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第6話


 VRヘッドセットを被り、電源を付けて布団に横になると同時に眠気に襲われる。


 

 目を開くとVR機器自体のログインのホーム画面。いや、フルダイブだからホーム場所?


 何はともあれ最近はずっとエルオンを完全に切らずに現実と行き来していた為、少し新鮮な気持ちになる。


 『ようこそお越し下さいました。志那様。現在時刻は6月27日、午後8時33分です。如何なさいますか?』


 

 視界の端で起動するサポートAIのシエラ。


 「エルオン開いて。」



 『畏まりました。』



 シエラがそう言った直後、エルオンの制作会社のロゴが視界に入る。起動画面だ。



 そういえばといった感じの話なのだが、ランクマッチのホーム画面にて己の所持ランクポイントの順位を見る事が出来るらしい。


 今までランクマッチのポイントを稼ぐ事だけに夢中になってたせいで現状の自分が何位くらいの位置に居るのかといった所が全く掴めない。


 「上位一万人くらいに入れていたら良いな。」


 志那はそう言いながら順位表の画面を開く。


 「3021位!?」


 己の視界に映ったのは3021位という数字。この数字は志那の予想を大きく上回る高順位であった。



 「これは……、ひょっとしたらひょっとするのでは……?」



 口に手を当てながらぼそり、と志那は呟いた。



 * * *

 


 「とりあえず実践練習あるのみよな。ランクマ(ランクマッチの略称)潜るか。」



 志那はそう言い、マッチング開始ボタンを押す。正直言って志那の気分は最高潮に達していた。


 言葉にするならば「初めて一週間の素人が全国大会出場に全世界で3021位!これは天才なのでは!」といった感じである。



 対戦相手とマッチングする。相手の名は[ヒロシ]。使っている構成は《陰陽師ナックル》。


 「《陰陽師ナックル》!?なんだそりゃ。見た事無いぞ……?」



 時代劇で見るような和装に身を包んだ男。しかしその両拳にはゴツゴツと黒光りするおおよそ和装には似合わないナックルが装着されている。



 エルオンでは重量級や中量級といった職業ごとの階級さえ合ってしまえばどんな武器でも構成に組み込む事が可能となっている。極論、侍がヘビーメイスを片手に突っ込んでくるなんて事も起こり得るのだ。



 とはいえ環境では全く見ない〝陰陽師〟という職業に加えてこれまた環境では全く見ない中量級武器、〝ナックル〟である。


 

 志那は構成を見て「不気味だな。」という感想を抱く。志那の感想はもっともであった。


 これがランクマッチの階級の下の方、それこそC1等といった初心者階級での遭遇であれば初心者の適当な構成、やネタ構成であると笑い飛ばせるのだが、ここはS1帯。


 ゴリゴリの環境構成を担いだ猛者が高速で轢き殺しに来るような場所での《陰陽師ナックル》である。つまりはこのプレイヤーはこの構成で環境構成相手に〝勝ち上がってきている〟のである。



 こちらは完全初見の構成であり、恐らくこのプレイヤーは《重騎士ハルバード》と何度も戦ってきているだろうという練度の差の面で見ても分が悪い。



 とはいえ、戦わねばならない。志那は気を引き締め、武器を構える。



 試合が始まる。



 陰陽師という職業はプレイヤー自身はあまり肉弾戦に向いたステータスでは無く〝式神〟という名が付けられた特定のパターンで行動するAIを操作して戦闘する事がメインとなる職業である。


 式神は陰陽師が召喚技を使用する事によって戦闘フィールドへと登場する。ちなみに1度にフィールドへ存在できる式神の数に上限は存在しない。


 式神には複数種存在し、式神の強さに比例して召喚に必要となる時間が変化する。


 それぞれの式神は壱や弐等の漢数字が割り当てられており、その数字が大きくなる程に強力な式神となり、召喚時間は長くなる。



 陰陽師である[ヒロシ]は両手でなにやら印のような物を結び、技を発動する。


 『召喚術式・壱』


 紙吹雪のようなエフェクトと共に身長30㎝程の赤い子鬼のような式神が一匹召喚される。



 

 何を狙っているのかは分からないが、とりあえずこの子鬼は倒しておいた方が良さそう。


 志那はそう判断し、子鬼目がけて通常攻撃の突きを放つ。


 しかし子鬼はそのサイズもあり、ひらりと志那の放ったハルバードの突きを回避する。


 志那は苦い顔をして再び子鬼を突く。命中。今度はしっかりと子鬼の体に攻撃を当てる事が出来た。


 体力はさほど高くないようでハルバードに突かれた子鬼は「ぎゃぴぃいぃ!」と苦悶の声を上げながら消滅していく。


 

 『召喚術式・参』


 子鬼に気を取られた一瞬の間に今度は参の式神を召喚された。


 

 確か式神という職業は小型の式神を召喚して時間を稼ぎ、最終的に〝出せればほぼ勝ち〟という最強格の式神である玖(9)を着地させる事を目標とする職業だったと思う。


 あまりにも環境で見ないのでうろ覚えである。


 参の式神はナタのような物を持った古典的な日本の幽霊のような式神。


 式神に幽霊って居るのか?


