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第4話


 

 土曜朝。それも午前3時という超早朝。志那は目覚ましのアラーム音によって目を覚ます。



 布団に入ったのが2時間前。学校もバイトも無いにもかかわらず、志那はこの時間に起床する。



 睡眠時間がたったの2時間という明らかな不健康な生活リズムであるとはいえ独り暮らしの彼を嗜める事が出来る人間は居なかった。



 志那はヘッドセットを装着し、エルオンを起動する。



 2時間前に到達したのがA5帯。



 あと1つ階級を上げれば目標のS1帯、夏季全国大会出場資格獲得となる。



 あと少し。S1到達まで数字で見れば今まで積み上げてきたランクポイントに比べれば大した事の無いポイント量。



 しかし、エルオンのランクマッチはここからが真に過酷な戦いとなる。



 エルオンリリース直後のシーズンという事でプロ級から別ゲームのランカー、それにエルオン未経験のダークホースがよーいどんで1からスタートしたシーズン。



 A5帯は高モチベーションかつ実力を持つ人間が全国大会の参加権を目指して熾烈な争いを繰り広げる魔境、全国大会出場までの最後にして最高の壁と言えるランク帯であった。



 

 * * *



 ランクマッチ開始から2時間、志那はA4帯に居た。降格したのだ。



 「ぶぅぅぅぅぅ!!!!!」



 志那はヘッドセットを脱ぎ、イライラに身を苛まれ布団の上で手足をバタバタと振り回し奇声を発する。



 負け続けるのが気に食わない。



 対人ゲームで上を目指す中で誰もが通る道となる〝勝てない時のメンタル〟志那にとっては初めての経験であった。

 


 「ぬぅあぁぁぁぁ!!!」



 枕を被り叫ぶその姿は駄々をこねる子供のようであった。





 A5帯、ランクマッチに潜ってみれば相対する誰もが猛者。当然一試合にかけるエネルギーも増えていく。肉体は疲労する。



 負け越し続け、志那はやっと到達したA5帯からA4帯序盤までへと落ちてしまう。



 途中何度か志那をぎょっとさせたのは対戦相手の名前だった。



 解説動画で何度かお世話になったような配信者であったりプロ選手が対戦相手になったりしたのである。



 本来なら彼ら彼女らは既にS帯に到達していても何ら不思議では無い。そんな彼らがA5帯に居た事がこのランクマッチの過酷さを明確に表していた。





 志那は焦る。戦えば戦う程に階級が下がっていくからである。明後日までにS1級へ到達しなければならないのに。



 かといってこの負のループから抜け出す方法は分からない。それを探る時間も残されていない。志那はただひたすらがむしゃらにランクマッチへと潜る事しか出来なかった。



 * * *


 

 一人用練習場ステージで志那と同じハルバードを握る重騎士職の男。




 しかしその身を包む鎧は志那の銀色とは異なり、妖しく深紅に染まった鎧であった。



 男は大きく息を吸う。




 幼い頃から夢中になってひたすらやり続けてきた大好きなゲームを今、この身で感じる事が出来ているという感動が全身を駆け巡る。




 練習ステージに舞い起こる土埃の匂いも太陽の熱も、感じる何もかもが今この瞬間彼だけの物であった。

 

 


 何度このゲームへログインしてもその感動が薄れる事は無い。常に新鮮な気持ちであった。




 ピコン、という音と共に男の元へ着信の通知が届く。




 男は視界の端を手でなぞり、届いた通話へと応答する。



 「もしもし。」



 『もしもし、お疲れ様です。夏大会の出場登録はしましたか?大会運営者の方からリオンさんの登録がまだ行われていないと聞きました。こちらで登録しておきますので、これからは忘れないで下さいね。』



 男のエルオン内での名はリオン。志那の憧れのプロ選手であり、現在のエルオン界隈でのトップ級のプレイヤーである。



 愚痴を言うような声色で彼へと連絡を伝える相手の正体はリオンのマネージャーであった。



 「忘れてた。危ない危ない。ありがとう。」



 リオンは本当に危ないと思っているのか分からないような声色で応答する。


 いや、彼自身は実際の所非常に夏大会を楽しみにしていた為、出場出来ないとなれば相応に凹んではいたことであろう。



 しかしそれは声色に乗らず、ぼんやりとした口調となる。



 『私も一応毎回次は……って言ってますけどリオンさん自分で出場登録した事無いですよね。まぁ良いですよ。変わりにと言っちゃ何ですが、今度牛丼奢ってくださいよ。』



 「分かった。良いよ。」




 リオンは通話しながらハルバードをダミーへと振り回す。



 マネージャーの方もこのやり取りは何度も繰り返してきたようで、さして気にしている様子も無い。リオン自身もマネージャーの要求に嫌な顔をする素振りはない。これはこの2人が組んで以来続くのんびりとした関係性であった。



