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番外編 犬公爵家の結婚式

おまけの番外編その5です。

前領主(ギルフォードの父)ガルフォード視点の話。

※今日はおまけの番外編4と5の二話分更新しています。

 リバーウォークの前公爵、ゴルフォード・テイマー・シェパードは、窓から差し込む朝の光で目を覚ました。

 今日は息子、ギルフォードの結婚式だ。

 隣で眠っていた妻、サーシャをそっと揺り起こす。


「朝だよ、サーシャ」

「あら、おはようございます。あなた」


 眠い目をこすりながらサーシャがベッドを抜け出す。

 寝室の隅にはゴルフォード専用の車いすがあった。妻に介助してもらいながらそれに乗り、寝室を出る。

 外には数人のメイドが控えていた。

 夫婦はそれぞれ、別々の部屋へと連れていかれる。


「では今日お召しになるものはこちらでよろしいでしょうか」

「ああ、それで構わないよ」


 八年ぶりに袖を通す儀礼用の軍服。

 前に着たのは戦死した友を見送った時だった。

 膝から下を失った左足にズボンを通してもらう。


 息子のギルフォードが「フェンリルの愛し子であるという娘を雇った」と聞いたときには、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。

 息子は誰の目から見ても明らかに、その娘を気に入っていた。

 表では「自らのテイマーとしての能力を高めるため」と言っていたが、実際は彼女自身に惹かれているのがありありと見て取れた。


 実際息子は、娘と関わることでテイマーとしてのさらなる成長を遂げたようだった。

 先代であるゴルフォード自身も成し得なかった、「魔犬の心の声を聴く」というスキルに目覚め、少ない魔力で魔犬たちを使役できるようになった。


 それで自信がついたのだろうか。

 領主として心に余裕がでてきた息子は、次第に娘に対する己の気持ちを自覚するようになった。

 それからは早かった。

 ほどなくして、ゴルフォードの元に「プロポーズをしました」との報告があった。


「相手は平民だ。貴族は貴族同士でしか婚姻を結べない」


 そう諭したが、それを承知のうえで結婚をしたいのだという。

 シェパード家のためにも、ひいては領民たちのためにもなると力説され、ゴルフォードはとうとう折れた。


 身寄りのない平民をまずは格上げさせなくてはならない。

 ゴルフォードは親戚の下位貴族に一度養子縁組をしてもらい、そこから娘を嫁入りさせることにした。


 レイラ・マスティフは、レイラ・リバー・シェパードと名を変え、さらにギルフォードと結婚することで、レイラ・テイマー・シェパードとなる。


「あなた、準備はできた?」

「ああ。今行くよ」


 着替え部屋に支度を終えた妻がやってきた。

 落ち着いたラベンダー色のドレスに、ティアラなどの宝飾品が美しい。


「今日の君は特別素敵だ、サーシャ」

「あらあら。あなたもですよ、ゴルフォード。さあ、行きましょう」


 メイドの押す車いすに乗り、妻と連れ立って会場へ向かう。

 場所はリバーウォーク内にある由緒正しき教会だ。

 馬車を急がせて到着すると、教会前は驚くべきことになっていた。


「なっ……!」


 広場は、若い領主の結婚を祝う領民たちであふれかえっていた。

 だがそれだけならば、さして珍しい光景でもない。ゴルフォードが目を見張ったのは、その中心に大きな獣がいたからだった。


「フェンリル、か? あれがフェンリルなのか!」


 馬車を降り、赤いじゅうたんの敷かれた道を進む。

 妻と侍従に支えられながら、ゴルフォードは杖をついて進んだ。教会内も周辺も段差が多いため、車いすで入るのは難しいのだ。

 やっと階段を上り終えると、そこに大人しく座り込んでいるフェンリルがいた。


「シェパード家の者か。私は南の森の主。現領主に呼ばれて来た」


 人語で話しかけてくるのに、ゴルフォードはまたも驚いてしまう。

 しかし、すぐに気を取り直し、姿勢を正した。


「よくぞいらしてくださった。私は前領主のゴルフォード・テイマー・シェパードと申す者。今日は息子たちのために、遠路はるばるありがとうございます」

