表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

悪役令嬢に転生したら、プレゼン力高すぎな王子に捕まりました

悪役令嬢に転生したら、プレゼン力高すぎな王子に捕まりました

作者: 彪雅にこ

「なんで、こんなことになってるのよ…」

 私、大城菜々香(おおしろななか)改め、イライザ・リー・ウォーノックは机に突っ伏して頭を抱えた。



 ここは、乙女ゲーム『ラブ・ソニック~愛は魔法とともに~』の世界。そう、私は噂の異世界転生というやつをしてしまったらしい。

 転生前の記憶を取り戻したのは、ほんの数分前。

 薔薇が咲き誇る庭園をバックに、私イライザの婚約者リアムと、このゲームのヒロイン、アンジーが笑い合う姿を教室の窓から目撃した瞬間だった。

「あ、このスチル、見たことあるな」

 思わず声が漏れた。ものすごい既視感と同時に、怒涛のように流れ込んできた記憶。

 そして、ガラスに映る自分の顔にも、ものすごい見覚えがあった。これ、イライザだ。

 ん?イライザって、あれじゃん。え、待って。待って待って待って。私、悪役令嬢になってるわ!


 『ラブ・ソニック~愛は魔法とともに~』通称ラブソニは、魔法が存在する国カンパニュラ王国を舞台に、平民だけど使い手が希少な高等魔法である白魔法が使えるヒロイン、アンジー・オブ・オートンが、貴族だらけの魔法学校で恋も勉強も頑張るという、ものすごくよくあるパターンの乙女ゲームだ。

 そんな使い古された設定のこのゲームを、転生前ただのしがない社畜OLだった私が、スキマ時間を見つけてはコツコツやり込んでいたのは、ひとえに攻略対象のキャラクターたちのビジュアルが鬼のように好みだったから。疲弊した心に、好みど真ん中のイケメンのラブなセリフは刺さりますよ、そりゃ。忙しすぎて彼氏がほしいと思う気力すら湧かなかった私の心を癒してくれていた、ありがたいゲームだ。


 私が転生したイライザ・リー・ウォーノックは、ヒロインであるアンジー・オブ・オートンをいじめ倒す悪役令嬢の()()。そう、このゲームには、攻略対象ごとにお邪魔キャラがいて、悪役令嬢も私を含め数人いる。

 イライザはその中でも、家柄的にも見た目的にも群を抜いて目立つキャラで、腰まで伸びたつやつやブロンドを綺麗にカールさせ、メイクもいつもバッチリの公爵令嬢。完璧な美貌を持ちながら、それに胡坐をかくこともなく、いつでも爪の先までぴっかぴかの隙のなさ。もちろん所作だって文句なしに美しかった。


 正直私は、純朴さがウリのヒロインより、イライザの方が好きだった。だって、自分を磨くのって本当に大変で、ものすごく根気と努力がいる。いつでも隙のない綺麗な姿を見せることが、どんなに大変か。

 仕事で疲れて帰ってきて、メイク落とすのもやっと。だけど、そんな裏側を感じさせたらアウト。

 なぜなら、人は見た目で判断されるから。”人は見た目じゃない”なんていうのは紛れもない綺麗事だと身に染みてわかっていたOLの私は、どんなに疲れていても最低限、服装やメイクには気を配っていた。

 だって、そうしていないと仕事もうまく進まない。疲れた顔した野暮ったい女の言うことなんて、誰も聞いてはくれないもの。

 

 実は高校の途中まで、私は自分の見た目にそれほど頓着していなかった。それよりも大切なことがあるって思っていたし、中身を磨くことの方が大事だと思ってたんだ。でも、それは違ってた。ううん、違っていたというか、そんな綺麗事だけじゃダメだった。

 制服を着崩すことなくきっちりと着込み、髪も無難にまとめただけの私は、入学早々見た目の真面目そうな印象だけで、クラス委員に選ばれてしまった。選ばれてしまったからには仕方ないと、委員の仕事に尽力したけど、話を聞いてもらうのも、文化祭やら体育祭やらでクラスの人たちに協力してもらうのも、とにかく大変だったのを覚えている。


 突然状況が変わったのは、二年生の文化祭の時だった。

 一年生の時と同じく、見た目でクラス委員を押しつけられていた私は、クラスの出し物のメイドカフェの準備に走り回り、疲弊していた。やりたいことを各々好き勝手言うだけで、協力はしてくれないクラスメイトたちの分まで仕事を背負う羽目になっていたからだ。でも当日、たまたまメイクの得意な女の子から化粧を施された。メイド服を着て、髪型も可愛くアレンジされた私を見て、突然周囲の反応ががらりと変わった。

「大城さん、それ、俺が運んどくよ」

「炭酸水が足りなくなりそうだから、俺買ってこようか?」

「休憩行ってきなよ。代わりに私いるからさ」

「ねぇねぇ、大城さんも打ち上げ一緒に行こうよ!」

 文化祭前にはまったく協力的でなかったクラスメイトたちが、男女問わず…いや、男の比率の方が高かったけど、明らかに協力的になった。その反応を見て私は悟ったんだ。”人は見た目だ”ということを。