 


 ハルバードを薙ぎ幽霊の首を跳ね飛ばす。確かに命中した筈なのだが、全く手応えが無い。



 あーーっ!思い出した!!



 参の式神は物理攻撃無効なんだ!!


 

 参の式神は実態を持たぬ幽霊型の式神。ハルバードの薙ぎのような完全な物理攻撃では攻撃を当てる事すら叶わない。


 なんとかして参の式神に攻撃を当てる為には炎や水等の何かしらの特殊な属性を併せ持った技でなければならない。


 

 ここに来て一気に追い詰められた感がある。《重騎士ハルバード》構成は属性攻撃の手段が非常に乏しい。


 属性攻撃の手段はあるにはあるのだが、そのどれもが発動時間が長く、悠長な事をしていれば玖の式神とまでは行かないにせよ伍や陸の式神といったそこそこ大型な式神を召喚されかねない。



 ここの最善手は参の式神を無視して陰陽師たる[ヒロシ]本人を叩く事。


 

 己の正面でなにやら技を発動しようとしていた参の式神を避け、奥に居る陰陽師目がけて志那は走り出す。


 

 『召喚術式・参』



 正面へ二体目の参の式神が召喚される。無視。



 志那はハルバードを構えて通常攻撃を放つが、[ヒロシ]に避けられる。


 元々陰陽師は中量級職という事もあり、重量級の重騎士である志那の攻撃は届きにくい。


 このまま壁際まで追いこみ続けて一気に穿鋼撃でスタン→破砕剛重剣のコンボまで繋げたい。




 『冥府の誘い』



 視界の端に文言が映る。なんだ?と思ったのも束の間、動かしていた体が急にガクリと重たくなる。



 陰陽師に何かした気配は無い。という事は式神の何かしらの技か?



 式神に掴まれたかと思い、バッと後ろを振り返ってみるが参の式神は俺から距離を取ったまま動かない。



 広範囲型のデバフ(ステータス低下技)か、と志那は気付く。


 

 志那にとって初見の技であるこの『冥府の誘い』は参の式神が操る、攻撃対象のステータスを低下させる技であった。



 先手を取られた段階で志那は式神を無視すればデバフ。除去へ動けばその時間の間にさらに強力な式神を召喚されるという二択を迫られる事となっていた。



 そして参の式神を除去する手段に乏しい《重騎士ハルバード》構成にとって非常に厄介。



 ただでさえ機動力の低い重騎士にデバフをかけられたとなれば、現状、志那から距離を取って陰陽師の召喚術式を止める手立ては失われた事となる。



 なんとかして陰陽師の召喚術式を止めなければ。


 志那は視界の端に映ったデバフの残り時間が4秒である事を確認する。


 陰陽師の召喚術式において4秒以内に召喚できる式神はせいぜい伍の式神程度。


 伍の式神は確かに数字がそこそこデカく強力ではあるが、物理攻撃無効は持っていなかった筈。


 つまり参の式神より見ようによっちゃ楽な相手だ。



 陰陽師が印を結ぶ。



 『召喚術式・参』



 うわぁ……。だっる!!


