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第5話


 長時間、極度の集中状態と睡眠不足を重ねていた志那の体は悲鳴を上げていた。



 人間は己の身へと命の危機が迫る極限状態になると生存の一手を探す為に通常よりも遙かに頭が冴える状態へと陥る事があるという。



 狙って行った事では無いにしろ、志那はこの状態へと陥る事によって尋常ではない集中力を得て勝利をもぎ取り続けた。




 

 S1級に到達した直後、志那はヘッドセットを外してエルオンの公式サイトを開く。


 目的は夏季全国大会の出場表明。



 自分のユーザーIDと登録情報を公式サイトの出場表明ページへと入力する。


 移り変わった画面には『出場表明が正常に受付されました。会場でお待ちしています。 エルドラドオンライン開発チーム一同』という文字が表示される。



 「あぁ~!!!間に合った!!!」



 そう叫びながら伸びをし、そのまま後ろの布団へとバタリと倒れ込む。



 そして今までの不摂生をリカバリーするかのように約17時間近くの深い眠りへと落ちる。



 * * *



 大学構内で志那はスマホを持ちながら歩く。



 「ふふふ……。」



 何とか止めたいのだが、にやにやが止まらない。



 いや、止めたいのだけれども……。



 「んふふふ。」



 端から見れば「にちゃぁ。」という笑い方にも見えなくもない笑い方をしながらスマホの画面を見る。




 スマホの画面には『夏季全国大会出場表明受付のお知らせ』というエルオン公式からのメール。


 

 ぐっすり寝てから冴え渡る脳みそで見てみてもガッツポーズをしたくなる。




 あの憧れのリオン選手も間違いなく出場する大型大会の参加資格を得る事が出来たのだ。これでニヤニヤするなという方が無理がある。



 「んふっ、ふふふふ。」



 「ちょいと浮かれすぎじゃないかね、君。」



 「うぉぉ!!びっくりした!!」



 スマホを見つめニヤニヤと笑っていると急に後ろから現れた舟木にびっくりとする。


 「んははは。そんなびっくりするなよ。何が嬉しいのがは知らないけど、そんなに浮かれてたら怪我するぞ。」


 

 そう言って舟木は足下を指差す。何事だと見てみれば床のところどころに小規模な水溜まりが出来ている。



 「昨日雨降ったからな。誰かが濡れたまんまの靴で歩いたんだろ。コケて怪我する所だったな。」



 そう言って舟木はニヤリとする。




 「流石にこんぐらいじゃ滑らないって。」



 とそう言って俺はスマホを己のポケットへとしまったが、直後に足下の水につるりと滑り、尻を強打する。



 「いっでぇぇぇえぇえ!?」



 「あーあ、言わんこっちゃない。」



 ケラケラと舟木は笑いながら言う。



 ちょっとした水溜まり程度に滑るわけ無いと思ったんだけどなぁ。くやしい。



 でも良いのさ、俺は大会に出れるんだ。この程度の受難などなんてこと無いさ。



 「志那は前から浮かれる度に何かしら痛い目にあってるからね。気を付けなよ。」



 舟木はそう言う。



 確かに、ある年の誕生日には自転車に轢かれたし、大学受験の合格発表日には階段から転げ落ちてる。……気を付けなきゃな。



 「うす。気を付けます……。」




 俺がそう言うと舟木はまたケラケラと笑った。



 * * *



 夏季エルドラドオンライン全国大会。


 

 エルオンの権利を有する会社が主導して開催する非常に大規模な大会である。



 出場条件はフルダイブによって発達に悪影響が出ないように、という意図で作られた年齢制限や過去シリーズの大会での不正ペナルティ等の細かい物を除けば〝出場表明時点でS1級到達済み〟というもの。



 今回の全国大会はオンラインではなく、東京都某所の大型イベント会場での開催となる。



 6月23日0時、大会出場表明締め切り時点でのS1級到達者は全国で2733人。そして大会への出場表明者は731人であった。



 大会はその規模により7月16日と17日の二日間開催。初日の予選で本戦出場となる128人が決定される。



 今回の大会に限らずではあるが、全国大会で本戦出場等の好成績を残したアマチュア選手はプロチームからの勧誘が届くようになる事もある為、ある種全国大会はプロを目指す選手の登竜門のような側面も持ち合わせている。


 


 大会優勝による景品は現金3000万円とエルオンに対応したフルダイブ機器の最新機種の限定カラー。

 ついでに上位入賞の8名限定でオリジナルのスキン(性能に影響を与えない見た目の変更要素)が制作される。



 大会優勝者に与えられる現金の金額は最初期は5万円程度だったが、競技ゲーム市場の拡大に伴い年々増加した結果、今年は3000万円となった。



 とはいえ、志那に見えている目標は現金でも何でもないようであった。



 * * *



 「勝って兜の緒を締めよ!!」



 夕飯の肉を焼きながら志那は右手に握った菜箸を掲げ叫ぶ。


 非常に行儀が悪い。







 肉を焼きながら志那は思考する。


 