 その日から私は、内面だけじゃなく、外見を磨く努力も始めた。そうしたら、色々なことが変わりだした。今までと同じことを言っても、やっても、周囲の反応が違う。話を聞いてくれるし、協力してくれる。でも、それってきっと当然のことなんだと思う。誰だって、同じような条件の人が二人いたら、外見が好ましい方を選ぶ。私はこの体験を通して、それを知ったんだ。


 ――そんなわけで、外見を綺麗に取り繕うことの大切さを嫌というほどわかっていた私は、「お化粧なんてしたことなくて…」なんて、平気で言ってのけるヒロインにはどこまでも共感できなかった。いや、そういう設定のキャラだから仕方ないんでしょうけども。そんなんで愛される奴、現実世界にはいないからな!どこにもな!攻略対象たちがこんなにイケメンじゃなかったら、絶対にやんないぞ、こんな女がヒロインのテンプレゲームなんて!と毒を吐きつつ、めちゃくちゃ課金してたんだよね…。だって、好みのイケメンにスマホでいつでも会えるなんて、最高じゃない…?ほんの少しでも、心に潤いが欲しかったんだよ…。


 まあ、課金(それ)はおいといて…。

 そもそも私は自分を磨く努力をしたこともないような奴が嫌いだったし、やってみてもいないくせに「どうせ私が頑張ったところで…」なんて言う奴も嫌いだった。

 努力するのが面倒で逃げてるだけだろ、それ。頑張ったらどんな奴でもそれなりに見られるようになるし、何よりちゃんと見た目に気を配ってることは周囲に伝わる。そういう努力ができない奴は、大抵仕事でも甘いこと言いやがるし、責任逃れしようとするから本当にウザい。

「大城さんはいいよね。綺麗で、ちやほやされてて、契約も取れるもんね」

「顔で契約取ってるんでしょ?それとも身体使っちゃってたり?」

 そんな妬みを何度耳にしたことか。

 綺麗?当たり前じゃん。仕事がうまくいくように必死で綺麗にしてるんだから。仕事も美容も、お前の数万倍努力してるわ。身体使うとか、本気で言ってんのか?そんな安売りするくらいなら、寝る間も惜しんで仕事するわ。限界まで頑張ったこともないくせに、人を妬むな。寝言は寝て言え。

 ああ、社畜OLだった頃の私の愚痴が止まらなくなってきた…。


 とにもかくにも、そんな毒溜め込みまくりの社畜OLだった私が、何の因果か乙女ゲームの世界に転生し、ついさっき、転生前の記憶を取り戻したのだ。


 ──あれ、転生って私、向こうの世界で死んだのかな?どうやって?その辺りがよく思い出せないけど…。それに、私はイライザとしてこの世界でずっと生きてきたんだっけ?ゲームのエピソード的なものや登場人物は思い出せるけど、実際にイライザとして18年間生きてきた実感も記憶もないかも…。これって夢?それにしてはいろいろリアルすぎるし…。

「なんで、こんなことになってるのよ…」

 こうして、机に突っ伏して頭を抱える私ができあがったわけである。



「イライザ様!そろそろお昼休みが終わりますわよ」

 モヤモヤと考え込んでいた私を、誰かが呼んだ。はっとして顔を上げると、悪役令嬢の一人、メリッサ・オラ・ハリソンが、隣の席から心配顔でこちらを見ている。

「あ!メリッサ!」

「ええ、そうですけど…。――イライザ様、どうかされました?具合でも悪いのですか?」

 いつものイライザと明らかに様子が違ったのだろう、メリッサが訝しげな顔で私を見た。いけない、イライザらしく振る舞わないと。こんな時イライザなら――。

「いいえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていたもので、失礼いたしました。さあ、メリッサ様、次の授業の準備をいたしましょう」

 私はゲームの中のイライザを思い出しながら、しゃんと背筋を伸ばして優美な笑顔を浮かべてみせた。

「ええ、そうですわね」

 メリッサはいつも通りに戻った(?)イライザの様子を見て安心したのか、自分も次の授業の準備を始めた。よかった、イライザらしくできてたみたい。伊達に何年も社畜OLとして空気を読み続けてきたわけじゃない。培ってきた上司や取引先が求める姿を読み取って擬態するスキルは、ここでもかなり役に立ちそうだ。


 さてと、この隙に状況を整理しなければ。

 私イライザの婚約者は、侯爵位を持つ騎士団長の息子、リアム・アーサー・クロフトン。

 クロフトン侯爵家はイライザの公爵家より格下ではあるものの、騎士団との繋がりを強固にしたかったウォーノック公爵家と、公爵家との繋がりがほしいクロフトン侯爵家との間で利害が一致して決められた縁談だった、という設定のはず。そして、あの庭園のスチルがあったということは、アンジーはリアムルートに入ったということになる。

 うん、リアムもいいよね。黒髪の寡黙なイケメン、好きよ。言葉が少ないながら情熱的で、落ち着いた硬派な感じでしゃべってるのに、そこはかとなくセクシーさが滲む声優さんの低い声で真っ直ぐな愛を囁かれるのは、たまらなかったなー、じゃなくて!リアムとアンジーがうまくいけば、私は婚約破棄されて、ええと、どうなるんだったか…。


 記憶の糸を手繰り寄せながら、さりげなく教室の様子を見回す。ゲームで見たことのある数人の生徒以外は、見覚えがない。あとの生徒はモブというやつだろうか。

 メリッサといい、校内のことといい、やはりゲームで見たことしかわからない。ということは、転生してきたのは、さっきスチルになっていたシーンを見た直前、もしくはその瞬間ということなのだろうか?突然18歳のイライザに転生?どうしてそんなことになっているんだろう?そもそも私、本当に現実世界で死んだの?


