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番外編 犬公爵の事情

おまけの番外編その3です。

犬公爵ギルフォード視点のお話。

 ギルフォード・テイマー・シェパードは、王国の交通要衝の地リバーウォークの領主である。テイマーとして七頭の魔犬を使役しており、領民たちからは「犬公爵」と呼ばれていた。


 ギルフォードには日課があった。

 日に一度、魔犬と共に街を巡回することだ。

 本来は朝・昼・夕と三度で、兵士に任せているのだが、最近は自身のテイマーとしての腕をあげるために、フェンリルの「愛し子」であるレイラを伴って各地区を回っていた。


「では今日も頼むぞ、レイラ」

「はい、かしこまりました。ギルフォード様」


 レイラというのは、町はずれの宿屋で不当に働かされていた娘だ。

 フェンリルの加護があるため魔犬を一切恐れない。

 その能力を見込んだギルフォードは、宿屋からレイラを救い出し、城で働けるよう手配した。


 結果は期待以上だった。

 七匹すべての魔犬になつかれ、厩務員としてすばらしすぎる働きを見せた。

 もしかすると主である自分よりも、魔犬を従順にさせているのではないか。そう思ったギルフォードは恥も外聞もかなぐり捨て、レイラを師と仰ぐことにした。

 もっともレイラはそれを「畏れ多い」と嫌がったが。


「さて、今日の巡回場所は城の北側の地区だ。担当は――」


 ギルフォードの視線の先には、白い毛並みの魔犬スノウがいた。

 瞳は深い紫色だ。

 スノウはどことなくはにかんだ様子でレイラを見ている。


「スノウ様。よろしくお願いしますね」


 レイラが微笑みかけると、スノウは雪のようなふわふわのしっぽを大きく振った。

 そして鼻先をすり寄せ、うっとりと目を細める。


「んん、ゴホンッ」


 ギルフォードがわざとらしく咳ばらいをすると、スノウはハッとして顔をあげた。

 そして何事もなかったように二人の前を先導するように歩きはじめる。

 向かうは北の城下町。


 城門を抜け、ぐるりと城の周りを沿うように北へ歩く。

 どこまでも家々が建ち並んでいた。生活する領民たちはみな笑顔だ。


 今のところ異常はない。

 ギルフォードは安心する。この間のように、昼間に魔物や魔獣が出るのは珍しいことなのだ。

 大抵は領民同士のトラブルである。


「ふふっ、そういえば昨日はダン様がお手柄でしたね」

「ああ、そうだったな」


 レイラに言われて、ギルフォードは昨日の巡回さんぽを思い出す。

 昨日は、こげ茶の毛色の魔犬・ダンが担当している「街道沿い」を中心に回っていた。

 北の商店街のあたりにさしかかったところ、盗人が出た。すばしっこい犯人で、店主や通行人は捕まえることができなかった。しかしダンが猛スピードで追いかけ、取り押さえることができたのだ。


「なぜダン様はあんなに速かったんですか?」

「ああ、あれはだな……」


 ギルフォードはどのように言えばわかりやすいだろうかと、少し思案してから口を開いた。


「魔犬は、毛色によって生み出される魔石が違うだろう?」

「はい」

「それは持っている魔力の質がそれぞれ違っているからなんだ。ダンの場合は生まれつき土属性の魔力を持っている。土属性の魔力は、土をある程度操れる力なんだが……昨日のあれは、それによるものだったな。踏み込む際に足元の土を一時的に盛り上がらせたりする。うまく使えば高く跳ぶこともできる」

「へえ、そうなんですね。なんか地面が揺れてるな、とは思ってましたが。でも別に道がぼこぼこになったわけでもなかったですし、不思議ですね」

「あ、あくまでも一時的だからな」


 正確には地面から衝撃波のようなものを発生させて加速していたのだが、レイラには少し難しいと思い、ギルフォードはそれ以上深く説明しなかった。

 レイラはしきりと感心している。


「ギルフォード様。ちなみにスノウ様にはどんな力があるんですか?」

「スノウは、氷属性の魔力を持っているな。任意の場所の温度を急激に下げることができる」

「ええっ、すごいです! ということは他の御犬様たちは――」

「ファングは毒属性、テールは風属性、ルビーは炎属性、シトラスは光属性だ。アレックスは……たぶん雷属性だろうな。魔石にはすでにその兆候が現れている。魔力を使った戦闘はまだできていないが、いずれ他の魔犬たち同様に使いこなせるようになるだろう」