 『そう言えば秋大会用のポスター撮影と動画撮影あるんで、××日9:40分に××駅まで来てもらう話覚えていますよね?駅まで来て頂けたら後は車で行けるんで。ちゃんと忘れずに来て下さいね。』



 リオンのマネージャーは直近の連絡事項をリオンへと伝える。


 リオンから帰ってきた返答は「んぁい、」というような魂の抜けたような返事。



 既にリオンの意識は半分以上がエルオンに向けられていた。



 これは集合前日辺りにもう一回言わなきゃなぁ、とマネージャーは電話越しに肩をすくめる。



 『それじゃあ、切りますよ。』



 マネージャーはそう言うと通話を切断する。



 リオンは一人練習場でハルバードを振り回し、呟く。




 「夏大会、どんな人が来るかなぁ。楽しみだなぁ。」



 * * *



 「ふぎぃぃぃぃぃーーっ!!」



 相変わらず志那は枕へ向けて奇声を発しながらバタバタと手足を振り回して悶絶している。



 時間帯や近隣住民の事を考え、身悶えながらも音を極力小さくしようとするその姿勢にはちょっとした物悲しさも含まれている。



 激怒し苛立つ。端から見れば「そんなにイライラするくらいならば辞めてしまえば良い。」と言われるかもしれないが、そうではないのだ。


 本気で勝ちたいと思っているが故に己の不甲斐なさに怒り、他者の実力に嫉妬しているのだ。



 早朝3時から4時間ひたすらランクマッチ。2時間前に落ちたA4帯からなんとかA5帯へと這い上がる事は出来たが、出来たのはそこまで。



 どう足掻いても後1階級、S1到達が叶う勝率にならない。



 「間に合うかなぁ……。」



 ヘッドセットを再び被り、心ここにあらずと言った表情で呟く。



 「何が足りないんだろうか。精度?判断力?」



 志那はランクマッチルームへと移動した後もぶつぶつと呟き続ける。






 実際の所、勝率は芳しくないとはいえ、エルオンの完全な初心者だった状態からたったの一週間でプロに配信者といった上位帯がひしめくA5級の人間を相手に〝勝負に見える〟形で戦う事が出来るようになっているというのは驚異的な成長ではあった。



 ただ、志那はそれだけでは満足出来ない。




 「上手い人程先を読んでくる。俺はそれを上回る量先を読めば勝てる?各構成ごとのテンプレの手筋は覚えてきたから、それを意識しながら戦ってみよう。さっきの《盗賊マンゴーシュ》構成には……。」



 志那はランクマッチの狭間に思考を巡らす。今の試合のミスは何だったか。どんな動きをしていれば勝てただろうか。


 

 試合の数だけひたすらに繰り返されるトライアンドエラーがこれ程までに短期間の驚異的な成長に結び付いていた。本人は気付いていないが。



 志那は残された時間、がむしゃらに勝利を目指す。



 * * *



 夏の全国大会出場を目指してプレイヤーネーム[ゆきみ]は《盗賊マンゴーシュ》構成を携えてランクマッチへと潜っていた。



 現状のランクポイントは4280ポイント。階級にしてA5帯という所まで到達しており、次の試合に勝てば大会出場権獲得のS1帯に踏み込む事が出来るというポイント量であった。



 「うっし!あと少しだ!!気合い入れるぞ!!」



 [ゆきみ]はそう言い、己の頬を両手でぴしゃりと叩き、気合いを入れる。




 対戦相手が見つかる。




 対戦相手は《重騎士ハルバード》。現ランクマッチ環境のトップに君臨する構成であった。



 しかし[ゆきみ]は「よし!!」と叫ぶ。



 その理由は[ゆきみ]の使う構成、《盗賊マンゴーシュ》にあった。



 《盗賊マンゴーシュ》構成は《重騎士ハルバード》や《戦士グレートソード》等のスタンを戦術の主軸に据える構成が環境を台頭してきた頃に後を追随するかのように使用者が増えた構成。