 わからないことが多すぎて混乱する。でも、まずはこの後イライザがどうなるのかを思い出さなくては。

 確かリアムルートでは、アンジーに思いを寄せたリアムは、イライザに婚約破棄を申し込む。もちろん、イライザがそんな申し出を素直に受け入れるはずもなく、婚約破棄を拒んでアンジーに山ほど嫌がらせをする。

 そうだ、嫌がらせの度が過ぎて、アンジーを塔から突き落とそうとして…それがバレて、断罪されたんだ!そして婚約破棄からの修道院送りというお決まりコース…。

 ──とりあえず、処刑とかじゃなくて良かった!


 でも、普通に考えて、婚約者がいる身の上で他の人と仲良くなって、好きになっちゃったから婚約破棄してって、酷い話だよね。ゲームではウキウキ攻略させていただいちゃってたけど、婚約者がいる男の人に言い寄るヒロインも、現実世界だったら絶対なしだな。

 まぁ、もともとリアムとイライザの婚約は家同士が決めた政略的なものなわけだし、アンジーに惹かれた時点で誠実に対応してるだけリアムはマシか?よくある衆人環視のもとで盛大に婚約破棄してざまぁ、とかじゃないし、ゲームの割には、このシナリオはかなり常識的な方だといえる?


 ぐるぐると考えを巡らせながら、横にいるメリッサを密かに習い授業の準備を進めていると、目の前の席にキラキラした人物が座った。落ち着いたダークブロンドの髪と、グリーンがかったアッシュの瞳。すっと伸びた背筋に品格が漂う。

 わ!これ、第一王子パトリックだ!

 大城菜々香だった頃の私の一番の推し。好きすぎてものすごく課金したよー!?パトリックが目の前にいるなんて嘘みたい。しかも、なんかすごい良い匂いする…。ゲームでは味わえない推しの香りまで堪能できるとは、転生万歳!


 パトリックの後ろ姿に釘付けになっていると、熱すぎる視線を感じたのか、不意にパトリックが振り向いた。背後に花を目一杯散らしたくなる、なんとも麗しい笑顔。ああ…眼福…。

「イライザ嬢、今日の放課後にある生徒会の運営会議、議題をいくつか追加したいんだけど、いいかな?」

 そうだ、イライザもパトリックも、そしてアンジーとリアムも、みんな生徒会メンバーだった。しかしパトリック、やっぱ声もいい!優しくて甘くて、本当推せる!一生推します!

「ええ、もちろんですわ。パトリック様」

 心の声はおくびにも出さず、私はにっこりと微笑んだ。公爵令嬢らしく品のある笑みを心掛けて。違和感なくできていたようで、パトリックも優美な笑みを返してくれた。

「ありがとう。それじゃあ、また放課後に」

 教室に教師が入ってきたのに気づき、パトリックは手短に告げると、また前を向いて教科書を広げた。

 最後の麗しい流し目、最高だった…。

 私は感無量で天を仰ぎ、推しの尊さを噛みしめた。


 授業は魔法学とのことだったが、教科書を読んでなんとか概要は掴めた。

 ゲームの世界では、こんなことになってたんだー、という新たな発見が楽しくて、しかも魔法などというこれまでの世界ではあり得ないことを学べて、ワクワクした。これだけ授業内容もしっかりしているなら、いよいよ夢ではなさそうだ。


 イライザは、確か成績も優秀だったんだよなぁ。攻略対象やアンジーたちと、いつも上位を争っていたはず。

 ──かく言う私も、勉強は苦手じゃなかった。幸い記憶力は良い方だし、要領も良かったから、それなりに名の通った大学を出て、ちゃんと大手企業に就職した。まぁ、大手とはいえ、配属されたのはかなりブラックな部署だったけど。

 そんなわけで座学は心配なさそうだけど、果たして実技はどうなんだろう?ゲームでは、イライザの実技はアンジーやパトリックほどじゃなかったけど、次席レベルくらいではあったような気がするな。後で実技、試してみないと。


 今日の実技の授業は午前に終わっていたらしく、午後は魔法学やら魔法史やら国史やらの座学の授業が3コマだった。最後の授業を終えて机の上を片付けていると、パトリックが振り返って言った。

「イライザ嬢、一緒に生徒会室に行こうか」

「はい。パトリック様」

 パトリックと歩けるなんて、光栄の極みです!と小躍りしたい気持ちをぐっと抑え、楚々として教室を出る。ちょうど同じタイミングで、目の前に隣の教室から仲良く出てきたリアムとアンジーが現れた。そっか、二人は同じクラスだったんだよね。貴族の慣習に慣れなくて困っていたアンジーに、正義感の強いリアムが手を差し伸べたことから、二人の距離は縮まっていく。真面目なリアムは、最初自分の気持ちに気づかないふりをしようとするけど、どうしても惹かれていく気持ちを止められなくて、自分の気持ちを認めるしかなくなるんだ。さっきのスチルがあったってことは、リアムはもうとっくに、自分の気持ちを認めているはず。


 話に夢中で、こちらには気づかず前を歩いて行く姿を、冷静に見つめる。

 リアムはあまり笑わない硬派なキャラで、初めて笑ってくれた時にはかなりときめいた。アンジーに心を開いてからは、アンジーの前だけでは柔らかな表情を見せるようになるんだよね。それこそさっきのスチルみたいに。

 リアムも好きなキャラだったし、今の私の立場はリアムの婚約者なんだけど、イライザになったばかりの私には、どうしても嫉妬する気がおきない。――そうだ、このまま二人がうまくいくのを見守って、素直に婚約破棄の申し出を受け入れれば、断罪される心配もないはずだよね。そしたら、修道院送りになることもない。よし、このままのスタンスでいこう!