「へえ~、御犬様たちって、本当にすごい存在なんですね! まるで魔法使いみたい!」


 レイラは突然、目の前のスノウをきらきらした目で見つめだした。

 そのまなざしには、昨日のダンのように不可思議な挙動をしないかといった妙な期待がこめられている。

 自分もテイマーとして使役の魔法を使っているのだが……とギルフォードは思ったが、ふと思い直して首を振った。


「まあ、トラブルが起きなければ魔力を発揮する機会などそうそうないからな。いままで君が知らなかったのも無理はない」

「ええ。……そう、ですね」


 一瞬、物憂げな表情をしたのをギルフォードは見逃さなかった。


「どうした?」

「ああ、いえ。あのフェンリル……森の主は、どんな魔力を持っていたんだろうって思いまして。もうお会いすることもないので尋ねようもないのですけど」


 かつてレイラの祖父が住んでいた森。

 そこには魔犬の数倍の大きさの魔狼、フェンリルがいたという。

 レイラはそのことを思い出していたようだ。


「少なくとも加護の力はあっただろうな。君にその力が宿っているのがその証拠だ。あとは、結界を作る力もあったかもしれない。他にも……いや、これはあくまで我がシェパード家が保有している指南書に書いてあっただけの知識だ。実際は違うかもしれない」

「いえ。祖父も、たしかに森の主から加護を受けていました。そうじゃなきゃ、魔獣に襲われずにあの森に住みつづけていられた理由がありません」

「まあ、君が証言した大きさから言って、そのフェンリルは純血種だろうからな。様々な能力を持っていてもおかしくはない。いつか私も、そういった力のある魔物を使役できたらな……」

「ギルフォード様?」


 レイラが心配そうに見上げている。

 ギルフォードはハッと我に返り、笑顔を見せた。


「あ、いや。ひとりごとだ。巡回を続けよう」

「はい」


 二人はスノウのあとをさらに歩きつづけた。

 しばらくすると、小さな水路がある北の住宅街に出る。

 大河ほどではないが、小さな流れがくるくると渦を巻いていた。

 ちらと川上に目を向けると、小さな帽子が流れてくる。


「あっ、あれ。落とし物じゃないですか?」


 レイラがいち早く気付いて声をあげる。

 ギルフォードはそのさらに上流から走ってくる娘がいるのを見つけた。どうやらその娘の帽子らしい。


「大変。早く拾わないと流れて行っちゃう!」

「ああ。スノウ、あれを拾ってやれ」

「ワン!」


 指示すると、スノウは帽子の近くまで行き、川に向かって魔力を放出する。

 するとスノウのいる岸から、まっすぐに水面が凍っていった。帽子はその氷に引っかかり、スノウの元へと流れ着いてくる。

 スノウはそれをくわえるとさっと戻ってきた。


「い、犬公爵様!?」


 走ってきた娘は、ギルフォードたち一行に気付くとひどく驚いたようだった。帽子を返すと、何度も頭を下げ、またすぐに元来た道へと戻っていく。


「はあ、良かったですね。ギルフォード様!」

「ああ」


 振り返ったレイラが満面の笑みを向けてくる。

 ギルフォードは、レイラの「困った人がいたら助けたい」という自然な思い・行動に圧倒されていた。

 それは自分にはないものだった。

 ギルフォードには、最初から「領主としてやらなければならないこと」だったからだ。


 ギルフォードはまたレイラに教わったと思った。

 レイラはというと、スノウに駆け寄って「さすがスノウ様です!」などと言いながら首筋をなでまわしている。


「あの、ギルフォード様」

「ん、なんだ」


 近づくと、レイラが振り返って言った。


「前から一度お聞きしたかったことがあるんですが……よろしいでしょうか」

「ああ、なんだ? 何でも気づいたことがあれば言ってくれ」

「差し出がましいこととは思いますが、どうかお許しください。なぜギルフォード様は、テイマーとしてさらに成長なさりたいのでしょうか? こんなに素晴らしい御犬様たちが七頭もいるのに、もう十分なのではないですか」

「ああ、そのことか」


 ギルフォードもスノウの首筋を撫でながらつぶやく。


「そうだな。どうしてかと問われれば……俺はかつてのご先祖様のように、最強のテイマーになりたいと考えているからだろうな」

「それは……どうしてですか?」

「八年前の戦争で、私の父はテール以外の魔犬をすべて亡くしてしまった。父自身も左足を失って、領主として引退することになってしまった。戦争には勝った。だがもし、かつてのご先祖様のように十何匹も魔犬を使役できていたら……魔狼でさえも使役できていたなら、きっとこんな悲劇は起きなかっただろう」

「だからですか? だからテイマーとして……」


 レイラも戦争によって両親を失っていると聞いた。

 自分とレイラは同じ痛みを抱えているはずだ。そうギルフォードは思った。


「父も私も、魔犬たちが亡くなって相当なショックを受けた。本来なら魔犬は百年以上生きるものなんだ。それなのに……。もう一度戦争が起きたら? このままではいけない、かつてのような隆盛を取り戻さねば、また同じような悲劇が起こる。そう思い、私は……」

「そうだったんですね、ギルフォード様」


 レイラを見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。

 ギルフォードは慌てる。


「あ、ああ、そんな顔をしないでくれレイラ。領民たちにもそんな顔をさせないために、私は頑張っている」

「そう、ですね……」

「テイマーとして成長するためなら、どんな方法でも試していきたいと思っている。だから、君にもいろいろと教わりたい。本当に、勝手な私の都合に付き合わせてしまって済まない、レイラ……」

