも早い、とある上位勢は語る。



 投擲技は戦闘中にあまり使われない関係上、投擲の仕様を理解した上でその対策を完璧に出来る人間は少ない。殆どの人間が投擲に関して練度が低いのだ。



 志那はそこに賭けた。




 [ヒロシ]の対投擲の練度が低い事を。召喚術式を破棄するべきか否かで迷う事を。



 既に次の召喚術式を発動し始めていた[ヒロシ]は一瞬逡巡する。



 既に召喚術式の詠唱は8割方済んでいる。


 召喚を破棄して回避すべきか?



 思考を巡らす[ヒロシ]めがけて穿鋼撃の効果を纏ったハルバードが降りかかるように突き刺さる。



 80%のスタン抽選が行われる。スタン発動。

 



 迷った時点で[ヒロシ]の負けであった。



 志那は[ヒロシ]めがけて直線的にではなく、弧を描くようにハルバードを投げていた。



 現実世界であれば直線的に投げた方が到達までの時間は短くなる。しかし、このエルドラドオンラインというゲームにおいては投擲された武器は何故か弧を描くように投げられた方が着地までの速度が速くなるという仕様が存在する。


 恐らく投擲に関して重力加速度の数字が現実よりも大きく設定されているのだろう。


 結果として[ヒロシ]視点では志那の手元を離れ、高さの最高点へ到達したその瞬間に急加速して落下してきたように見える。



 突き刺さったハルバードは[ヒロシ]の体から自動的に引き抜かれ、最短2.75秒のスタンが開始される。



 

 志那は即座に[ヒロシ]の方へ走り出し、ハルバードを拾う。



 丁度参の式神が放ったデバフが切れるタイミングである。



 通常の行動速度へと戻った志那はその勢いのままハルバードを構え、薙ぎ→突きの通常攻撃を放つ。



 元々耐久力が非常に低く設定されている職業である陰陽師の体力は志那のこの攻撃で0となる。



 



 志那の勝利である。



 「あっぶねーー!!」



 ランクポイントの変動画面を見ながら叫ぶ。たまたま勝てたが、正直試合内容だけ見れば完全敗北と言っても過言ではなかった。



 ここでの勝利はたまたま投擲ハルバードが上手くいき、たまたまスタンが入った事によるラッキー勝利だったって感じである。多分もう一戦やったらこのままだと負ける。



 どんなに緻密に組まれた戦略もプレイスキルも、その全てをひっくり返すだけの力が環境構成にはあるのだな、と志那は画面の遷移を眺めながらぼんやりと思う。



 ならば戦略も高いプレイスキルも持ち合わせる人間が環境構成を扱ったら?



 志那の背筋をひやり、とした物が伝った気がした。




 * * *


 

 [ヒロシ]はランクポイント変動の画面を見ながら「惜しかったなぁ……。」と呟く。



 彼は普段は[ヒロクリフ]という名前で活動するエルオンのインフルエンサーである。



 『ランクマッチで[ヒロクリフ]見た!』や『勝った!』等のコメントをSNSへ書かれたくないという彼の心情により、配信や動画撮影を行っていないいわゆる〝オフ〟の時は[ヒロシ]というプレイヤーネームを設定している。



 その上、ここ最近においては夏季エルオン全国大会に出場する関係上、使用予定の構成がバレるのが嫌だという意図もあった。


 ここ数日は上位帯へ《陰陽師ナックル》構成が明らかとなる可能性を懸念して固定メンバーでの練習が殆どとなっていたが、やはりこの戦略が初見の人間相手にどれだけ刺さるか、という事を知りたかった為にランクマッチへと潜っていた。



 「《重騎士ハルバード》が投擲してくるとは思わなかったな。あそこで投げてくる判断力凄かったなぁ。最後ハルバード加速してなかった?仕様かな。後で投擲の仕様確認しよう。いやぁ~~、やられたなぁ。」



 ヒロシ改めヒロクリフは口にボールペンのキャップを咥えて手元のノートにメモを取る。



 彼は《重騎士ハルバード》や《戦士グレートソード》のような環境構成を全く使わない事で有名な配信者であった。


 別に環境構成が嫌いな訳ではない。ただ、「見た事の無い構成の方が使ってて楽しいでしょ?」という信念があっただけである。



 「夏季大会、早くやりたいなぁ。」



 ヒロクリフは手元のノートへとメモを続けながらぽつり、と呟いた。




 * * *



 YouTubeへと投稿された『これで100%分かる!重騎士ハルバード構成の扱い方と小ネタ一覧!』という動画を2倍速で見ながらカップ麺を啜る。


 正直行儀が悪いが、指摘してくる人間も居ないのでまぁ問題ない。



 最近動画を2倍速にして見るのならば人間の声よりも機械音声の方が聞き取りやすい、という事に気付いた。人間の声ならば1.5倍くらいが丁度良い。お試しあれ。



 出来る限り新しい知識を入れる事が出来そうな動画は全て見ていきたいので倍速で動画を見ているが、最近では知らない知識の方が少なくなってきた。



 YouTubeは新規のリスナーを増やしたいというクリエイターサイドの願いもあるのか、やはり初心者へ向けた浅めの解説動画やプレイ動画が一番多い。



 あるジャンルについて学びたい時、そのジャンルの本を10冊読めば大体の知識をまんべんなく取り入れる事が出来る、と言うが、この説のYouTube版は存在しないのだろうか。しかしやはりYouTubeは動画ごとの長さと内容の質に非常にムラがある関係上こういった指標を導入するのは難しいのだろうか……。



 そんな事をもにょもにょと考えながら食べていたせいでラーメンの汁が顔にかかる。熱い。



 大会初日まで残り3日。大会は平日開催とはなる為、大学を休んでの参戦となる。



 高い授業料を払っている以上非常に心苦しくはあるが、今の所真面目に学校に通い続けているので2日間くらい休んでも問題なかろうの精神である。




 「ゲームの全国大会に出たいので休みます!」とは教授に言いにくいので体調不良であると嘘を吐く予定である。ちくしょう。いつから俺は嘘を吐くきたねぇ人間になっちまったんだ。


 うぅ、またラーメンの汁が顔に飛んだ。




 まぁ良い。俺はこういう不運を許容して徳を積むのだ。



 全国大会初日7月16日まで残り約74時間。

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