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9 犬公爵様の思いを知ったときのこと

 その後、レイラたちは負傷者を近くの病院へと運びこんだ。

 幸い、男性の命に別状はなかった。

 アレックスの訓練の仕上げも最後まで行い、厩舎に戻る頃にはだいぶ日が高くなっていた。


「ワンッ」

「ワンワン!」


 それぞれ朝の巡回を終えた他の魔犬たちが戻ってきている。

 多くは噴水の水を飲んでいたが、レイラを見るとこちらを見て嬉しそうな声を上げた。


「レイラ、今日は私の頼みを引き受けてくれて、助かった。礼を言う」

「ギルフォード様」


 魔犬たちが吠える中、レイラはギルフォードに頭を下げられ、あわてる。


「お、お止めになってください。わたしはこんなことは当然と思って承っておりましたので……」

「途中魔物退治もする羽目になったが、アレックスが問題なく撃退できるとわかったので、むしろ好都合だった。訓練の仕上げは成功だ。私も色々と学ぶことがあった。本当にありがとう、レイラ」

「でっ、ですから、わたしは特別なことは何も……」

「いいや。とても大切なことを君に教わった。これからもどうか私の良き『師』であってくれ」

「師!? 師だなんて! めめめ、めっそうもない! わたし、そんな偉い人じゃありません! どうか本当に、お止めになってください!」


 過大な評価をされ、さらに思ってもいない呼び名で呼ばれ、レイラはさらにあわてふためいた。

 しかしギルフォードはレイラを相変わらずそう呼ぶ。


「いやいや。冗談ではないぞ。どんな指南書より、君の言動はテイマーとしての手本になった。謙遜するのは筋違いだ」

「で、ですからわたしはテイマーでは……」

「ふふ。どの口が言う? 見ろ」


 言われて周囲を見渡すと、いつのまにか七頭の魔犬がすべて、レイラの周りに集っていた。

 レイラは目を丸くする。


「はっはっは。こりゃあたしかにギルフォード様の『師』じゃなあ。ここまで御犬様たちになつかれたのは過去どの領主様だったか……」


 そういって近くで芝生を刈っていたパトリックが大きな声で笑う。

 レイラは七色のモフモフに囲まれながら、肩身を狭くしていた。


「あ、あわわ……」


 ギルフォードはそんな光景を前にして笑顔でいたが、ひとつ息を吐くと急に真顔になった。


「レイラは何も悪くない。だが、アレックス、ダン、スノウ、ファング、テール、ルビー、シトラス、本当の主人の目の前で、その態度は何だ?」


 そう言って鋭いまなざしを向ける。

 名を呼ばれた七匹はビクッとして、思わず身構えた。

 ギルフォードは「けしからんな」と一言つぶやくと、一足飛びに魔犬たちの中へと飛び込む。


「きゃあああっ?」


 レイラが悲鳴をあげるのもかまわず、ギルフォードの「お仕置き」がはじまった。


「お前たち、覚悟しろ」

「!?」

「キャワン!」

「キャワワーン!」


 ギルフォードが一頭ずつ魔犬をつかまえ、腹をくすぐったり、首元をわしわしと強くなでまわしはじめる。

 逃げ惑う魔犬や、されるがままの魔犬、撫でまわされすぎて動けなくなる魔犬、などなど。数分後には裏庭は死屍累々の有り様となった。


「ぎ、ギルフォード様? 御犬様たちともっと、心を通わせるのではなかったのですか?」


 レイラがあまりの状況に呆れはてていると、ギルフォードはすました顔で言った。


「テイマーは心を通わせる以前に、使役した魔物や魔獣から舐められてはいけないのだ。ゆえに、たまにはこうする必要がある。……お前たち!」


 もう一度呼びかけると、魔犬たちはそろってギルフォードの方を向き、伏せの姿勢を取った。


「よろしい。それともうひとつ、伝えておくことがある」

「?」


 レイラも、魔犬たちもどんなことが語られるのだろうと固唾を飲む。

 ギルフォードは、近くにいたレイラの手を取ると、一気に自分の身に引き寄せた。


「ひぇっ!?」


 驚くレイラと、魔犬たち。

 しかしギルフォードは構わず言った。


「よいか。このレイラという娘は、お前たちに流れる血の祖先、フェンリルの愛し子だ。ゆえに無条件でひれ伏したくなる気持ちはわかる。だが、それ以前にレイラは私の従者だ! それをゆめゆめ忘れるな!」