 何とか締め切りまでに階級を目標値まで上げる事が出来た。だけどこれじゃまだまだ足りない。きっとリオン選手はとっくの昔にS1級を通過している。


 もっと実力を付けなければリオン選手に勝てない、と。





 そう。志那の目標は全国大会の出場でも優勝でも何でもなく、憧れの選手であるリオンに〝勝つ〟事であった。



 

 その為にこれからの二週間ちょっと、という全国大会までに残された時間。この時間をS1級を目指した時以上の早さでもっと、もっと強くなる必要があった。




 志那はこのランクマッチを経て幸いにも、自分に何が出来て何が足りていないかが分かるようになってきている。



 「という事で分析タイムです!!」



 肉を焼きながら志那はそう言うと己のズボンの右ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、SNSを開く。



 元々SNSサービスは志那自身がそこまでやる意義を感じていなかったという事もあり全くと言って良い程に触った事が無かった。



 しかし状況は変わった。



 これからの短い期間、恐らく各プレイヤーやプロチーム達の環境の研究は加速し、場合によっては初見では全く対応が出来ないようなコンボが開発される可能性すらある。


 という事でここから先の大会の対策を練る上で必須となるのが〝対戦相手達の分析〟であると志那は判断した。



 新規でSNSアカウントを作った志那は、夏季エルオン全国大会に出場するといった趣旨の発言を投稿しているアカウントを片っ端からフォローしていく。


 

 一つのSNSサービスだけでは心許ない為、追加で二つほどのサービスで同様の手順を踏む。



 ついでに全国大会参加者と仲が良さげなエルオンプレイヤーもフォローしておく。



 これによって参加者達を監視する準備は整った。



 監視ってなんか嫌な表現だな。リサーチ?研究?



 何はともあれ、全国大会の参加者の6割くらいの人間は見つけ出す事が出来た気がする。


 6割とはいえ出場予定者の人数は731人。その6割なのだから軽く見積もって400人は超える人数だ。 



 残りの人間はSNSをやっていないのか、俺が見つける事が出来ていないかのどちらかといった感じだろう。



 一周ぐるりとSNSを見渡してみた感じ、参加をSNSで宣言している人間のうち、半分くらいは何処かしらのチームに所属しているプロ選手といった感じであった。



 流石に大会参加者の半数がプロ選手という事は無いと思うため、プロ達はその職業の性質上ファンへのアピールが大事な為、参加宣言を一般人に比べてしっかりと行っているのだろうと思う。



 もちろんリオン選手の公式アカウントは真っ先にフォローした。夏大会への意気込みである『皆さん、夏大会でお会いしましょう。』という旨の投稿がされていてとても良いと思った。



 という事で情報入手はSNSで。



 

 さらに言えば猛者の誰かしらと繋がりを持って大会までひたすら1000本組み手のような練習をしたい所だけども、繋がりを持つとっかかりも何も無い為断念した。


 大会出場のライバルへこの短期間に互いの手の内を晒して練習するなんていう信頼を構築するのも難しいしね。


 決して声を掛ける勇気が出なかったという訳では無い。



 


 とりあえずの今後の目標としては



 1,《重騎士ハルバード》の練度を高める。

 2,他の環境構成相手の明確な勝ち筋のパターンを身に付ける。

 3,細かい知識を習熟させる。



 といった3つくらいになるだろう。



 1番に関しては技の発動のスムーズさや、技同士の繋がりやすい動き等の《重騎士ハルバード》を使う上での細かい性質の理解だったりを深めていきたいという思いである。これは練習の最中に自然と習得できたらな、という思いである。

 


 2番はこの3つの目標の中では1番大会に直結する内容かもしれないなと思う。


 現在大会での使用者が非常に多くなると予想される《重騎士ハルバード》や《戦士グレートソード》、《盗賊マンゴーシュ》に《ハンタートマホーク》等の環境構成相手に〝こうできたら勝ち〟という勝ちパターンを自分の中で明確に作り上げる事が目標である。


 理想としてはそういう勝ちパターンを各構成あたり2つ以上用意する事だが、そこまでの時間は残されていないかもしれない。とにかく1構成あたり1つは勝ちパターンを身につけたい。


 幸いにも《盗賊マンゴーシュ》構成相手には通常攻撃+投擲+格闘2発という『対盗マンコンボ』という勝ちパターンの原型のような物が作れてきている気がする為、もう少しコンボの完成度を上げた後は他の構成の対策に集中するのもアリかもしれない。



 3番は小ネタの習得。


 例えば重騎士の大技である破砕剛重剣を放った後はそのまま次の技を打つより、1度武器をしまってから再度技を発動する方が若干攻撃発生までの速度が速くなる。みたいな感じの豆知識。


 こういうアドバンテージが稼げるタイミングがエルオンには色々存在するようなので、そういった細かい仕様への理解を深めていきたい。



 

 まぁひとまずはこんな感じかな。



 大学は行かなきゃマズいから講義を聴きつつエルオンの知識を入れて、家に居る時間はひたすら練習って感じになりそう。





 と志那は思考した。


 ふと、昨日までの全力のランクマッチとやっている事があまり変わっていない事に志那は気付き、くすりと笑う。





 全国大会初日7月16日まで残り約165時間。


 

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