 私が心の中でそんなことを考えているなんて思いもしないであろうパトリックが、心配そうに問いかけてきた。

「イライザ嬢、大丈夫か?」

「え?大丈夫、と言いますと…?あ、はい。ええ、大丈夫ですわ」

 そうか、婚約者が他の子と仲良くしているのに、何も思わないっていうのもおかしいよね。私は慌てて、悲し気に目を伏せた。わざとらしくなっていないことを祈ろう…。

「リアム様を、信じておりますから」

「リアムは優しいから、いつも肩身が狭そうにしているアンジー嬢を心配しているんだろう」

「ええ、そうだと思います」

 ううん、そうじゃないよー。リアムはアンジーが好きなんだよー。とは言えないので、ここはとりあえず、健気な婚約者キャラでいくことにしよう。

「イライザ嬢は優しいな」

 パトリックは優しく目を細め、私の頭をポンポン、と撫でた。


 ――え!?今パトリック、頭ポンポンした!?きゃー、ちょっと!ラブソニにそんなシーンあった?待って、鼻血出そう。落ち着け、私、落ち着け。

 真っ赤になりながら、大きく深呼吸する。

「お、お優しいのはパトリック様の方ですわ。お気遣いいただき、ありがとうございます」

 ギリギリでなんとかイライザを保てた。推しの頭ポンポンの破壊力よ…。

 こんなのこれまでの世界ではされたことないよ。遙か昔にいた彼氏だって、頭ポンポンなんてしてくれたことなかったし。──あれ?ないよ…ね?なんか、誰かにされたような気がしなくもないけど…。小さい頃の記憶かな…?

 考え込みながら歩いているうちに、生徒会室に着く。前を歩いていた二人が、ドアを開けようとしてふとこちらに気づいた。


「あ、パトリック様、イライザ様。ごきげんよう」

 アンジーが焦った様子でリアムの後ろに下がる。リアムも慌てて姿勢を正し、こちらに挨拶した。学園では身分の差は関係なく、すべての生徒は平等、という方針のため、パトリックを殿下呼びこそしないけど、学園を出ればパトリックに仕えているリアムは、主君への態度を崩さない。

「パトリック様、後ろにいらしたとは気がつかず、大変失礼いたしました。イライザも、ごきげんよう」

「うん、リアムもアンジー嬢もごきげんよう」

「リアム様、イライザ様、ごきげんよう」

 パトリックが完璧なまでの美しい笑顔を見せる。綺麗すぎて、ちょっと凄みを感じたのは、きっと私だけじゃないと思う。リアムが少し顔を引きつらせて、ドアを開けパトリックが部屋に入るのを待つ。

「リアム、誠意ある対応をしようね」

 リアムの前を通る瞬間、パトリックが小声で苦言を呈したのが聞こえて、私は驚いた。パトリック、そんなこと言うキャラだったっけ?

「はい、パトリック様」

 リアムが硬い表情で頭を下げた。


 ちょっと意外なパトリックの一面に驚きながらも、パトリックとリアムに続き生徒会室に入る。私の後ろには、青い顔をして俯いたアンジー。別にいじめないから、そんなに怖がらなくてもいいのに、と思いながらも、その化粧っ気のない顔をちらりと盗み見る。

 さすがヒロイン、肌綺麗だなー。唇ぷるぷるだぁ。目も大きくて潤んでて、お人形さんみたいに可愛い。ポテンシャルの高さを感じる。でも、眉はもうちょっと整えるべきじゃない?あと、髪飾りが幼な過ぎる。18歳だぞ、年齢設定。運営的には、そういうところに悪役令嬢たちからいじめられるポイントを盛り込んでいるんだろうか?ユーザーはその辺り変更できないんだから、もうちょっとどうにかしてくれたらいいのになぁ。

 思わず元OLの私がダメ出ししたくなる。いけないいけない。


 お!宰相の息子のクリストファーと、隣国ネメシア王国からの留学生のアラン!

 部屋に入ると、残り二人の攻略対象キャラがいた。わー、やっぱこの二人も超絶イケメンだなー。生徒会には攻略対象キャラがみんな集まってるんだよね。この部屋の絵面、強すぎる…。神々しくて直視が難しいわ。

 うっとりしていると、パトリックに声をかけられた。

「イライザ嬢、どうしたの?ここにどうぞ?」

 自然な仕草で自分の隣の席の椅子を引いてくれる。紳士だなぁ。好き!