 その理由は《盗賊マンゴーシュ》構成の特性にある。



 《盗賊マンゴーシュ》構成はスタンを主軸に据えた構成を徹底的にメタった(対策した)構成であったからである。



 具体的に言えば、スタン確率50%減、スタン時間30%減という耐性を持つ〝盗賊〟という職業に加えて、状態異常確率25%減という基礎特性を持つ〝マンゴーシュ〟という武器を持つ事によって、総計スタン耐性は驚異の75%という数字になる。



 これは《重騎士ハルバード》のスタンを狙う上でのメイン技となる穿鋼撃の80%スタンの確率を5%までに下げる事が可能となる数字であった。


 仮に運悪く5%のスタンを引いてしまったとしても、スタン時間にも耐性は乗る為、スタン耐性無しの最短スタン時間2.75秒よりも大幅に短い1.75秒となる。



 

 つまり、《盗賊マンゴーシュ》構成は《重騎士ハルバード》や《戦士グレートソード》構成のような戦闘の主軸をスタンに置く構成の基本戦術をほぼ完全に機能不全へと陥らせる事が出来るのである。



 よって今回の《盗賊マンゴーシュ》VS《重騎士ハルバード》対面は圧倒的に《盗賊マンゴーシュ》構成の有利となる。



 「勝てるぞ……!!」



 [ゆきみ]は呟く。



 試合が始まった。



 [ゆきみ]は試合開始と同時に重騎士の方へと距離を詰める。



 [ゆきみ]の握る〝マンゴーシュ〟は軽量級に分類される武器であり、全長30㎝程の短剣のような見た目をしている。



 《重騎士ハルバード》対面の《盗賊マンゴーシュ》の勝ち筋は盗賊という職業の持つ機動力を駆使して攻撃力の高い重騎士の攻撃を回避し続けながらマンゴーシュでチクチク削る、という戦い方となる。



 重騎士の攻撃速度はエルオンに存在する全ての職業の中でトップクラスに遅く、盗賊の回避力を持ってすれば攻撃を一撃も食らう事無く勝利する事も可能である。


 代わりに軽量職である盗賊が重騎士の攻撃を何発も食らってしまえばすぐに瀕死にはなってしまう訳ではある訳であるが。



 とりあえず[ゆきみ]はマンゴーシュの間合いである懐へ潜り込む事が必要となる。



 「やっ!」



 近づきつつあった[ゆきみ]は接近を中止し、後ろ方向へ飛び退く。



 直線的に近付いていた[ゆきみ]を見て重騎士は穿鋼撃を放っていた。



 回避した[ゆきみ]は攻撃後の重騎士の穿鋼撃発動による一瞬の硬直時間の間に懐へ潜り込む。


 1発、2発。


腹部目がけて2発の攻撃を当てた事により、重騎士の体力の十分の一程度が削れる。



 もう一撃を狙わず欲張らずに、再び[ゆきみ]は距離をとる。



 「穿鋼撃はあんまり怖くないんだよね。スタン耐性あるし、120%倍率攻撃だからそこまでダメージも大きくないし。」



 再び走り、重騎士へと近付く。重騎士の攻撃を誘発させ、その後の硬直時間を利用して再び削りに行きたいからだ。



 穿鋼撃の攻撃エフェクトが発動する。ご馳走様です。



 穿鋼撃は重騎士の正面方向にしか攻撃が発生しない。横方向へ回避した後に距離を詰めてしまえば攻撃発動後の硬直を含めれば結構な時間の隙が生まれる。



 「勝てそう勝てそう。このままS1、行かせて頂きます。」



 横方向へ回避しながら[ゆきみ]はにやりと笑う。どうやら《重騎士ハルバード》という構成のパワーに任せて上へ上ってきただけの〝当たり〟の対戦相手だったらしい。



 と、思った直後に腹部へめり込むハルバードが視界へと入る。



 重騎士はいつの間にか通常攻撃の薙ぎを発動していた。軽量職である[ゆきみ]は重騎士によって簡単に吹き飛ばされる。



 [ゆきみ]は残り半分程まで減少した己の体力を見て呆然とする。


 

