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7 魔犬の厩舎でのこと

 魔犬の厩舎の仕事は、普通であれば一日で根を上げてしまうようなものばかりだった。

 猛獣がたくさんいる環境に、過酷な労働量。

 しかし、レイラの場合は違った。


 どんなに魔犬が近づいてきても恐怖を感じない。そればかりか、アレックス以外の魔犬たちにもなつかれて、顔をすり寄せられたりする始末。

 労働量においても、宿屋での仕事の方がはるかにきつかったために難なくこなせていた。


 二人のメイドたちを除けば、ここでの主な厩務員はパトリックとレイラの二人だけだ。

 その点においても、レイラは恵まれていると感じていた。

 なぜならパトリックは宿屋の主たちほどいじわるではなかったからだ。


 以前いた別の厩務員は、魔犬たちの世話はできても、パトリックとうまくいかなかったために辞めてしまったという。

 たしかにパトリックは安全面や衛生面を考慮するあまり、ときおり厳しい口調になる。しかし、それは決して感情に左右されているからではない。まっとうな理由のためだ。だからレイラは素直に聞くことができ、協力して働くことができた。



 厩舎には他にも、城勤めの兵士たちがやってくる。

 朝、昼、夕と三度に分けて魔犬たちを「巡回」に連れて行くためだ。巡回から戻ると、魔犬たちの食事の世話や、小屋の掃除も軽くしていってくれる。

 パトリックの他にも、仕事を分担してくれる存在があるのは、レイラにとってかなりの衝撃だった。


 総合すると、専属厩務員の主な仕事は、


 1、魔犬たちの「水飲み場」である噴水の掃除

 2、エサ皿代わりの岩盤の掃除

 3、裏庭の芝生の管理

 4、小屋の本格的な掃除やメンテナンス


 この四つぐらいとなる。

 それでも、今までこれをうまくこなせる者はパトリックの他にはいなかった。

 パトリックは大いに喜んだ。


「お前さんが来てくれて良かった」


 そう言われて、レイラも嬉しくなった。

 ここに配属されて良かったと心の底から思えた。



 魔犬たちの食事の搬入は、聞いていた通りミミとジャスミンがやっていた。

 しかしレイラは慣れてくると、彼女たちの手伝いもしたいと申し出た。


「え? い、いいですよ! これは私たちの仕事なんで!」

「そうよ。貴女は貴女の仕事だけしてればいいわ」

「いえ。興味があるのでぜひやらさせてください!

「「……」」


 しぶしぶ了解してもらい、レイラは別の場所にある倉庫に連れて行ってもらった。


 魔犬たちの食事は主に魔物と魔獣の肉である。

 警護中に見つけるとそれを自ら食べるが、リバーウォークの街中ではほとんど遭遇することはない。

 そんなとき、補助食として提供されるのが、ギルドの冒険者たちが狩ってきた魔物や魔獣の死体だった。どんなものでも倒してすぐであれば犬公爵の城に運び込まれる。

 その他は、城の地下に無害な低級スライムの培養施設があるので、その一部をくみ上げて給餌するなどだった。



 聞いていた「魔石」の回収も、レイラはすぐにパトリックに教えてもらった。

 魔犬たちが散歩中でいないときに小屋に入る。


「兵士たちが掃除中に見つけることもあるがの、それはたまたまでほとんどは見逃されてしまうんじゃ。いつもあいつらは急いでおるからの。だからわしらが取り逃さんように、こうして毎日確認する。ほれ、わらの中を探れば……あった」