「ありがとうございます」

 できるだけ優雅に映るように心掛けて座る。紳士がデフォルトって、乙女ゲーの世界、素敵だわ…。

「じゃあ、さっそく今日の議題に入ろう」

 生徒会長のパトリックの一声で、運営会議が始まった。


 会議では、とにかくパトリックの有能さが際立った。

 もちろん、ゲームの中でも攻略対象キャラたちはみんな絵に描いたようなハイスぺばかりだけど、なんかもう、パトリックは次元が違う。エリートサラリーマンのごとき理路整然としたプレゼンっぷりに、感嘆させられた。


 今までゲームの世界だからまあ、しょうがないよねって思っていた、学園のおかしな仕組みややりにくさみたいなものを次々と指摘しては、改善策を提案する。そうそう、それってやっぱりおかしいよね?そうだったらいいと思ってた!みたいなことばかりで、本当に驚いた。

 他の生徒会メンバーも、

「なるほど、その通りですね」

「さすがパトリック様です」

と舌を巻いている。ゲームで見えなかった裏側でも、こんなに有能だったなんて、私の推しがすごすぎる。こんなエピソードがあるなら、いくらでも課金するから公開してほしかったよー。でも、今それを目の当たりにできてるんだからいいのか。


「では早速、僕から学園長に新しい課外活動計画を提案してみよう」

 これまで、この学園では教師に認められた学生以外は課外活動を行うことができない、という設定だったらしい。ゲームでも攻略対象たちが行っている課外活動にアンジーが招待されて、他の令嬢たちからやっかまれるってエピソードがあったけど、そういうことだったのか。結構やりこんでたのに、気づかなかった。課外活動で起こるイベントもあったから、もっと自由なものだと思っていたのに、そんな制約があったなんて。

 でも、今回パトリックが、それでは学生の可能性が狭まってしまうのでは?と議題に挙げたのだ。

 学生が企画書を作って生徒会に提出し、生徒会が許可すれば課外活動を行えるようにする、という案を学園長に掛け合うことが承認され、パトリックが優美な笑みを浮かべる。


 もしもこれが夢とかじゃなくて、これからもこのラブソニの世界で生きていかなきゃいけないんだったら、ここでこうした諸々のやりにくさが改善されるのは本当にありがたい。

 パトリック、さすが私の最推し。鮮やかなプレゼンの手腕!もうどこまでもついていきます!


 ──○○部長みたいだな。

 ふと、何かを思い出しかける。

 ん?○○部長?そうだ、転生前、上司に今のパトリックみたいな部長がいた気がする。名前と顔が、もう少しで思い出せそうなのに、そのもう少しが遠い。喉元まで出かかったその名前に心の中で一人やきもきしているうちに、会議は終わった。


 帰り支度をしていると、リアムに声を掛けられる。

「イライザ、話があるんだ。一緒に帰ることはできるだろうか」

 真剣な眼差し。これは、婚約破棄を切り出そうとしてるな、とすぐにわかった。それにしても、ゲームより展開が早い。あのスチルがあったその日に婚約破棄を切り出したりはしていなかったはず。さっきのパトリックの苦言がもう効果を表したのだろうか。

「ええ。ご一緒いたします」

 もちろん婚約破棄にゴネる気はない。さっさとアンジーと幸せになれるようにしてあげよう。そうすれば、私の断罪ルートも消えるはず。



「イライザ、本当にすまない。婚約を破棄させてほしい」

 私とリアムを乗せた馬車が走り出すなり、リアムが切り出した。

 申し訳なさそうな顔もいいな。ストレートな物言いも、いかにも真っ直ぐな騎士様って感じで好感度高い。

「承知いたしました、リアム様」

 あっさりと承諾した私の顔を、リアムが驚いた顔で見つめた。

「──いいのか?」

 もちろん!と笑って答えるわけにもいかないので、少し悲し気な笑顔を作る。

「もとより、家同士が決めた婚約です。リアム様には、他に思い人がいらっしゃるのでしょう?それならば、私は身を引くまで。そのかわり、両家への説明や、諸々の手続きはお願いしたく存じます。よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。君には、本当に申し訳ないことをしたと思っている」

「そんなに謝られては、私も立つ瀬がございませんわ。これからは、友人の一人としてよろしくお願いいたします。色々、大変でしょうけれど、アンジーさんの支えになって差し上げてください」

「やはり、俺のアンジーへの思いに、気づいていたのだな…」

 ええまあ、全ルートコンプリートしてるんで、と言いたい気持ちに蓋をして、そっと頷く。

 イライザという最大の障害がなくなれば、後はアンジーが頑張って白魔法の力で皆を納得させて身分差を乗り越え、リアムとハッピーエンドを迎えられるはずだ。


 イライザ――私は、断罪は免れるけど、婚約破棄されたら家族から冷たくされるんだろうか。ふと不安が過る。イライザの家族については、ゲームでは特に触れられていない。でも、会ったこともない家族のことを今考えても仕方ないだろう。これからどうにかしていくしかない。世間からも婚約破棄された事故物件扱いの令嬢になるわけで、普通の結婚はもう難しいんだろうけど、きっと修道院に収容されるよりはずっといいはず。何とか結婚以外の道を見つけなくては。