 的確に俺が嫌がる召喚術式を発動してくる。攻め方に甘えがない。


 しかも4秒も隙を与えてしまえば……。



 『召喚術式・参』



 ですよね。



 デバフの解除タイミングが到達するより前に新しく召喚された参の式神が冥府の誘いを発動する。



 再度のステータス低下が発動する。



 確か冥府の誘いのデバフ発生確率は70%程度だった筈。4回中4回発動するのは結構運が悪い気がする。



 志那は鉛のように重くなった足を一歩動かし、回旋炎槍を発動しようとする。



 回旋炎槍は《重騎士ハルバード》構成が扱える数少ない属性持ちの技である。



 発動時間の割に威力は低いが、広い攻撃範囲に加えて時間経過でダメージが入る状態異常である〝やけど〟を30%の確率で与える事が出来る技であった。



 そしてもう一つ。これは回旋炎槍に限った事では無いが、エルオンでは技発動に伴う移動においては行動速度の低下等のデバフは無視される設計になっている。



 つまり回旋炎槍発動中は全くデバフが入っていない時と同じように動く事が出来るようになっているのだ。



 ここで4匹の式神を処理しておきたい。



 俺が炎槍で式神を処理している間に陰陽師が追加で参の式神を召喚したのなら炎槍の延長でそのまま攻撃しきれば良い。


 もしも大型の式神が召喚されたのならその時点でデバフを撒き散らす参の式神を処理しきり、即座に穿鋼撃で陰陽師本体を潰せば良い。



 2つのプランを炎槍発動準備中に志那は思考する。



 しかし気付く。


 

 先程まで志那の正面に居た筈の陰陽師が居ない。


 一瞬参の式神の位置を確認しようと視線を逸らした隙につけ込まれたのか?



 何処に行った?



 志那のその疑問は直後に解消される事となる。


 志那の背部の鎧がメキメキと音を立てて砕かれる。


 志那が何事かと振り返るとそこには拳にナックルを装備した陰陽師本人が居た。



 「はぁあ!?」



 2割ほど削れた体力ゲージを見て志那は驚愕する。



 陰陽師がナックルを装備した所で重騎士の鎧を砕ける程の火力は出ない筈。ステータス低下の影響か?



 そもそものセオリーとして陰陽師は対戦相手から出来るだけ距離を取る職業の筈。


 ハルバードで2発つつかれれば死ぬような体力の職業が重騎士相手にわざわざ間合いまで距離を詰めてくる事自体訳が分からない。セオリーに反している。


 



 志那は混乱した脳のまま振り返り、回旋炎槍をキャンセルし、通常攻撃を放つ。


 振り返った先には既に陰陽師は居ない。


 回り込みながらジャンプしていた陰陽師は志那の顔面にナックルを振り下ろすように攻撃を放つ。


 クリティカル発動。


 


 一気に志那の体力は二分の一程度まで減少する。



 『冥府の誘い』



 気が付けば背後で技を用意していた参の式神達が冥府の誘いを発動してくる。



 冥府の誘いを2発撃たれたうちの1発が発動する。これで再度のデバフ。



 ここで志那は理解する。



 本来の陰陽師は召喚した式神達を利用して少しずつアドバンテージをとり、最終的に出せば勝ちのスペックを持つ玖の式神を着地させる事を目標とした職業だった筈。



 しかしこの《陰陽師ナックル》構成は壱~参程度の小物式神を早期に並べてナックルという中量級武器の中では比較的攻撃力が高い武器で殴りきるというプランとなっている。



 ナックルを選んだ理由も今なら分かる。装備した時の移動速度の低下量が非常に低いのだ。そもそも攻撃に当たらなければ体力がいくら低かろうと問題ない、というポリシーの構成なのだろう。



 いや、でもこの構成、粗が多すぎない?



 早期決着で殴りきりたいのならばデバフなんか撒かないでも手っ取り早く格闘家等の肉弾戦特化職を使えば良いし、大型の式神を着地させて詰ませるというプランを捨てた《陰陽師ナックル》構成は良いとこ無しのひ弱な肉弾戦職へと変貌する。




 そもそもの〝当たらなければどうという事は無い〟という前提条件を成立させているのはプレイヤー自身の技量に他ならないし。



 仮に自分がこの構成を使ったとして同じように《重騎士ハルバード》構成を追い詰められるかと言えば、答えは否である。


 

 この職業と武器のシナジーを完全に無視し、職業自体の最大の強みも自ら捨てた滅茶苦茶な構成をこれ程の完成度で扱っているという事は十分に戦慄に値する。



 もしも[ヒロシ]が他の環境構成相手に有効な詰めの手筋を用意しているのならば、それだけで全国大会で上位に入賞出来る程のポテンシャルを有していると言えるだろう。


 このプレイヤーが全国大会に出場するかは分からないが。





 志那はここまで思考し、返しの一手を用意する。


 環境構成という物は有象無象相手に圧倒的な有利があるから環境構成という呼称が付く。それは《陰陽師ナックル》相手でも変わらない。


 とはいえ、ここまで追い詰められた状態での返しの一手であるため、その手が盤面をひっくり返せる程の手かというと怪しい。逆転の確率は甘く見積もって五分だろうか。



 とりあえずは全力で戦うのみ。頑張ろう。

 

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