 パトリックが見つけてきた魔石はそれぞれ違った色をしていた。

 黒犬の魔石は黒に、白犬の魔石は白といったように、魔犬たちの毛色によってまるで違うものが出てくる。

 渡されたそれらをよく見てみると、わずかに発光したり、熱を持っていたりした。


「わあ、すごい……!」

「今度はお前さんもやってみな」


 促され、レイラもすべての小屋の中を捜索すると、二つほど見つけることができた。ある程度貯まったら、今度はそれをジャスミンに預けに行く。

 そうして、一週間があっという間に過ぎていった。



 ※ ※ ※



「レイラ、調子はどうだ?」


 七日目の夜。ふらりとギルフォードが厩舎を訪れた。


 パトリックはすでに仕事を上がっており、レイラだけがまだ居残っていた。

 それまでも、毎日公爵は厩舎に来ていた。

 黒犬のアレックスの警護訓練をするためだ。

 朝、昼、夕と、会えばレイラたちとも挨拶を交わしていたが、こうして何の理由もなく訪れるのはレイラがこの城にやってきてから初めてのことだった。


「い、犬公爵様っ」


 レイラが呼びかけると、ギルフォードはくすくすと笑う。


「はははっ。君はもう私の従者だ。その愛称は城の外の者たちが使う呼び名だ。できれば下の名の方で呼んでほしいな」

「も、申し訳ございません。ぎ、ギルフォード様……」

「ああ、それでいい」


 レイラは、魔犬のアレックスを撫でていた手を止め、小屋から出た。


「あの、それで、なにかわたしにご用でしょうか」

「君がどうしているかと気になってな。少し様子を見に来た。なぜまだここにいる? 仕事は六時までだろう?」

「あ、ええと、そのっ、ちょっとだけアレックス様の毛並みを撫でたいなと思いまして……。すみません。お仕事以外で御犬様に触れようなどと、過ぎた真似をいたしました」


 深々と謝罪するレイラに、ギルフォードは首を振る。


「謝らなくていい。危険がないのなら、ときおりこうしてこやつらを可愛がってやってほしい」

「え、良いのですか? ええと……でしたら、はい。これからもそうさせていただきます」

「ああ、魔犬たちもきっと喜ぶだろう」


 パッパッとレイラは作業服についた魔犬の黒い毛を払い、他にどこか乱れたところはないかとさりげなく服装をチェックする。

 この服は普通のメイド服ではなく、地味な色のドレスだった。

 動きやすいように丈も短く、頭には帽子の代わりに三角巾をつけている。

 レイナがそっと前髪を撫でつけていると、それを見たギルフォードが思い出したように言った。


「そういえば、君は本当に『使役の腕輪』をつけなくていいのか? パトリックでさえつけているのに。変な遠慮はしなくていいんだぞ」

「いえ、別に、遠慮をしているわけではありません」

「まったく不思議だな。信じられん。アレックスだけでなく他の魔犬も君を襲わないとは……。あの光景を見たとき、私は自分の目を疑ったぞ」


 心底感心したようにギルフォードがつぶやく。

 厩舎長のパトリックも、メイドであるミミとジャスミンも、それから他の兵士たちも、魔犬と深くかかわる者たちには、あらかじめ公爵お手製の「使役の腕輪」が支給されている。

 それはギルフォードの、テイマーの能力で作られたものだった。

 それを装備していればギルフォードが使役している魔犬たちから襲われることはない。


 しかし、レイラはそれをつけずとも、初日からアレックス以外の魔犬たちとも仲良くなってしまった。彼らが攻撃することはなく、むしろ媚びを売るような仕草までしたのに、ギルフォードは絶句した。


「本当に、君はテイマーではないのか?」

「はい、違います」


 もしかしてテイマーなのでは、と誰もがレイラに対してそう思った。

 しかし、そうでないことはギルフォードが一番よくわかっている。

 同じテイマーであれば、魔力を行使したかどうかはすぐにわかるのだ。

 しかし、レイラはそのそぶりが一切なかった。


「どうして君は、そんなに魔犬になつかれるんだろうな」

「さあ……」

「これでは犬公爵としての面目が立たん。なにゆえ、そんな不思議な力を持っている? そういえば前に、大きな犬を見慣れているとか言ったな? それはいつ頃の話だ?」

「そうですね、あれはたしか……」


 レイラは幼い頃の、おぼろげな記憶をたどる。

 母方の祖父が住んでいた森。そこに住んでいた森の主。その森の主にいたく気に入られて舐められたときのこと。

 それらを話すとギルフォードは興味深そうにうなづいた。


「なるほど。それは、おそらく純血種の魔狼(フェンリル)だな。その加護を君は受けていたのだ。そうか、君はフェンリルの……愛し子だったのか!」

「愛し子?」

「ああ。それならばすべて合点がいく。どうりで魔犬たちの頭が上がらないわけだ。君ははからずしもフェンリルと同じ威厳を、魔犬たちに示していたんだ」

「そう、だったんですか? まったく知りませんでした」

「ああ、素晴らしい。やはり君はすごい!」


 いつもは冷静さを失わない青年が、まるで子どものようにはしゃぎ、目を輝かせている。

 その変わりように、レイラは胸の奥がぎゅっとなった。

 なぜこのお方は、毎回わたしの前でこうもよく微笑まれるのだろうか。今日も急に厩舎に訪れて、自分のことを色々と訊き出してくる。

 レイラは頭が混乱して、言葉に詰まった。


「あ、あのっ、わたし……ほ、本当に何も知らなかったんです。でももし、ギルフォード様がおっしゃるようにフェンリルの愛し子であったのなら……とても嬉しいです」

「そうか」

「あの森の主に愛されていたんだって、わかって……。わたし、犬がもともと好きだったんです。だから、こんなに大きな犬をもう一度触ることができて……。ギルフォード様、本当にありがとうございます。わたし今とっても幸せです!」

「そうか。君がそう感じていてくれて、私も嬉しいよ」


 ギルフォードが微笑む。

 レイラもつられて微笑む。

 もう二度と、こんな表情は作れないと思っていた。でも今の自分はなぜか口角が上がっている。目元も氷のように固まっていない。

 悲惨な境遇で笑えなくなっていたのに、目の前の人物のおかげで年相応の笑みを浮かべられていた。


 もっともっとこの方のために尽くしたい。

 犬公爵様の笑顔が見たい。

 そう思っていると、まるでその思考を読んだかのようにギルフォードがある提案をした。


「そうだ、レイラ。ひとつ頼み事があるんだが」

「な、なんでしょうか」

「嫌だったら断ってくれていい。もう二、三日したらアレックスの訓練が終わるんだが、その仕上げの訓練を、君に任せたいのだ」

「えっ、わたしに? どういうことですか?」

「訓練中はテイマーである私が数メートル後方を、兵士は鎖を持って帯同する。それは万が一にでも魔犬が暴走したときに力づくで抑えるためだ。しかし、訓練終了間際になると、魔犬は鎖無しでも単独で巡回ができるようにならなければいけない。最後の仕上げでは、一頭だけで巡回ができるかどうかの試験をしなくてはならないのだ。その監視人を……」

「わたしにですか」


 無謀すぎる。一般人、しかも「犬好き」というだけの小娘に、そんな大それた任務ができるとは思えなかった。もし暴走しても、レイラはまったく責任を負えない。


「本当に嫌だと思ったら断ってくれていい。だが、私は自らのテイマーとしての力を追求するために、君の力がどういったものなのか、もっと知っておきたいのだ。今度の水曜日にそれを行うつもりだ。どうかそれまでに、決めておいてほしい」

「えっ、あの……ギルフォード様!?」

「ではな」


 ギルフォードは戸惑うレイラを残して館に戻っていった。

 館の煙突から、煙が幾本も立ち上っている。

 そろそろ夕食の時間だ。

 レイラは小屋の中のアレックスをもう一度撫でると、自分も館の裏口に向かった。

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