「リアム様、幸せになってくださいね」

 私は不安な気持ちから目を逸らして、リアムに向かって微笑んだ。


 馬車が止まり、従者が扉を開ける。あ、イライザの住んでる邸宅だな、ここ。ゲームでちらっと見たことがある。さすが公爵家、ものすごく立派だ。まるでお城みたい。

 リアムが先に馬車を降りて、私に手を伸ばす。私もリアムの手を取り、馬車を降りた。

「イライザ、こんなこと、俺が言えた義理じゃないが…。君の幸せを心から願っている」

 騎士らしい、真っ直ぐな視線。最後までちゃんと接してくれるなんて、さすが攻略対象だ。

「ありがとうございます。リアム様も、アンジーさんとお二人で障害を乗り越えてください。お二人の幸せをお祈りしております」

「ああ、ありがとう」

 リアムが再び馬車に乗り込む。私はお辞儀をして、馬車を見送った。


 よし、これで修道院は回避したはずだし、これからどうしようかな。

 思いの外すんなりと断罪ルートが回避できて、少しだけ軽くなった心でくるりと踵を返し、(やしき)に入ろうとすると、リアムとは別の馬車がやってくるのが見えた。

 あれは…王家の紋章じゃん!ってことは、パトリック!?

 王家の紋章を掲げた馬車が、私の目の前で止まる。降りてきたのは、予想違わずパトリックだ。思わずその神々しさにうっとりと見とれてしまったけど、はっとして慌ててお辞儀をした。

「パトリック様、いかがなさいましたか?」

「突然の訪問、失礼する。イライザ嬢、少し話したいことがあるんだが、時間をもらえないかな?」

「え、ええ。もちろんでございます」

 話?何の?戸惑いながらも屋敷の中へ案内しようとすると、パトリックが引き留めた。

「できれば、他の者には話が聞こえない方がいい。あちらの庭園でもいいかい?」

 パトリックは、美しく整えられた庭園の奥に見えるガゼボを指さした。


 えぇ?これ、どんな展開?パトリックのルートでイライザとの接点なんて、生徒会以外では覚えがない。パトリックルートなら別の障害があったから、イライザはほとんど登場しなかったはず。

 それなのに、パトリックからイライザに人に聞かれたくない話が?シナリオとはまったく違う展開だ。何が起こるのかわからなくて、すごく怖い。でも、王子の誘いなんて、断れるはずないよね…?

「承知いたしました。それでは、あちらにお茶を用意させますわ」

 なんとか動揺を抑え込みながら、私は微笑んだ。


 二人してガゼボに設えられた籐の椅子に座る。お茶を用意してくれたメイドさんたちが下がるなり、パトリックが口を開いた。

「急に訪問して、驚かせてしまい申し訳ない。──単刀直入に聞くが……君は大城だよな?」

「はい。──えっ!?」

「大城菜々香だよな?」

「え?パトリック様が、なぜその名前を…?」

「俺、沢渡凌汰(さわたりりょうた)

「さわたりりょうた?…沢渡…沢渡部長!?」


 そうだ、沢渡部長!あのプレゼン力は、沢渡部長だ!

 さっき生徒会室で感じたモヤモヤが、一瞬にして晴れる。


 沢渡部長は、転生前、私の上司だった人だ。うちの会社史上、最年少で部長に昇進した、誰もが認めるエリート。徹底して妥協を許さない姿勢には苦しめられもしたけど、尊敬もしていた。仕事がめちゃくちゃできるうえにかなりのイケメンなんだけど、厳しすぎて女子社員たちからはあくまで鑑賞対象って感じだったな。あ、それでもやっぱり、どこかの部署の子が果敢に挑んでは玉砕したって噂はちょくちょく聞いてたけど。


「まさか、パトリックが沢渡部長だったなんて…。でも、どうして沢渡部長までがこの世界に?」

 転生してきたのは、私だけじゃなかったんだ。だけど、どうして私と沢渡部長なのかがわからない。何かつながりになるようなこと、あったっけ?

「大城は、覚えていないのか?ここに来る前のこと」

「はい…。私、転生前に何があったのか、どうしても思い出せなくて…。私たち、死んじゃったんでしょうか?」

 沢渡部長、いや、今はパトリックか。パトリックが重苦しい表情で溜息をつく。うーん、いちいち絵になるな。真面目な話をしているのに、どんな表情もあまりに麗しくて、気が逸れちゃうよ。

 少し迷うような素振りを見せていたパトリックだったけど、意を決したようにこちらを見据え、言った。

「俺たちは一緒に事故に遭った。俺と大城が乗っていたエレベーターが、落ちたんだ」


 ──ぞくっと、背筋が凍った。

 そうだ、エレベーター。

 粉々だったパズルが一気に組みあがっていくように、すべての記憶が蘇っていく――。



 いつものように残業をして、やっと仕事に区切りがついた私は、会社が入っていたビルの高層階からエレベーターに乗った。スマホを取り出し、ラブソニのアプリを開く。ひとつ下の階でエレベーターが止まって、沢渡部長が乗り込んできた。

「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様」

 私は挨拶をして、またすぐスマホに視線を戻そうとした。どうせいつも会話ないし。そしたら、珍しく沢渡部長が話しかけてきたんだ。

「いつも遅くまで残ってるな」

 びくっとスマホから顔を上げた私は、驚いたのをそれ以上悟られないように、できるだけ表情を動かさないように意識しながら沢渡部長を見上げた。

「──残業が多くてすみません。要領が悪いのかもしれませんね、私」

 業務量が多すぎることへの軽い嫌味を込めて、私はそう答えたと思う。思わず口をついて出ちゃった言葉だったけど、我ながら可愛くない物言いだ。失礼な部下でごめんなさい。

 しまった、怒られるかな?とちらりと視線を送ると、沢渡部長は怒るどころか、申し訳なさそうに微笑んで言ったんだ。

「大城はできる奴だから、仕事が集中してしまうんだな。悪い。今度からもっとちゃんと調整する」

 え?今、できる奴って言った?――そう、初めて沢渡部長に褒められて、そのうえ謝られて、すごく驚いた。だから思わずまじまじと部長の顔を見つめてしまって。そしたら、部長がもっと驚くことを言ったんだ。