「いえ。わたしも、少しでもギルフォード様のお役に立てるのなら嬉しいです。これからも――」


 あっ、とそのときレイラが小さく声をあげた。

 ギルフォードは首を傾げる。


「ん、どうした? さっそく何か気付いたことでもあったか?」

「あ、いえ。その……声が」

「声?」

「そういえば、数日前から御犬様たちの声が聞こえるようになったんです。それをお伝えするのを忘れて――」

「何っ!!」


 ギルフォードは驚愕した。

 それは、指南書の中でしか起こりえなかった出来事だったからだ。


「それも、フェンリルの加護のおかげなのか……?」

「わかりません。でも、最初は聞こえなかったんです。御犬様たちと仲良くしてたら自然と」

「やはり親密度を上げることは必須というわけか。テイマーの能力とは別……」

「ギルフォード様?」


 ぶつぶつとつぶやきだしたギルフォードに、レイラはとまどいを見せる。

 しかしギルフォードは止まらなかった。


「なるほど。では早速試してみるか。レイラ、すまんが少し付き合ってくれ」

「えっ!?」


 返事もろくに聞かないまま、ギルフォードはレイラを抱き上げ、スノウの背にひらりと飛び乗る。

 そして首元から手綱を引っ張り出すと、スノウに命じた。


「スノウ、思いのまま走ってよいぞ。ただし、領民たちには気をつけろ」

「……!」


 スノウは首を回してギルフォードを見ると、目を輝かせた。

 そしてワンとひと鳴きし、一気に駆け出す。


「わっ、わあああ~~~!」


 レイラが悲鳴を上げる。

 魔犬に乗るのはこれが二度目だった。スノウの走る速さは、以前乗ったアレックスとは比べ物にならない。

 気を抜くと振り落とされてしまいそうだった。

 恐怖を感じたのか、レイラがぎゅっとギルフォードの服にしがみつく。


 ギルフォードは一瞬ドキリとして、手綱を強く握りしめた。


(なっ、なんだ? これは……)


 妙な高揚感がして、ギルフォードは己の魔力が少しだけ上がるのを感じる。

 何かレイラから流れ込んできている気がした。


「れ、レイラ?」

「ごっ、ごめんなさい。ギルフォード様! で、でも、お、落ちそうでっ……!」


 なおもしがみつくレイラを、ギルフォードは開いた左腕で抱きしめてみた。


「きゃっ」

「す、すまない。だが、落ちたら困るのでな……」

「は、はい……」


 なんだろう。妙な高揚感はさらに強まってくる。

 これは、なんなのか。

 わけもわからず、ギルフォードはもっと強くレイラを抱きしめてみたくなった。


 スノウは北の住宅街を駆け抜ける。

 水路の上を飛び越え、協会の庭を越え、そしてあっというまに朝の巡回が終わった。


「はあ、はあ……。ちょっと、刺激が強過ぎました……」

「ああ、すまなかった。アレックスのときは、ものの数秒だったからな。少し長く走りすぎた」

「はい……」


 裏庭に戻ってきたレイラは、まだ息をととのえている最中だった。

 ギルフォードは今まで使っていた手綱を首元にしまい、スノウを開放する。


「しかし、君に触れていると何か妙な感覚になったな」

「え? 妙な感覚、ですか?」

「ああ。何か自分の魔力が上がったような……すまないが、もう一度試してみてもいいだろうか?」

「え、あの……!?」


 ギルフォードはいまだ戸惑うレイラをまた抱き寄せてみた。

 やはり、自分の中の魔力が上がる感覚がする。


「やはりそうだ。君に触れると魔力が上がる。君は、触れるものの潜在能力を引き上げる力があるのかもしれない。魔犬たちと意思疎通がとれるようになったのも、君が犬たちと沢山触れ合っていたから……。ん? どうした?」


 見下ろすと、腕の中のレイラが小刻みに震えながら真っ赤になっていた。

 ギルフォードは首をかしげるが、すぐに自分のしていることに気が付いて離れる。


「す、すまない! 検証したいからといって、その突然……い、嫌だっただろう。本当に配慮が足りなかった。申し訳ない」

「いえ。その、別に、嫌では……」


 ぽそっ、とレイラがこぼした言葉に、ギルフォードはまたもドキリとする。


「え? 嫌では……?」

「あ、いえ、なんでもありません! な、なんでも!」

「レイラ?」

「なんでもありませんって! で、では、今日はこれで!」


 ぱたぱたと、厩務員専用の小屋へと駆け込んでいくレイラ。

 その後ろ姿を見つめながら、ギルフォードは動揺しっぱなしだった。


「私は今、何を……」

「ギルフォード様」

「うおっ!?」


 声がかけられ、振り返ると厩舎長のパトリックが立っていた。

 パトリックは白いあごひげを撫でながら言う。


「ギルフォード様。女性も、御犬様も、いきなり距離を詰めすぎるのはよろしくありませんぞ」

「ち、違う! 私は……」

「ふふっ。わかっております」


 意味ありげな笑みを浮かべながら、肩をぽんぽんと叩いてくるパトリック。

 ギルフォードは、謎の胸の痛みを覚えながら、最強テイマーへの道は長そうだなと思うのだった。

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