「構わぬ。ところで、このままの大きさだと参列するのはかなり難しいと思うのだが……良ければ人型をとろうか?」

「人型、とは?」


 ゴルフォードが首をかしげている間に、白銀の毛並みのフェンリルは、魔力を練り上げて己の巨体を人の形に圧縮させる。


「おお、そのようなことが……!」

「疲れるからあまりやらぬのだがな。狼の姿で参列するよりはマシであろう」


 その口ぶりから、どうやら様々な姿に変化できるらしい。

 いったい何年生きているのかわからないが、かなり魔力を蓄えた魔狼だと推察できた。


 フェンリルは人型と言っていたが、正確には獣人の姿へと変わっていた。

 長い髪の毛の間からは大きな耳が天に突きだし、白いドレープのドレスの後ろから、長いしっぽが飛び出ている。

 肌はすべてふわふわとした白銀の毛並みのままで、まるでぬいぐるみの手足のようだった。


「では参ろうか」


 たすたすという足音をさせて教会内へ入っていくフェンリルに、サーシャが得も言われぬ悲鳴を上げる。


「~~~~~ッ! なっ、なんです、この素敵すぎる生き物はっ。うちの魔犬たちも可愛らしい子たちばかりですが、ふぇ、フェンリルとはこのようなっ!?」

「いや、私も知らなかったよ。まさかあんな姿になれるとは……」


 教会内では縁者たちがすでに席を埋めていた。

 ゴルフォードたちは最前列に座り、主役の登場を待つ。

 

 やがて、荘厳なパイプオルガンの音色が響き、司祭と新郎のギルフォードが入場してきた。

 息子はゴルフォードと同じように儀礼用の軍服を着ており、少しばかり緊張した面持ちでいる。


 音楽が二曲目に変わる。

 背後の入り口が開き、義父に伴われた新婦のレイラが入ってくる。


 ふんだんに刺繡が施された、純白のウエディングドレス。

 高く結い上げた銀髪に、シルクオーガンジーのベール。

 その姿を見た息子は、息をするのも忘れただただ魅入っていた。


 レイラが司祭の前に到着すると、誓いの言葉が始まる。


「新郎、ギルフォード・テイマー・シェパードよ、汝、病める時も健やかなる時も、これを愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「新婦、レイラ・リバー・シェパードよ、汝、病める時も健やかなる時も、これを愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「は、はい。誓います……」

「では、誓いのキスを」


 ギルフォードが向かい合ったレイラのベールをめくる。

 レイラは、恥ずかし気に新郎を見上げていた。きっとギルフォードの目にはこのうえなく美しく映っていたことだろう。


「レイラ、私はこの街の領主として、また一流のテイマーとして、生涯皆を、そして君を幸せにすると誓う」

「はい、ギルフォード様。わたしも生涯あなた様を、そして御犬様たちやこの街の方たちも、幸せにしていくと誓います」


 それぞれ思いを伝え合い、誓いのキスが交わされる。

 瞬間、会場内に歓喜の拍手が巻き起こった。


 獣人の姿になったフェンリルがそっと二人の元に歩み寄り、それぞれの手を取る。


「おめでとう、二人とも」

「えっと……?」

「私だ、南の森の主だ」

「えっ、森の主様!?」


 レイラは一瞬誰かわからなかったようだが、フェンリルが名乗ると声を上げて驚いた。


「そ、そのお姿は……」

「魔力で人型になったのだ。でないと、この中に入れんだろう」

「な、なんて可愛らし……じゃ、なかった。なにからなにまですみません……」

「よいよい。さあ、せっかく私が来たんだ。来たからにはそれなりの祝いをせねばな」


 そう微笑むと、フェンリルは二人の手の甲にそれぞれ口づけを落とした。


「!?」

「番としての祝福を授けた。神の加護と私の加護、二重の加護だぞ。喜べ」

「あ、ありがとうございます!」

「うむうむ。して、新郎は?」

「か、感謝いたします、フェンリル殿」


 フェンリルは満足そうにうなづくと、二人の手を重ね合わせた。


「レイラよ、これはあくまで『番への加護』だ。もしどちらかが相手を裏切るようであれば、地獄のような痛みが全身を苛む。また、そなたらの仲を裂くような者が現れたとしても、同じような痛みが与えられるだろう。まあ、そんなことは万が一にでもありはしないだろうが……一応の」

