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番外編 森の主、フェンリル

おまけの番外編その4です。

森の主フェンリル視点の話。

 もう何年ここに棲んでいるだろう。

 魔狼フェンリルは、白銀の毛を風にたなびかせながら山裾に広がる森を一望していた。


 今いるのは小高い岩山の上だ。

 ここからは、森の中を徘徊する魔獣たちがどこにどれだけいるかをはっきり見通すことができる。

 単独でいる者、番でいる者、子育てをしている者、縄張り争いをしている者――。

 そのどれもが、フェンリルにとっては愛しい存在だった。


「だが……あの者は、もういない」


 かつて、とある人間がここに暮らしていたことを思い出す。

 それは年老いたオスの人間だった。

 はじめ、その人間は道に迷っていた。装備もまるで持たず、どんどん森の奥へと分け入る様子に、フェンリルは「命を捨てにきたのだ」と感じた。

 力尽き、大木の根元に男が腰を下ろした時、フェンリルは初めて声をかけた。


 男はオリバーと言った。


 いわく、愛する妻が病で亡くなったのだと。

 一人娘もようやく伴侶を見つけ所帯を持ったので、心置きなくあの世へ行こうとしたのだと。

 どうせ死ぬのなら、魔獣の糧になろうと思ったのだと。


 フェンリルはその言葉にひどく衝撃を受けた。

 自分はあまりにも永い時を生きてきた。しかし短命な者が、さらに自ら命を縮めようとは。理解の範疇を超えていた。


『カカカ。面白いやつよ。気に入った。そなたにはもう少し生きてもらう。加護を与えるゆえ、ここで一日でも長く生きよ』


 フェンリルはそういうと人間に加護を与えた。

 以降彼は死のうとは思わなくなった。


 男はその後、森の一角に家を建て、畑を耕し、家畜や野菜を育てて暮らした。加護のおかげで魔獣や凶暴な野生動物に襲われることもなく、穏やかに過ごした。

 しかし数年後、男はあっさり娘夫婦に見つかった。

 夫婦には小さな子供がいた。フェンリルと同じ白銀の髪と空色の目をした、少女だ。


 初めて会っても一切物おじをしないその子に、フェンリルはまた気まぐれで加護を与えた。

 フェンリルが加護を与えた人間は数えるほどしかない。


「あの少女も、今はどこでどうしているやら」


 そう思っていると、突然森の外れから異様な気配がしはじめた。

 そこは人間の村に接しているあたりで、山から一番離れたところだった。


「なんだ? 妙な気配だ。しかも複数……」


 フェンリルは異変の正体を探るために、走り出した。

 森全体がざわざわとしている。

 血気盛んな魔獣や野生動物たちはいきりたち、鳥は空でけたたましく鳴いていた。


「一体何者だ……」


 わずかに漂ってくる匂いから、複数の人間と魔獣であることはわかった。

 木立の間を縫い、フェンリルはその者たちの前に姿を現す。


「きゃっ!」


 あまりの速さで走ってきたため、突風があたりに巻き起こった。

 若い人間のメスの叫びに、フェンリルは目を見開く。


「お前……まさか」

「森の、主様?」


 驚くべきことに、それは今さっきまで回想していた少女本人だった。

 あの頃から数年の月日が経過しているため、若い娘の姿へと成長しているが、間違えようがない。あのときと同じ匂いだ。


「オリバーの孫、レイラ、だったか」

「……! お、覚えててくださったんですか」


 確かめるように尋ねると、娘は嬉しそうに顔を輝かせた。


「まさか森の主様の方から来ていただけるなんて。ありがとうございます。わたし、貴方様にまたお会いしたくてここに来たんです」

「ふむ。久しいの、レイラよ。ところで……そやつらはなんだ?」

「あ、はい」


 娘の背後には人間のオスが二人と、フェンリルの血をわずかに引いた魔犬が三頭いた。

 レイラは順番に説明する。


「ええと……まずこちらにいらっしゃるのは、リバーウォークの領主様であられる、ギルフォード・テイマー・シェパード様です。現在わたしはこの方の下で働かせていただいております」

「お初にお目にかかります。私はシェパード家七代目当主、ギルフォードと申します。以後お見知りおきを」

「シェパード家……?」


 リバーウォークという地名、そしてシェパード家という名に、遠い記憶が呼び覚まされる。

 フェンリルはありありと百年以上前のことを思い出した。


「そなた……もしやダンフォードの子孫か」

「ダンフォード。それは我が家の初代当主の名です。なぜそれを」

「やはりか」


 フェンリルは昔のことを語って聞かせた。

 百年以上前、この森でダンフォードと戦ったこと。そして彼と盟友となり、加護を与え、幾多の人間同士の争いを共に戦ったこと。彼が死ぬとき、彼の城を去ったこと。彼の息子に加護を与えたこと。


「なるほど。それで……初代と二代目は幾多の魔犬を使役できていたのですか。ようやく合点がいきました。幾多の戦乱で過去の文献が焼失していて、口伝でしか伝わっていなかったのです」

「ふむ。ダンフォードの子孫とオリバーの孫が出会っているとはなあ、なんとも不思議な巡り合わせよの。それで、他はなんだ?」


 レイラは、もう一人の人間がリバーウォークの法務局長であること、そして三頭の魔犬たちがすべてギルフォードの使役している魔獣だということを説明した。


「もともと、今日はわたしの実家に皆さんをご案内してたんです。祖父は、森の主様もご存じの通り、寿命でとっくに亡くなってますけど、父は八年前に戦争で亡くなって、母も後を追うように衰弱死して、わたしは人買いに売りに出されたんです。その間、元の家がどうなってるかなんて、今まで気にも留めてなかったんですけど……今日行ってみたら、跡形もなくなってました。農地ももう別の方に渡っていて……」