 目を丸くする魔犬たち。

 レイラとギルフォードを交互に見比べ、そして、お互いに「なるほど」とうなづき合った。主人の方がやはり上だ、えらいのだ、と。


「レイラ」

「は、はい! ギルフォード様」


 至近距離で見つめられ、レイラはどぎまぎしながら返事をする。

 ギルフォードは、いたって冷静だった。


「魔犬たちの前では私の方が上だと示した。だが、ひとつだけ訂正させてほしい」

「はい?」


 あの黒犬のアレックスにささやいていたように。

 レイラの耳元で、ギルフォードの低い声がつぶやかれる。


「君はやはり私の『師』だ。私にとって、もはや君は魔犬たちと同じくらいなくてはならない存在だ」

「ふぇっ?」


 顔が離れ、いつもの鋭いまなざしで見つめられる。


「だから、魔犬たちばかりに優しくされては困る」

「えっと、あの? それはどういう……」

「つまり、これからはもっと、私とも行動を共にしてほしいということだ」

「ええええっ!?」


 レイラは顔を一気に紅潮させる。


「あくまでも師弟としてだがな。……嫌か?」

「え、あっ。な、なるほど!?」


 一瞬違う意味にとらえてしまい、レイラは恥じた。

 そんなわけないのに。もしかしてギルフォード様がわたしを、なんて。

 レイラは気を取り直して返事をする。


「い、嫌ではないですが……」

「ならば、明日から各地区の巡回に同行してもらいたい」

「えええっ!?」


 レイラは何度目かの大げさなリアクションをした。

 どうして? 今日だけじゃなかったの? 各地区って別の巡回の範囲ってこと? またあの魔物みたいなのが出てきたらどうしよう。ああああ!

 様々な不安が押し寄せてくるが、レイラにはやはり恩ある犬公爵の頼みを断るという選択肢はなかった。


「無理ならばいい。だが私は、今後も君のことを深く知りたいと思っている。私のテイマーとしての能力を高めるためにもな」

「ええと、わたしにそんなことができるかわかりませんが……ぎ、ギルフォード様がお望みであれば」

「本当か!」

「え、あ、はい」

「そうか。それは良かった!」


 そう言ってギルフォードが心底嬉しそうな顔をする。

 レイラはその表情を見て、なぜかまた胸の奥がぎゅっとした。


「?」

「どうした?」

「え、いえ!」

「ふふ。不思議だな。なぜか私も、魔犬たちと同様に、君には無条件に好意を抱きそうになる」

「えっ?」

「これもフェンリルの加護のせいか?」


 今のは、聞き間違いじゃなかっただろうか。

 どことなく、ギルフォードの頬も赤くなっているような気がする。

 レイラは思った。

 自分はフェンリルの、森の主の「愛し子」だった。

 でもそれは、今まであまり自分に幸福をもたらすものではなかった。


 けれど今は。

 こうして幸せな気持ちでいる。「愛し子」だったおかげで、周りに必要とされている。

 七頭の大きな魔犬たちに。犬公爵様に。そして、彼らがいるこの素敵な職場に。

 

「こんなに幸せでいいのかしら」


 レイラは七色のモフモフたちと、ギルフォードの優しいまなざしに見守られ、「いつか彼らにもこの幸福をお返ししたいな」と強く思った。





完 

ここまで読んでくださってありがとうございます。

ブクマ・評価もありがとうございました!


本編の他にあと数話、脇役たち視点でのおまけがあります。

良かったらそちらもご覧くださいませ。

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[良い点] この度は企画にご参加いただきましてありがとうございました。 モフモフに囲まれた素敵なラスト、ハッピーエンド万歳(^o^) 犬公爵さまがなんだか可愛かったです。 素敵な作品をありがとうござ…
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