「も、森の主様……」

「それは祝福・加護というより、『呪い』なのでは?」


 そう問いかけるギルフォードに、フェンリルはにっこりとほほ笑む。


「祝いと呪いは紙一重だ。そんなことが無きよう、せいぜい二人とも幸せにの」

「はい」

「お心遣い、感謝いたします……」


 式が終わり、一同は公爵家の居城へと移動する。

 披露宴が城の中庭で行われるのだ。

 広大な庭園には長いテーブルが並べられ、その上には色とりどりの生花や、様々な料理がところせましと並べられていた。


 七頭の魔犬たちや城勤めの兵士たちも、すでに朝の巡回を終え、戻ってきている。

 その他、メイドやスチュワードたちも全員総出で待ち受けていた。


「お疲れ様でございました、ギルフォード様、レイラ様。御列席の皆さまも、どうぞこちらでおくつろぎください!」


 そうして、披露宴と言う名のガーデンパーティーが始まった。

 天気はすこぶるよく、暑くも寒くもない陽気だった。

 抜けるような青空の下で、人々は乾杯し、大いに笑い、泣き、食事を楽しんだ。


 人間たちのすぐそばで、七頭の魔犬たちも特別なごちそうをふるまわれていた。

 いつもは生のままの魔獣の肉だったりするが、今日だけは火の通った牛の肉を丸々一頭ずつ与えられている。


『わーっ、牛! 美味しいねえ~~~』

『そうね。人間はいつもこんなものを食べているのね』

『魔力が全然ないから、ちっと物足りねえけどな……』

『それでも味はとってもいいですよ?』

『そうねー。たまにはこんなのもいいかもー』

『まったく、ですからせめて小分けにしてくださいといつもいつも』

『だーかーら、そういうのはレイラかご主人に言えって言ってるだろ!』


 ゴルフォードには魔犬たちの声は聞こえないが、それでもそれぞれ満足そうに食べているので、良かったと思った。

 獣人姿のフェンリルが彼らに近づき、何やら声をかけている。


「そなたらが現在使役されておる魔犬たちか。先日会いに来た者ども以外も、なかなかの粒ぞろいだな」


 異様な魔力を秘めた獣人の存在にはもともと気付いていた魔犬たちだったが、全員で鼻先を突き合わせると、この者が以前レイラやギルフォードとともに会いに行った南の森の主・フェンリルだと気付いたようだった。

 それぞれが取り乱し、フェンリルから一歩後退する。

 それを見たレイラとギルフォードはあわてて彼らの元へ駆けつけた。


「ふふっ、面白い光景ですわね、あなた」


 隣の席にいた妻、サーシャがそっとゴルフォードに語り掛けてくる。

 車いすに腰かけていたゴルフォードはふっと微笑んだ。


「ああ。私の代ではとてもありえなかった光景だね」

「いいえ。あなたの努力があっての、今ですよ」

「そうだろうか」

「ええ」


 戦争で失った多くの領民、そして自分の魔犬たちを思い出す。


「私が使役してきた魔犬は、もうテールのみとなってしまったが……ギルフォードは、いやあの夫婦はきっと、私よりも良い治政をするだろう」

「ええ。きっと、そうでしょうね」


 息子の妻、レイラが獣人となったフェンリルの毛並みを穴のあくほど見つめている。

 どうやらその手触りを確かめたくなったようだ。

 尋ねられたフェンリルが許可を出すと、レイラは人目を気にしながらそっとその毛を撫ではじめた。


 その様子にざわつく魔犬とギルフォード。

 自分も自分も、とレイラはすぐさま彼らに取り囲まれ、宴席から離れた場所では小さな笑い声が上がった。


「レイラも人が悪いのう。あれでは、みなに焼きもちを焼かれるに決まっておろうに……」

「ええ、でもとっても幸せそうです!」

「そうね。ある意味いつもの光景だわ」


 厩舎長のパトリックと厩舎係を兼任しているメイド二人が、半分呆れながらその光景を眺めている。

 そうこうしていると、やがて元の巨大な魔狼の姿になったフェンリルが、背中にレイラを乗せて走りはじめた。


「ふぇ、フェンリル殿! それは、先ほどの番の加護に抵触するのでは?」

「ふふっ、それは私以外の者だけだ」

「なんと! お、お待ちください。レイラを、私の妻を返してもらおう! 行くぞお前たち!」

「「「「「「「ワン!!」」」」」」」


 黒犬の魔犬、アレックスの背に乗ったギルフォードと、その他の魔犬たちがレイラたちを追いかけはじめる。


 純白の花嫁のドレスが、白銀のフェンリルの毛皮の上で美しくきらめく。

 それを追う七色の魔犬たち。

 そして、軍服に身を包み、猛然と追う我が息子。


 願わくばこの平和がいつまでも続きますように。

 妻サーシャに寄り添われながら、前領主ガルフォードはそう思った。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

番外編もこれで完結です。


この後、レイラとギルフォードは引き続き街の安全を守りつつ、新しい魔犬たちを育てたり、魔犬たちそれぞれの先祖のフェンリルに会いに行ったり、出所してきた宿屋の一家とまた対峙したりすることと思います。

ですが、ここで物語は終わりです。あとは読者様たちのご想像におまかせしたいと思います。


犬好きが縁で、いろいろな生き物や人に出会ってきたレイラ。

そしてそんなレイラを大事に想うようになったギルフォード。

そんな二人をここまで見守って下さり、本当にありがとうございました。


少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

よろしければ、感想、評価、ブックマークなどで応援いただけますと、今後の創作の励みになります。

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