「この後空いてるか?たまには一緒に、夕飯でもどうだ?」

 私の瞳を覗き込みながら、沢渡部長が頭をポンポンと撫でた。そうだ、頭ポンポンも沢渡部長じゃん!

「は…え…?」

 ぴっくりしすぎて、すぐに言葉が出なくて。唖然とした表情のまま部長を見上げていた。

 そうしたら突然、ガタン!!って、エレベーターが大きく揺れて──。


 すごい勢いで落ちていく箱の中の、あの恐怖。思い出したら恐ろしくて、身体が震え出した。そんな私を、パトリックの沢渡部長が慌てて立ち上がり、抱きしめる。

「大丈夫か?悪かった、思い出させてしまって」

 そうだ、あの時も、浮かび上がる身体を沢渡部長が守るように抱きしめてくれて…。私のこと、庇ってくれてたんだな。でも、そうか、エレベーター事故だったんだ。


「一緒に落ちた、と思った瞬間、ラブソニの世界で俺はパトリックになってた」

 私を抱きしめてくれたまま、沢渡部長があまりにも自然に言うから、そうだったんだ、と思わず流しそうになったけど、いや、ちょっと待って。新しい衝撃に、身体の震えも止まる。

「え?沢渡部長…ラブソニ、なんで知ってたんですか?乙女ゲーですよ、これ」

 がばっと体を引き剥がしながら問い詰める。パトリックの顔が近い。くそ、こんな時でも見とれちゃうくらいイケメンだな!

「大城がやってたから、俺も始めた。ちなみに全ルートコンプリートしてる」

 ん?なんて言った?全ルートコンプ済み?それも相当驚きだけど。

「私がやってたのなんて、どうして知ってるんですか?それに、私がやってたからって、沢渡部長が始める意味がわからない」


 わからないことだらけで、ますます混乱してきた。

 パトリックの沢渡部長…もう、紛らわしいな!ここは一旦、沢渡部長でいいか。その沢渡部長が、私から視線を逸らして言った。

「前に、大城がかなり遅くまで残業してた時、休憩室でラブソニ開いたまま寝落ちてたこと、あっただろ?」

 ――あったかな?あったかもしれない。残業多すぎて覚えてないけど。

「その時、画面が見えて。大城こんなんやってんだ、って思って、俺も始めた」

「だから何で、私がやってるからって沢渡部長が乙女ゲー始めるんですか?って話ですよ」

「大城の、恋愛に関する嗜好が知りたかったから」

 予想の斜め上をいく答えが返ってきて、一瞬思考が停止する。私の恋愛嗜好?そんなものを沢渡部長が知ってどうするっていうの?なんのマーケティング?

 私の表情には、明らかにクエスチョンマークが浮かびまくっていたんだろう。沢渡部長がちょっと怒ったような顔でじっと私の目を見て、言った。

「大城が好きだから、どんな風に迫ったら落とせるか、知りたかったんだよ!」


 青天の霹靂とは、このことだ。盛大に雷に打たれたような、ものすごい衝撃が走る。

 沢渡部長が?私を?えぇ?

「いや…でも、ゲームと現実は違いますよ…?」

 驚きすぎて、言わなきゃいけないことはこんなことじゃないってわかってるけど、的外れなことを言ってしまった。沢渡部長が顔を赤くして反論する。パトリックの顔なのに沢渡部長に見えるって、ホント変なの。しかも照れてるのちょっと可愛いな。


「そんなんわかってるわ!それでも、あまりにも恋愛に興味なさそうな大城に、どうやったら意識してもらえるか、少しでも糸口が欲しかったんだ。それで、ラブソニ始めた。そしたら、イライザがなんか大城ぽくて、ハマったっていうか…」

 最後にはごにょごにょ、声が小さくなっていく。沢渡部長、キャラ崩壊してるよ…。

 こんな人間味溢れる部長、見たことない。いつも厳しくて、無表情なのに。つか、イライザが私っぽい?


「私、イライザと似てます?私誰かをいじめたりしてたつもりはないんですけど…。それに、あんな完璧な美貌は持ち合わせてませんよ」

「ていうか、今、大城がその完璧な美貌のイライザだけどな。──でも、そこじゃない。大城いつも頑張ってただろ。イライザと同じように、気を抜いたとこ、周囲に見せないようにしてたっていうか。あんなに残業ばっかしてたのに、ちゃんと毎日綺麗にして、周りにも気を遣ってて。それも、自分がモテたいとか、そういうんじゃなく、仕事のために。仕事だけにのめり込んでなりふり構わなくなったら、逆に色々円滑に進まなくなる。それ、わかっててやってたよな?俺は、大城のそういうとこ、ずっと見てて、好きになった。そんでそういうとこが、なんかイライザと被った。イライザは公爵令嬢たるもの、って責務からそうしてただろ?アンジーをいじめるにしても、最後の塔から突き落とそうとした以外は、割とまっとうな指摘が多かったし。大城も、いつも毅然として理不尽なこと言う連中に反論してたから」


