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8 「訓練の仕上げ」でのこと

 数日後。

 いよいよ、魔犬アレックスの訓練の仕上げの日がやってきた。

 兵士は来ておらず、ギルフォードだけが厩舎を訪れている。


「さて。レイラ、そろそろ答えを聞かせてもらおうか」

「え、ええと……わたしに務まるかわかりませんが、恩あるギルフォード様たってのお願いです。そのお役目、引き受けさせていただきます」


 だらだらと背中に冷や汗が流れる。

 レイラは考えに考えたが、断るという選択肢は選べなかった。

 最悪魔犬が暴走したら、命を捨ててでもくい止めにいく覚悟である。

 

 レイラの答えを聞いて、ギルフォードは大変満足した。


「そうか。ではさっそく行こう」

「えっ?」


 レイラは勝手に自分一人に任されると思っていた。しかし、ギルフォードもついてくると言っている。レイラはあわてた。


「あ、あのあのっ!?」

「ん? なんだ……まさか君、何か大きな勘違いをしていないか? この仕上げの訓練はもともと私の仕事だ。その『代役』を君がこなせるかどうかを見なくてはならないのだから、私も同行するんだぞ」

「そ、そうだったのですか!?」

「ああ。君は『アレックスを監視する役』、私は『アレックスを監視する君を監視する役』をする。つまり、二重の監視体制となるわけだな」


 その発言に、近くにいたパトリックが大笑いしだした。


「はっはははっ。まったくギルフォード様は面白いことをされるのう。レイラ、お前さんがどんな活躍をするのか、わしも楽しみじゃよ」


 そうしてギルフォード、レイラ、魔犬のアレックスは、街外れの地区へと向かった。

 馬車ではたったの十分ほどだが、歩くと片道三十分はかかる。

 その道をアレックスは迷うことなく歩いた。


「あ、ちゃんと歩けてる……わね。わたしは、本当に見ているだけでいいんですか、ギルフォード様!?」


 目の前を歩くアレックスに、おっかなびっくりついていっていたレイラはつい不安をこぼした。

 背後にいたギルフォードはレイラを安心させるように言う。


「ああ、使役の魔法はしっかりかかっている。君はそのままアレックスを見守りつづけてくれ!」


 テイマーは通常、魔犬を捕獲した時点ですぐさま「使役」の魔法をかける。

 そうするとその魔犬は使役者に従順になる。

 しかし、常にその状態が維持されているかを確認しなくてはならないので毎日顔を合わせる必要がった。


 テイマーの力が強ければ、二度とかけ直さなくてよくなるのだが、まだまだギルフォードは未熟なため、ときたま使役の力が弱まることがある。そうなると暴走しやすくなるので、再びかけ直さなければならなかった。


「レイラのことを……自分のテイマーとしての腕も……かもしれないな……」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いや。今のところは順調だぞ」


 なにかつぶやいていたようだが、はぐらかされてしまった。

 レイラはいつまでこの時間が続くのだろうと、緊張で倒れそうになっている。

 端から見れば、魔犬の散歩をしている領主と従者なだけだ。

 しかし、レイラはギルフォードとの会話をまだ数えるほどしかしていない。

 他の従者たちがいない中、失礼なことを急に言ったりやったりしないかと気が気ではなくなっていた。

 レイラはずっと目の前がぐるぐるしている。


「あ、ああ……」


 気が遠くなりかけていると、ふいにアレックスが振り返り、ぺろりと顔をなめてきた。

 そして、心配そうにレイラの顔を見下ろす。


「あ、ありがとうございます。アレックス様」


 お礼を言い、ふわりとその首元の毛をなでると、アレックスは満足そうにワンとひと鳴きした。


「驚いた。アレックスが人前で鳴くとは」


 テイムした魔犬は基本、戦闘時の威嚇でしか鳴かないようにしつけている。

 しかし本当に嬉しい時にはその使役の力を振り切って鳴いてしまうのだと、ギルフォードは父から教わっていた。

 その珍しい光景を見たギルフォードは、はっと何かに気付いた。


「そうか。レイラ、君は魔犬と心を通わせているのだな。だから、フェンリルにも気に入られ、愛し子となり、私の魔犬たちにもなつかれて……」

「ギルフォード様?」


 ギルフォードのひとりごとに、レイラが振り返る。


「いや。私も君のようにアレックスを、テイマーとしてではなくただの飼い主――いや、友として接しないといけないな。そう気付かされたのだ」

「友として、ですか?」

「ああ。今まで私は『テイマーとしての自分』にこだわりすぎていた。能力を上げ、知識をもっと得なければと、先人が残した指南書や魔導書をひも解き、使役アイテムの開発にも力を入れていた……しかしもっと、もっと大事なことを見落としていたようだ。君のように魔犬たちと仲良くなり、心を通い合わせなければならなかったのだ」