「……」


 フェンリルは黙ってそれを聞く。

 波乱万丈だった娘の人生を。


「法務局長のノアさんに聞いたら、当時の行政の行動を問いただしても返却は難しいそうです。でも、いいんです。今はギルフォード様の下で楽しく働かせていただいていますから。それで、その後は……母のお墓参りに行ってきました。近所の人が気を効かせて、家にあった父の遺骨と一緒にしてくれていたみたいです。思いがけず、父にも会うことができました」

「ふむ。だから、そんな死臭を漂わせておったのか。異様な気配を帯びているからか、ホレ。森中が今も騒がしいぞ」


 相変わらず鳥たちはぎゃあぎゃあと鳴きわめき、茂みの奥からは獣たちが殺気を放ちつづけていた。それらを蹴散らすために、フェンリルが腹の底から一吠えする。


「わわっ!」


 その威嚇にレイラを始め、一同が身震いする。


「お、お手数をおかけしてしまってすみません、森の主様」

「よい。それで? 私にも会いに来ようとしたわけか」

「はい。ええと……お会いしたかったのは他にも理由がありまして」

「ん、他の理由? まさか、そこにいるダンフォードの子孫にも加護を与えろと?」


 ぎろりとフェンリルはギルフォードをにらむ。


「私は気に入った者にしか加護を与えん。いくらそなたの頼みでも――」

「フェンリル殿。それには及びません」


 ギルフォードが一歩進み出て言う。


「たしかに、半年前の自分はどんな手段でもテイマーとして成長できるならやろうと思っておりました。しかし、今は違います。ここにいる、レイラにすべて教わりました。フェンリル殿の愛し子であるレイラに」

「ギルフォード様……」


 レイラが感極まった表情でギルフォードを見つめる。

 フェンリルはそのやりとりだけでなんとなく二人の関係を察した。


「今の私は、初代や二代目ほどには及びません。ですが、七頭すべての魔犬たちと心を通わせることが出来ております。それはテイマーとしての立場を越えた『絆』によるものです。きっと、これから別の新しい魔犬を迎え入れてたとしても、同じように良い関係を作れることでしょう。私たちは『主従』を越えた『家族』だと気付いたのです」

「ふむ。少しは見どころがあるようだな。それで? その者に加護を与えなくてもいいというのなら、どういった要件だ?」

「は、はい、それなのですが……」


 レイラは急に顔を伏せて言いよどむ。

 フェンリルがいぶかしんでいると、ギルフォードが代わりに言った。


「ぜひ、我々の結婚式に来ていただきたいのです」

「ん? 結婚?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 フェンリルは一応確認する。


「それは……誰のだ? まさかお前たちの――」

「はい、私とレイラのです。一か月後にリバーウォークの教会にて行います。つきましては――」

「ま、待て待て。お前たちが勝手にくっつくのは構わんが、私が参列するというのはどう考えてもおかしかろう」

「森の主様」


 レイラが赤い顔のまま、進み出る。


「わたしには、もう誰も身寄りがいないのです。それに、わたしとギルフォード様を引き合わせてくださったのは他でもない、森の主様なんです」

「どういうことだ?」

「はい。森の主様のご加護がなければ、わたしはギルフォード様に目をかけていただくことも、ギルフォード様のお城で働くこともありませんでした。御犬様たちとも仲良くすることもできなかったでしょうし、ギルフォード様のお力になることも、そ、それから……ギルフォード様に大切に思われることも、共に生きていきたいと言われることも……なかったと思います。森の主様は、わたしとギルフォード様の仲を取りもって下さった、かけがえのないお方なんです。ですから、どうか来ていただけないでしょうか」

「ふむ……」


 フェンリルは考え込むように目を閉じると、ため息をついた。


「あまり街へ行くのは気が進まんのだがの、そなたがどうしてもというなら行ってやらんでもない」

「ほ、本当ですか!」

「ああ」


 そう答えると、レイラを始め一同がわっと歓声をあげる。

 レイラは目に涙を浮かべながら礼を言った。


「ありがとうございます、ありがとうございます! 森の主様!」

「ふん。別に礼を言われるほどのことではない。というか、レイラはともかく、魔犬どもは気安く飛びつくな!」


 気が付くと、レイラと三匹の魔犬たちに飛びつかれていた。

 フェンリルはいなそうとするがすぐに諦める。


「まったく、妙なやつらまで連れてきおって……」

『フェンリルさーん、ありがとう~~~~!』

『森の主様ー、んー、やっぱりレイラから感じてた魔力と似てるわー、吸い込まれるー』

『ああ~。抗いがたい、抗いがたいです。すみません、でもありがとうございます。ぜひ、リバーウォークに来てください。ギルフォード様の父上であられる、ゴルフォード様もそれはもうお喜びになることでしょう!』


 黒色と、クリーム色と、薄茶色の魔犬が、それぞれ飛びつきながら話しかけてくる。


「たしかそこの現領主は全部で七頭いると言っていたな……。ということはあと四頭いるのか、こやつら」


 それぞれどこか懐かしい魔力を感じる。

 こちらの黒色は西の、クリーム色は南の、うす茶色は別の大陸にいたフェンリルの魔力に似ている。それぞれの血筋を引いているのだろう、と思いながら、フェンリルは初代領主と共に暮らしたリバーウォークの地に思いを馳せていた。

今日はもう一話更新します。

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