 ──気づいてた人がいたんだ。私がそうやって、ギリギリの状態で努力してたことに。

 心の琴線に触れる沢渡部長の言葉に、久しくリアルな恋愛から遠ざかっていた私は不覚にも泣きそうになった。何か言ったら泣きそうなことに気づかれてしまいそうで俯いていると、部長が私の両頬に触れ、ぐいっと自分の方に向けた。

「パトリックになった瞬間、俺は庭園にいた。リアムとアンジーも見えたし、窓から覗くイライザも見えた。だから、その表情や態度から、イライザが大城だって、すぐに気づいた。俺はエレベーターが落ちた瞬間のことも、全部覚えてたからな。一緒に落ちた大城が、同じように転生してるのは当然だと思った」


 だから、ずるいよ部長。ただでさえイケメンだったくせに、最推しのパトリックに転生なんて。めちゃくちゃ有能で、怖いけど尊敬できて、そのうえ私のことちゃんと理解してくれててって、どんだけスペック盛るのよ。

「あっちで大城を守れなかったのは悔やまれるけど、正直、俺にとってこの転生はチャンスだと思った。大城、パトリックの顔好きだろ?」

 大好きなパトリックの顔に不敵な笑みを浮かべて、沢渡部長が顔を覗き込む。くそ、わかっててわざとやってる!

「アンジーがリアムルートに入ったなら、パトリックはフリーだ。パトリックルートなら、隣国の皇女と婚約するかもなんて話も出てきて面倒だったけど、幸いリアムだったおかげで、パトリックの婚約話はまだ白紙だ。先に公爵令嬢で優秀なイライザと婚約してしまえば、こっちのもんだ。大城の反応から、リアムに未練はなさそうだったし、早いとこリアムに退場してもらいたくて、ちょっと圧力かけさせてもらった」


 ねぇ、ちょっと。パトリックの顔がどんどん悪い顔になってるから!もう沢渡部長にしか見えないよ!

「予想以上に早く結果が出て驚いたけどな。これで、俺が大城──イライザに迫っても、何の問題もない」

 パトリックの顔がどんどん迫ってくる。もう、近すぎ!ホント近すぎ!両手で胸を押し返すけど、びくともしない。

「というわけで。全力でお前を落とすから、もう諦めて俺にしとけ」

 言うなり、ちゅっとキスされる。

「ちょっ!手が早い!もう!私まだ何も言ってない!」

 突然キスされたのに、嫌じゃない自分が憎い。だって最推しの顔で、こんなに思ってくれてて、なんて、こんなのずる過ぎる!

「俺のやり方知ってんだろ?逃がすかよ」

 するり、と沢渡部長が私の腰に手を回して引き寄せる。

 そうだ、沢渡部長のやり方。周到で、リサーチ能力高くて、そして、ここだ!って攻め時を絶対に逃さない押しの強さとプレゼン力。これはもう逃げられない。檻の中に追い込まれた気分だ。


「さあ、僕のものになって」

 スチルにもあった、パトリックのキラースマイル。甘い瞳に酔いそう。

 ここでこのカード切ってくるなんて、やっぱり沢渡部長には敵わない。

 自分の中で、ことん、と何かが落ちた音が聞こえた気がした。だめだ、降参だ。

 もう一度キスされる。今度はもう、心が、身体が、この人を受け入れてしまう。


 長いキスの後、唇を離した沢渡部長──パトリックが、熱い瞳で見つめ、耳元で囁いた。吐息混じりの甘い声が耳をくすぐる。

「大城、返事は?」

 もう落ちたってわかってるくせに。私は上目遣いでパトリックを睨みつけて、それから溜息とともに答えた。悔しいけど、お手上げだ。認めざるを得ない。

「あなたのものに、なります」

 ゲームの中の、ヒロインのセリフ。


 私の答えを聞いて、ふっとパトリックの表情が緩んだ、と思った瞬間、強く抱きしめられる。

「やっと、手に入れた。異世界で思いを遂げるとは思ってなかったけど、どこにいても大城への気持ちは変わらない。何があっても俺が守るから、この世界で、二人で生きていこう。大城、いや、イライザ嬢」

 異世界転生したうえに、シナリオからも逸脱してるなんて、正直不安は山積みだけど、沢渡部長が一緒なら、どんな問題が起きてもどうにかなりそうな気がするから不思議だ。

「お手柔らかに。これからよろしくお願いいたします。パトリック様」

 私たちは顔を見合わせて、笑った。

お読みくださり、ありがとうございました!

「悪役令嬢に転生したら、プレゼン力高すぎな王子に捕まりました」シリーズは続編5作目まで投稿しております。

https://ncode.syosetu.com/s1185h/

よろしくお願いいたします!


「黄泉がえり陽炎姫は最恐魔王に溺愛される〜黄泉落ちしかけて王太子に婚約破棄されたら、最強すぎる魔王に溺愛されました〜」も大幅加筆し完結しました!

https://ncode.syosetu.com/n2508hv/

イライザとは真逆の正統派ヒロイン、フェリシアのお話です。

こちらも読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