 どこか悔いを帯びた声に、レイラは首を振った。


「そんな。ギルフォード様はちゃんと、御犬様たちのことを考えておいでです。あんなに素敵な環境を整えられているじゃないですか。ダン様、スノウ様があんなに楽しく芝生でじゃれ合っていたのを、わたし忘れてません」

「いや、そういった芝生の管理も厩舎のことも、君たち従者にすべて任せている。私は――」

「ギルフォード様」


 レイラは近くにいたアレックスに駆け寄ると、その大きな体に抱きついた。


「ね、見てください。わたしテイマーの力なんてないですけど、こうして抱き着くと、ほら! すごく喜んでくださるんですよ!」


 大きなしっぽをぶんぶん振って、アレックスがレイラに頬ずりをする。

 そして、そっと窺うようにギルフォードの方も見た。


「ギルフォード様もアレックス様にこうしてあげてみてください。きっと喜びます!」


 魔犬たちもきっと喜ぶだろう――。


 以前レイラに向けて言った言葉をギルフォードは思い出す。

 そうか。あのときから、これが答えだと自分でもわかっていたのか。


 そっと手を伸ばし、ギルフォードが魔犬の首元を撫でる。

 すると、アレックスが嬉しそうにワン、とひと鳴きした。


「ははっ。お前の鳴き声を自らこうして聞くことができようとはな……」

「ギルフォード様。アレックス様も、良かったですね!」

「ワン!」


 アレックスがまた嬉しそうに吠える。

 ギルフォードも優しく目を細めていた。

 近隣の住民はそんな犬公爵一行を、なんだなんだと遠巻きに眺めている。


 そんなとき、遠くの方から急に野太い悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃあああああああああ!」


 それは男の悲壮な叫び声だった。

 ギルフォードはすぐさまアレックスに目くばせをする。


「アレックス、伏せ」

「!」


 指示通り伏せたアレックスにレイラは感心する。

 だが突然ギルフォードに横抱きに抱えあげられてしまった。


「きゃあっ、ぎ、ギルフォード様!? 何を……!」

「急ぐ。済まないが共に来てもらう」

「えっ、ええっ!?」


 言うが早いか、ギルフォードは地面を軽く蹴るとひらりとアレックスの背中にまたがった。

 そして、首輪から手綱用のひもを引き出す。

 レイラはギルフォードの前に座らされ、合図とともに走り出したアレックスの振動に目を回した。


「きゃあああっ!」

「舌を噛むぞ。口を閉じていろ!」


 しばらくすると騒ぎが起きたであろう場所に、ものの十五秒ほどで到達した。

 川のほとりでは、水に濡れた魔物が倒れた男性の二の腕にかじりついている。

 ギルフォードとレイラはアレックスから降り、敵と対峙した。


「あれは、大トカゲ……ですか?」

「ああ。どうやら川から侵入してきたらしいな」


 川は商船等の行き来に主に利用されているが、遠くから魔物が流れ着くこともある。

 目の前にいるのは、体長三メートルほどの巨大なトカゲ型の魔物だった。

 鋭い爪と牙が男性の肌にがっちりと食い込んでいる。

 出血がひどく、男性は気を失っているようだった。


「魔物め。私の領民をよくも……。アレックス、攻撃しろ!」

「ガウウウッ!」


 それまで愛くるしい表情をしていたアレックスが、黒い毛並みを逆立てて、猛然とうなりはじめる。

 かと思うと、トカゲのそばまで一足飛びに跳躍した。

 トカゲは男性を放し、一歩下がる。両前足の爪を長く伸ばし、


「ギャアアアオッ!」


 聞くに堪えないおぞましい叫び声を上げながら、そのままアレックスへと飛び掛かった。

 アレックスはトカゲの喉に噛みつき、息の根を止めようとする。トカゲは必死で暴れ、長い爪の前足を周囲に振り回しはじめた。

 ザン、ザンと周囲の草や木の枝が音を立てて断ち斬られていく。

 爪はどうやら離れた場所も破壊する効果があるらしい。


「危ない!!」


 ギルフォードはその攻撃がレイラの方にも飛んできそうになったので、慌てて腰の剣を抜いた。

 うまくはじき返し、振り返るとレイラがしりもちをついている。


「いたた……」

「大丈夫か」

「はい。あ、トカゲとアレックス様は?」


 助け起こされてからアレックスたちの方を見ると、すでに勝敗は決していた。


「あっ、勝ったみたいですね!」

「ああ。アレックス、よくやった!」

「ワン!」


 ギルフォードが近づき、ご褒美にアレックスの首元をわしゃわしゃと撫でまわす。

 そのたびに嬉しそうに吠えるアレックスに、レイラは胸を熱くした。


「ギルフォード様……」

「アレックス、本当によくやった」


 どことなくギルフォードも感慨にひたっているようだ。


「さて。では負傷者の救護をしなくてはな」


 レイラたちはそれぞれ顔を見合わせると負傷者の元へ向かった。

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