 「えっ、何で?だって穿鋼撃を……。そうか!エフェクトが出た直後に穿鋼撃をキャンセル、そのまま穿鋼撃用に用意されていた攻撃動作を流用して通常攻撃を放ったのか!!それなら攻撃は間に合うよね!!」



 尻餅をつきつつ[ゆきみ]は思考する。



 馬鹿の一つ覚えのように放ってきた2発目の穿鋼撃は[ゆきみ]を騙す為の目の前に釣られた餌だったのだ。



 「エフェクトだけ出して釣って動作流用でカウンターって……。上手い……。」



 [ゆきみ]は後ろ方向へ飛んで距離を取り、再度の仕切り直しを図る。


 が、次の瞬間己の頭、その正面へハルバードの切っ先が迫っている事に気付く。



 「うぇ!?投擲!!!?」



 対戦相手は[ゆきみ]が再び距離を取ろうとしている事を察知した瞬間、ハルバードを[ゆきみ]目がけて投げていた。



 本来己の持ち武器を投げる通常技である投擲は再度武器を拾うまで丸腰の状態が続く為、多くの場合後一撃かすればという詰め、もしくはヤケクソの一投にしか使われない。


 が、《盗賊マンゴーシュ》構成を相手にした場合だと話が変わる。



 盗賊はその機動力と引き換えに比較的体力が低い職業となる。



 対して重騎士は機動力を犠牲にして一撃の攻撃力を得た職。



 実は《盗賊マンゴーシュ》構成と《重騎士ハルバード》構成の対面の場合、盗賊の体力は重騎士の通常攻撃+投擲+格闘通常攻撃2発によってぴったり削りきられてしまうのである。



 重騎士は投擲直後に走り出している。



 〝格闘通常攻撃〟とは武器を持たない素手の状態での通常攻撃である。当然武器持ちの状態より攻撃力は下がる。



 不意打ちを食らった[ゆきみ]は怯んで動けない。頭部へ鎧をまとった拳が2発連続で叩き込まれ、体力ゲージが0となる。



 敗北。



 勝者の名前の欄には[志那]の名が記されている。



 「かぁーっ、負けた。あんな戦法があるとは思わなかった。[志那]ねぇ……。」



 [ゆきみ]は敗北に悔しがりつつ、己を下した者の名を見て呟く。


 

 「《盗賊マンゴーシュ》、辞めようかなぁ。」




 * * *



 「よし!よし!《盗賊マンゴーシュ》構成相手に勝てた!!やっぱりこのコンボ強いんじゃないか……?」



 志那は先ほどの戦闘を思い出しながら呟く。志那はこの通常攻撃+投擲+格闘通常攻撃+格闘通常攻撃という一連の流れを『対盗マンコンボ』という己の付けた略称で呼んでいた。


 

 階級が上がるにつれ、スタン構成をメタった《盗賊マンゴーシュ》に頭を悩まされ続けた志那が独力で編み出したコンボ。



 しかしこの時、同時刻帯にあるプロチームの中でこれと全く同じコンボが秘密裏に編み出され、研究される事となる。


 このコンボが編み出された事によって夏季全国大会にて《盗賊マンゴーシュ》構成はその圧倒的な初見殺しコンボによって本来メタ対象であった筈の《重騎士ハルバード》に蹂躙される事となる。



 コンボの発案者はあるプロ選手であるとして大衆へ認知されていく事となるが、ほぼ同タイミングに〝エルオンを初めて1週間〟のプレイヤーがこれと全く同じ物を発案していた事を知る者は後のエルオン界隈においても少ない。



 * * *


 

 何時間経ったか覚えていない。


 

 一瞬、視界がぼやける。剣を持ちこちらへ迫ってくる人間が目に見える。



 全身には疲労感が巡っている筈なのに、何故か頭がものすごく冴えている。



 両手に握ったこのハルバードの切っ先ですら神経が通っているかのような全能感が志那の身を包む。



 相手の剣が到達するその瞬間に左手に握っていた盾を突き出す。パリィが発動する。



 普段なら全く出来る気がしないパリィですら、今なら何度だって出来る気がした。


 


 そうしたらここに置いたハルバードで薙げば良い。これで勝ち。




 あぁ、疲れた。


 



 日曜昼14時27分、佐藤志那、S1級到達。


 直後に全国大会出場出場を表明。

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